わたしの王子様

cyaru

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王子の微笑

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それは11歳の時。

「クリスティナ!もっと笑って。にっこりと」
「お母様、ほっぺがもう痛いです」
「ダメよ?今日はなんとしても殿下のお目に止まるの!いいわね」

そんなの無理…と思いつつも無理やり連れて行かれた王宮でのお茶会。
自分よりももっと可愛くて、顔も小さくて、髪もフワフワな女の子たちが沢山いる場。
テーブルが静まりかえらないように異国の話やおしゃれの話を続ける女の子たち。

(もう、うんざり‥‥帰りたい)

クリスティナの心はもう屋敷に戻ってメイドのベスと刺繍をしたい気持ちでいっぱいだった。

数か月前に教えてもらった刺繍はクリスティナの唯一の楽しみ。
淑女教育と言って辛い所作やダンスは苦手だった。出来ないわけではないが飛びぬけて出来るわけでもない。
だけど講師からは怒られはしない出来。勿論手放しで褒める出来でもなかった。

はぁっと小さくため息を吐いた時、同じテーブルにいた女の子だけでなく他のテーブルの女の子が悲鳴とも奇声とも言える声をあげながらテーブルから散って行った。

第一王子、第二王子が到着したのである。
稀代まれに見る美女と噂の王妃様を先頭にその後ろに見える煌びやかな王子が2人。
だが、クリスティナには興味が全くなかった。
母の方をちらりと見るとまだ椅子に腰かけている自分を出遅れたと思ったのか早く王子の方に行けと口をパクパクさせている。

仕方なく王子たちの方に歩いてみるが、二重にも三重にもなったご令嬢の中に入る気が全く起きない。
これは話が出来なくても母は判ってくれるだろうと少しの間、環から数歩引いた位置で立つ。

王子の10倍以上いる令嬢に1人1人挨拶の場が設けられ長い列が出来る。
母を見ると早く並べとまた口をパクパクさせて今度は扇も振っている。
仕方なく列に並ぶが、後ろになった令嬢に足を踏まれ怯むと番を抜かされていく。
数人にそうやって番を抜かされ、最後尾になるかと思ったが最後尾狙いは別にいた。
最後となれば記憶を思い出す順番で思い出しやすいからだろう。

どうしようか迷っているとまた順番を抜かそうとする令嬢に今度は突き飛ばされて尻もちをついてしまった。
その拍子に土についた手をヒールで踏まれ、聞いた事もないような音が頭の中に響いた。

尻もちをついた事でドレスは汚れてしまい、手からも出血。
血がついたドレスでは汚れを落としても王子の目の前に行くことは出来ない。
気が付いた城の従者に抱えられて、庭園を後にするが抱えた従者の後ろに落胆した母が見えた。

手当てをしてもらったが手の甲は骨折していた。
クリスティナは痛みもさることながら、それが利き手の右手である事から刺繍がしばらく出来ない事に落胆した。

母は落胆しながらも、元々引込み思案だったクリスティナを理解していたので叱る事はなかった。
屋敷に戻り、お抱えの医師に再度診察をしてもらったが、骨折である事は変わりなくしばらくは食事も左手でと告げた医師の背中を見送った。

クリスティナには2人の兄がいた。
お世辞にも美丈夫とは言えない兄は2人とも学園ではクマ、グリズリー、ゴーレムなどと呼ばれるほど強面で野性味あふれる兄だった。
だが、見た目と違って優しさ溢れる強面の兄2人はクリスティナを可愛がった。
そして、そんな兄2人には何故か学園でも5本の指に入るというご令嬢が押しかけ婚約者となっていた。
そう、ご令嬢は見た目ではなく内面と将来性で兄を選んだ女性達だった。

兄の婚約者たちはクリスティナを実の妹のように可愛がった。
手を負傷したと知ると飛んで駆け付け、食事の世話をかって出る。
兄が目当てなのではないのは夜も痛み出したら困るだろうとクリスティナの部屋に簡易の寝台を持ち込んで兄よりもクリスティナといる時間の方が遥かに長かったことからうかがい知れる。

甘やかされるような日を過ごしていたある日、屋敷に父が慌てて帰ってきた。
なんでも第一王子、第二王子が見舞いに来るというのである。

王子たちの視界の隅には入ったかも知れないが、挨拶をする前に医務室に行ったクリスティナは見舞いをされるほど近くに寄った覚えもなかった。

だが、断れるはずもなく慌ただしく使用人たちが迎え入れる準備が終わった頃、王子たちを乗せた馬車が到着をした。

全員で王子を出迎えるが、クリスティナは敢えて体の大きな兄の影に隠れるようにした。
だが、些細な抵抗は空しいだけである。

王子2人はクリスティナに駆け寄ると負傷していない左手を取り満面の笑みで挨拶をした。
クリスティナはその笑みに背中が凍るほどゾっとした。

何か、近寄っては行けないと本能が訴えかけてくるような、そんな笑みだった。
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