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きっかけは夜会で先に帰された事
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貴族には社交界という戦場がある。
年中通して開催されるわけではなく、王家主催の【春の祭典】を皮切りに【秋の祭典】までの間は各家が主催となって茶会や夜会を催す。
勿論ルシェルも社交が始まった。
ただ、ルシェルはダンスを踊る事はない。その時だけはオレリアンが会場にエスコートをしてはくれるが、夜会も王家主催の断れないものだけの参加だった為、王族に挨拶をすればそこそこで馬車に乗せられていた。
そんなある日の夜会。いつもと同じように早々に先に帰れと言われたルシェルは馬車を待っていた。
――きっかけが欲しいのに――
ルシェルは悩んだ。今のままでは経営を立て直しても子飼いのままだ。
なんとか社交界で立ち位置を見つけねば現状は変えられない。
焦るルシェルがレスピナ侯爵家の馬車を待っていると1人の男が話しかけてきた。
「もう、お帰りなのですか?」
声の方を向くとニコニコと笑う40代後半の男性がいた。
「これは失礼を。つい声をかけてしまいました。ギャラモと申します。アバスカル公爵家で執事をしております。決して怪しいものでは御座いません」
ルシェルはふと首を傾げた。
アバスカル公爵家という名には聞き覚えがあった。
「どこかでお会いしましたでしょうか?」
「いえいえ。貴女様はご存じないと思います。結婚式の時に参列して欲しいと頼まれましてね。美しい花嫁さんでしたのでここでお会いできたのも何かのご縁と声を掛けさせて頂きました」
息が止まるほど驚いてしまった。
汚点とも言える結婚式。
侯爵家はなりふり構わず参列者を呼び集めていたなどと。
だが、何故彼はわざわざ話しかけて来たのか。
疑問が解けたのは社交辞令だろうが次の言葉からだった。
「我が主がマナーの講師を探しておりまして」
「まぁ、旦那様が?!で、ですが公爵様ですわよね?」
「シッ!声が大きいです。一応は…恥ずかしい話ですので」
「こ、これは失礼を致しましたわ。驚いてしまって…」
「貴女の所作はとてもお美しい。どなたに御師事されたのです?
「王立学園のマーガレット先生ですわ」
父の付けてくれたマナー講師は直ぐに辞めさせられた。
まだ隣国に行く前の兄に色目を使ったからである。
その為、ルシェルの父は以降「マナー講師」を信用する事はせず、ルシェルは本だけを渡されて自学で習得し、王立学園でマナーを教えているマーガレット講師に放課後も残って教えて貰ったのだ。
そして、ふと思った。
【これは転機になるのではないか】
下心があるのは仕方がない。レスピナ侯爵家がなりふり構わず参列客を集めたのと同じように、ルシェルも今なりふり構っている場合ではない。
領地経営を教えて貰い、引き継いでもオレリアンが出来るとは思えない。
義母と共に食い潰す事だけに専念してもなんら不思議ではないのだ。
ルシェルとて、いつまでもレスピナ侯爵家にいようとは思わない。
力をつけ、自由にできる金が出来れば離縁をしようと考えた。
今すぐ離縁は出来ない訳ではない。
だが、何も持たないルシェルが離縁をしたところで帰る実家は伯爵家。
父は良いように侯爵家から慰謝料を毟り取る代わりに実権を握り、ルシェルにその経営を押し付ける可能性がある。そうでない場合は、年齢や性癖は関係なくどこか家の為になる男の元に嫁がされるだろう。
若しくは実家に帰らず修道院に駆け込んで、将来神に祈りを捧げて生きるか。
――神様なんていやしないわ――
もし、神がいるのなら人ではなく道具として生きねばならない息苦しさを与えるだろうか。否。
――神などいない。何をするのも自分しかいない――
自由になるためには【力】と【金】はどう足掻いても必要なのだ。
「あのっ‥‥わたくしで良ければお教えします」
「よろしいのですか?」
「えぇ。ですが高度なものは…その点をご理解頂ければ…」
「良かった。主はポンコツ…いえ愚鈍でしてね。助かります」
「い、何時が宜しいですの?わたくしは週に3日ならお伺い出来ると思います」
礼拝に行くと言えば、屋敷からは出られる。
監視下にあるとは言っても、国教である宗教を信仰をしたいという願いを妨げた事が公になればどうなるか。レスピナ侯爵夫人も理解をするだろう。
「では…5日後。そうですね…ご結婚をされておられますので妙な噂も困るでしょうから、建前としてディアナ王女の話し相手…としては如何でしょう」
「お、王女殿下?!」
「えぇ。主には話を通しておきますし…いいですよね?殿下」
「殿っ…えぇっ?!」
ルシェルが振り返ると、第二王子エルバルトンが手をヒラヒラと振っていた。
慌ててカーテシーを取る。エルバルトンはゆっくり歩いてくる。
「私からも頼むよ。今のアバスカルは使い物にならなくて困ってるんだ」
「使い物って…わたくしでお力になれるでしょうか」
「うん。君じゃないとダメだと思うから。よろしくね」
「ですが、ディアナ王女殿下のお名前を――」
「あ~。気にしなくていい。ディーもそれを望んでるよ。父親としてもいい顔させてよ」
子煩悩でも有名な第二王子エルバルトン。
病弱な第一王子は床に伏せっていて実質の次期国王とも言われている。
第一王子は立太子の慶事と自身の弔事、どちらが早いかとも言われているが、エルバルトンは兄の第一王子を常に立てて一歩引いた位置にいる。
ルシェルの馬車が目の前に止まる。
「では、頼んだよ」
「主をよろしくお願いいたします」
