1 / 33
王子の微笑
しおりを挟む
それは11歳の時。
「クリスティナ!もっと笑って。にっこりと」
「お母様、ほっぺがもう痛いです」
「ダメよ?今日はなんとしても殿下のお目に止まるの!いいわね」
そんなの無理…と思いつつも無理やり連れて行かれた王宮でのお茶会。
自分よりももっと可愛くて、顔も小さくて、髪もフワフワな女の子たちが沢山いる場。
テーブルが静まりかえらないように異国の話やおしゃれの話を続ける女の子たち。
(もう、うんざり‥‥帰りたい)
クリスティナの心はもう屋敷に戻ってメイドのベスと刺繍をしたい気持ちでいっぱいだった。
数か月前に教えてもらった刺繍はクリスティナの唯一の楽しみ。
淑女教育と言って辛い所作やダンスは苦手だった。出来ないわけではないが飛びぬけて出来るわけでもない。
だけど講師からは怒られはしない出来。勿論手放しで褒める出来でもなかった。
はぁっと小さくため息を吐いた時、同じテーブルにいた女の子だけでなく他のテーブルの女の子が悲鳴とも奇声とも言える声をあげながらテーブルから散って行った。
第一王子、第二王子が到着したのである。
稀代まれに見る美女と噂の王妃様を先頭にその後ろに見える煌びやかな王子が2人。
だが、クリスティナには興味が全くなかった。
母の方をちらりと見るとまだ椅子に腰かけている自分を出遅れたと思ったのか早く王子の方に行けと口をパクパクさせている。
仕方なく王子たちの方に歩いてみるが、二重にも三重にもなったご令嬢の中に入る気が全く起きない。
これは話が出来なくても母は判ってくれるだろうと少しの間、環から数歩引いた位置で立つ。
王子の10倍以上いる令嬢に1人1人挨拶の場が設けられ長い列が出来る。
母を見ると早く並べとまた口をパクパクさせて今度は扇も振っている。
仕方なく列に並ぶが、後ろになった令嬢に足を踏まれ怯むと番を抜かされていく。
数人にそうやって番を抜かされ、最後尾になるかと思ったが最後尾狙いは別にいた。
最後となれば記憶を思い出す順番で思い出しやすいからだろう。
どうしようか迷っているとまた順番を抜かそうとする令嬢に今度は突き飛ばされて尻もちをついてしまった。
その拍子に土についた手をヒールで踏まれ、聞いた事もないような音が頭の中に響いた。
尻もちをついた事でドレスは汚れてしまい、手からも出血。
血がついたドレスでは汚れを落としても王子の目の前に行くことは出来ない。
気が付いた城の従者に抱えられて、庭園を後にするが抱えた従者の後ろに落胆した母が見えた。
手当てをしてもらったが手の甲は骨折していた。
クリスティナは痛みもさることながら、それが利き手の右手である事から刺繍がしばらく出来ない事に落胆した。
母は落胆しながらも、元々引込み思案だったクリスティナを理解していたので叱る事はなかった。
屋敷に戻り、お抱えの医師に再度診察をしてもらったが、骨折である事は変わりなくしばらくは食事も左手でと告げた医師の背中を見送った。
クリスティナには2人の兄がいた。
お世辞にも美丈夫とは言えない兄は2人とも学園ではクマ、グリズリー、ゴーレムなどと呼ばれるほど強面で野性味あふれる兄だった。
だが、見た目と違って優しさ溢れる強面の兄2人はクリスティナを可愛がった。
そして、そんな兄2人には何故か学園でも5本の指に入るというご令嬢が押しかけ婚約者となっていた。
そう、ご令嬢は見た目ではなく内面と将来性で兄を選んだ女性達だった。
兄の婚約者たちはクリスティナを実の妹のように可愛がった。
手を負傷したと知ると飛んで駆け付け、食事の世話をかって出る。
兄が目当てなのではないのは夜も痛み出したら困るだろうとクリスティナの部屋に簡易の寝台を持ち込んで兄よりもクリスティナといる時間の方が遥かに長かったことからうかがい知れる。
甘やかされるような日を過ごしていたある日、屋敷に父が慌てて帰ってきた。
なんでも第一王子、第二王子が見舞いに来るというのである。
王子たちの視界の隅には入ったかも知れないが、挨拶をする前に医務室に行ったクリスティナは見舞いをされるほど近くに寄った覚えもなかった。
だが、断れるはずもなく慌ただしく使用人たちが迎え入れる準備が終わった頃、王子たちを乗せた馬車が到着をした。
全員で王子を出迎えるが、クリスティナは敢えて体の大きな兄の影に隠れるようにした。
だが、些細な抵抗は空しいだけである。
王子2人はクリスティナに駆け寄ると負傷していない左手を取り満面の笑みで挨拶をした。
クリスティナはその笑みに背中が凍るほどゾっとした。
何か、近寄っては行けないと本能が訴えかけてくるような、そんな笑みだった。
「クリスティナ!もっと笑って。にっこりと」
