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VOL:15 騎士の沸点
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誰も相手をしてくれず、頼まれた書類も何を書いているのか判らないクリステルはさっさと帰宅をしてしまった。
「折角クッキー買って来たのに。失礼しちゃうわ。でも貸し1つ出来たって事でいいのよね?」
クリステルの呟きを耳にした職員たちは「間違い」に程度の差はあっても気が付き始めていた。それよりも今は残り10分もないが出来る所まで書類を仕上げねばならない。
――こんな時、コバルさんがいてくれたら――
そんな事を思いながら、完成品からは程遠い中途半端にも届かない書類は制限時間を迎え、その状態で皇帝プリーストの元に運ばれていった。
人事課の課長の元に行政大臣が直々にお迎えに来たのはたった5分後。
行政大臣は常日頃からニコニコしていて温厚な人柄が売りなのだが、笑っていない目、重低音の声。纏っているオーラは冷気よりも冷たい。
「あ~。君たちも家族との話し合いは大事だから今日は定時まででいいからね。明日は遅れないように」
そして課長と共に部屋を出て行く直前、半身だけ振り返った。
「私物は基本、持ち込み禁止だから気をつけようね?」
職員たちはコクコクと頷くだけで声を発する事が出来ない。
ばたんと扉が閉じた後、一斉に全員が部屋の中央に集まった。
「クリステルって…バカなの?」
色んな意味が集約されている短い言葉。顔を突き合わせる者達全員の「総合的見解」は一致しているのだが、心の中を紐解けば、その内容と度合いは若干違う。
お勉強の出来ないバカという意味と、人としてダメなバカ、空気が読めないバカは似ているのだが複合型は現実として少ない。世の中勉強だけではないので、出来ない分は人柄や誠意、努力で補おうとするもの。
誰もが言わんとする事は口にせずとも判っていた。
「ねぇ…誰がフランソワールさんを無視しようって言ったの?」
「俺じゃない!俺はあいつとコバルさんを挟んで隣の席だけど、アイツが書類を倒して俺を見たから真似しただけで!俺は違う!」
「貴様、何言ってんだよ!俺のせいにすんな!俺はあの時肘が当たって書類の山が崩れただけだ!」
「って言うかさ、お茶撒いたの誰?」
全員が1人の女性職員の顔を見る。
真っ青になった女性職員は手のひらをつきだして「違う!」と言った。
「アタシは運んでただけで、誰かが横からぶつかっただけ!故意じゃない!」
「そういう問題かしら?なら謝罪して拭けばいいんじゃないの?」
「何言ってるの?コバルさんのロッカーから荷物取り出してたの貴女じゃない!財布からお金抜いてたのも見たんだからね!」
「ちょっ!今ここでそんな事言う?空気読みなさいよ!それを言うならコバルさんのカップを隠したの貴女じゃない!」
「土に埋めてるわ。掘り返せばすぐに洗って元に戻すわよ。忘れ物扱いに出来るしー!!お金っていう直ぐに返せないものに手を付けたアナタに言われたくないわ!」
各々が言い争いを始めてしまったが、3カ月前に子供が生まれたばかりの男性職員が声を張り上げた。
「ちょっと黙れよ!!」
ピタリと声が止まり、一同が男性職員を見る。
「俺は子供が生まれてこれからなんだよ!クビになったらどうしてくれるんだ?今は誰がコバルさんに何をしたか話している場合か?明日には職を失うかも知れないんだぞ?依願退職できるならまだ御の字だけど、懲戒解雇になったら次の職なんかないに等しいんだ!犯人捜しをする前に明日の事を考えろよ!」
この職員も大概なのだが、それまで面倒な事はお互い様…なところはあったし、五月蠅い課長へのヘイトもあって全てをフランソワールにぶつける事で解消してきた。
ストレス解消にもなる意味のないマウント行為。
難解な仕事の押しつけ。それが日常となっていた彼らは「明日、どうするか」を話し合った。
生活があるのはみんな同じ。
職を追われてしまえば住み家を失うものもいる。
炊事係のおばちゃんが定年退職するための手続き書類。不備があり一旦返されてしまっての再提出にやって来た騎士にも気が付かず彼らは彼らの「重要事項」を話しあう。
「そもそもで、俺たちはクリステルに騙されていた!違うか?」
「そうだ。あの子が自分がやってましたーって言うから信じただけよ!」
「だいたいコバルさんが出来るのも私達が判断を間違った原因だと思わない?」
書類を受理して欲しいのに、待たされる状態になっている騎士は思った。
――違うよな?なんで他人のせいにしてんの?――
「課長も課長だよ!いつもコバルさんを叱ってたじゃないか」
「あれだけ言われたら心も病むわよ。私達は何も言わすに見守っただけ!」
「そう。無視したんじゃないわ。何も言わずに隣にいた方が良いってアレよ!」
退職するおばちゃんを待たせている騎士は段々苛立ってきた。
――はき違えるな。お前たちがやってた事は無視!言い方変えればシカトだ――
だが、騎士も意外と忙しいのだ。「はい、受け取りましたよ」と受理してもらえば5秒で済む用件なのにずっと待たされてイライラもそろそろ限界だった。
「あの!すんませーん!」
声を掛けるが誰も騎士の方を見ない。
もう一度、さっきより大きな声を出してみた。
「すんませーん!!書類、あるんですけどー」
やっぱり誰も騎士の方を見ない。
――短気はいけない…短気はいけない…スマイル、スマイル――
日頃から「貴方は怒りっぽいから」と妻に言われて35年。
だが、我慢とラバー(LOVER)には限界と言うものがある。
「ゴチャゴチャしてねぇで処理しろや!!」
騎士は腹の底から声を張り上げたのだが‥‥誰も振り向かなかった。
ドーン!!
