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第26話 トイプドール商会
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ロイスはグレイスを跳ね飛ばし、本気で怒った。
「いい加減にしてくれ!君とはもう終わったんだ!もう付き纏うな!」
「なんで?どうしちゃったのロイス。おかしいわ、どうしてそんな酷い事を言うの」
「いいか?君がしている事は不法侵入だ。このまま憲兵に突き出してもいいんだぞっ!」
「酷い!散々私の気持ちを弄んだ挙句っ。用済みになったら憲兵に突き出すって!酷いぃぃ!」
「酷い事をしているのは君だ!」
「ごめんなさい!だってロイスに会えなくて寂しかったの!寂しさを埋めようとしただけなの!そんな私が!私だけが悪いの?!ロイスはずっと優しかったじゃない!私にはずっと優しかったじゃない!奥さんがいてもいいの!私にはロイスだけなのぉぉぉ」
「いい加減にしてくれ。これ以上酷い事を僕の口から聞きたくないなら出て行ってくれ。優しいと言うのなら直ぐに出ていくんなら憲兵に突き出すのは止めてやる。でも出て行かないのなら――」
余りのロイスの剣幕にグレイスは寝台を出て、あたふたと脱ぎ散らかした服を抱えると部屋から出て行った。
「はぁ‥鍵を交換しなきゃな」
頭を抱えるロイスだったが、ガチャリともう一度扉が開いた。
そこにはいつも調理をする時に「小麦粉はもっと丁寧に振るうの!」と手ほどきをしてくれるバナードの妻、コーリがパン粥を持って立っていた。
「賢者タイム‥‥ほんと、男ってのは」
「違いますぅぅ~!!」
「言い訳は聞きたくないね。厨房に来るのは勝手だけどもう教えないよ」
「そんなぁ。シルフィにオヤツが‥」
「女房も同じ屋根の下にいるってぇのに、他の女をつまみ食いするゲスに教えることなんざ、1つもないんだよッ」
大いなる誤解がそこにあるのだが、誰が見ても「やっちゃったね」という現場をシルフィに見られた以上、言い訳もできない。
今になって鍵を付け替えておく。たったそれだけで良かったのだがまさかグレイスが勝手に鍵を持ち出して複製までしているとは思わなかったのもあって、鍵の付け替えなんて考えもしなかった。
ロイスは半泣きになってすっかり冷めてしまったパン粥を食べた。
井戸の水よりも、窓の外に積もった雪よりもパン粥は冷たく胃袋に落ちて行った。
★~★
「あの、シルフィ?」
「ロイス様、トイプドール商会から先触れの返事がきました。一緒に行きます?」
「うん。勿論だ」
「では、出かけるのは明日の10時着ですので準備をしてくださいね。では」
「あ、あの…」
シルフィは話しかけてくれるが、明らかに見えない壁がロイスの目の前に立ちはだかっていた。
会話はちゃんとしてくれる。但し事業に関しての会話のみだ。
食事も職人たちと済ませることが多いので、ロイスが合わせるようにしていたがその日からロイスが食事に行くと職人たちとその家族は交代で食事をしていた。
つまはじきにされる事もなく食事に来れば「ここに座りなよ」と言ってくれる。が、シルフィの姿はなかった。
バナードから「秘訣を教えてやる」と言われたが「謝り倒せ」と言うもので、謝るにも私的な時間にシルフィはどこをさがしてもいなかった。
翌日、トイプドール商会に行く際も馬車の無い2人は歩く。隣を歩いているが会話はゼロ。
==朝はおはようって言ってくれたけどな==
シュンとして歩くロイスの隣でシルフィは白い息を吐きながら歩くだけだった。
「先触れを読みましたよ。当商会の中敷きに注目して頂きありがとうございます」
「いえ、こちらこそ無理を言いますわ」
「うちもね、一定の売り上げはあるんですよ。中敷きがあると足裏も摺れませんし。でも横ばいでね。ちょっと安い商品が出ると売り上げも落ちますし。この話はウチにも起爆剤になると思います」
靴の中敷きが温かいと会議など長時間にわたって足が冷える事もないし、作業をする者たちも寒さを軽減できる。問題点は靴の中で足が蒸れてしまう事だった。
「急ぎで作ったのでまだ改良は必要なんですけども、こちらはシリカゲルを粉末にして配合してみました」
「ほぅ。シリカゲルを。確か湿気を吸うんですよね」
「そうなんです。温度を吸うのではなく湿気を吸います。そしてシリカゲルは湿気を吸うと色が変わりますが、靴下などに色移りすることもありませんし、色という視覚で判断が出来るので中敷きを干しておく目安にもなるかと」
「いいですね。即興でそんな事までして頂けるとは。腕のいい錬金術師を抱えておられるんですね」
「えぇ。工房の職人たちは皆、自分の腕には自信がありますから」
「おやおや、謙遜もしないとは」
「致しません。職人は私の宝物です。自慢することはあっても下げることはしませんわ。後はどの時点で、どれくらいを中敷きに染み込ませるか、で御座います」
「面白い。失礼な事を言って申し訳ない。ウチも職人は大事にしてるんです。今は職人を軽んじている経営者が多いものでね。ただの道具としてしか使わない経営者ならこの話はお断りしようと思っていたんですよ」
「あら?ではお断りされてしまうのかしら?」
「逆ですよ。多少は謙遜するかと思いましたが宝物とまで言い切るとは思いませんでした。共に頑張りましょう」
トイプドール商会の担当かと思っていたら会頭。
会頭は握手のために手を差し出した。
