その愛はどうぞ愛する人に向けてください

cyaru

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第42話   残りを潰した女

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サリアとマクロンが去った後、レーナは地団太を踏みアルサール公爵家に向かった。

ドカドカと足音を立ててデリックの部屋に入るとデリックは執事から何か説明を受けている真っ最中で、レーナの姿を見ると執事を押し退けて近づいてきて手を握った。

「レーナ!サリアの居場所が判ったんだ」
「サリアならさっき会ったばかりよ!聞いてよ!酷いのよ?リック以外の男とデートしてたのよ。あんな姉を持ってマクロンが本当に不憫だわ」
「さっき会った?何故知らせないんだ!」
「そんな事言っても知らせている間に逃げちゃうわよ!言ったでしょう?デートしてたの!リック以外の男と!そんな場を押さえられてしまったら逃げるに決まってるじゃない!」

レーナがデリックに文句を言っていると、アルサール公爵家の従者が廊下を走って来る音が聞こえた。

「坊ちゃま。シリカ伯爵家の従者が来ておりまして、協議書の項目20の内、18までが…その…改善できないとして明日にでもシリカ伯爵家は貴族院に出来ませんでしたと報告書を出すそうです」
「なんだと?!まだ2項目あるのに?」

この時点でアルサール公爵家の誰もレーナが残りの2項目を潰してしまったことを知らない。当人のレーナもレーナの言動で潰してしまったことを認識すらしていなかった。


従者は思った。
20の内、残り2項目出来たからと言って合格点には遥か及ばないのでは?と。

1つ2つ出来たとしても、出来ていない方が多いのだから半分を割り込んだ時点で、いやサリアが協議書を出した時点でアルサール公爵夫妻は諦めをつけている。諦めはサリアではなくデリックにだ。

だからこそ、遠戚から間もなく養子縁組をする子息が到着する。
デリックは自ら何の問題もなく、順風満帆に生きて行ける未来を手放した愚か者だ。

「坊ちゃま、今ならまだ間に合います。旦那様と奥様に考えを改めると頭を下げれば領地の一部でも管理する代官として置いてくれるかも知れません」
「は?何を言ってるんだ。私は言われた通りに謹慎をしたし、サリアに逢いに行くにも先触れを出した。そりゃ…先触れなしに逢いに行ったこともなかったとは言わない。でもそんなの愛するが故の勇み足だろ?許容範囲だよ」

――それがダメなんだよ。なんで解らないかな。このボンボンは!――

身に沁みついた考えはなかなか改められるものではない。
それでも1年ほど前まではまだマシだった。レーナとの付き合いが再開してからは悪い方に加速してしまった。


「そう言えば…サリア、項目がなんとか言ってたわよ。その事?」
「えっ?!」

従者の顔が真っ青になった。
デリックは「はて?」と首を傾げる。

「私も指導役なんだし、私の言葉ってリックの言葉と一緒じゃない?だから言ってやったら…そこは解ってたみたい。でもね、聞いて。一緒にいた男と何度も一緒に寝たし、湯だって浴びた、付き合いは軽く18年を超えるとかいうのよ?ホント…汚らわしい女だわ。マクロンの事なんかこれっポッチも考えてないのよ?」

レーナは全く気が付いていないが、デリックはハッと気が付いた。

サリアは今、19歳。半年もしないうちに20歳の誕生日が来る。
サリアの弟のマクロンは17歳だが同じくもうすぐ18歳の誕生日が来る。

付き合いが18年を超えると言う事はサリアがまだ赤子の時から。マクロンが母親の腹にいた時期を加算するなら計算が合う。

もしもこれがハサウェイならサリアが生まれる前からなので、同じ言い方をするのなら20年の付き合いとなる。

「その男、ハサウェイではなかったのか?」
「ハサウェイ?違うわよ。私、あぁいうタイプは嫌いなの。そう言えば一緒にいた男、ハサウェイに似てたわね。弟なんじゃない?従兄に乗り換えたのかも」
「馬鹿言うな。ハサウェイには妹しかいない。ハサウェイによく似ていたのならその男がマクロンだとは思わなかったのか!」
「あれがマクロン?やっだぁ。リック。私が愛しのマクロンを間違うとでも?冗談は休み休み言って!」


一緒にいた男がマクロンかどうか。それは一旦横に置いておいて。
デリックは背中に嫌な汗が伝った。
レーナの口から「サリア、項目がなんとか言ってたわよ」と飛び出したからだ。

今までずっとレーナの指導はデリックが与えるものと一緒。言葉もそれに同じとサリアに言ってしまっていた。

「項目…何を言われたんだ?」

違っていてくれとデリックは祈りを込めてレーナの二の腕を掴み問うた。

「えーっと‥忙しいからくだらない用事で…とか、神と思ってるのかとか。言ってたわね」

デリックの手がレーナの二の腕からスルリと落ちた。
従者は天井を仰ぎ見た。

デリックと従者の心の中に同じ言葉が浮かんだ。

<< 終わった >>

「なんなの?どうしたのよリック?」

解っていないのはレーナだけだった。
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