あなたと私の嘘と約束

cyaru

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#15  ハインツに別れを

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騎士団は王宮の西側にあり、ここには騎士だけでなく騎士見習いも含めた寮もあれば、捕縛されて裁判で判決を受ける前の被疑者も収監されている。

ヴァレリアが呼ばれた部署は捕縛された被疑者が収監されている牢だった。

「御面倒をお掛けして。いやぁね、貴女じゃないと何も話しをしたくないというもので」
「誰なのです?私、まだ王都に来て日も浅いですし知り合いは多くないのですが」
「それがね、自分の名前も言わないんですよ。ただ貴女に合わせろ、話をさせろと」
「そうですか…で?何をしたんです?その人」
「盗み。空き巣と言う窃盗です。ただね、そいつがやったんだろうと思われる被害件数がかなりありましてね。判っているだけでも被害額は桁が違います。若いのに全く・・・」

脱獄をされないように迷路になっている訳ではなく、枝分かれした廊下が多いのは捕縛した者を一緒に纏めてしまうと牢の中で犯罪者が犯罪者を粛正してしまうからだと言う。

特に嫌われるのは子供をターゲットにした犯罪と、性犯罪。
ヴァレリアも犯罪に優劣をつけるつもりはないが、その2つは許せない気持ちが強い。

ガチャリと廊下を区切る最後の鉄格子を潜ると、窃盗犯ばかりが収容されている牢。

「ここですよ。ちっ!不貞寝してやがる。おい!起きろ!」

看守の兵士が独房の鉄格子をガンガン足で蹴りながら声を掛けると横になっていた男がむっくりと起き上がった。

――嘘でしょ・・・どうして?!――

髭も髪も伸び放題。肌の色は垢黒く、到底手の届かない壁の天井付近に開けられた換気用の窓から差し込む光に男が起き上がると小さな埃が舞う。

見た目は5年前とかなり違っているが、男はハインツ。
直ぐに判った。
ヴァレリアは何故ここにハインツがこんな身なりで収監されているのか理解に苦しんだ。

――フーゴさんに仕送りしていたんでしょう?――

だが、ここは窃盗犯が収容されている牢。まさか盗んだ金を?
したくない想像までしてしまう。

男はゆっくり近寄って来て、鉄格子を挟み、目の前まで来ると両膝を突いて、ついでにひたいも床にあてた。

「リア!ごめん!」

その声は紛れもなくハインツだった。




嘘であってほしい。
人違いであって欲しい。
そう願うヴァレリアの目の前でハインツは何度も「ごめん」と詫びた。

「本当に・・・ハインツなの?」

ヴァレリアの声にハインツは顔をあげて、膝を擦りながら鉄格子にしがみ付いた。

「ごめん。リア。迎えに行こう、行こうと思いながら・・・つい‥」
「つい!なんていう数じゃないだろう!」

看守の兵士はハインツに向かって怒鳴った。
ハインツはフルフルと首を横に振り、「リア、助けて」小さく呟いた。

「ハインツ、本当のことを言って。悪い事をしたの?本当にしたの?」
「リア、ごめん。判ってたんだ。でもどうしてもリアとの約束を守りたくて・・・領に帰る金が無くて・・・食べる物も無くて・・・ダメな事だと判ってたけど(ぐすっ)…俺はダメな奴なんだよ‥」

また下を向いたハインツ。床にポトポトと雫がシミを作っていく。

ヴァレリアは涙を流しながら詫びるハインツを見て心が葛藤をし始めた。
ハインツを信じたい気持ちと、目の前のハインツから感じるうさん臭さが心の中でせめぎ合う。

すぐ横で看守が「保釈金があれば裁判の日まで釈放されるのをこいつは知ってやがる」と小声で囁く。

ふとハインツから視線を逸らし、看守を見るふりをして向かいの独房を見れば、並んだ独房から2人の男がこちらを見てニヤニヤとしていた。

1人はヴァレリアと目が合うと、ふっと顔を反らし天井を見上げた。

――なるほどね。私も甘くみられたものだわ――

そう思うと、ハインツに対し感じていた熱がジワジワと温度を失っていく。



「ねぇハインツ」

ヴァレリアの声にハインツは汚れた袖で涙を拭い顔をあげた。


「私ね、お爺様が亡くなって領を出たの。あの領は王家に返さなきゃいけなくて。で、伯爵家は叔父様が継いだの」
「噂に聞いた。でもリアは金持ちの侯爵家に嫁いだんだろ?」
「確かにフルボツ侯爵家は資産家よ。でもねハイン――」
「フルボツ侯爵家?!あれか!カフスの家紋の家か!?」
「カフス?ハインツ・・・貴方・・・」