「お母様、ほっぺがもう痛いです」
「ダメよ?今日はなんとしても殿下のお目に止まるの!いいわね」
そんなの無理…と思いつつも無理やり連れて行かれた王宮でのお茶会。
自分よりももっと可愛くて、顔も小さくて、髪もフワフワな女の子たちが沢山いる場。
テーブルが静まりかえらないように異国の話やおしゃれの話を続ける女の子たち。
(もう、うんざり‥‥帰りたい)
クリスティナの心はもう屋敷に戻ってメイドのベスと刺繍をしたい気持ちでいっぱいだった。
数か月前に教えてもらった刺繍はクリスティナの唯一の楽しみ。
淑女教育と言って辛い所作やダンスは苦手だった。出来ないわけではないが飛びぬけて出来るわけでもない。
だけど講師からは怒られはしない出来。勿論手放しで褒める出来でもなかった。
はぁっと小さくため息を吐いた時、同じテーブルにいた女の子だけでなく他のテーブルの女の子が悲鳴とも奇声とも言える声をあげながらテーブルから散って行った。
第一王子、第二王子が到着したのである。
稀代まれに見る美女と噂の王妃様を先頭にその後ろに見える煌びやかな王子が2人。
だが、クリスティナには興味が全くなかった。
母の方をちらりと見るとまだ椅子に腰かけている自分を出遅れたと思ったのか早く王子の方に行けと口をパクパクさせている。
仕方なく王子たちの方に歩いてみるが、二重にも三重にもなったご令嬢の中に入る気が全く起きない。
これは話が出来なくても母は判ってくれるだろうと少しの間、環から数歩引いた位置で立つ。
王子の10倍以上いる令嬢に1人1人挨拶の場が設けられ長い列が出来る。
母を見ると早く並べとまた口をパクパクさせて今度は扇も振っている。
仕方なく列に並ぶが、後ろになった令嬢に足を踏まれ怯むと番を抜かされていく。
数人にそうやって番を抜かされ、最後尾になるかと思ったが最後尾狙いは別にいた。
最後となれば記憶を思い出す順番で思い出しやすいからだろう。
どうしようか迷っているとまた順番を抜かそうとする令嬢に今度は突き飛ばされて尻もちをついてしまった。
その拍子に土についた手をヒールで踏まれ、聞いた事もないような音が頭の中に響いた。
尻もちをついた事でドレスは汚れてしまい、手からも出血。
血がついたドレスでは汚れを落としても王子の目の前に行くことは出来ない。
気が付いた城の従者に抱えられて、庭園を後にするが抱えた従者の後ろに落胆した母が見えた。
手当てをしてもらったが手の甲は骨折していた。
クリスティナは痛みもさることながら、それが利き手の右手である事から刺繍がしばらく出来ない事に落胆した。
母は落胆しながらも、元々引込み思案だったクリスティナを理解していたので叱る事はなかった。
屋敷に戻り、お抱えの医師に再度診察をしてもらったが、骨折である事は変わりなくしばらくは食事も左手でと告げた医師の背中を見送った。
クリスティナには2人の兄がいた。
お世辞にも美丈夫とは言えない兄は2人とも学園ではクマ、グリズリー、ゴーレムなどと呼ばれるほど強面で野性味あふれる兄だった。
だが、見た目と違って優しさ溢れる強面の兄2人はクリスティナを可愛がった。
そして、そんな兄2人には何故か学園でも5本の指に入るというご令嬢が押しかけ婚約者となっていた。
そう、ご令嬢は見た目ではなく内面と将来性で兄を選んだ女性達だった。
兄の婚約者たちはクリスティナを実の妹のように可愛がった。
手を負傷したと知ると飛んで駆け付け、食事の世話をかって出る。
兄が目当てなのではないのは夜も痛み出したら困るだろうとクリスティナの部屋に簡易の寝台を持ち込んで兄よりもクリスティナといる時間の方が遥かに長かったことからうかがい知れる。
甘やかされるような日を過ごしていたある日、屋敷に父が慌てて帰ってきた。
なんでも第一王子、第二王子が見舞いに来るというのである。
王子たちの視界の隅には入ったかも知れないが、挨拶をする前に医務室に行ったクリスティナは見舞いをされるほど近くに寄った覚えもなかった。
だが、断れるはずもなく慌ただしく使用人たちが迎え入れる準備が終わった頃、王子たちを乗せた馬車が到着をした。
全員で王子を出迎えるが、クリスティナは敢えて体の大きな兄の影に隠れるようにした。
だが、些細な抵抗は空しいだけである。
王子2人はクリスティナに駆け寄ると負傷していない左手を取り満面の笑みで挨拶をした。
クリスティナはその笑みに背中が凍るほどゾっとした。
何か、近寄っては行けないと本能が訴えかけてくるような、そんな笑みだった。
242
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる