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#17 エドウィンの花
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和気藹々と茶の時間を過ごす離れに本宅から従者がやってきた。
「お預かり致します」
「え?・・・」
本宅の従者は、ほんの2、3か月前まで本宅で一緒に働いていた夫人の評価が最低だった使用人に驚いた。本宅にいた頃は陰気な感じで清潔感も感じられなかったのに、髪には艶があり、頬には赤みがさして幾分ふっくらとした顔つき。陰気さは全く感じず、酷かった訛りの強い言葉もなりを潜めていた。
「あの…失礼だと思うけどスピカ?」
「はい、スピカで御座いますが何か?」
「あ、あ、そうなんだ・・・雰囲気も違うから・・・」
「左様でございますか。で?他にご用件は?」
「ないけど…いやぁ変わったね?何かあったの?」
変りもするだろう。評価の低い使用人達は賄の食事も碌にありつけず、なんなら水ですら暑い日に飲む事も「さぼり」だとされていた。勤務時間も長く3交代のシフトの3つの枠に名前が書かれて32時間連続勤務も当たり前のよう行われていた。
離れでは5勤2休が徹底されていて、休みの前日は日勤、休み明けは準夜勤か夜勤。実質3日間の休日がある。勤務日数は少なくなったがヴァレリアからの手当が加算されるので手取りは倍近くに増えている。
この頃では「離れの使用人に空きはないか」と問うてくる本宅の使用人もいる。
離れに来た使用人は休みの日を1日使ってエドウィンが招いた講師が開催するマナー教室に自主的に通い日を追うごとにスキルも上がっていた。
ヴァレリアは半年を目途にして彼らをフルボツ侯爵家から退職させてマティアスの提案した事業に加えようと考えていた。まだ高位貴族の中でも公爵家が庭園パーティをする際に声掛けをしてくれているだけだが、徐々に評判も上がってきている。今の調子なら来年の今頃は人手不足になる事も予想されていた。
「お預かりします。お引き取りを」
スピカは事務的に、かつ丁寧に本宅の使用人に言葉を掛けると受け取った書状をヴァレリアの元に運んで来た。
「ヴァレリアさん。本宅から書状が届きました」
「スピカさん。ありがとう。何かしら?またつまらない三文芝居への招待状なら要らないんだけど」
客を招いている時ならば「さん」ではなく「様」になるがそうでない時は全員「さん」付けか呼び捨て。馴れ合いではなく場の切り替えを習得するために離れでは呼び方も徹底している。
ヴァレリアは受け取った書状を見て、溜息を吐いた。
「お嬢、どうした?」
「お誕生日会ですって。あの赤ちゃんの」
気乗りするはずが無い。
何が嬉しくてハインツの子供の誕生日に出向かねばならないのか。
表向きはアルフレードの子と噂はあるが未だ認知には至っていない。
イエヴァとは正式に結婚しても良いと言っている事はヴァレリアも使用人を介して話は聞こえて来ていたが、フルボツ侯爵夫妻はもとよりアルフレードがハンスの認知だけは渋っているのだ。
「白い結婚成立の3年なんか待たなくていいいのに」
ヴァレリアはアルフレードがハンスを認知しないのはヴァレリアと婚姻関係にあるからだと思っていた。
「3年は長いですね。まだ2年以上あるじゃないですか」
声に振り返ればエドウィンだった。
当初は緊張から奇妙な話し方だったが、回数を重ねるごとに慣れもあってか今ではスマートに話せるようになった。
「エドウィンさん、今日はどうなされたの?」
「あぁ、庭の花が満開でしてね、母が持って行けと五月蠅いもので」
抱えていたのはカスミソウ。
白でなく色取り取りなのはエドウィンの母親が害のない食紅を水に混ぜて花に水撒きをするから。
だが、はと気が付けば部屋の中はエドウィンが3日と空けずに持って来る花で埋もれていた。
「花を生ける花瓶がないわ。一輪挿しならあるんだけど」
「なら数日前の花をプリザーブドフラワーにしては如何です?」
「ごめんなさい、私・・・」
ヴァレリアは花をドライフラワーにして保存することに抵抗があった。
そんなヴァレリアにエドウィンは「別物ですよ」と優しく声を掛けた。
「水分を抜くドライフラワーではなく、先ず元々の花の色を脱水液に浸し色を抜いて、好みの色の染色液と日持ちさせる保存液を吸わせるんです。なのでパサパサになりませんし、あり得ない色の組み合わせで花を楽しむ事も出来るんですよ。何色か同時に一輪に吸わせると同じ物は2つとありません」
エドウィンの言葉にヴァレリアは部屋を彩る花をもう一度見た。
――あれ?無いわ――
そして思い出してみる。
――やっぱり・・・ないわ――
エドウィンの持って来る花には2つ色がない。花だけではない。
エドウィンは初見の時から着用する衣類や携帯するハンカチに至るまでその2色が無かった。
それは【白】と【赤】でバラの花でさえピンクやオレンジはあっても炎を感じさせる赤とシロツメクサを思わせる白はなかった。
そしてエドウィンと目が合った。
「どうしました?」
「いえ、なんでもありません。いつもありがとうございます」
「いいえ。貴女には淡い色の花が似合うかなと」
ヴァレリアは胸が熱くなるのを感じた。じわっと胸の中心が温かみを持ち周りに広げていく。
――なんだろう。この気持ち――
そう思うと今度は胸がキュッと締め付けられるように心地よい痛みを発する。
