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最終話   気持ちは1段飛ばしでよろしいかしら

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ステラの帰国の日、リヴァイヴァールとステラの別れはあっさりとしたものだった。

特別に時間を取るわけでもなく、トレサリー子爵のハンドレー、ビッケ、リヴァイヴァールと従業員たちみんな纏めての挨拶で、しいて言えばビッケがステラとハグをしたくらい。

馬車に乗り込んだステラも小窓を開けて手を振る事はなく、ステラを乗せた馬車の隊列の最後が動き出す前にリヴァイヴァールは家の中に入った。


「お兄ちゃん、本当にこれで良かったの?」
「良かったんだよ・・・思っていた以上に結果は良かっただろう?」
「良かったって・・・どこがよ!ちっとも良くないわ!」
「なんでだよコール家とは縁が切れて、借金も一時国が立て替えで払ってくれた。万々歳じゃないか」
「本気で良かったと思ってるの?」
「思ってるよ」

わなわなと震えるビッケは「お兄ちゃんの大馬鹿!」と叫んでメザシDE目出し帽を投げつけた。


★~★

同じころ、ステラは何を見るでもなく馬車の小窓から見える風景を黙って見ていた。
帰国は帰国でも方向が異なるため両親と兄は先に帰国をした。一緒に馬車に乗っているのはブレイドル。

「ちょっとは変わったと思ったんだけどな」
「何がです?」
「ステラだよ。なんていうか・・・丸くなった?」
「体重の増減は御座いません」
「そういう意味じゃないのは解ってるんじゃないのか?」


好きとか嫌い、愛はステラには今一つ解らない。
両親祖父母、兄が怪我をしたり、亡くなったと聞けば心は乱れる。が、しなければならない役目が目の前にあって心配や悲しむという感情に浸る時間は短い。

視察で色々な領地に出向いた事はあったし、世話役の令嬢との別れも経験はしたが今は感じた事のない虚脱感がステラの心に穴を開けていた。

洞穴のように風が吹き込めばおどろおどろしい音がする。ただ怖いという感情が喪失に近かった。

「感化されたのかも知れません。半年は今までで一番長いので」
「一番長いのは辺境領から出て来ての7年間だろう」
「会おうと思えばお父様にもお母様にも会えますから」
「それは彼も一緒。会おうと思えばプリスセア王国に行けばいいだけ。でも違うだろう?こう言うのは理屈じゃないんだ。帰国の前、彼と顔を合わせなくても今のような気持ちにはならなかったはずだ」


そう言われてみればそうかも知れない。
リヴァイヴァールは仕事だし、遅くなっても帰宅をしてトレサリー家で就寝をするという安心感がステラにはあった。

「素直になってもいいんじゃないかな。1度くらいは我儘を言ったって誰も咎めやしないよ。なんならステラの子が即位するまで僕が代行を務めたっていいんだ」

「判った風な事を言わないでくださいませ」

「判った風じゃない。わかるんだ。だって僕はステラ、君の宰相だからね。主君の考えることを先読みするのが宰相のオ・シ・ゴ・ト・なんだよ」

そんな話をしているとカタンと馬車が停まる。御者の声で事故があったようで通れるようになるまで時間がかかるという。

「やれやれ。今夜は馬車泊かねぇ」
「そうね」
「お姫様はつれないね」




★~★

2人の距離はどんどん遠くなる。
リヴァイヴァールは、障害物が何もない廊下で盛大に転び、水深ひざ丈の湯殿で溺れかけ、服を裏表のついでに前後ろを反対に着たまま、寝台に転がった。

シーツもマットも交換をしたのに寝返りを打つたびにステラの香りが鼻腔を擽り、その度に起き上がる。

部屋の中も今まで通り。カーテンで仕切った向こう側にはビッケがいるし、机の中も入っているのはリヴァイヴァールのものだけ。

シャッとカーテンが開いてキリン柄の寝間着を着たビッケが「行かないの?」と聞く。

「何処に行くっていうんだよ」
「何処って・・・モーセット」
「遠い!行かない!行けない!はい!この話は終わり!」
「ねぇお兄ちゃん!お兄ちゃんってば!」
「もう!五月蠅いよ!子供は早く寝ろ!」

ビッケに怒鳴るとビッケはピタリと静かになった。しかし、ビッケが静かになると従業員の食堂のほうが騒がしくなる。

「どうしたんだろう?」

リヴァイヴァールは起き上がり、食堂に出向いてみるとゴミの集積場にゴミを下ろしに行った従業員が帰ってきたところだった。
予定では18時には戻ってきてもいいはずなのに時刻はもう21時だった。

「坊ちゃん、やられましたよ~」
「どうしたんだ?遅かったな。集積場がよく受け付けてくれたな」
「いや集積場にゴミを下ろしたのは17時ころだったんですけど、そこからが大変で。馬を狙って石を投げたやつがいたみたいで何処かの貴族の馬車が横転してましてね。ありゃぁ…助かってないかもな」