「当工房の最高責任者は彼なので」
シルフィはロイスに会頭と握手をするように遠回しに勧めた。
ロイスは固い握手を交わしたが、帰り道もシルフィが私的な会話をしてくれる事はなかった。
「いい加減にしてくれ!君とはもう終わったんだ!もう付き纏うな!」
「なんで?どうしちゃったのロイス。おかしいわ、どうしてそんな酷い事を言うの」
「いいか?君がしている事は不法侵入だ。このまま憲兵に突き出してもいいんだぞっ!」
「酷い!散々私の気持ちを弄んだ挙句っ。用済みになったら憲兵に突き出すって!酷いぃぃ!」
「酷い事をしているのは君だ!」
「ごめんなさい!だってロイスに会えなくて寂しかったの!寂しさを埋めようとしただけなの!そんな私が!私だけが悪いの?!ロイスはずっと優しかったじゃない!私にはずっと優しかったじゃない!奥さんがいてもいいの!私にはロイスだけなのぉぉぉ」
「いい加減にしてくれ。これ以上酷い事を僕の口から聞きたくないなら出て行ってくれ。優しいと言うのなら直ぐに出ていくんなら憲兵に突き出すのは止めてやる。でも出て行かないのなら――」
余りのロイスの剣幕にグレイスは寝台を出て、あたふたと脱ぎ散らかした服を抱えると部屋から出て行った。
「はぁ‥鍵を交換しなきゃな」
頭を抱えるロイスだったが、ガチャリともう一度扉が開いた。
そこにはいつも調理をする時に「小麦粉はもっと丁寧に振るうの!」と手ほどきをしてくれるバナードの妻、コーリがパン粥を持って立っていた。
「賢者タイム‥‥ほんと、男ってのは」
「違いますぅぅ~!!」
「言い訳は聞きたくないね。厨房に来るのは勝手だけどもう教えないよ」
「そんなぁ。シルフィにオヤツが‥」
「女房も同じ屋根の下にいるってぇのに、他の女をつまみ食いするゲスに教えることなんざ、1つもないんだよッ」
大いなる誤解がそこにあるのだが、誰が見ても「やっちゃったね」という現場をシルフィに見られた以上、言い訳もできない。
今になって鍵を付け替えておく。たったそれだけで良かったのだがまさかグレイスが勝手に鍵を持ち出して複製までしているとは思わなかったのもあって、鍵の付け替えなんて考えもしなかった。
ロイスは半泣きになってすっかり冷めてしまったパン粥を食べた。
井戸の水よりも、窓の外に積もった雪よりもパン粥は冷たく胃袋に落ちて行った。
★~★
「あの、シルフィ?」
「ロイス様、トイプドール商会から先触れの返事がきました。一緒に行きます?」
「うん。勿論だ」
「では、出かけるのは明日の10時着ですので準備をしてくださいね。では」
「あ、あの…」
シルフィは話しかけてくれるが、明らかに見えない壁がロイスの目の前に立ちはだかっていた。
会話はちゃんとしてくれる。但し事業に関しての会話のみだ。
食事も職人たちと済ませることが多いので、ロイスが合わせるようにしていたがその日からロイスが食事に行くと職人たちとその家族は交代で食事をしていた。
つまはじきにされる事もなく食事に来れば「ここに座りなよ」と言ってくれる。が、シルフィの姿はなかった。
バナードから「秘訣を教えてやる」と言われたが「謝り倒せ」と言うもので、謝るにも私的な時間にシルフィはどこをさがしてもいなかった。
翌日、トイプドール商会に行く際も馬車の無い2人は歩く。隣を歩いているが会話はゼロ。
==朝はおはようって言ってくれたけどな==
シュンとして歩くロイスの隣でシルフィは白い息を吐きながら歩くだけだった。
「先触れを読みましたよ。当商会の中敷きに注目して頂きありがとうございます」
「いえ、こちらこそ無理を言いますわ」
「うちもね、一定の売り上げはあるんですよ。中敷きがあると足裏も摺れませんし。でも横ばいでね。ちょっと安い商品が出ると売り上げも落ちますし。この話はウチにも起爆剤になると思います」
靴の中敷きが温かいと会議など長時間にわたって足が冷える事もないし、作業をする者たちも寒さを軽減できる。問題点は靴の中で足が蒸れてしまう事だった。
「急ぎで作ったのでまだ改良は必要なんですけども、こちらはシリカゲルを粉末にして配合してみました」
「ほぅ。シリカゲルを。確か湿気を吸うんですよね」
「そうなんです。温度を吸うのではなく湿気を吸います。そしてシリカゲルは湿気を吸うと色が変わりますが、靴下などに色移りすることもありませんし、色という視覚で判断が出来るので中敷きを干しておく目安にもなるかと」
「いいですね。即興でそんな事までして頂けるとは。腕のいい錬金術師を抱えておられるんですね」
「えぇ。工房の職人たちは皆、自分の腕には自信がありますから」
「おやおや、謙遜もしないとは」
「致しません。職人は私の宝物です。自慢することはあっても下げることはしませんわ。後はどの時点で、どれくらいを中敷きに染み込ませるか、で御座います」
「面白い。失礼な事を言って申し訳ない。ウチも職人は大事にしてるんです。今は職人を軽んじている経営者が多いものでね。ただの道具としてしか使わない経営者ならこの話はお断りしようと思っていたんですよ」
「あら?ではお断りされてしまうのかしら?」
「逆ですよ。多少は謙遜するかと思いましたが宝物とまで言い切るとは思いませんでした。共に頑張りましょう」
トイプドール商会の担当かと思っていたら会頭。
会頭は握手のために手を差し出した。
「当工房の最高責任者は彼なので」
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