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追い返されたアポロン
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★この回はシスティアナの視点です
◆~◆~◆
「お姉ちゃん、ここはどうするの?!」
「ここはね、こっちの緑の糸を引っ掛ける感じに通すのよ」
モリナス子爵夫人の好意に甘えて5日経ちましたが、大雨は昼も夜も降り続いています。
外に出ると雷も頻繁に鳴っていますし、昨日は落雷が木に落ちたと大雨の中大騒ぎでした。
心配をかけたくはなかったので妊娠している事は言わなかったのですが、どうしても小腹が空いてしまうと吐き気がしてしまいますし、結構眠気に襲われるのです。
なので妊娠経験があるモリナス子爵夫人には直ぐにバレてしまいました。
お子さんは?と聞くと隣町の学院で寮生活を送っているそうです。
まだ7歳と6歳だと言いますが、将来的に商会を継ぐため無理をしてでも貴族の多く通う学院で顔と名前を覚えてもらうのと…一番は【良い友人を増やす】のが目的だそうです。
どうしても高学年(高等科ですね)からになると、婚約者選びに勤しむご令嬢ばかりになって将来を考えて顔つなぎをしたい低位貴族の子息たちは時間を取られてしまうのだそうです。
その点初等科から在学していれば、近寄ってくる者達の素性もそれとなく知る事が出来るので対応しやすいのだとか。皆さんいろいろと考えているのですね。
「この雨、明日には上がると思うんだけど遠方に行く馬車は出ないかも」
「どうしてですの?」
「地盤が緩んでるから街道の点検が終わってからだと思うんですよね」
「なるほど。その点検はどれくらいかかるのかしら」
「場所と土地の構成にもよるけど…待ってて。旦那がファイリングしてたはず」
各国を歩いて、時々馬車を使って商会の品を営業しているという旦那さんは山崩れや河川の氾濫などが起こりやすいところを纏めていて、およそ何日で通行できるようになるかとか、どのルートを使えば安く行けるか、早く行けるかなど細かく分けられていました。
「ファンズ国に行くなら再開は早いと思うけど片道の旅費30万だって。高っ」
「そうねぇ。そんなに使うと向こうでの生活に困るわね」
「もういっそ、ウチで暮らせばいいのに。刺繍を売って稼げばいいし」
ですが、刺繍と言ってもそんなに高額になるものではないですし子供が生まれれば働けない期間を考えると手慰みにはなりますが片手間になってしまいます。
なにより、ずっとお世話になる事もできませんし。
そんな事を思い、話しながら刺繍をしていると大雨の中、お客様が来られたようです。
来客の予定はないのに?とモリナス子爵夫人が首を傾げていると子爵家の執事さんが来ました。
「奥様、公爵家の使者との事ですが尋ね人なのだそうです」
ハッとわたくしとモリナス子爵夫人は顔を見合わせました。
執事さんは聞いたままを報告してくださいます。
「銀髪で、年のころは20歳前後…おそらく身なりのいい女性との事で‥」
ちらりとわたくしを見るのが判ります。
間違いなく、わたくしでしょう。
公爵家の使者という事は探しているのはアポロン様かしら?
「彼女は違うわ。私の旧友なの」
「いけません。何かあれば…咎が及んでしまいます」
「なんでも過去に参加した茶会の出席者を当たっているとの事なのですが」
「ウチは子爵家。恐れ多くて茶会に公爵家の方がいても話しかけて下さらない限りこちらから話しかける事は出来ないし、そんな恐れ多い方とはまだご縁がないと追い返しましょう。遅れて私が出るわ」
「承知致しました」
執事さんが対応に向かうとモリナス子爵夫人はそっと扉を小さく開けて玄関の方に聞き耳を立てています。開いた扉から漏れ聞こえてくる声は間違いなくアポロン様の声でした。
「ちょっと待っててね。お姉様」
そういってモリナス子爵夫人は部屋を出て、階段を下りていきます。
位置的には扉を全開にしても玄関からもここからも姿を見る事は出来ません。
「どうなされましたの」
「これはモリナス子爵夫人。エンデバーグ公爵家のアポロンと申します」
「まぁ、公爵様がこのような所に…ですが生憎主人は不在ですの」
「いや、人を探している。私の妻なのだがここに伺っていないだろうか」
「この大雨に?何故公爵夫人が…何か当家に御用があったのでしょうか?」
「そう言う訳ではないのだが…」
「申し訳ないのですが、おそらくは公爵夫人はわたくしの事はご存じないと思いますわ」
「どうして?」
「考えてもみてくださいまし。爵位が下の者がおいそれと話しかける事なんて出来ませんわ。それに当家は子爵家。公爵夫人も順序がありますから子爵まで順番に挨拶をしていれば茶会など終わってしまいます。名だけかわせばよいという物では御座いませんもの。こちらは公爵夫人のお名前とお顔は存じていますが…逆となれば‥ねぇ?」
「そうですか。これは失礼を致しました」
