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VOL:11 荷物と確信犯
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人事課がワタワタとしていた同時刻。
フランソワールはミクマと共にそれまで住んでいた部屋を引き払う為に荷物を纏めていた。この先フランソワールが住まいとするのは当面はミクマの祖父母の屋敷。
祖父の見舞いで貰った休暇が明ければミクマと共に隣国に渡り、大使館に併設された官舎住まいとなる。
「部屋は沢山あるから好きな部屋を選ぶといい」
「選んでいいんですか?」
「沢山と言っても35室しかないが」
――廊下とか物置も含んでるのかしら?――
フランソワールは生粋の貧乏。筋金入りの貧乏なので出来れば狭い部屋、端から端まで5、6歩が希望であるが、ミクマがそんな思いを知るはずもない。
「思っていたよりも荷物は少ないんだな」
「仕事も辞めましたし、制服返却ですし…元々衣類は少なかったので」
「このテーブルセットはどうするんだ」
「あ、寝台のシーツなどは私の購入品ですが、寝台そのものとマット、それからカーテン、テーブルセット、収納棚は備え付けなので傷とか劣化分は敷金で相殺になると思います」
「ふーん」と部屋を見渡すミクマは天井を指差し「カーテンレールも?」と聞いた。
「あ、それは勝手につけました。取り付けのビスの穴・・・言われちゃいますかね」
「そんなものは天井を張り替えればいい」
「て、天井の張り替え?」
「ついでだ。壁紙も張り替えて…この床板も交換だな」
「待ってください!そんなに・・・お金なくて‥出る時にそこまでしなくていいって事だったのでここを借りたんです」
ミクマに必死で訴えるフランソワールだったが、ミクマは「私物を纏めなよ」と言って部屋を出て行った。次にミクマが戻って来た時は家主でもある大家夫妻が手を揉みながら一緒に部屋に入ってきた。
「コバルさん。新天地でも頑張ってね」
「は、はぁ…?」
「掃除も何もいらないわ。気にせずにね」
どう言う事だろう?流石に掃除はしないと不味いのではないか?
そう思ったのだが大家の夫人のほうから封筒を手渡された。
「この前、更新したでしょう?更新はナシって事で。これはいらないからね?」
封筒の厚みからすれば更新料に相当するのだろうが気味が悪い。
昨年引っ越していった隣人は更新料を払ったものの、親御さんが急逝し実際の更新日の手前で引っ越しとなったのに一旦支払った更新料の返金は拒否されたはずだ。
手渡された封筒が不気味で堪らない。
「荷物はそれだけか?後で忘れたと言っても取りに来られないぞ」
「え?どういう事です?」
「どういうもこういうも。この建物そのものが一旦取り壊して新築になる」
「取り壊しっ?新築っ?でもこの前まで更新って…いつ決まったのかしら」
「さっきだ」
「ホェッ?」
ミクマは「当たり前だろう?」と説明を始めた。
ミクマの仕事は隣国の大使館の長。色々と面倒事も多い。
契約であろうとなかろうと妻は妻。恋人ですらテロ組織の標的になる可能性がある。
過去に住んでいた家にうっかり忘れた私物を何らかの形で手に入れて、誘拐したと脅す事も出来る。テロ組織には幾つか「やり方」があるが身代金を要求される場合はぶっちゃけ「簡単」に解決する。
金を払えばいいのだ。勿論捕縛と金の回収はセットだが。
問題なのは政治思想を掲げる確信犯。
「確信犯っていうのはね、悪い事をしてるんだって判ってて…何てのは間違いだ。彼らには「悪いこと」「間違った方法」なんて概念がそもそも違う。行いの全てが彼らの真実であり正しい事だと思い込んでいる」
「そうよね。叱られるって判っててやるのが確信犯じゃない。例えれば宗教の違いって感じね。信じている人にはその宗教は正しくて他の宗教は間違ってると考えやすいもの」
「政治的思想の確信犯は、自分たちは間違ったことはしていない、今の世の中が悪い。だから政権を奪取しユートピアを作ろうとしている。その思いに間違いがないと明確に信じているから確信犯だ。こいつらが単純な誘拐犯などと違って一番面倒なんだ。思想そのものが違うからね」
「なるほどーでもすごく大きな話になってるけど私の荷物とどう関係が?」
