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第27-2話 恩と仇は返すもの②-②
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「小さい家だから手前から奥に調べよう。帰りは逆で見落としが無いかを確認すればいいと思うんだ」
「承知致しました。では玄関からですね」
本来の所有者は昨年亡くなった王太后。狩りに使うにも、買い物に使うにも場所が中途半端で用事がない。清掃だけはしっかりとされているのと、絵画など値がつきそうなものは先に撤収をされていて残されているものは全て廃棄すると言われている荷物ばかり。
「これなんか・・・いくらで買ったんだろうな。あっさり捨てられるなんてなぁ」
「傷も御座いませんね」
中古市場に売りに出したいが、王家の所有物となると移設するか廃棄するか。王族にはそれぞれ生まれた時にミドルネームと一緒に紋も授けられるので、紋が刻まれた家具は中古市場に売りに出す事も出来ない。
見えている部分を削り取っても、うっかり見残しをしてしまうと大変なことになる。
最後に残った寝室に入るとリヴァイヴァールとステラの足が止まった。
「誰か使っていたのでしょうか」
「あ~よくあるんだ。空き家になってると浮浪者が入り込むんだよ」
「浮浪者?ですがここは王家の持ち物では?」
「そうなんだけど、住み込みがいるわけじゃないし、警護の巡回するルートもここは入ってないんだ。先代の王妃殿下が使われてた時は門番もいたようだけど使ってないしね」
「簡単に入り込めるのですか」
「簡単だよ。泥棒は窓を割ったりして入って来るけど浮浪者は窓を外すんだ」
「窓を外す?窓枠があるのに外せるのですか」
「そうだね。3枚引きは難しいけど2枚引きなら両方を持ち上げて下に下ろせば外れるよ。普通は引き違いだからそんな事思いつかないだろうけど。あとはルーバーになってると1枚1枚を丁寧に外して入って来るよ」
寝室は寝台の上だけが乱れていて、明らかに最近使われた形跡があった。
浮浪者が入り込むのはよくあると聞き、ステラはモーセット王国にある郊外の離れなどを思い浮かべた。しかし所有者であるステラや叔父も利用するので考えてみれば門番が常駐している。
なので、この家の現状になりそうな家が思い浮かばなかった。
「寝室はまぁ寝台とその周りか。クローゼットも併設になって――」
「どうされました?」
「しっ!誰か来る」
窓枠を見て考え込んでいたステラは「しくじった」と思ったが、言われてみれば人の声がかすかに聞こえて足音がこちらに向かってやって来る。
「こっち・・・ステラさん」
グイっと手を引かれ、クローゼットの中に入ると廃棄するドレスが幾つも吊り下がっていた。リヴァイヴァールは一番奥ではなく、手前の大きく裾に向かって広がっているドレスの間に入り込み、ステラにしゃがみ込むよう手ぶりで伝えた。
『もぉ~まだだってばぁ』
『まだ?こんなになってるのに我慢できるのか?』
『それは今朝の♡出て来ちゃった。あはっ』
『高貴な子種を垂れ流すとはな…そんな女には折檻も必要か?言ってみろ』
『あぁんっ・・・そこっ・・・だめぇ』
ボスン。寝台に飛び乗ったのだろうか。音がすると卑猥な言葉がアリスに向かって次々に吐かれ、汚い言葉にもアリスが嬌声をあげて応える。
音だけでも2人が何を始めたのか判ってしまう。リヴァイヴァールは俯いて床に置いた手が小刻みに震えていた。
寝台が軋む音が静かになると恐ろしい会話が薄い壁を突き抜けて聞こえてくる。
「こんなことして。本当に悪い王子様だわ」
「よく言うよ。お前だって大概じゃないか。ホント。お前みたいな女が一番だよ」
「でしょ?結婚は別の人。こうやって楽しむだけ。お互いWINWINね。それはそうとドレスありがと(ちゅっ)」
「何も言わせないし、どうせアイツは何も言えないヘタレだからな」
「子供が出来ても何も言わせないでよ?」
「当然だ。俺の子を育てさせてやる恩を売るんだ。一生童貞も喜べと言ってやるよ」
ちらりとリヴァイヴァールを見れば床に置いいていた手は膝の上にあり、膝を抉る程指に力を入れて怒りを堪えているのかブルブルと先程よりも大きく震えていた。