「ですがこの雨の中、公爵夫人はお出かけに?戻られないのでしたら茶会で一緒しただけの当家などより王宮か憲兵団に届けをされたほうが宜しいのではなくて?乗って出られた馬車などから探しやすいと思いますわ」
「えっと…あぁ…そうだな。時間を取らせてしまった。申し訳ない」
アポロン様もまさか数日前に歩いて、しかも追い出してしまったとは言えないのでしょう。
ですが一軒一軒こうやって訪ねて回られているのかしら。
そんな事をする前に、マイラさんの心配でもされたほうが余程に大事だと思うのです。
だってマイラさんのお腹には…。
いいえ。こんな事を考えるのはやめましょう。今更です。
わたくしはアポロン様が仰ったように公爵家のやり方にはそぐわなかったのです。
リガール帝国は性別に関係なく爵位は継げます。アポロン様もご両親が第二子なのに決めたからご当主なだけです。マイラさんとのお子様が継ぐ事に問題はないでしょうし…。
なによりこの子と離れて暮らす事になるのは耐えられません。
アポロン様の御子である事は間違いないですが、わたくしの子である事も間違いないのです。アポロン様は先にマイラさんとのお子さんが生れますしスペアにされるのは…。
市井であれば流行病で命を落とす子供も多くいますが、公爵家となればすぐにお医者様にも診て頂けます。なによりこの子がいるのはマイラさんも…お義母様も良い顔はされないでしょう。
「うっ…」
そんな事を考えていたからでしょうか。下腹部に痛みが走ります。
思わず蹲ってしまったところにモリナス子爵夫人が戻ってきました。
「お姉ちゃんっ?どうしたの?‥‥あぁぁっ!!」
「だ、大丈夫…すこしお腹が痛いだけです…」
「大丈夫じゃないわ!誰か!誰か来てっ!!」
チクチクとした痛みが強くなっていきます。同時に背筋がゾッとしました。
太ももが、いえ、足元が濡れている感触がしたのです。
まさか‥‥そう思ってそっと足元を見てしまったのです。
そこにあったのは血で汚れたワンピースでした。
◆~◆~◆
「お姉ちゃん、ここはどうするの?!」
「ここはね、こっちの緑の糸を引っ掛ける感じに通すのよ」
モリナス子爵夫人の好意に甘えて5日経ちましたが、大雨は昼も夜も降り続いています。
外に出ると雷も頻繁に鳴っていますし、昨日は落雷が木に落ちたと大雨の中大騒ぎでした。
心配をかけたくはなかったので妊娠している事は言わなかったのですが、どうしても小腹が空いてしまうと吐き気がしてしまいますし、結構眠気に襲われるのです。
なので妊娠経験があるモリナス子爵夫人には直ぐにバレてしまいました。
お子さんは?と聞くと隣町の学院で寮生活を送っているそうです。
まだ7歳と6歳だと言いますが、将来的に商会を継ぐため無理をしてでも貴族の多く通う学院で顔と名前を覚えてもらうのと…一番は【良い友人を増やす】のが目的だそうです。
どうしても高学年(高等科ですね)からになると、婚約者選びに勤しむご令嬢ばかりになって将来を考えて顔つなぎをしたい低位貴族の子息たちは時間を取られてしまうのだそうです。
その点初等科から在学していれば、近寄ってくる者達の素性もそれとなく知る事が出来るので対応しやすいのだとか。皆さんいろいろと考えているのですね。
「この雨、明日には上がると思うんだけど遠方に行く馬車は出ないかも」
「どうしてですの?」
「地盤が緩んでるから街道の点検が終わってからだと思うんですよね」
「なるほど。その点検はどれくらいかかるのかしら」
「場所と土地の構成にもよるけど…待ってて。旦那がファイリングしてたはず」
各国を歩いて、時々馬車を使って商会の品を営業しているという旦那さんは山崩れや河川の氾濫などが起こりやすいところを纏めていて、およそ何日で通行できるようになるかとか、どのルートを使えば安く行けるか、早く行けるかなど細かく分けられていました。
「ファンズ国に行くなら再開は早いと思うけど片道の旅費30万だって。高っ」
「そうねぇ。そんなに使うと向こうでの生活に困るわね」
「もういっそ、ウチで暮らせばいいのに。刺繍を売って稼げばいいし」
ですが、刺繍と言ってもそんなに高額になるものではないですし子供が生まれれば働けない期間を考えると手慰みにはなりますが片手間になってしまいます。
なにより、ずっとお世話になる事もできませんし。
そんな事を思い、話しながら刺繍をしていると大雨の中、お客様が来られたようです。
来客の予定はないのに?とモリナス子爵夫人が首を傾げていると子爵家の執事さんが来ました。
「奥様、公爵家の使者との事ですが尋ね人なのだそうです」
ハッとわたくしとモリナス子爵夫人は顔を見合わせました。
執事さんは聞いたままを報告してくださいます。
「銀髪で、年のころは20歳前後…おそらく身なりのいい女性との事で‥」
ちらりとわたくしを見るのが判ります。
間違いなく、わたくしでしょう。
公爵家の使者という事は探しているのはアポロン様かしら?
