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第28話   我慢には限界がある

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ベルガシュはクローゼットの中で項垂れていた。

ディララと生活を始めてもう3年になるが、ここ1年で体重が32kgも増えてしまった。
幸いに金はあるようで、仕立て屋を呼んで特急で仕立てさせることは出来る。

さっきも仕立て屋が来ていて採寸をして帰って行った。


★~★

誰にだって【お気に入り】はある。
ベルガシュは美丈夫で身長も高く、スマートな体躯だった。

だから何を着ても見栄えがしたし、襤褸でさえ着こなして令嬢たちは黄色い声援をあげた。
なのにどうだ。

ディララとの生活は常に苦しさと息苦しさ、緊張がつき纏いベルガシュはディララが束縛をする事で庭を歩く事も制限される。

先日、禁欲も長くなり堪りかねて未亡人の家に逃げ出した。
だが、未亡人は新しい「話し相手」を見つけていて門すら潜らせてくれなかった。

そこにディララが追いかけて来たので未亡人の家の前で大喧嘩。
ディララは怒り狂って門番をかわし、未亡人の【お愉しみ】の場に乱入。
窓ガラスに向かって手に触れるもの全てを投げつけて壊しまくる。
未亡人の話し相手は裸で逃げ出した。

その後、未亡人に馬乗りになったディララは割れた花瓶の破片を握っており、殴ろうとしたところを取り押さえられた。

痴情の縺れによる乱闘だと野次馬はごった返し、未亡人からは修理費や慰謝料を含めた請求書が届いていた。
過去にちょこちょこと貰っていた駄賃の合計金額よりゼロが3つ、いや4つ多い金額である。

その日からベルガシュはディララの許可なしで部屋を出ることさえ出来なくなった。


更なる悲劇もあった。
半年にも渡って3か国を旅行したのだが、ディララが行こう!行こう!というのはわざわざ旅行に行かなくてもいいような観劇だったりカフェだったり。

観光地に行こうと言っても「遠いから嫌だ」と言い「家からここまでのほうが遠い!」何度叫びそうになった事か。やっと観光が出来そうだと思えば大雨だったりで各国の王城は雨粒が走って見えにくい馬車の小窓から眺めた。

その旅行でベルガシュは【痔】を悪化させてしまった。
帰って来てからも座るだけで大騒ぎをしなければならないが、かつてのベルガシュのイメージを崩したくなくて医師の診察を受けなければと思いつつも恥ずかしくて呼べない。



重なりに重なったストレスをベルガシュは食べる事で発散した。

1日に7食を下回る事はないのに常に空腹を感じ、吐きながらでも食べた。その結果、ぶくぶくと太り始めお気に入りのスーツは1着も着られなくなった。

スラックスを穿こうにも太ももから上がらない。
上着を羽織っても二の腕が締め付けられる上に、ボタン穴までボタンが届かない。息を思い切り吸い込んで腹を引っ込めても布地が届かないのだ。

下腹はぽっこりとはみ出して臍を見るのも一苦労。
太った体に見合ったスーツはもう中年以降の男性が好むデザインばかりでベルガシュは自尊心もガリガリ削られていく。


最近のディララは夜会に嵌っていて、無理やりエスコートをさせられてしまっている。

「不味いんじゃないのか?」

まだ白い結婚でアイリーンと離縁となるまでは2年ある。
貴族ばかりの夜会に妻ではない女性を毎回エスコートする危険性。

1、2回なら「どうしてもと頼まれた」と言い訳もできるが週に3回も4回もとなると言い訳は通用しないし、着ていく衣類だって着回しがバレれば後ろ指をさされる。


歩けば飛び出した【痔】が擦れて出血してしまう。痛みを忘れるために夜会の会場では兎に角酒を飲むので、余計に悪化するのが判っていても医者に診せられないまままた夜会に行き酒を飲む。

完全に悪循環である。

クローゼットで着る事の出来なくなったかつての栄光に囲まれ項垂れているとディララがやってきた。


「もぉ~ちゃんとララの側にいるって約束したでしょう!」
「扉は開けてたじゃないか」
「開いてたわよ?でもこんなところクローゼットで何をしてるの?」
「なんだっていいだろう。続きの部屋にいるんだし」
「まさか…そこに誰か隠れてるんじゃないでしょうね!」
「そんなわけないだろう?疑うなら自分で確かめろよ」
「逃がしたんだ・・・強気に出るって事はもう逃がしたんでしょ!どの女?!あの雀斑そばかすのメイド?!給仕のメイドなのっ?!ララより気持ち良かったっていうの?!」

「そんな事誰も言ってないだろう!いい加減にしてくれよ!」
「へぇ~逆キレするんだ…後ろめたい事があるからキレて誤魔化すのよ!」

ベルガシュは声を荒げたついでにお気に入りだったスーツをひったくるように手にすると思い切りディララの足元に投げつけた。

「もういい!お前とは終わりだ!別れるッ」
「結婚するって言ったじゃない!ララを騙したの?!ララを弄んだだけだって言うの?!ハジメテも奪っておいて!浮気ね?浮気したんでしょう?!ハッキリ言ってよ!」
「あぁ!あぁ!したさ!お前以外の女を抱きまくった!これで満足か?お前を裏切る男なんだから別れて正解なんだよ!もういいだろう!俺自由に!俺自由を返してくれよ!」

肩で息をしながら言い切ったベルガシュはディララの隣をすり抜けてクローゼットから出て行こうとした。

「死ぬわよ・・・ララを置いて行ったら・・・死ぬわよ!」

ベルガシュはディララを振り返らず、舌打ちをして部屋を出て行った。
思い切り扉を閉めると、ディララの叫び声が聞こえてくるが、ベルガシュは本宅を飛び出し、父親のオルコット侯爵が住まう同じ敷地にある別邸に全力で走った。


制止する使用人を振り切り、オルコット侯爵が執務をする部屋の扉をノックも無しに開けたベルガシュは「どうしたんだ」と驚く振りも無く声を出すオルコット侯爵の元に歩いた。


「父上!ディララとは別れます。俺はアイリーンとやり直したいんです。2年あればアイリーンも俺の事をちゃんと判ってくれます。アイリーンは身を引こうとしているだけなんです。アイリーンは俺の事を愛しているから身を引こうとしているだけなんです!俺は‥‥俺は・・・お願いです!心を入れ替えて侯爵家に、アイリーンに尽くします!だから…父上ぇぇ…頼むよぅ~」


オルコット侯爵は「ハルテ伯爵家との話はどうする」とベルガシュに問うのだが、まるで幼子のように泣きじゃくるベルガシュは返事を返す事が出来ない。

「お願っ・・・うぅぅ・・・父上っ…あぅぅ・・・ぐじゅっ・・・嫌だ・・・ぐずっ・・・」

しまいにはオルコット侯爵の足に縋りついて声をあげて泣くベルガシュ。
オルコット侯爵はベルガシュの背を優しくトントンと子供を寝かしつけるように軽く叩いた。
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