寝台の軋む音が止まり、衣類を身に纏っているような衣擦れの音にカチャカチャとベルトの金具を合わせる音。そしてリップ音。
「さて、帰るか。母上が五月蠅いからな」
「殿下も大変ね?でも抜け出すのってスリルがあるんじゃなぁい?」
「まぁな。それも楽しみでもあるかな」
足音が遠ざかり、ステラは扉に近寄るとそっと耳をあてる。さらに足音は小さくなり玄関と思わしき扉の閉じる音を聞いて少し経った頃、ステラはリヴァイヴァールに話しかけた。
「良いのですか?このままで」
「良くはないさ。でもトレサリー家は事業をしている。雇っている人間の数は500人を超えてるんだ。彼らを路頭に迷わせる事は出来ない。ごめんな。変なものを聞かせちゃって」
「そのような事はお気になさらず」
「さ、残りは寝室だけだ。さっさと終わらせて帰ろうか」
「もう少し休まれては?」
「いや、終わらせよう。ははっ・・・仕事は終わらせられるのに婚約は終わらせる事が出来ないなんて・・・皮肉だよ。全く」
震えはまだ止まっていないのだろう。声も震えている。
それでも何事も無かったかのようにクローゼットから出て、寝室の荷物を見積もり出すリヴァイヴァール。ボードに書き取る文字も震えていた。
ステラは背を向けるリヴァイヴァールに提案した。
「では、婚約を破棄しましょう」
「それが出来るくらいならとっくにやってる。相手は第2王子。たかが子爵家じゃ太刀打ちできないんだ」
「それは、たかが子爵家で無くなれば太刀打ちできるという事ですの?」
「‥‥そんなに簡単な事じゃないよ。だけど気休めでも・・・ありがとう」
「あら?簡単でしてよ?」
ステラはにこりとリヴァイヴァールに微笑んだ。
「恩と仇はきっちりとお返しする。簡単な事です」
「恩と仇って…あいつらに恩なんか・・・」
「御座いませんね」
「・・・・・だよな?それにもう諦めてるんだ。どうにもならないって事くらいは1年卒の僕にだって――」
「リヴァイヴァール様、婿に来ます?」
「フェッ?婿って・・・あの女の家になんか婿入りはしないし、そういう婚約じゃ――」
「ではなくて、リヴァイヴァール様がわたくしの元に婿入りするかと問うているのです」
カコーン・・・コロロ。
リヴァイヴァールが手にしていたペンが床に落ちた。
「承知致しました。では玄関からですね」
本来の所有者は昨年亡くなった王太后。狩りに使うにも、買い物に使うにも場所が中途半端で用事がない。清掃だけはしっかりとされているのと、絵画など値がつきそうなものは先に撤収をされていて残されているものは全て廃棄すると言われている荷物ばかり。
「これなんか・・・いくらで買ったんだろうな。あっさり捨てられるなんてなぁ」
「傷も御座いませんね」
中古市場に売りに出したいが、王家の所有物となると移設するか廃棄するか。王族にはそれぞれ生まれた時にミドルネームと一緒に紋も授けられるので、紋が刻まれた家具は中古市場に売りに出す事も出来ない。
見えている部分を削り取っても、うっかり見残しをしてしまうと大変なことになる。
最後に残った寝室に入るとリヴァイヴァールとステラの足が止まった。
「誰か使っていたのでしょうか」
「あ~よくあるんだ。空き家になってると浮浪者が入り込むんだよ」
「浮浪者?ですがここは王家の持ち物では?」
「そうなんだけど、住み込みがいるわけじゃないし、警護の巡回するルートもここは入ってないんだ。先代の王妃殿下が使われてた時は門番もいたようだけど使ってないしね」
「簡単に入り込めるのですか」
「簡単だよ。泥棒は窓を割ったりして入って来るけど浮浪者は窓を外すんだ」
「窓を外す?窓枠があるのに外せるのですか」
「そうだね。3枚引きは難しいけど2枚引きなら両方を持ち上げて下に下ろせば外れるよ。普通は引き違いだからそんな事思いつかないだろうけど。あとはルーバーになってると1枚1枚を丁寧に外して入って来るよ」
寝室は寝台の上だけが乱れていて、明らかに最近使われた形跡があった。
浮浪者が入り込むのはよくあると聞き、ステラはモーセット王国にある郊外の離れなどを思い浮かべた。しかし所有者であるステラや叔父も利用するので考えてみれば門番が常駐している。
なので、この家の現状になりそうな家が思い浮かばなかった。
