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VOL:16 祖父の正体
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「あら?今日もお留守番?困ったものだわ」
「いえ、本日はお爺様と御用があるのだと伺いました」
サロンで一人刺繍をするフランソワールに声をかけたクラリス。
あまり裁縫の類は得意ではないようで、刺繍の目が粗い。クラリスは針の指し方のコツを教えた。
「糸を通せばいいんだけど、刺繍の場合狭い範囲に何度も針を通すから同じ所に入ってしまうと穴が開いたように見えるし、それを避けようとすれば糸と糸の間隔が広くなるの」
「そうなんです。その上・・・何度も指を刺しちゃって」
「あらあら。慣れていない時はこれを指に嵌めてるといいわ。どうしても尖っている方に意識が向いちゃうけど針を使う時は先端もだけどお尻の方。こっちがね、力を入れる時に押すから危険なのよ」
自分の裁縫箱を使用人に持って来てもらうと「クジャク」があしらわれた指ぬきだけのセットから1つを取り出した。
「羽根を広げるクジャクって…綺麗ですよね」
「そうね…肌色じゃなければ」
「え?肌色?緑とか青とか色は沢山・・・」
「結構身近にいるのよ…単色のクジャクが。特技っていうか出来るのは求愛ダンスだけなんだけど」
はて?フランソワールは首を傾げたが、隣のクラリスが遠い目をしている事に「これ以上聞いてはならない」と話題を変えた。
そんな2人を屋敷に残し、ミクマとエリックが出掛けたのはまずコバル伯爵家。
高齢の祖父とはエリックとはほぼ同年代。父親はミクマの父とほぼ同年代。
屋敷とは言えない小さな家は綺麗に片付いていて荷物が少ない。
親子でチェスをしていたようで指しかけの盤がテーブルにあった。
やってきたエリックとミクマにコバル伯爵と先代伯爵は大層驚いた。
「こっこれは。宰相閣下ではありませんか?!」
「宰相はもう辞めてる。今はただの隠居爺だ」
何の事はない。フランソワールを書類上はもう妻としているが挨拶をしていなかったのでやって来たのだ。伯爵令嬢とは言え26歳であるフランソワール。
父の伯爵が跡取りはいないと届けを数年前に出しているので婚姻についても父の承諾は必要がなかった。
「とは言いましても、大事なお嬢様を迎えるのですから。ご挨拶はあって然るべきと」
「フっ。フランが?!いや、でも、あの…何も教えていない娘で…その…家柄もつり合いませんし…」
「コバル伯爵。このミクマは家督は継ぎませんので家柄もないんです。自分の稼ぎでお嬢様を食べさせていく。その気構えと言うものをお約束するために来たんですよ」
ミクマはフランソワールの父と祖父に「夫としての役目はきちんと果たす」と約束を交わした。ミクマの休暇が明ければフランソワールはもう隣国で住まう事になる。
出立は1カ月後。突然の事だが娘が幸せになるならとミクマとの結婚を祝福してくれたのだった。
「ところで、そちらはチェス盤?」
エリックがテーブルの上を指差すと、年寄り2人。食べていくだけなら特許の収入はあるし、道楽ですとフランソワールの祖父が答えた。
エリックも知っている。かなり強いのだ。だが若い頃は傾いた家をなんとかせねばと奔走してチェスどころではなかった男。それがフランソワールの祖父。
「就職ではないんですが、趣味と実益を兼ねて…働きませんか?」
「趣味と実益?いやいや。金になるような趣味はないんですよ」
「あるじゃないですか。チェスです。いつも私が相手をしているんですが、どうしてもね、同じ相手になると癖も判るので楽しみも半減します。時にはね、手汗で駒を落としそうになる勝負もしたいんですよ」
「チェスのお相手なら喜んで。でもお金をもらうのは…」
「住み込みで如何です?家賃と思えばいいんです。ここも貸し家でしょう?」
そうなのだ。コバル伯爵家はもう領地は所有していない。
フランソワールを自由にするためには領地があると管理をせねばならず足枷となる。伯爵は領地を売って、屋敷も売って小さな家を借りて、僅かな特許で得る金で倹しく暮らしていた。
「住み込みですか…そんなにチェスがお好きで?」
「彼も暇でね。でも考える事をやめたら呆けてしまう。色んな人と対局するのは刺激にもなりますから」
「そうですか‥ですが…」
渋るコバル伯爵だったが、ミクマにはどうしてもこの案を飲んでもらう必要がある。フランソワールの荷物と同じく、フランソワールの家族も安全圏内に置いておかねばならない。