第二王子エルバルトンと執事ギャラモに見送られてルシェルの馬車は動き出した。
年中通して開催されるわけではなく、王家主催の【春の祭典】を皮切りに【秋の祭典】までの間は各家が主催となって茶会や夜会を催す。
勿論ルシェルも社交が始まった。
ただ、ルシェルはダンスを踊る事はない。その時だけはオレリアンが会場にエスコートをしてはくれるが、夜会も王家主催の断れないものだけの参加だった為、王族に挨拶をすればそこそこで馬車に乗せられていた。
そんなある日の夜会。いつもと同じように早々に先に帰れと言われたルシェルは馬車を待っていた。
――きっかけが欲しいのに――
ルシェルは悩んだ。今のままでは経営を立て直しても子飼いのままだ。
なんとか社交界で立ち位置を見つけねば現状は変えられない。
焦るルシェルがレスピナ侯爵家の馬車を待っていると1人の男が話しかけてきた。
「もう、お帰りなのですか?」
声の方を向くとニコニコと笑う40代後半の男性がいた。
「これは失礼を。つい声をかけてしまいました。ギャラモと申します。アバスカル公爵家で執事をしております。決して怪しいものでは御座いません」
ルシェルはふと首を傾げた。
アバスカル公爵家という名には聞き覚えがあった。
「どこかでお会いしましたでしょうか?」
「いえいえ。貴女様はご存じないと思います。結婚式の時に参列して欲しいと頼まれましてね。美しい花嫁さんでしたのでここでお会いできたのも何かのご縁と声を掛けさせて頂きました」
息が止まるほど驚いてしまった。
汚点とも言える結婚式。
侯爵家はなりふり構わず参列者を呼び集めていたなどと。
だが、何故彼はわざわざ話しかけて来たのか。
疑問が解けたのは社交辞令だろうが次の言葉からだった。
「我が主がマナーの講師を探しておりまして」
「まぁ、旦那様が?!で、ですが公爵様ですわよね?」
「シッ!声が大きいです。一応は…恥ずかしい話ですので」
「こ、これは失礼を致しましたわ。驚いてしまって…」
「貴女の所作はとてもお美しい。どなたに御師事されたのです?
「王立学園のマーガレット先生ですわ」
父の付けてくれたマナー講師は直ぐに辞めさせられた。
まだ隣国に行く前の兄に色目を使ったからである。
その為、ルシェルの父は以降「マナー講師」を信用する事はせず、ルシェルは本だけを渡されて自学で習得し、王立学園でマナーを教えているマーガレット講師に放課後も残って教えて貰ったのだ。
そして、ふと思った。
【これは転機になるのではないか】
下心があるのは仕方がない。レスピナ侯爵家がなりふり構わず参列客を集めたのと同じように、ルシェルも今なりふり構っている場合ではない。
領地経営を教えて貰い、引き継いでもオレリアンが出来るとは思えない。
義母と共に食い潰す事だけに専念してもなんら不思議ではないのだ。
ルシェルとて、いつまでもレスピナ侯爵家にいようとは思わない。
力をつけ、自由にできる金が出来れば離縁をしようと考えた。
今すぐ離縁は出来ない訳ではない。
だが、何も持たないルシェルが離縁をしたところで帰る実家は伯爵家。
父は良いように侯爵家から慰謝料を毟り取る代わりに実権を握り、ルシェルにその経営を押し付ける可能性がある。そうでない場合は、年齢や性癖は関係なくどこか家の為になる男の元に嫁がされるだろう。
若しくは実家に帰らず修道院に駆け込んで、将来神に祈りを捧げて生きるか。
――神様なんていやしないわ――
もし、神がいるのなら人ではなく道具として生きねばならない息苦しさを与えるだろうか。否。
――神などいない。何をするのも自分しかいない――
自由になるためには【力】と【金】はどう足掻いても必要なのだ。
「あのっ‥‥わたくしで良ければお教えします」
「よろしいのですか?」
「えぇ。ですが高度なものは…その点をご理解頂ければ…」
「良かった。主はポンコツ…いえ愚鈍でしてね。助かります」
「い、何時が宜しいですの?わたくしは週に3日ならお伺い出来ると思います」
礼拝に行くと言えば、屋敷からは出られる。
監視下にあるとは言っても、国教である宗教を信仰をしたいという願いを妨げた事が公になればどうなるか。レスピナ侯爵夫人も理解をするだろう。
「では…5日後。そうですね…ご結婚をされておられますので妙な噂も困るでしょうから、建前としてディアナ王女の話し相手…としては如何でしょう」
「お、王女殿下?!」
「えぇ。主には話を通しておきますし…いいですよね?殿下」
「殿っ…えぇっ?!」
ルシェルが振り返ると、第二王子エルバルトンが手をヒラヒラと振っていた。
慌ててカーテシーを取る。エルバルトンはゆっくり歩いてくる。
「私からも頼むよ。今のアバスカルは使い物にならなくて困ってるんだ」
「使い物って…わたくしでお力になれるでしょうか」
「うん。君じゃないとダメだと思うから。よろしくね」
「ですが、ディアナ王女殿下のお名前を――」
「あ~。気にしなくていい。ディーもそれを望んでるよ。父親としてもいい顔させてよ」
子煩悩でも有名な第二王子エルバルトン。
病弱な第一王子は床に伏せっていて実質の次期国王とも言われている。
第一王子は立太子の慶事と自身の弔事、どちらが早いかとも言われているが、エルバルトンは兄の第一王子を常に立てて一歩引いた位置にいる。
ルシェルの馬車が目の前に止まる。
「では、頼んだよ」
「主をよろしくお願いいたします」
第二王子エルバルトンと執事ギャラモに見送られてルシェルの馬車は動き出した。
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