受付のテーブルに拳を叩きこみ、衝撃で部屋が揺れたのと、天板が砕けた事でやっと職員が騎士の方を見た。直ぐに全員がかなり騎士が待たされて苛立っている雰囲気を感じ取った。
破壊された天板。鼻息が湯気のようになっている騎士。
この場を凌がねばならない!!職員は騎士に向かって微笑んだ。
「押印済って事で…受理いたしますね」
職員の言葉に騎士は完全にブチ切れた。
「そうじゃねぇだろ!!ハンコはもう押さなくて良くなっただろがよ!!」
天板の破壊で痛めたであろう手を心配して欲しかったのではない。
待たされた事にも、無視された事にも腹は立つ!立ったから天板に怒りをぶつけた!!
しかし!!騎士の怒りは別にある。
「ハンコ」が公文書から必要なくなったのに「あれ?欄がない?」と思いつつハンコを押してしまったことで二度も足を運ぶ事になったのに、目の前の職員が「押印済」と言った事だった。
意外と騎士の沸点は低い事が証明された。
「折角クッキー買って来たのに。失礼しちゃうわ。でも貸し1つ出来たって事でいいのよね?」
クリステルの呟きを耳にした職員たちは「間違い」に程度の差はあっても気が付き始めていた。それよりも今は残り10分もないが出来る所まで書類を仕上げねばならない。
――こんな時、コバルさんがいてくれたら――
そんな事を思いながら、完成品からは程遠い中途半端にも届かない書類は制限時間を迎え、その状態で皇帝プリーストの元に運ばれていった。
人事課の課長の元に行政大臣が直々にお迎えに来たのはたった5分後。
行政大臣は常日頃からニコニコしていて温厚な人柄が売りなのだが、笑っていない目、重低音の声。纏っているオーラは冷気よりも冷たい。
「あ~。君たちも家族との話し合いは大事だから今日は定時まででいいからね。明日は遅れないように」
そして課長と共に部屋を出て行く直前、半身だけ振り返った。
「私物は基本、持ち込み禁止だから気をつけようね?」
職員たちはコクコクと頷くだけで声を発する事が出来ない。
ばたんと扉が閉じた後、一斉に全員が部屋の中央に集まった。
「クリステルって…バカなの?」
色んな意味が集約されている短い言葉。顔を突き合わせる者達全員の「総合的見解」は一致しているのだが、心の中を紐解けば、その内容と度合いは若干違う。
お勉強の出来ないバカという意味と、人としてダメなバカ、空気が読めないバカは似ているのだが複合型は現実として少ない。世の中勉強だけではないので、出来ない分は人柄や誠意、努力で補おうとするもの。
誰もが言わんとする事は口にせずとも判っていた。
「ねぇ…誰がフランソワールさんを無視しようって言ったの?」
「俺じゃない!俺はあいつとコバルさんを挟んで隣の席だけど、アイツが書類を倒して俺を見たから真似しただけで!俺は違う!」
「貴様、何言ってんだよ!俺のせいにすんな!俺はあの時肘が当たって書類の山が崩れただけだ!」
「って言うかさ、お茶撒いたの誰?」
全員が1人の女性職員の顔を見る。
真っ青になった女性職員は手のひらをつきだして「違う!」と言った。
「アタシは運んでただけで、誰かが横からぶつかっただけ!故意じゃない!」
「そういう問題かしら?なら謝罪して拭けばいいんじゃないの?」
「何言ってるの?コバルさんのロッカーから荷物取り出してたの貴女じゃない!財布からお金抜いてたのも見たんだからね!」
「ちょっ!今ここでそんな事言う?空気読みなさいよ!それを言うならコバルさんのカップを隠したの貴女じゃない!」
「土に埋めてるわ。掘り返せばすぐに洗って元に戻すわよ。忘れ物扱いに出来るしー!!お金っていう直ぐに返せないものに手を付けたアナタに言われたくないわ!」