やりがいのある仕事だが、その反面危険も多い。
「住み込んで頂く事で、フランソワールも安心すると思うんです。定期的に祖父のエリックにも様子を聞けますし‥お願い出来ませんか?」
「そうだなぁ‥隣国となると直ぐに動けるわけじゃないですし…ですが、何方の相手を?まさか、先々帝のジューダス様なんて言わないでくださいよ?」
「おや?流石だ、判っていらっしゃる」
「ホエッ?!」
ミクマは失笑してしまった。
驚いた時のフランソワールと同じ動作のコバル伯爵。
「ジューダスも楽しみにしてるんです。一肌脱いでくれませんか、あ。一肌ですよ?人肌じゃないですよ?」
先々代の皇帝の頼みとなれば断る事は出来ない。
フランソワールの父と祖父は数日のうちにジューダスの隠居先である離宮の離れに引っ越しが決まった。
ガラガラと走る馬車。
「お爺様、ジューダス様にいつ?」
「今からだよ?」
「えぇーっ?!それ、不味くないですか?名前まで出してるのに!!」
「ミクマ、気にするな。最後の職権乱用だ。皇帝はそのために存在する」
「いいんですか?!本気ですか?正気ですか?!」
「それだけの仕事はしている。何よりジューダスは妃に先立たれて、楽しみはもうチェスしかないんだよ。小さな事から順に記憶が欠けていくジューダスは見たくない。宰相として最後の大仕事、最高の人選をしたんだから」
胸ポケットに手を入れて黒い手帳を開くエリック。
「72戦1勝71敗」
「なんです?それ」
「フゥちゃんの爺さんとのチェスの戦績。この1勝がね…花を持たせるためにわざと手を抜いた事にジューダスが怒ってしまってなぁ…ガチ勝負は全敗だったよ」
「ジューダス様、負けず嫌いですからね」
しかし衝撃の事実が知らされた。
「ん?ミっくん。違うよ?これは私の戦績。ジューダスは3勝119敗。その3勝は私の前に勝ったものだったんだが‥自分が向かい合って指すのと違って第三者として対局を見た時に手を抜いているのを悟ったのが私のこの1勝なんだよ。だから手を抜かれた事に怒ったんだよ。実に上手いんだ。ギリギリのところで惜敗っぽく負けを認めるからねぇ…策士なんだよね。でも隠居同士なら楽しめそうだ♡」
負けを示す黒丸が並ぶ手帳。
余程悔しかったのか、フランソワールの祖父の名前は何重も丸で囲われていた。
馬車はジューダスの離宮に。
諸手を挙げて喜んだジューダスは「心ばかりの贈り物をしよう」とミクマとフランソワールの結婚祝いを贈る事を約束してくれた。
「いえ、本日はお爺様と御用があるのだと伺いました」
サロンで一人刺繍をするフランソワールに声をかけたクラリス。
あまり裁縫の類は得意ではないようで、刺繍の目が粗い。クラリスは針の指し方のコツを教えた。
「糸を通せばいいんだけど、刺繍の場合狭い範囲に何度も針を通すから同じ所に入ってしまうと穴が開いたように見えるし、それを避けようとすれば糸と糸の間隔が広くなるの」
「そうなんです。その上・・・何度も指を刺しちゃって」
「あらあら。慣れていない時はこれを指に嵌めてるといいわ。どうしても尖っている方に意識が向いちゃうけど針を使う時は先端もだけどお尻の方。こっちがね、力を入れる時に押すから危険なのよ」
自分の裁縫箱を使用人に持って来てもらうと「クジャク」があしらわれた指ぬきだけのセットから1つを取り出した。
「羽根を広げるクジャクって…綺麗ですよね」
「そうね…肌色じゃなければ」
「え?肌色?緑とか青とか色は沢山・・・」
「結構身近にいるのよ…単色のクジャクが。特技っていうか出来るのは求愛ダンスだけなんだけど」
はて?フランソワールは首を傾げたが、隣のクラリスが遠い目をしている事に「これ以上聞いてはならない」と話題を変えた。
そんな2人を屋敷に残し、ミクマとエリックが出掛けたのはまずコバル伯爵家。
高齢の祖父とはエリックとはほぼ同年代。父親はミクマの父とほぼ同年代。
屋敷とは言えない小さな家は綺麗に片付いていて荷物が少ない。
親子でチェスをしていたようで指しかけの盤がテーブルにあった。
やってきたエリックとミクマにコバル伯爵と先代伯爵は大層驚いた。
「こっこれは。宰相閣下ではありませんか?!」
「宰相はもう辞めてる。今はただの隠居爺だ」
何の事はない。フランソワールを書類上はもう妻としているが挨拶をしていなかったのでやって来たのだ。伯爵令嬢とは言え26歳であるフランソワール。
父の伯爵が跡取りはいないと届けを数年前に出しているので婚姻についても父の承諾は必要がなかった。
「とは言いましても、大事なお嬢様を迎えるのですから。ご挨拶はあって然るべきと」
