あなたと私の嘘と約束

cyaru

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#18  ハーゲン来襲

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「どういう事だ?何故金が支払われていないんだ?」

ヴァレリアをフルボツ侯爵家に嫁がせて4カ月目に突入した。
未だに地理院に行っても領地の登記は閲覧すらさせてもらえず、ヤキモキしていたのだが懸念していた領地の収穫物買取の金は滞りなく支払われ、3カ月目もハーゲンの元には支払調書が届き、請求額から減額される事も無く金は支払いがあった。

「3カ月続けば大丈夫だろう」

ハーゲンはヴァレリアが強い反発を見せていた事もあり、領地の収益を差し止めるのではないかとびくびくしながら過ごしていた。

念には念を入れて万が一を考慮して妻にも娘にも散財を禁じ、何年ぶりになるだろう。食事すら品数を減らし倹約に勤しんでいた。

だが3か月目の入金が確認できたことで安心をして、妻と娘にも今まで通りにと伝えた。
それまで散財に次ぐ散財をしてきた一家に3カ月間の節制はダイエットのリバウンドよりも大きな反動を産んだ。

我慢したのだからと3カ月分を纏めて遊び始めたのだからそれはもう派手に金を使った遊びを連日満喫してしまっていた。現金で払えない分はツケ、ツケがきかない店には罵声を浴びせ、繁華街を練り歩く。

浸けの支払いは翌々月になるが、限度額目一杯まで遊べばまた入って来る現金で遊ぶしかない。その日はエドウィンとマティアスの経営する商会から金が入る日だった。
しかも年間を通じて一番多くの金が支払われる月。

この月の金を翌々月に納税する分としてレナードに管理をされていた時は、何度も地団駄を踏んだ。
桁の違う入金があるのに使ってよい金は先月と同じ。
だがそれも昨年までの話で今年からは違う!と解禁し堕落に慣れた体に喝を入れて入金日を心待ちにしていた。

が、従者が言うには入金がない。その一点張り。

「レフリーはどこだ!」
「レフリーさんなら先週辞めたじゃないですか」
「そんな事は聞いてないぞ」
「言いましたよ。旦那様は連日キャバクラであの日はキャバ嬢をお持ち帰りして奥様と喧嘩になったじゃありませんか」
「そ、そうだったか…おかしいな?いやいや、とにかくレフリーを呼べ!入金がないのはどう考えてもおかしいだろう」

ハーゲンの剣幕に数人の使用人は「来るべき日が来たのかも知れない」と静かに応接室や客間に入り給料分に見合いそうな絵画や置物を手に取った。

額が大きい場合は入金が当日中となる事もあるし、そもそもで朝一番に振り込まれているというのは相手の善意。昼でも午後でもその日に支払われればいいのだから、朝一番に入ってないと苦情を入れてしまえば入れ違いになった時に恥をかくだけ。

「仕方がない。待つか」

こんな日に限って屋敷を訪れる配達員もいない。
気が付けばもう日も暮れていつもより数の少ない使用人が夕食を用意し始めた。

ハップルス伯爵家の使用人はあの襲撃による火災以降全員をハーゲンが雇い入れた。
雇って欲しいと伝手を使ってやってきた者を雇っていたからか無断欠勤する者も日常的に多く人数が少ない日があっても「またか」とハーゲンは気にも留めなかった。

異変は翌朝だった。激しく叩かれる玄関のドアノック。
目覚めたハーゲンと妻は寝室から出て、使用人が1人もいない事に気が付いた。
何が起きたのか全く分からないまま玄関の扉を開けると、そこには妻が頻繁に利用する仕立て屋とハーゲンが足繁く通う飲み屋の主人が屈強な男を何人も連れて立っていた。

「支払いはまだ先だろう?!」

咆えるハーゲンだったが男達は容赦なく屋敷の中に入ると次々に目ぼしい品を品定めし始めた。やっとこれが取り立てだと気が付くハーゲンだったが、それでもどうして取り立てを「今」されるのかが理解できない。

飲み屋の主が「もう店に来ても現金前払いじゃないと何も出せない」と言った言葉に頭の中で数字が回転した。

「55日支払い!そうだ…55日だ!」

単純計算をすれば2か月だが、締め日によって3か月となる。
まさかと思い、台帳を開いて請求をした月と支払いの月を合わせていくと先月分の支払いはヴァレリアをフルボツ侯爵家に送った月。その翌月、と先月の請求書はご丁寧に返送用の封書に入り開封されないまま台帳の見開きポケットにささっていた。

豪遊をしていて、レフリーに任せておけばいいとチェックもしていなかった。

「くそぅ~!ヴァレリア。やってくれたな!」

フルボツ侯爵家に乗り込もうと厩舎に行けば馬が1頭もいない。なんなら馬車もない。
そこで使用人が1人もいない事に思い当たり、金になるモノを持って逃げられたとまた憤慨した。

