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cyaru

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義父の教育、義母の嫉妬、妻の提案

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ルシェルには意外でもあったが、納得できる事があった。
レスピナ侯爵がルシェルに領地経営を教えてくれた事である。

「いずれはオレリアンと共にやってもらわねばならない。あの子が文官勤めを辞めない限り定年までは一人でやらねばいけなくなるだろう。手伝えるうちは手伝うが恒久的に手伝えるものではない」

レスピナ侯爵はそう言って、実際にしている領地経営をルシェルに教えた。
嫌いであってもルシェルの実父は商人。
ルシェルは文学や語学も嫌いではなかったが算術は特に好きだった。

毎日数時間、レスピナ侯爵と共に帳簿を付けたり、収穫量から次年度の産出を割り出す中で天気図を見たり、肥料などにする他の領や国から買い付ける品などの豊作、不作から代替品を考えたりするのは楽しかった。

だが、それをよく思わないものが居た。侯爵夫人である。

「立場を弁えなさい。義父となんて‥‥けがらわしい」
「何を仰ってるか理解に苦しみます。教えて頂かねば将来侯爵家が困るのですよ」
「女が算術などみっともない。貴女のしている事はオレリアンを冒涜しているのよ」


母親として息子を立てたいのは理解はできるが、学園生時代を思えばオレリアンに任せるのは不安しかなく卒業出来たのが不思議なくらいの散々な成績だったのだ。もっともあれだけブリジットと遊び惚けていれば仕方のない事だろう。

ルシェルが最終学年進級時には全て取れていた単位をオレリアンもブリジットも卒業試験を追試するレベル。レスピナ侯爵も息子は可愛いし贔屓目で見る事はあったが何事にも限界はある。

先代から受け継いだ侯爵家と侯爵領を売り渡す事は出来ない。とはいっても実際は融資額がとうに評価額を上回っていて首の皮一枚が繋がっている状態だと言う事もレスピナ侯爵は理解をしていた。
理解はしたとはいっても、レスピナ侯爵は入り婿。侯爵家の権利は夫人であり本当の当主も夫人である。

だからだろう。
宝飾品に目が無い夫人が融資された金を領地に使わず、色とりどりの宝石を次々に購入しても文句が言えなかった。レスピナ侯爵に出来る事と言えば、領地経営の為に融資された額から最低限を先に経営に回す事とルシェルに教える事くらいだったのだ。


だが、入り婿でも当主として見ればオレリアンの領地経営については懐疑的だったし、夫人の散財を何とかしなければと全く抗うまで到達しなくても抗っていた。。

夫、父と言う立場と、財政を任されているという立場を天秤にかけたレスピナ侯爵は後者を取り、ルシェルに全てを教えた。

ルシェルは驚いた。財政を余すところなくレスピナ侯爵が曝け出す事はしないと思っていたが、意外だった。細かい数字、脱税と解釈されてもおかしくないグレーゾーンな数字まで全て見せてくれたのだ。

――人としてはクズでも当主としては及第点――

ルシェルのレスピナ侯爵に対しての評価だった。





その日も領地経営についてレスピナ侯爵の執務室を訪れたルシェルは手渡された書面に静かに目を通した。

――立て直す事さえ出来れば、何とかなるかも知れない――


しかしそれは一朝一夕で出来るような物事ではない。

借入金はレスピナ侯爵家の総資産を既に倍近く上回っている。
救いは借金の9割が実家のオランド伯爵家からになっていると言う事だ。

既にまっさらの不動産はなく、余すところなく所有地、領には第3抵当まで打たれている。
登記を見る限り、現在融資をしてくれているのは実家のオランド伯爵家のみ。金融機関も他家も取引はしても現金取引に限定している上に、融資は行っていない。

あと1年半で隣国の大学院まで進んだ兄が帰国する。
父親には何を言っても聞き入れては貰えないだろうが、オランド伯爵家からの借金返済を止めるチャンスは代替わりの時である。

父親の厳しい監視下から嫁ぐ事によって逃れたルシェルは兄に手紙を出している。
嫁いでまだ1か月足らず。返事はまだ来ていないがそれまでに出来る手を打たねばならない。

8つある侯爵領のうち3つはオランド伯爵家以外の家が第一抵当権を打っている。
ルシェルは金利と比較しレスピナ侯爵に8つの領地の登記謄本を順に並べてみせた。


「レスピナ侯爵、まず右から順番に抵当を外しましょう」
「抵当を?どうやって…」

「半分の4つに当たる領地での農作物、耕地面積と収穫量が見合っていないのは無理な栽培をしているからです。確かに小麦は根菜類からすれば1.2倍の価格で買い取って貰えますが、育てる農作物を変える事で現状の1.6倍の収益が出る筈です。元々その根菜類、葉物野菜を育てていたのを小麦畑に変えたのですからノウハウは領民も知っているでしょう」

「確かに金になるからと小麦畑に変えたが…上手くいくだろうか」

「上手くいかせるのです。その為にこちらの領地。オランド伯爵家に買い取って貰ってください」

「領地を手放せと言うのか!?先代から引き継いだ領地を?!」

「全てを取られるか、1つで済むか。今ならまだその選択が出来ますわ」

「仮に…売ったとしてどうなる」

「土地には抵当権が打たれています。ですが父が…いえオランド伯爵がこの地に対し融資をする代わりに消されている他の抵当権も買い取ったのには訳があります」


ルシェルが指差す登記謄本にはバツで消された他家の抵当権の記載があった。


「この領にある山からはサファイヤが産出されるからです。オランド伯爵家が所有者となれば管理責任は無くなります。売るに先立って、領民を全て隣の領地に移住させてください」

「移住?!2000人はいるんだ。無理に決まってる」

「実際は動かさなくて結構。書類上隣の領地の領民としてこの地には【就労移住】しているとしてください。その為に隣の領地に名簿を移すのです」

「そんな事をしてどうなる」
「売るのです」
「売る?何を売ると言うんだ」
「労働力です」


レスピナ侯爵は立ち上がりそうになって浮かせた腰を椅子にもう一度落とした。

確かに領地に住む者は鉱山を採掘する坑夫として働く者が大半。残りはその坑夫の家族か坑夫相手に「衣・食・住」の「衣・食」を提供するために住まう者達。名目上人間だけを隣の領地に移住させ人のいない土地だけをオランド伯爵家に売る。

鉱山を採掘するためには坑夫が必要。その労働力を売ればそれは利益になる。

「しかし、伯爵がならば要らんと言えば話が終わるではないか」
「何故、土地の売買時に領民の登録先を伝える必要があるのです?」
「元々住んでいる者たちだ。それも含めてと伯爵は――」
「思うでしょうね。思うのは自由。誰に咎められるものでもありません」
「錯誤を利用しろと言うのか?」

「錯誤?まさか。確認をするかしないか。それだけです。買わないのなら買わないでいいのです。今まで通り採掘をして地味に小銭を返せばいいのです。借りた金が増えるわけではありませんからね。買うのなら労働力を毎月のこの領に対する返済額の1.5倍で売る。世の中で一番高いのは人件費ですもの」


レスピナ侯爵は呆気に取られ「考えさせてくれ」と言うのが精一杯だった。

「時間はそうありませんわよ?先程も言ったように【今なら】選択が出来るだけなので。では、わたくしは庭の掃除が御座いますのでこの辺で」

クルリと背を向けたルシェルが部屋から出ていく。
扉が閉じる音にレスピナ侯爵は吸う事を忘れた呼吸をする為に息を吐きだした。
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