「品物が簡単に手に入るという事は何時でも命を狙えるという警告でもある。屋敷の中から品を持ち出さないと出来ないからね。内通者は誰だ?と疑わせて身内で斬りあいをさせる事も出来る」
「だから、もう何もないと確実なのは壊すって事なのね。確かに物を送りつけて来ても無視できる!」
「そうだよ。ま、夫としても過去の男が出入りした家は気持ちいいものじゃない。僕がそれだけ君の事を大事にしているとなれば君に対する周りの対応も違ってくるはずだ。ちやほやしてくるなぁと感じるかも知れないが…そうだな。人間観察だと思っていればいい。少なくとも君を蔑んだりはしてこない。自惚れ無ければ影で揶揄される事も無いだろ」
「で、何を持って来た?」と聞くミクマに見てもらうのが手っ取り早いとフランソワールはトランクを開けた。中身は着古した衣類が数点にお気に入りの本とマグカップ。実家の父、祖父母とフランソワール4人の家族の小さな肖像画。それだけだった。
だがミクマが一番気にしたのはトランクの中身ではない。
「ちょっと待て。服は僕が買ってやる。下着とか小物はお婆様に相談しろ。金は出す。肖像画は…もうちょっとマシな枠を買ってやる。マグカップは…」
「捨てませんよ?小さい頃から遊んでくれた近所のお兄さんが初めてのお給料で買ってくれた品なので。でも色々と買って頂くのは遠慮します」
「なるほど。判った。マグカップについては残そう。だが買い物は譲れない。見た目がどうではないが、明らかに少なすぎるし、妻に何も贈らないというのは契約に反する」
「そんな契約内容でしたっけ??」
「社会一般、通念上だ。買って頂くと言う考えは僕の妻である間は捨てていい。ヨハネス家の男性陣には「贈らせてもらう」「何を置いても妻優先」という使命がある。立って歩くより先に叩きこまれる事案だ」
「という事は、ミクマ様は確信犯ですのね」
「そうなるな。そう教えられて育ったから仕方ない。で‥‥最大の問題。このトランクはなんだ?!」
「なんだ?って言われてもトランクです」
「いや、取っ手の横の留め具は壊れているし、蓋を閉じるのに紐を何重も巻いてと言うのはもうトランクではないだろう。思い入れがあるなら修理に出してもいいが…」
「捨てます」
「いいのか?何か思い出とかあるなら直して使えばいい」
「いえ、備え付けの棚の底が抜けて衣類を仕舞う場所がなくて、ゴミ置場で拾って来たんです」
「じゃ、捨てよう。トランクもここまで使って貰ったら本望だろう」
しかし、帰り道ミクマは幾つかの商会や商会が運営する店舗に立ち寄ったのだが、フランソワールの物欲のなさに頭を抱える事になってしまった。
フランソワールはミクマと共にそれまで住んでいた部屋を引き払う為に荷物を纏めていた。この先フランソワールが住まいとするのは当面はミクマの祖父母の屋敷。
祖父の見舞いで貰った休暇が明ければミクマと共に隣国に渡り、大使館に併設された官舎住まいとなる。
「部屋は沢山あるから好きな部屋を選ぶといい」
「選んでいいんですか?」
「沢山と言っても35室しかないが」
――廊下とか物置も含んでるのかしら?――
フランソワールは生粋の貧乏。筋金入りの貧乏なので出来れば狭い部屋、端から端まで5、6歩が希望であるが、ミクマがそんな思いを知るはずもない。
「思っていたよりも荷物は少ないんだな」
「仕事も辞めましたし、制服返却ですし…元々衣類は少なかったので」
「このテーブルセットはどうするんだ」
「あ、寝台のシーツなどは私の購入品ですが、寝台そのものとマット、それからカーテン、テーブルセット、収納棚は備え付けなので傷とか劣化分は敷金で相殺になると思います」
「ふーん」と部屋を見渡すミクマは天井を指差し「カーテンレールも?」と聞いた。
「あ、それは勝手につけました。取り付けのビスの穴・・・言われちゃいますかね」
「そんなものは天井を張り替えればいい」
「て、天井の張り替え?」
「ついでだ。壁紙も張り替えて…この床板も交換だな」
「待ってください!そんなに・・・お金なくて‥出る時にそこまでしなくていいって事だったのでここを借りたんです」
ミクマに必死で訴えるフランソワールだったが、ミクマは「私物を纏めなよ」と言って部屋を出て行った。次にミクマが戻って来た時は家主でもある大家夫妻が手を揉みながら一緒に部屋に入ってきた。
「コバルさん。新天地でも頑張ってね」
「は、はぁ…?」
「掃除も何もいらないわ。気にせずにね」
どう言う事だろう?流石に掃除はしないと不味いのではないか?