「彼女は違うわ。私の旧友なの」
「いけません。何かあれば…咎が及んでしまいます」
「なんでも過去に参加した茶会の出席者を当たっているとの事なのですが」
「ウチは子爵家。恐れ多くて茶会に公爵家の方がいても話しかけて下さらない限りこちらから話しかける事は出来ないし、そんな恐れ多い方とはまだご縁がないと追い返しましょう。遅れて私が出るわ」
「承知致しました」
執事さんが対応に向かうとモリナス子爵夫人はそっと扉を小さく開けて玄関の方に聞き耳を立てています。開いた扉から漏れ聞こえてくる声は間違いなくアポロン様の声でした。
「ちょっと待っててね。お姉様」
そういってモリナス子爵夫人は部屋を出て、階段を下りていきます。
位置的には扉を全開にしても玄関からもここからも姿を見る事は出来ません。
「どうなされましたの」
「これはモリナス子爵夫人。エンデバーグ公爵家のアポロンと申します」
「まぁ、公爵様がこのような所に…ですが生憎主人は不在ですの」
「いや、人を探している。私の妻なのだがここに伺っていないだろうか」
「この大雨に?何故公爵夫人が…何か当家に御用があったのでしょうか?」
「そう言う訳ではないのだが…」
「申し訳ないのですが、おそらくは公爵夫人はわたくしの事はご存じないと思いますわ」
「どうして?」
「考えてもみてくださいまし。爵位が下の者がおいそれと話しかける事なんて出来ませんわ。それに当家は子爵家。公爵夫人も順序がありますから子爵まで順番に挨拶をしていれば茶会など終わってしまいます。名だけかわせばよいという物では御座いませんもの。こちらは公爵夫人のお名前とお顔は存じていますが…逆となれば‥ねぇ?」
「そうですか。これは失礼を致しました」
「ですがこの雨の中、公爵夫人はお出かけに?戻られないのでしたら茶会で一緒しただけの当家などより王宮か憲兵団に届けをされたほうが宜しいのではなくて?乗って出られた馬車などから探しやすいと思いますわ」
「えっと…あぁ…そうだな。時間を取らせてしまった。申し訳ない」
アポロン様もまさか数日前に歩いて、しかも追い出してしまったとは言えないのでしょう。
ですが一軒一軒こうやって訪ねて回られているのかしら。
そんな事をする前に、マイラさんの心配でもされたほうが余程に大事だと思うのです。
だってマイラさんのお腹には…。
いいえ。こんな事を考えるのはやめましょう。今更です。
わたくしはアポロン様が仰ったように公爵家のやり方にはそぐわなかったのです。
リガール帝国は性別に関係なく爵位は継げます。アポロン様もご両親が第二子なのに決めたからご当主なだけです。マイラさんとのお子様が継ぐ事に問題はないでしょうし…。
なによりこの子と離れて暮らす事になるのは耐えられません。
アポロン様の御子である事は間違いないですが、わたくしの子である事も間違いないのです。アポロン様は先にマイラさんとのお子さんが生れますしスペアにされるのは…。
市井であれば流行病で命を落とす子供も多くいますが、公爵家となればすぐにお医者様にも診て頂けます。なによりこの子がいるのはマイラさんも…お義母様も良い顔はされないでしょう。
「うっ…」
そんな事を考えていたからでしょうか。下腹部に痛みが走ります。
思わず蹲ってしまったところにモリナス子爵夫人が戻ってきました。
「お姉ちゃんっ?どうしたの?‥‥あぁぁっ!!」
「だ、大丈夫…すこしお腹が痛いだけです…」
「大丈夫じゃないわ!誰か!誰か来てっ!!」
チクチクとした痛みが強くなっていきます。同時に背筋がゾッとしました。
太ももが、いえ、足元が濡れている感触がしたのです。
まさか‥‥そう思ってそっと足元を見てしまったのです。
そこにあったのは血で汚れたワンピースでした。
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