リヴァイヴァール心臓が早鐘を打ち始める。集積場はモーセット王国への帰り道、脇道にそれた場所にあり時刻で17時過ぎと言うと丁度ステラの一行が通ったかどうかの時間帯。

「ちょっと、出てくる!」
「え?坊ちゃん?」

リヴァイヴァールは厩舎に行くと鞍も付けていない馬に跨り、屋敷を飛び出していった。

「え~行っちゃったよ。転んだ馬車の撤去が終わったから通れたんだけどなぁ。今行ったって何にもありゃしないのに」

従業員は「湯を浴びて帰るか~」と鼻歌を歌いながら湯殿に消えて行った。


★~★

「どこだ?どのあたりだ?」

馬車が出立をしてからの時間を考えて、17時ころに立ち往生したとなればこの付近と見当をつけて馬を走らせるが、長い隊列は月夜の夜でも何処にも見当たらない。

嫌なことばかり考えてしまう。横転した馬車でステラが出るに出られない状態であったり、怪我をして血を流していたらどうしようとリヴァイヴァールは想像するだけで気が狂いそうだった。

どれだけ走ったか、「もしや途中で宿を取ったか」それならば事故はステラの乗った馬車じゃないと安心できるがあれほどの人数を収容できる宿屋は郊外にはない。

「だめか・・・遠回りになるけど辺境領に先に寄るようにしたんだろうか」

そんな事を考えて、もうあの角を曲がったら、あの木まで行ったらと距離を伸ばした。
諦めて引き返そうとした時、数mの防風林の隙間にいくつかの灯りが見えた気がした。

目を凝らすと揺れる炎だと判る。「焚火をしてるんだ」
リヴァイヴァールは焚火の方向に向かって馬を走らせた。

月はもう空の真上。時刻にすれば日付を超える頃で焚火番をしていた兵士は近づいてくる馬の蹄の音に「警戒」を知らせた。

その知らせはステラの眠る馬車にも伝えられる。
寝付けなかったステラは小窓から見える月を眺めていたが、警戒の知らせに小窓のカーテンを閉じた。

パカラッパカラッ。馬の蹄の音がどんどん近くなり兵士の殺気も上がった時声がした。

「ステラさんっ!ステラさんっ!」

聞き覚えのある声に、ステラは窓に引いたばかりのカーテンを開けた。見えるのは兵士が動く影だけだが、名を呼ぶ、いや、叫ぶ声が近くなると堪らず扉を開けてしまった。

「ヒヒィーン!!」馬の嘶きと同時に兵士の剣を抜く音が重なった。

「ステラさんっ!!」

騎乗したリヴァイヴァールは馬車から出て来たステラが遠目でも判った。馬を飛び降りてステラの元に全力で走るが木の張り出した根っこに足を引っかけて盛大に転んだ。

「リヴァイヴァール様?!敵ではありません!警戒は解除!」

ステラは兵士に言葉を掛けると、転んだリヴァイヴァールの元に駆け寄った。

「良かった・・・無事だった・・・馬車の事故があったと聞いて」
「それでここまで来たのですか?」
「だって、心配で・・・もし馬車に取り残されていたり怪我をしてたらどうしようって‥良かった‥無事で」
「貴方という人は・・・もうっ!」

ステラの胸に温かいものが広がっていく。リヴァイヴァールの顔を見て、声を聞いてこんな気持ちになるなんて初めてだった。

「ステラさん、あの言葉はまだ有効かな」
「あの言葉?」
「婿に来ますかって・・・言葉」
「そうですね。まだ期限は切れておりませんわね」
「あと3年・・・有効期間を伸ばしてくれないかな」
「3年?」
「ビッケを学園に入れてやりたいんだ。そして事業をちゃんと引き継いでから君の元に向かう。何もない僕だけどその先の人生はステラさん・・・一緒に歩きたい」
「3年と言いますと、王配となると思いますが、よろしいの?」
「僕は・・・女王の君をまだ知らない。王配の仕事は判らないけど君に家事を教えた時のように1段1段‥ゆっくり段階を追って覚えるよ」

「ふふっ。ではお待ちしております」
「ありがとう!!大好きだ!」

ガバッと抱き着いたリヴァイヴァールだったが、ステラはべりりと引き剝がす。

「わたくし、家事は初心者への階段1段目で御座いましたが、貴方を思う気持ちは・・・1段飛ばしで駆けあがってしまいそうです」
「奇遇だね、僕もだよ」


その後、3年間文通を続けた2人はめでたく結婚をする事になる。
しかし、結婚式を挙げた教会は完全バリアフリーで階段が1段も無かったのは秘密である。


Fin

★~★

長い話にお付き合いいただきありがとうございました\(^_^)/
さてコメントの返信をいたしまーす!
気長にお待ちくださいね

読んで頂きありがとうございました<(_ _)>
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