ねぇ?恋は1段飛ばしでよろしいかしら

cyaru

文字の大きさ
19 / 37

第18話   喜劇のアリス

しおりを挟む
「ねぇ。ステラ。歌劇を観に行かない?」

店にやって来たのは客ではなくコール侯爵家のアリス。
従業員に笑顔で「ごきげんよう」と声を掛けながら真っ直ぐにステラの元にやって来て観劇に行こうと誘う。

「申し訳ございませんが、暫くは仕事が立て込んでおりますので」
「えぇ~。アタシ、ステラと行きたいんだけどな~」
「聞こえませんでした?忙しいのです」
「留学生はそんな事しなくていいんだってば~」

揶揄うような口調のアリスにステラは「そんな事」と答えるにとどまった。

「ねぇねぇ?どうするの?行くの?行かないの?」
「参りません」
「そんな事言っていいの?他の子、誘っちゃうかもぉ」
「そうなさればよろしいのでは?アリス様なら皆さまご一緒なさるでしょう」


アリスは見た目は可愛い。男性の庇護欲を掻き立てるというのだろうか。
中身はかなり図々しく、そしてあざとい。
おそらく同性からは嫌われるタイプだろうとステラは読んでいた。


「今度夜会があるの。男爵家まで招待状が届いてるのよ?知ってる?」
「存じております」
「恥ずかしいとは思うけど、大勢の令嬢の中に埋もれれば誰も気にしないわ。会場では別行動すればいいんだし、アタシと一緒に入場させてあげる。ドレスも持ってないでしょう?貸してあげるわ。お古になっちゃうけど安心して?男爵家なんかじゃ買えない素材のドレスよ?自慢していいわ」


どこから突っ込んでいいのか判らないが、すれば・・・。

「野暮ったい留学生なんか誰も気にしないけど、キラキラした夜会に私と一緒に入場すればその時だけスポットライトがあたるわ。だって私のドレスを着てるんだもの」

とでも言いたいのだろう。


アリスが突然やって来たのにも意味があるとステラは読んだ。

留学生を受け入れた家には両国から支度金が支払われるのだが、実体のない預かりには当然支払われる事はない。帰国後に纏めて支払われる金額は経費を除いて1か月当たり300万ミィ。それが両国からなので600万ミィ。
半年となれば3600万ミィとなり、これらは非課税扱いで家の事業所得に含まれない。

その上、相手の家からは感謝の意を込めて取引が持ち込まれる。

書面で見る限りステラの家であるカルボス男爵家の領からはゴールドとシルバーが採掘をされているとあり、コール侯爵は「美味しいところ」だけを吸い取ろうと考えていた。

が、実績がないとそれは支払われない。実績を作るためにステラを色々な場所に連れ回す必要があるので父のコール侯爵に言われてやって来たのだろう。


ステラにはそれが滑稽に見えた。

身分を偽っているステラ。
相手国を騙しているのでは?と考える者もいるだろうが、昨年モーセット王国に来た第1王子も実際には存在しない架空の伯爵家を名乗っていた。

友好に基づく交換留学生制度と表向きの言葉は聞こえはいいが、国と国の情報戦の試験の場とも言える。

王族が紛れる理由は今のステラと同じく「見聞を広める」意味もあるし「武者修行」の意味もある。何故相手国が身分を隠して訪れているのか。そこを読むのも国としては当たり前。

モーセット王国は第1王子の事を「あ~この子ね」と留学に於いての情報が虚偽だと見抜いていたし、王妃の子である第2王子ではなく側妃の子の第1王子を送って来た事で、次の玉座を手にするのはどちらかおおよその見当をつけた。

モーセット王国にはカルボス男爵家もカルボス男爵領も実際は存在しない。
実際に存在をする家かどうかなど調べれば判る事だが、ステラはモーセット王国から来た。
留学に当たり万全の態勢でここに来ているので調べるにもコール侯爵家では限界があるだろう。

ありもしない領や家をさもあったかのように見せる、思わせるのも戦略の1つ。

ステラの身元を隠すために母親であるメリル夫人の生まれ故郷の村の名前を取っただけ。
カルボス村でゴールドもシルバーも取れないし、目立った産業もなく限界集落となって2年前に廃村になっている。

その事に未だに気がつかず、目先の支度金欲しさに観劇に誘うとはなんと滑稽なのだろう。まさに今、この場が喜劇の上演をしている舞台ではないかとクスっと小さく笑った。

なんせ国王ですら見破っていないのだから。まさに現在絶賛公演中の喜劇だ。

(最後まで暴かれなかったらチームにご褒美あげなきゃ)