「フっ。フランが?!いや、でも、あの…何も教えていない娘で…その…家柄もつり合いませんし…」
「コバル伯爵。このミクマは家督は継ぎませんので家柄もないんです。自分の稼ぎでお嬢様を食べさせていく。その気構えと言うものをお約束するために来たんですよ」
ミクマはフランソワールの父と祖父に「夫としての役目はきちんと果たす」と約束を交わした。ミクマの休暇が明ければフランソワールはもう隣国で住まう事になる。
出立は1カ月後。突然の事だが娘が幸せになるならとミクマとの結婚を祝福してくれたのだった。
「ところで、そちらはチェス盤?」
エリックがテーブルの上を指差すと、年寄り2人。食べていくだけなら特許の収入はあるし、道楽ですとフランソワールの祖父が答えた。
エリックも知っている。かなり強いのだ。だが若い頃は傾いた家をなんとかせねばと奔走してチェスどころではなかった男。それがフランソワールの祖父。
「就職ではないんですが、趣味と実益を兼ねて…働きませんか?」
「趣味と実益?いやいや。金になるような趣味はないんですよ」
「あるじゃないですか。チェスです。いつも私が相手をしているんですが、どうしてもね、同じ相手になると癖も判るので楽しみも半減します。時にはね、手汗で駒を落としそうになる勝負もしたいんですよ」
「チェスのお相手なら喜んで。でもお金をもらうのは…」
「住み込みで如何です?家賃と思えばいいんです。ここも貸し家でしょう?」
そうなのだ。コバル伯爵家はもう領地は所有していない。
フランソワールを自由にするためには領地があると管理をせねばならず足枷となる。伯爵は領地を売って、屋敷も売って小さな家を借りて、僅かな特許で得る金で倹しく暮らしていた。
「住み込みですか…そんなにチェスがお好きで?」
「彼も暇でね。でも考える事をやめたら呆けてしまう。色んな人と対局するのは刺激にもなりますから」
「そうですか‥ですが…」
渋るコバル伯爵だったが、ミクマにはどうしてもこの案を飲んでもらう必要がある。フランソワールの荷物と同じく、フランソワールの家族も安全圏内に置いておかねばならない。
やりがいのある仕事だが、その反面危険も多い。
「住み込んで頂く事で、フランソワールも安心すると思うんです。定期的に祖父のエリックにも様子を聞けますし‥お願い出来ませんか?」
「そうだなぁ‥隣国となると直ぐに動けるわけじゃないですし…ですが、何方の相手を?まさか、先々帝のジューダス様なんて言わないでくださいよ?」
「おや?流石だ、判っていらっしゃる」
「ホエッ?!」
ミクマは失笑してしまった。
驚いた時のフランソワールと同じ動作のコバル伯爵。
「ジューダスも楽しみにしてるんです。一肌脱いでくれませんか、あ。一肌ですよ?人肌じゃないですよ?」
先々代の皇帝の頼みとなれば断る事は出来ない。
フランソワールの父と祖父は数日のうちにジューダスの隠居先である離宮の離れに引っ越しが決まった。
ガラガラと走る馬車。
「お爺様、ジューダス様にいつ?」
「今からだよ?」
「えぇーっ?!それ、不味くないですか?名前まで出してるのに!!」
「ミクマ、気にするな。最後の職権乱用だ。皇帝はそのために存在する」
「いいんですか?!本気ですか?正気ですか?!」
「それだけの仕事はしている。何よりジューダスは妃に先立たれて、楽しみはもうチェスしかないんだよ。小さな事から順に記憶が欠けていくジューダスは見たくない。宰相として最後の大仕事、最高の人選をしたんだから」
胸ポケットに手を入れて黒い手帳を開くエリック。
「72戦1勝71敗」
「なんです?それ」
「フゥちゃんの爺さんとのチェスの戦績。この1勝がね…花を持たせるためにわざと手を抜いた事にジューダスが怒ってしまってなぁ…ガチ勝負は全敗だったよ」
「ジューダス様、負けず嫌いですからね」
しかし衝撃の事実が知らされた。
「ん?ミっくん。違うよ?これは私の戦績。ジューダスは3勝119敗。その3勝は私の前に勝ったものだったんだが‥自分が向かい合って指すのと違って第三者として対局を見た時に手を抜いているのを悟ったのが私のこの1勝なんだよ。だから手を抜かれた事に怒ったんだよ。実に上手いんだ。ギリギリのところで惜敗っぽく負けを認めるからねぇ…策士なんだよね。でも隠居同士なら楽しめそうだ♡」
負けを示す黒丸が並ぶ手帳。
余程悔しかったのか、フランソワールの祖父の名前は何重も丸で囲われていた。
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