ヴァレリアの中で何かがストンと府に落ちた。
ヴァレリアやグレマンでさえ一瞬見えたアルフレードをハインツと見間違った。
顔を見れば別人だとはっきりわかるがヴァレリアが初めて侯爵家に行った日、偶然にもアルフレードが帰ってきた。アルフレードを見た時、イエヴァは少し緊張し抱き着くまでに間があった。

そして侯爵夫妻がアルフレードが不在の間、イエヴァとハンスを屋敷に留置いた理由はカフス。

――ハンスの父親はハインツなんだわ――

そう確信を抱いても尚、ヴァレリアの心に「間違いであって欲しい」気持ちが葛藤を続けていた。
聞いてしまえばその気持ちは跡形もなく消え去るかも知れない。


「ハインツ‥‥イエヴァという女性を知ってる?」
「なんでリアがイエヴァの事を知ってるんだ」


体温が温度を失っていく。
さっきまでのハインツ涙は何の涙だったのだろうか。
朽ち果てた花冠は2人の関係を示していた。

もう麻縄より強く編みこまれたシロツメクサの茎も触れなくても風に吹かれただけで崩れていく。ヴァレリアは静かにハインツを見下ろした。


「なんでリアがイエヴァを知ってるのかと聞いてるんだよ!」
「さぁ、どうしてかしら。不意に聞いてみたくなった。それだけよ」


ヴァレリアですら自分にこんな声が出るんだと思えるような低い声。
言い終わった後にハインツをもう一度見ると、ただの薄汚い男に見えた。アルフレードに感じたように生理的な嫌悪すら感じてしまう。

ヴァレリアの声色が変わった事にハインツは焦り出した。
鉄格子を掴み、体を使って前後に揺さぶる。


「助けてくれよ。このままじゃ俺は生涯服役することになってしまう・・・資産家だろ?必ず返すから!頼む。保釈金を出してくれないか?この通りだ!」

「ハインツ、貴方の「必ず」がアテにならないのは経験済みなの」

「リア?・・・まさか俺を見捨てるのか?俺は約束を守るために必死で」

「必死で盗み?話にならないわ。窃盗、かなりの数があるんでしょう?労役も30年ほど勤めあげれば半分は返せるんじゃない?貴方もそこまで働けば反省も出来ようと言うものだわ。用があるなら私ではなくイエヴァさんに頼めばどうかしら」

クルリとハインツに背を向け、看守に「帰ります」と告げると看守はヴァレリアを先導し始める。背中にハインツが声を限りに「リア」と名を呼ぶがヴァレリアは振り向かなかった。

幾つ目かの廊下の鉄格子を抜けてもハインツの声は小さくなりながらも背中に突き刺さる。
ヴァレリアの目からは涙が幾筋も頬を伝って落ちていく。

最後の鉄格子を抜ければジャンが待っていた。
ジャンはヴァレリアの顔を胸に押し付けて背中を何度も優しく撫でた。

「埃が舞ってますからね。これだけ泣けばモノモライにもならんでしょう」
「酷い例えね…ジャンらしいけど」
「あれ?お嬢、涙袋がリスの頬袋になってますねぇ」
「ほんっとに言い方!マシューに言いつけるわよ。でも、ありがとう」
「どういたしまして。お嬢の為ならいつでも胸を貸しますよ。専用じゃないですけど」
「また!もぅ!ジャンは一言多いのよ!」

泣き笑いになったヴァレリアはジャンと家路についたのだった。


☆~☆

ヴァレリアが去った後、ハインツは大いに暴れた。
向かいの房に収監されていた男達からは「賭けは俺の勝ちだ」と壁に向かって八つ当たりをするハインツに声援が飛んでくる。

「だいたい捨てた女が金なんか出してくれる訳がないだろう。女ってのはそういう生き物なんだよ」

昨夜、鉄格子を挟みヴァレリアが保釈金を用意してくれるとタカを括ったハインツ。
日に1食配給される食事を賭けていたのだが、結果はハインツの負けとなった。

翌日は向かいの男に、翌々日ははす向かいの男に食事は運ばれてハインツは空腹からくる怒りでさらに暴れ、拘束具を嵌められ、4日目、目の前にだされた食事に芋虫のように這ってかぶり付いた。

拘束具が外れた日、その日はハインツの裁判が結審する日。
刑はその数だけ累積する。生きては到底服役を終える事は出来ない年数にハインツは舌打ちをし、流刑地に旅立った。
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