ステラはアリスに微笑む。


「お引き取りくださいませ。遊びのお誘いは不要です。夜会は帰国する前に出席するよう手配をしておりますが、それまでは一介の留学生。期間中は1分1秒も無駄にしたくはありません」

「無駄っ?!信じられない‥‥貴女ね!この家がどんな汚い仕事をしてるか知ってそんな事を言ってるの?こき使われて学ぶものなんか何もないわよ?」

「業務の内容は説明を受けております。汚いかどうかは個人の主観ですのでお答えのしようが御座いませんが、そもそもでトレサリー家に厄介になれと指示されたのはコール侯爵です。貴女こそ何のためにこの留学制度があるのかを学ばれた方が宜しいのでは?」

「くっ!!恥をかいても助けてあげないんだから!あとで侯爵家に泣きついてこないでよ!」

「えぇ…肝に銘じて。そちら様もその言葉、お忘れなきよう」

「ひ、人が誘ってやってるのに!このアタシがわざわざこんな所まで来てやったのに!恩知らずの恥知らず!気分が悪いわ!帰ります」

「是非。お帰りはあちらですわ」

ステラは何食わぬ顔で入って来た扉を手で指し示すと顔を真っ赤にし憤慨したアリスが従業員に「開けなさいよ!」と怒鳴る。

「内開きですのでそこに立たれては扉を開けられません」
「なっ!何よ!アタシに意見する気?!」


アリスが出て行ったあと、従業員がステラに通ってくる。
突然やって来て、リヴァイヴァールの婚約者だからと「ドレスを頼め」「支払いをしておけ」と喚き散らして従業員たちを「コール侯爵家に逆らうのか」と脅す。

平民である従業員たちは黙るしかない。自分たちの一声でトレサリー家の事業が立ち行かなくなる危険性もあるので言い返したくても言い返せなかった。


「あんた、凄いね。あのご令嬢を追い返すなんて」
「業務の邪魔でしか御座いませんもの」
「俺たちも強く出られればいいんだけどな」
「それよりも坊ちゃんが気の毒だよ。あんな子を妻にしなきゃいけないなんてね」
「ホントそれ。気の毒――うわっ」


従業員たちもリヴァイヴァールを気遣う言葉を発するが、カランコロンとドアベルが鳴り、間一髪アリスとニアミスのリヴァイヴァールが見積もりから戻って来た事で自分の席に散っていった。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

王子は真実の愛に目覚めたそうです

mios
恋愛
第一王子が真実の愛を見つけたため、婚約解消をした公爵令嬢は、第二王子と再度婚約をする。 第二王子のルーカスの初恋は、彼女だった。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

望まない相手と一緒にいたくありませんので

毬禾
恋愛
どのような理由を付けられようとも私の心は変わらない。 一緒にいようが私の気持ちを変えることはできない。 私が一緒にいたいのはあなたではないのだから。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

全てから捨てられた伯爵令嬢は。

毒島醜女
恋愛
姉ルヴィが「あんたの婚約者、寝取ったから!」と職場に押し込んできたユークレース・エーデルシュタイン。 更に職場のお局には強引にクビを言い渡されてしまう。 結婚する気がなかったとは言え、これからどうすればいいのかと途方に暮れる彼女の前に帝国人の迷子の子供が現れる。 彼を助けたことで、薄幸なユークレースの人生は大きく変わり始める。 通常の王国語は「」 帝国語=外国語は『』

【完結】さっさと婚約破棄が皆のお望みです

井名可乃子
恋愛
年頃のセレーナに降って湧いた縁談を周囲は歓迎しなかった。引く手あまたの伯爵がなぜ見ず知らずの子爵令嬢に求婚の手紙を書いたのか。幼い頃から番犬のように傍を離れない年上の幼馴染アンドリューがこの結婚を認めるはずもなかった。 「婚約破棄されてこい」 セレーナは未来の夫を試す為に自らフラれにいくという、アンドリューの世にも馬鹿げた作戦を遂行することとなる。子爵家の一人娘なんだからと屁理屈を並べながら伯爵に敵意丸出しの幼馴染に、呆れながらも内心ほっとしたのがセレーナの本音だった。 伯爵家との婚約発表の日を迎えても二人の関係は変わらないはずだった。アンドリューに寄り添う知らない女性を見るまでは……。

【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜

早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。

処理中です...