そう思ったのだが大家の夫人のほうから封筒を手渡された。
「この前、更新したでしょう?更新はナシって事で。これはいらないからね?」
封筒の厚みからすれば更新料に相当するのだろうが気味が悪い。
昨年引っ越していった隣人は更新料を払ったものの、親御さんが急逝し実際の更新日の手前で引っ越しとなったのに一旦支払った更新料の返金は拒否されたはずだ。
手渡された封筒が不気味で堪らない。
「荷物はそれだけか?後で忘れたと言っても取りに来られないぞ」
「え?どういう事です?」
「どういうもこういうも。この建物そのものが一旦取り壊して新築になる」
「取り壊しっ?新築っ?でもこの前まで更新って…いつ決まったのかしら」
「さっきだ」
「ホェッ?」
ミクマは「当たり前だろう?」と説明を始めた。
ミクマの仕事は隣国の大使館の長。色々と面倒事も多い。
契約であろうとなかろうと妻は妻。恋人ですらテロ組織の標的になる可能性がある。
過去に住んでいた家にうっかり忘れた私物を何らかの形で手に入れて、誘拐したと脅す事も出来る。テロ組織には幾つか「やり方」があるが身代金を要求される場合はぶっちゃけ「簡単」に解決する。
金を払えばいいのだ。勿論捕縛と金の回収はセットだが。
問題なのは政治思想を掲げる確信犯。
「確信犯っていうのはね、悪い事をしてるんだって判ってて…何てのは間違いだ。彼らには「悪いこと」「間違った方法」なんて概念がそもそも違う。行いの全てが彼らの真実であり正しい事だと思い込んでいる」
「そうよね。叱られるって判っててやるのが確信犯じゃない。例えれば宗教の違いって感じね。信じている人にはその宗教は正しくて他の宗教は間違ってると考えやすいもの」
「政治的思想の確信犯は、自分たちは間違ったことはしていない、今の世の中が悪い。だから政権を奪取しユートピアを作ろうとしている。その思いに間違いがないと明確に信じているから確信犯だ。こいつらが単純な誘拐犯などと違って一番面倒なんだ。思想そのものが違うからね」
「なるほどーでもすごく大きな話になってるけど私の荷物とどう関係が?」
「品物が簡単に手に入るという事は何時でも命を狙えるという警告でもある。屋敷の中から品を持ち出さないと出来ないからね。内通者は誰だ?と疑わせて身内で斬りあいをさせる事も出来る」
「だから、もう何もないと確実なのは壊すって事なのね。確かに物を送りつけて来ても無視できる!」
「そうだよ。ま、夫としても過去の男が出入りした家は気持ちいいものじゃない。僕がそれだけ君の事を大事にしているとなれば君に対する周りの対応も違ってくるはずだ。ちやほやしてくるなぁと感じるかも知れないが…そうだな。人間観察だと思っていればいい。少なくとも君を蔑んだりはしてこない。自惚れ無ければ影で揶揄される事も無いだろ」
「で、何を持って来た?」と聞くミクマに見てもらうのが手っ取り早いとフランソワールはトランクを開けた。中身は着古した衣類が数点にお気に入りの本とマグカップ。実家の父、祖父母とフランソワール4人の家族の小さな肖像画。それだけだった。
だがミクマが一番気にしたのはトランクの中身ではない。
「ちょっと待て。服は僕が買ってやる。下着とか小物はお婆様に相談しろ。金は出す。肖像画は…もうちょっとマシな枠を買ってやる。マグカップは…」
「捨てませんよ?小さい頃から遊んでくれた近所のお兄さんが初めてのお給料で買ってくれた品なので。でも色々と買って頂くのは遠慮します」
「なるほど。判った。マグカップについては残そう。だが買い物は譲れない。見た目がどうではないが、明らかに少なすぎるし、妻に何も贈らないというのは契約に反する」
「そんな契約内容でしたっけ??」
「社会一般、通念上だ。買って頂くと言う考えは僕の妻である間は捨てていい。ヨハネス家の男性陣には「贈らせてもらう」「何を置いても妻優先」という使命がある。立って歩くより先に叩きこまれる事案だ」
「という事は、ミクマ様は確信犯ですのね」
「そうなるな。そう教えられて育ったから仕方ない。で‥‥最大の問題。このトランクはなんだ?!」
「なんだ?って言われてもトランクです」
「いや、取っ手の横の留め具は壊れているし、蓋を閉じるのに紐を何重も巻いてと言うのはもうトランクではないだろう。思い入れがあるなら修理に出してもいいが…」
「捨てます」
「いいのか?何か思い出とかあるなら直して使えばいい」
「いえ、備え付けの棚の底が抜けて衣類を仕舞う場所がなくて、ゴミ置場で拾って来たんです」
「じゃ、捨てよう。トランクもここまで使って貰ったら本望だろう」
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