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婚約者から夫になった王子
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数日経ったある日、また父親が慌てて帰宅をする。
「クリスティナ!喜べ!第一王子の婚約者に選ばれたぞ!」
それはクリスティナを絶望に追い込む序章に過ぎなかった。
第一王子と言えば、出生順で一番王座に近い立場である。
その婚約者という事は、王妃に一番近い女性という事である。
負傷した右手が治るまでという猶予はあったが、治れば王子妃教育が始まると言う。
学園は15歳からなので11歳のクリスティナは家庭教師の淑女教育にもうんざりしていたのにと落胆した。
クリスティナの意思は全く関係なく王子妃教育が始まる。
いったい自分のどこが婚約者に相応しいと思ったのだろうかとクリスティナ自身が一番疑問に思っていた。
王子妃教育はクリスティナには苦行でしかなかった。
少しカップを置く位置が違う、カーテシーの引く足の位置が体の軸芯から指一本ずれている。
容赦なく講師たちはクリスティナの背を鞭や物差しで打ち据えた。
ダンスでステップが半音遅れたとつま先を捩じられる。
見えない場所ばかり集中的に行われる虐待とも言える暴力はクリスティナを更に追い込む。
人形のような笑いで機械的な寸分違わぬ所作。定型文とも言える爵位に応じた応答。
決められた返答、答えられないときの沈黙の笑み。
クリスティナはさらに自分を心の奥へ押し込んでいった。
それでも少ない時間とは言え、屋敷でベスと共に刺す刺繍の時間、兄とその婚約者たちとの会話だけがクリスティナの心を支えていた。
学園に入学するとクリスティナには影が付けられた。
学友と思われた令嬢2人が影だと知ったのは入学間もない頃である。
挨拶にと王妃の部屋に行った際、偶然扉の向こうの会話を聞いてしまった。
対象者に知られてしまうと死を賜るとも聞いたクリスティナは卒業するまで気が付かない振りをした。
学園で王子の婚約者としても枷を付けられ、自由のない時間をクリスティナは過ごしたが、学園の中の図書室にある本だけはクリスティナの心に空想と言う自由を与えた。
そんなクリスティナだったが、婚約者の第一王子は自由だった。そう。彼を表現するには自由という言葉しかなかった。
ただ、その自由と言う言葉の中には制限や抑制という言葉はなかった。
冷遇されている婚約者と笑われても、クリスティナは毎年王子の誕生日には真っ白いハンカチに王子の御紋である鷲を丁寧に刺繍をして贈った。
だが、そのハンカチを使っているところを見た者は誰一人いなかった。
何人もの令嬢を常にそばにおき、腰に手を回し唇を重ねる。
何人もの令嬢が体を重ねたと小さな囁きを聞こえよがしにクリスティナに聞かせた。
噂は嘘ではなく第一王子は常に避妊薬を持ち歩き、気に入った女性と閨を共にしていた。
クリスティナ自身、見たくもない営みの場に出くわしたこともあったが知らぬふりをした。
卒業パーティではエスコートはあったもののその後は1人で壁の華となり、帰りの馬車も1人であった。
卒業パーティが初めてではない。エスコートのみしかしてもらったことはなかったのである。
何故なら毎回第一王子は会場から別の令嬢とともに消えていたからである。
クリスティナは何もしなかったわけではない。
父である伯爵に何度も婚約解消をしてほしいと頼み込んだ。
国王、王妃も第一王子の放蕩ぶりには手を焼いており解消に向けて話が進むと当の第一王子が反発をした。
第二学年になる頃、王子の種を宿したという令嬢が出て来た時はこれで婚約は解消かと思われたが、令嬢が不審死を遂げ、第一王子は涙ながらに悔い改めると頭を下げ、解消するならば自死すると剣を自身の喉元に突きつけ、そこまで言うならばと皆が王子の意見に軍配を上げた。
しかし第一王子の振る舞いが悔い改められることはなかった。
第一王子と言う立場は目に余る行動を批難されても揺るがなかったのは、第一王子には王として望まれている素質があった。頭脳明晰でイチを言えば十を知り、なにより非道さにかけては第二王子とは比較にならなかった。
クリスティナは結婚すれば夫として慈しんでくれるとの周りの言葉に、第一王子と学園を卒業すると直ぐに結婚をした。
だが、初夜の寝所でクリスティナの心は閉じた。
「よく見ておくんだ」
そう言って夫となった第一王子はこともあろうか従者が引けた寝所に女性を連れ込み、何度も何度も腰を打ちつけ白濁を中に放った。
目を背けるとクリスティナを怒鳴りつけ、目線を逸らすことを第一王子は許さなかった。
夜が明ける頃、女性の膣からドロリと出てくる夫の白濁を至近距離で見せられたクリスティナの心は完全に閉じてしまったのだ。
以降も何度も繰り返される王子宮での愛妾との営みを毎晩見せつけられる苦行。
しかし、心を閉ざしたクリスティナは目線こそ寝台にあるものの心は違う世界を見ていた。
クリスティナの目線が向いている限り第一王子は罵倒する事はなかった。
うるさい声で現実に引き戻され、罵倒されるよりクリスティナは空想を選択したのだ。
そんなクリスティナがある日、窓の外を見ると庭を剪定する庭師たちが見えた。
熟練した庭師たちによって美しく剪定されていく庭。
昨日より今日、今日より明日、日を追うごとにその景色を変えていく庭にクリスティナは空想した。
(深紅の薔薇が咲き誇っている、むこうの池のほとりにはアヤメが凛と咲き誇る・・・)
フっとクリスティナの口元が緩む。空想の中にいるクリスティナは空想の中で花を手に取る。
