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第05話  オルコット侯爵の過ち

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オルコット侯爵家に来て4カ月。

侯爵夫妻からアイリーンは必死で寝る間も惜しんで侯爵家の経営を学んだ。小さな領しかないモストク伯爵家の帳簿とは比べ物にならない厚さと量。

広大な領地を持つオルコット侯爵家の農作物出荷量は総合的な国内シェアでNO3。
猫の額ほどの領地でモストク伯爵家が耕作していたのは主にトウモロコシとネギ。ネギは輸送中に傷んでしまうため近場の領にある街にしか出荷出来なかったが、トウモロコシは粒を取り挽いて粉にして遠くの街まで運んでいた。


――気候は多少違うんだろうけど――

帳簿を見てアイリーンは首を傾げた。
同じ土地で翌年も作付けをする物もあれば、何も植えない土地もある。


「あぁ、それはね。連作をしないからだよ。大量に肥料を入れれば育つだろうが予算は限られている。2,3年、作物によっては5年ほどなにも植えずに寝かせるんだよ」

何もせずに寝かせる土地があっても問題ない出荷量の多さに驚くアイリーン。

「ブロッコリーとソラマメ、大豆にインゲン・・・マメ科が多いんでしょうか?」

「そうだ。マメ科とアブラナ科の植物は連作をすると翌年は収穫量が激減するんだ。数年の間、鶏糞に牛糞、腐葉土なんかを混ぜて寝かせないと使い物にならなくなる。このキャベツ畑もそうだ。ローテーションで畑を回しているんだが、他に意味もある。どんな意味があるか判るかい?」

「収穫時の値崩れを防ぐ‥‥でしょうか?」

「正解だ。農作物は取れる時期が同じ。多少ずらす事も出来るがせいぜい前後1か月。一気に出荷をすると輸送するだけで赤字になってしまう。せっかく作ったのに廃棄をするなんて事は出来るだけしたくないし、育ててくれる領民の努力はきちんと対価を支払いたいからね」



オルコット侯爵家の領地で産出されるのは農作物だけではなかった。
以前よりも採掘量は大幅に減っているが、僅かながらに宝飾品の原石となる鉱物を産出する鉱山もある。ただ、閉山も間もなくで、今はかつての坑道を塞ぎつつ、「クズ石」と呼ばれた爪の先ほどの石を出荷しているに過ぎない。

過去には成人男性の拳よりも大きな原石が幾つも採掘されたそうだが、今はネックレスや指輪に出来るような大きさの石が出る事はい。
出荷と言っても角が取れて丸くなった河原の石と混ぜて高位貴族や王族が門道の脇や池の中に敷き詰めたりしているだけで出荷の価格としては二束三文。

何故出荷しているのかと言えば、かつて坑夫として集めた領民の小遣い稼ぎ。生業とするには足りないが、領民達が楽しみの1杯や一服出来ればとオルコット侯爵家が赤字ありきで行なっている経営。

「何か出来そうな事があればやって見るといい」
「ですが、失敗をすれば負債が発生します」

好きにしていいと言われて巨額の赤字を産んでしまったら元も子もない。
アイリーンはとんでもないと首を横に振ったのだが、オルコット侯爵は「いやいや」と笑った。

「物事なんて失敗の積み重ねさ。成功と言われる事も失敗を積み重ねてのこと。いいかい?挑戦している間は失敗も成功もないんだ。諦めた時が失敗、続けようとした時が成功なんだよ」


だが、世の中には取り返しのつかない失敗もある。
アイリーンの父親がそうだ。たった一言で妻は子供を置いて出て行ったし、伯爵家は没落した。

オルコット侯爵も女遊びをめれば少なくとも夫人との仲は改善に舵を取るのではないか。アイリーンは思った。

そんなアイリーンを見て何かを察したのか。
オルコット侯爵は「独り言なので聞き流して」と言った。

「僕はね、ベスには感謝しているんだ」
「夫人に・・・ですか?」
「僕の元に嫁いだ事でベスの人生は狂いっ放しだろうけどね」


オルコット侯爵夫人はベスパーシェという名。面と向かっては「君」「貴女」としか呼べないがオルコット侯爵は夫人の事をとても愛していて、家令のブレドや執事、アイリーンとの会話でのみ夫人を愛称で呼ぶ。

元々2人はとても仲が良かった。

しかし、人は過ちを犯してしまうもの。
25年前、オルコット侯爵は一度だけ過ちを犯した。

アイリーンの父親が「そうだ!そうだ!」の相槌で転落したのと同じく、オルコット侯爵もまた友人との付き合いで過ちを犯してしまった。

その過ちが露見したのは夫人がオルコット侯爵家に嫁いできた当日。

1度の過ち。オルコット侯爵は軽い気持ちで偶然夜会に出席していた令嬢と一夜を共にし、たった1度なのに令嬢は身籠ってしまった。生後間もないベルガシュを抱いて侯爵家にやってきた令嬢。その日は夫人が嫁いできた日だった。

夫人の座を譲れと言われた方がまだベスパーシェにとっては幸運だったかも知れない。しかし子を抱いた令嬢は「この子を金で買ってくれ」と言い、先代が金を渡すと嬉々として待たせていた男と立ち去って行った。


置いて行かれた子供は、誰が見てもオルコット侯爵の色をしっかり受け継いだ子だった。

結婚生活が始まる初日に不貞の証拠が目の前に突きつけられる。
当然初夜などあるはずもない。
社交界では仲睦まじい2人と噂をされるが、実際は結婚初日から仮面夫婦。

自身の過ちが原因だからとオルコット侯爵は夫人が望むなら離縁を、と伝えたのだが、夫人は「離縁はしない」と言った。ならば再構築をと奮闘したのだが25年間空回り。

長い年月をかけて、贖罪の日々を過ごすオルコット侯爵。

夫人は「多数の愛人」をオルコット侯爵が抱えていると思い込んでいるが、実際は過去の自分のように軽い気持ちで女性と閨を共にした男達に捨てられた女性を支援する会を立ち上げて支援をしている。

表だって名前を出す事もないと代表は別に立てて、支援を続けているだけ。


「夫人にきちんと伝えればいいのではないですか?」

アイリーンの言葉にオルコット侯爵は「自分の事は棚に上げてと言われそうだから」と寂しそうに笑った。
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