各々が言い争いを始めてしまったが、3カ月前に子供が生まれたばかりの男性職員が声を張り上げた。
「ちょっと黙れよ!!」
ピタリと声が止まり、一同が男性職員を見る。
「俺は子供が生まれてこれからなんだよ!クビになったらどうしてくれるんだ?今は誰がコバルさんに何をしたか話している場合か?明日には職を失うかも知れないんだぞ?依願退職できるならまだ御の字だけど、懲戒解雇になったら次の職なんかないに等しいんだ!犯人捜しをする前に明日の事を考えろよ!」
この職員も大概なのだが、それまで面倒な事はお互い様…なところはあったし、五月蠅い課長へのヘイトもあって全てをフランソワールにぶつける事で解消してきた。
ストレス解消にもなる意味のないマウント行為。
難解な仕事の押しつけ。それが日常となっていた彼らは「明日、どうするか」を話し合った。
生活があるのはみんな同じ。
職を追われてしまえば住み家を失うものもいる。
炊事係のおばちゃんが定年退職するための手続き書類。不備があり一旦返されてしまっての再提出にやって来た騎士にも気が付かず彼らは彼らの「重要事項」を話しあう。
「そもそもで、俺たちはクリステルに騙されていた!違うか?」
「そうだ。あの子が自分がやってましたーって言うから信じただけよ!」
「だいたいコバルさんが出来るのも私達が判断を間違った原因だと思わない?」
書類を受理して欲しいのに、待たされる状態になっている騎士は思った。
――違うよな?なんで他人のせいにしてんの?――
「課長も課長だよ!いつもコバルさんを叱ってたじゃないか」
「あれだけ言われたら心も病むわよ。私達は何も言わすに見守っただけ!」
「そう。無視したんじゃないわ。何も言わずに隣にいた方が良いってアレよ!」
退職するおばちゃんを待たせている騎士は段々苛立ってきた。
――はき違えるな。お前たちがやってた事は無視!言い方変えればシカトだ――
だが、騎士も意外と忙しいのだ。「はい、受け取りましたよ」と受理してもらえば5秒で済む用件なのにずっと待たされてイライラもそろそろ限界だった。
「あの!すんませーん!」
声を掛けるが誰も騎士の方を見ない。
もう一度、さっきより大きな声を出してみた。
「すんませーん!!書類、あるんですけどー」
やっぱり誰も騎士の方を見ない。
――短気はいけない…短気はいけない…スマイル、スマイル――
日頃から「貴方は怒りっぽいから」と妻に言われて35年。
だが、我慢とラバー(LOVER)には限界と言うものがある。
「ゴチャゴチャしてねぇで処理しろや!!」
騎士は腹の底から声を張り上げたのだが‥‥誰も振り向かなかった。
ドーン!!
受付のテーブルに拳を叩きこみ、衝撃で部屋が揺れたのと、天板が砕けた事でやっと職員が騎士の方を見た。直ぐに全員がかなり騎士が待たされて苛立っている雰囲気を感じ取った。
破壊された天板。鼻息が湯気のようになっている騎士。
この場を凌がねばならない!!職員は騎士に向かって微笑んだ。
「押印済って事で…受理いたしますね」
職員の言葉に騎士は完全にブチ切れた。
「そうじゃねぇだろ!!ハンコはもう押さなくて良くなっただろがよ!!」
天板の破壊で痛めたであろう手を心配して欲しかったのではない。
待たされた事にも、無視された事にも腹は立つ!立ったから天板に怒りをぶつけた!!
しかし!!騎士の怒りは別にある。
「ハンコ」が公文書から必要なくなったのに「あれ?欄がない?」と思いつつハンコを押してしまったことで二度も足を運ぶ事になったのに、目の前の職員が「押印済」と言った事だった。
意外と騎士の沸点は低い事が証明された。
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