匂うはずがない香りを愉しむように顔が手に近づく。
第一王子は偶然その場を目にしてしまった。
「クリスティナ!喜べ!第一王子の婚約者に選ばれたぞ!」
それはクリスティナを絶望に追い込む序章に過ぎなかった。
第一王子と言えば、出生順で一番王座に近い立場である。
その婚約者という事は、王妃に一番近い女性という事である。
負傷した右手が治るまでという猶予はあったが、治れば王子妃教育が始まると言う。
学園は15歳からなので11歳のクリスティナは家庭教師の淑女教育にもうんざりしていたのにと落胆した。
クリスティナの意思は全く関係なく王子妃教育が始まる。
いったい自分のどこが婚約者に相応しいと思ったのだろうかとクリスティナ自身が一番疑問に思っていた。
王子妃教育はクリスティナには苦行でしかなかった。
少しカップを置く位置が違う、カーテシーの引く足の位置が体の軸芯から指一本ずれている。
容赦なく講師たちはクリスティナの背を鞭や物差しで打ち据えた。
ダンスでステップが半音遅れたとつま先を捩じられる。
見えない場所ばかり集中的に行われる虐待とも言える暴力はクリスティナを更に追い込む。
人形のような笑いで機械的な寸分違わぬ所作。定型文とも言える爵位に応じた応答。
決められた返答、答えられないときの沈黙の笑み。
クリスティナはさらに自分を心の奥へ押し込んでいった。
それでも少ない時間とは言え、屋敷でベスと共に刺す刺繍の時間、兄とその婚約者たちとの会話だけがクリスティナの心を支えていた。
学園に入学するとクリスティナには影が付けられた。
学友と思われた令嬢2人が影だと知ったのは入学間もない頃である。
挨拶にと王妃の部屋に行った際、偶然扉の向こうの会話を聞いてしまった。
対象者に知られてしまうと死を賜るとも聞いたクリスティナは卒業するまで気が付かない振りをした。
学園で王子の婚約者としても枷を付けられ、自由のない時間をクリスティナは過ごしたが、学園の中の図書室にある本だけはクリスティナの心に空想と言う自由を与えた。
そんなクリスティナだったが、婚約者の第一王子は自由だった。そう。彼を表現するには自由という言葉しかなかった。
ただ、その自由と言う言葉の中には制限や抑制という言葉はなかった。
冷遇されている婚約者と笑われても、クリスティナは毎年王子の誕生日には真っ白いハンカチに王子の御紋である鷲を丁寧に刺繍をして贈った。
だが、そのハンカチを使っているところを見た者は誰一人いなかった。
何人もの令嬢を常にそばにおき、腰に手を回し唇を重ねる。
何人もの令嬢が体を重ねたと小さな囁きを聞こえよがしにクリスティナに聞かせた。
噂は嘘ではなく第一王子は常に避妊薬を持ち歩き、気に入った女性と閨を共にしていた。
クリスティナ自身、見たくもない営みの場に出くわしたこともあったが知らぬふりをした。
卒業パーティではエスコートはあったもののその後は1人で壁の華となり、帰りの馬車も1人であった。
卒業パーティが初めてではない。エスコートのみしかしてもらったことはなかったのである。
何故なら毎回第一王子は会場から別の令嬢とともに消えていたからである。
クリスティナは何もしなかったわけではない。
父である伯爵に何度も婚約解消をしてほしいと頼み込んだ。
国王、王妃も第一王子の放蕩ぶりには手を焼いており解消に向けて話が進むと当の第一王子が反発をした。
第二学年になる頃、王子の種を宿したという令嬢が出て来た時はこれで婚約は解消かと思われたが、令嬢が不審死を遂げ、第一王子は涙ながらに悔い改めると頭を下げ、解消するならば自死すると剣を自身の喉元に突きつけ、そこまで言うならばと皆が王子の意見に軍配を上げた。
しかし第一王子の振る舞いが悔い改められることはなかった。
第一王子と言う立場は目に余る行動を批難されても揺るがなかったのは、第一王子には王として望まれている素質があった。頭脳明晰でイチを言えば十を知り、なにより非道さにかけては第二王子とは比較にならなかった。
クリスティナは結婚すれば夫として慈しんでくれるとの周りの言葉に、第一王子と学園を卒業すると直ぐに結婚をした。
だが、初夜の寝所でクリスティナの心は閉じた。
「よく見ておくんだ」
そう言って夫となった第一王子はこともあろうか従者が引けた寝所に女性を連れ込み、何度も何度も腰を打ちつけ白濁を中に放った。
目を背けるとクリスティナを怒鳴りつけ、目線を逸らすことを第一王子は許さなかった。
夜が明ける頃、女性の膣からドロリと出てくる夫の白濁を至近距離で見せられたクリスティナの心は完全に閉じてしまったのだ。
以降も何度も繰り返される王子宮での愛妾との営みを毎晩見せつけられる苦行。
しかし、心を閉ざしたクリスティナは目線こそ寝台にあるものの心は違う世界を見ていた。
クリスティナの目線が向いている限り第一王子は罵倒する事はなかった。
うるさい声で現実に引き戻され、罵倒されるよりクリスティナは空想を選択したのだ。
そんなクリスティナがある日、窓の外を見ると庭を剪定する庭師たちが見えた。
熟練した庭師たちによって美しく剪定されていく庭。
昨日より今日、今日より明日、日を追うごとにその景色を変えていく庭にクリスティナは空想した。
(深紅の薔薇が咲き誇っている、むこうの池のほとりにはアヤメが凛と咲き誇る・・・)
フっとクリスティナの口元が緩む。空想の中にいるクリスティナは空想の中で花を手に取る。
匂うはずがない香りを愉しむように顔が手に近づく。
第一王子は偶然その場を目にしてしまった。
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