ほんのりピンクに染まったヴァレリアの頬。
グレマンだけが目を細めて小さく何度も頷いた。
「お預かり致します」
「え?・・・」
本宅の従者は、ほんの2、3か月前まで本宅で一緒に働いていた夫人の評価が最低だった使用人に驚いた。本宅にいた頃は陰気な感じで清潔感も感じられなかったのに、髪には艶があり、頬には赤みがさして幾分ふっくらとした顔つき。陰気さは全く感じず、酷かった訛りの強い言葉もなりを潜めていた。
「あの…失礼だと思うけどスピカ?」
「はい、スピカで御座いますが何か?」
「あ、あ、そうなんだ・・・雰囲気も違うから・・・」
「左様でございますか。で?他にご用件は?」
「ないけど…いやぁ変わったね?何かあったの?」
変りもするだろう。評価の低い使用人達は賄の食事も碌にありつけず、なんなら水ですら暑い日に飲む事も「さぼり」だとされていた。勤務時間も長く3交代のシフトの3つの枠に名前が書かれて32時間連続勤務も当たり前のよう行われていた。
離れでは5勤2休が徹底されていて、休みの前日は日勤、休み明けは準夜勤か夜勤。実質3日間の休日がある。勤務日数は少なくなったがヴァレリアからの手当が加算されるので手取りは倍近くに増えている。
この頃では「離れの使用人に空きはないか」と問うてくる本宅の使用人もいる。
離れに来た使用人は休みの日を1日使ってエドウィンが招いた講師が開催するマナー教室に自主的に通い日を追うごとにスキルも上がっていた。
ヴァレリアは半年を目途にして彼らをフルボツ侯爵家から退職させてマティアスの提案した事業に加えようと考えていた。まだ高位貴族の中でも公爵家が庭園パーティをする際に声掛けをしてくれているだけだが、徐々に評判も上がってきている。今の調子なら来年の今頃は人手不足になる事も予想されていた。
「お預かりします。お引き取りを」
スピカは事務的に、かつ丁寧に本宅の使用人に言葉を掛けると受け取った書状をヴァレリアの元に運んで来た。
「ヴァレリアさん。本宅から書状が届きました」
「スピカさん。ありがとう。何かしら?またつまらない三文芝居への招待状なら要らないんだけど」
客を招いている時ならば「さん」ではなく「様」になるがそうでない時は全員「さん」付けか呼び捨て。馴れ合いではなく場の切り替えを習得するために離れでは呼び方も徹底している。
ヴァレリアは受け取った書状を見て、溜息を吐いた。
「お嬢、どうした?」
「お誕生日会ですって。あの赤ちゃんの」
気乗りするはずが無い。
何が嬉しくてハインツの子供の誕生日に出向かねばならないのか。
表向きはアルフレードの子と噂はあるが未だ認知には至っていない。
イエヴァとは正式に結婚しても良いと言っている事はヴァレリアも使用人を介して話は聞こえて来ていたが、フルボツ侯爵夫妻はもとよりアルフレードがハンスの認知だけは渋っているのだ。
「白い結婚成立の3年なんか待たなくていいいのに」
ヴァレリアはアルフレードがハンスを認知しないのはヴァレリアと婚姻関係にあるからだと思っていた。
「3年は長いですね。まだ2年以上あるじゃないですか」
声に振り返ればエドウィンだった。
当初は緊張から奇妙な話し方だったが、回数を重ねるごとに慣れもあってか今ではスマートに話せるようになった。
「エドウィンさん、今日はどうなされたの?」
「あぁ、庭の花が満開でしてね、母が持って行けと五月蠅いもので」
抱えていたのはカスミソウ。
白でなく色取り取りなのはエドウィンの母親が害のない食紅を水に混ぜて花に水撒きをするから。
だが、はと気が付けば部屋の中はエドウィンが3日と空けずに持って来る花で埋もれていた。
「花を生ける花瓶がないわ。一輪挿しならあるんだけど」
「なら数日前の花をプリザーブドフラワーにしては如何です?」
「ごめんなさい、私・・・」
ヴァレリアは花をドライフラワーにして保存することに抵抗があった。
そんなヴァレリアにエドウィンは「別物ですよ」と優しく声を掛けた。
「水分を抜くドライフラワーではなく、先ず元々の花の色を脱水液に浸し色を抜いて、好みの色の染色液と日持ちさせる保存液を吸わせるんです。なのでパサパサになりませんし、あり得ない色の組み合わせで花を楽しむ事も出来るんですよ。何色か同時に一輪に吸わせると同じ物は2つとありません」
エドウィンの言葉にヴァレリアは部屋を彩る花をもう一度見た。
――あれ?無いわ――
そして思い出してみる。
――やっぱり・・・ないわ――
エドウィンの持って来る花には2つ色がない。花だけではない。
エドウィンは初見の時から着用する衣類や携帯するハンカチに至るまでその2色が無かった。
それは【白】と【赤】でバラの花でさえピンクやオレンジはあっても炎を感じさせる赤とシロツメクサを思わせる白はなかった。
そしてエドウィンと目が合った。
「どうしました?」
「いえ、なんでもありません。いつもありがとうございます」
「いいえ。貴女には淡い色の花が似合うかなと」
ヴァレリアは胸が熱くなるのを感じた。じわっと胸の中心が温かみを持ち周りに広げていく。
――なんだろう。この気持ち――
そう思うと今度は胸がキュッと締め付けられるように心地よい痛みを発する。
ほんのりピンクに染まったヴァレリアの頬。
グレマンだけが目を細めて小さく何度も頷いた。
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