飲み屋の主と仕立て屋の主が取り立てに行ったと知った他所のつけ払いをしていた店の主が押しかけてくるのは時間の問題。屋敷の中では妻と娘が宝飾品やドレスなどを取られまいと抵抗する声が響いている。

――このままじゃ何もかも失う――

ハーゲンは走るよりも歩いた方が速いスピードで駆けだした。
行き先は勿論フルボツ侯爵家のヴァレリアの元。

侯爵家は表門に門番がいる。ようよう辿り着けば交代の時間なのか誰もいなかった。
何処かにいないかと屋敷の周りを1周してくればまた息が上がる。

「いた…いたぞ・・・開けてくれ。ヴァレリアに取り次いでくれ」

ようやくヴァレリアの住む東門近くの離れに辿り着いたのは伯爵家を出て3時間も経った頃だった。


「どうされましたの?」
「どうしたもこうしたもあるか!金が支払われないんだぞ!」
「それは私に言われても困ります。貴方とは何の取引もしておりませんし」
「え?あ?・・・それもそうだな」


そう、金の支払いは商会であってヴァレリアではない。
が、ハーゲンはここぞとばかりに領地の権利について捲し立てた。

「ヴァレリア!領地の権利書は何処だ!」
「権利書?さぁ‥‥グレマン知ってる?」


しれっとヴァレリアはグレマンに質問を投げた。
グレマンは涼しい顔で応えた。


「荷物にはありませんでしたが…権利書のような書類でしたら王家から屋敷に引き取りの係員が来た時に残っていれば連絡があるはずです。そう言えばハップルス伯が来られた際、王都に行くのが明後日だとか大変に急かされまして、王都に行けば片付けも出来ぬと書類を大量に燃やしましたが、それはもう時間のない中での事、燃やしてしまったんでしょう」


「だ、そうですわ」

「そうですわ!じゃない!どうしてくれるんだ!支払いがあるんだぞ?このままでは由緒あるハップルス伯爵家が寄りにも寄って借金で取り潰しになってしまう!」

「あら?それはお気の毒ですわ。でもそんな話を他家の人間にしてしまって大丈夫ですの?」

「他家?い、いや、お前は姪であってだな。それにだ!両親との繋がりも無くなるんだぞ?」

「繋がりなど御座いません。貴方が仰ったではありませんか。私の知る伯爵家は焼け落ちて今はなく、使用人も一変した、居場所がないからこのフルボツ侯爵家に場を構えたと。結婚で私の籍はもう伯爵家にはありませんし今は無関係。そもそもで私に何かを頼む前に身近なご親戚に頼まれるのが筋かと」

「ヴァレリア!貴様が領地を取り上げたからだろうが!」

「あら?貴方が一番よくご存じでは?ここに到着したのは各種手続きの出来る14歳になった当日。ロイス領からこの屋敷まで何処に寄り道を?私が取り上げた?人聞きの悪い。私は何もしておりません。余り酷い言いがかりを付けるなら出る所に出ても宜しいのよ?夫不在で侯爵家の財を回せ。それを証言してのお覚悟が出来ているならです」

「お前だって同罪だ!現に侯爵家に‥‥あ…」

「どうされました?お忘れのようですからもう一度。結婚の手続きは何方が?その時私は何歳だったかしら?そうそう!もう嫁いだ、覆らないと言われたのは14歳になる前ですの。だってここに来た日が誕生日でしたもの」

「お前は叔父である私がどうなっても良いと…言うのか…」

「他所様の浮き沈みまで面倒を見ろと?ご冗談でしょう?ご自身は姪の養育すら投げたのにどの口が言うのかしら。あぁでも貴方の理論なら何処かに助けてくれる他所様がいるかも知れません。ただ‥私でないのは確かですが。マシュー!ジョン!お客様がお帰りよ。歩いて来られたみたいだからお屋敷まで送って差し上げて」

ヴァレリアの言葉にマシューとジョンがハーゲンの両肩を掴む。
ハーゲンは力の限り抵抗をしたが、多くの債権者が押しかけるハップルス伯爵家の門の前で降ろされた。

こそこそと身を屈めて逃げだすハーゲンにジョンは声を掛けた。

「伯爵様。入り口はあっち!!」

ジョンの声に債権者が一斉にハーゲンに群がった。
歩いた方が速いスピードで走るハーゲン。あっという間に追いつかれてしまった。

「わぁ~モテモテだ。その辺の舞台俳優より人気あるぅ~。ピュイ!ピュイ!」

ジョンは指笛で声援を送った。
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