「寝室はまぁ寝台とその周りか。クローゼットも併設になって――」
「どうされました?」
「しっ!誰か来る」
窓枠を見て考え込んでいたステラは「しくじった」と思ったが、言われてみれば人の声がかすかに聞こえて足音がこちらに向かってやって来る。
「こっち・・・ステラさん」
グイっと手を引かれ、クローゼットの中に入ると廃棄するドレスが幾つも吊り下がっていた。リヴァイヴァールは一番奥ではなく、手前の大きく裾に向かって広がっているドレスの間に入り込み、ステラにしゃがみ込むよう手ぶりで伝えた。
『もぉ~まだだってばぁ』
『まだ?こんなになってるのに我慢できるのか?』
『それは今朝の♡出て来ちゃった。あはっ』
『高貴な子種を垂れ流すとはな…そんな女には折檻も必要か?言ってみろ』
『あぁんっ・・・そこっ・・・だめぇ』
ボスン。寝台に飛び乗ったのだろうか。音がすると卑猥な言葉がアリスに向かって次々に吐かれ、汚い言葉にもアリスが嬌声をあげて応える。
音だけでも2人が何を始めたのか判ってしまう。リヴァイヴァールは俯いて床に置いた手が小刻みに震えていた。
寝台が軋む音が静かになると恐ろしい会話が薄い壁を突き抜けて聞こえてくる。
「こんなことして。本当に悪い王子様だわ」
「よく言うよ。お前だって大概じゃないか。ホント。お前みたいな女が一番だよ」
「でしょ?結婚は別の人。こうやって楽しむだけ。お互いWINWINね。それはそうとドレスありがと(ちゅっ)」
「何も言わせないし、どうせアイツは何も言えないヘタレだからな」
「子供が出来ても何も言わせないでよ?」
「当然だ。俺の子を育てさせてやる恩を売るんだ。一生童貞も喜べと言ってやるよ」
ちらりとリヴァイヴァールを見れば床に置いいていた手は膝の上にあり、膝を抉る程指に力を入れて怒りを堪えているのかブルブルと先程よりも大きく震えていた。
寝台の軋む音が止まり、衣類を身に纏っているような衣擦れの音にカチャカチャとベルトの金具を合わせる音。そしてリップ音。
「さて、帰るか。母上が五月蠅いからな」
「殿下も大変ね?でも抜け出すのってスリルがあるんじゃなぁい?」
「まぁな。それも楽しみでもあるかな」
足音が遠ざかり、ステラは扉に近寄るとそっと耳をあてる。さらに足音は小さくなり玄関と思わしき扉の閉じる音を聞いて少し経った頃、ステラはリヴァイヴァールに話しかけた。
「良いのですか?このままで」
「良くはないさ。でもトレサリー家は事業をしている。雇っている人間の数は500人を超えてるんだ。彼らを路頭に迷わせる事は出来ない。ごめんな。変なものを聞かせちゃって」
「そのような事はお気になさらず」
「さ、残りは寝室だけだ。さっさと終わらせて帰ろうか」
「もう少し休まれては?」
「いや、終わらせよう。ははっ・・・仕事は終わらせられるのに婚約は終わらせる事が出来ないなんて・・・皮肉だよ。全く」
震えはまだ止まっていないのだろう。声も震えている。
それでも何事も無かったかのようにクローゼットから出て、寝室の荷物を見積もり出すリヴァイヴァール。ボードに書き取る文字も震えていた。
ステラは背を向けるリヴァイヴァールに提案した。
「では、婚約を破棄しましょう」
「それが出来るくらいならとっくにやってる。相手は第2王子。たかが子爵家じゃ太刀打ちできないんだ」
「それは、たかが子爵家で無くなれば太刀打ちできるという事ですの?」
「‥‥そんなに簡単な事じゃないよ。だけど気休めでも・・・ありがとう」
「あら?簡単でしてよ?」
ステラはにこりとリヴァイヴァールに微笑んだ。
「恩と仇はきっちりとお返しする。簡単な事です」
「恩と仇って…あいつらに恩なんか・・・」
「御座いませんね」
「・・・・・だよな?それにもう諦めてるんだ。どうにもならないって事くらいは1年卒の僕にだって――」
「リヴァイヴァール様、婿に来ます?」
「フェッ?婿って・・・あの女の家になんか婿入りはしないし、そういう婚約じゃ――」
「ではなくて、リヴァイヴァール様がわたくしの元に婿入りするかと問うているのです」
カコーン・・・コロロ。
リヴァイヴァールが手にしていたペンが床に落ちた。
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