あなたと私の嘘と約束

cyaru

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#20  憎悪の炎に追いオイル

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ヴァレリアの事業は順調で、エドウィンとマティアスの商会が軸となってケータリングも始めると人伝手に噂は広まり、小さいものはプロポーズの場を演出する食事会、大きなものは町全体あげてのフェスティバルからも依頼が来るようになった。


2年半も経てば倦怠期なのかアルフレードとイエヴァの仲に隙間風が吹き始めた。
30歳になる年となり、アルフレードがイエヴァから距離を取り始めた。そんな風にも見えた。

ハンスは3歳になり、相変わらずフルボツ侯爵家の使用人が交代で養育をしていると言ってもいいが、ハンスには金をかけないと決めているフルボツ侯爵夫妻はこの時期にはもう始まっている幼児用講習の講師は雇わなかった。

何時までも若い体力が続くわけではなく、ただ添い寝をする日も増えてきたころ、イエヴァはアルフレードが外で女を抱いてきている事を知ってしまった。
それも1人や2人ではない。出掛けていくアルフレードを尾行し確認をしただけで8人の女と関係を持っていた。

イエヴァとしてはハンスがアルフレードの子だと認めてもらわねば始まらない。ハンスが認めて貰えないのならと2人目を設けるためにアルフレードとの房事に避妊は一切行わなかった。

が、一向に妊娠の気配がない。食生活も充実しているためハンスを身籠った時は月のものも不規則だったが今は毎月きっちりと28日周期で月のものがやって来る。

排卵日に合わせ、食事に注文を付け、体位を変え、回数をこなす。
なのにサッパリ妊娠をしない。

気乗りしないアルフレードに跨り無理やり精を絞り出してもイエヴァが妊娠する事はなく、外で遊んでいる女たちも妊娠したと言う話は聞かない

イエヴァはアルフレードがハンスを認知しない理由に「もしや」を疑うようになった。

ハンスを産んでいるイエヴァが石女である可能性はゼロに等しい。確かに2人目は授かりにくいといった声もあるが少なくともハンスを産んだ実績をイエヴァは持っていた。

裁判で頑なに否定をしたが、ハンスの父親はアルフレードという名を騙っていたハインツである事は間違いない。

――まさか…子種がないなんて事はないでしょうね――

イエヴァはギリっと爪を噛む。右手の親指の爪はもうボロボロ。
そのままでは引っかけて爪が剥がれるためやすりをかけるがもうやすりで均す部位もない。


いい加減に苛立つイエヴァを更に苛立たせ、嫉妬以上の憎悪の炎にランプのオイルを全て注ぎ込むような事件が起きた。



朝帰りも多くなったアルフレードだが、機嫌の悪い時にはイエヴァを追い出すような発言もするようになり、イエヴァはアルフレードの機嫌を伺いながら生活するようになった。

追い出されるとなれば本当に着の身着のままでハンスと共に屋敷を出されてしまう。
カフスはもう不要とタカを括った1年半ほど前にテーブルに出しっ放しにしていたら無くなっていた。

「盗んだんでしょう?!返しなさいよ!」

身の回りの世話をする使用人や掃除係を鞭で打ち、問いただすが誰も盗っていないの一点張り。部屋の中を探すがカフスは見つからず、あきらめかけた所にフルボツ侯爵がそのカフスを所持している事を突き止めた。

元々フルボツ侯爵家の家紋もあり置きっ放しにした場所は屋敷で侯爵の持ち物。盗んだだろうとは言えず唇を噛んだ。


「昨夜は飲み過ぎた。どうだ。散歩でもするか?」
「行くっ!行くわ!」

珍しくアルフレードからイエヴァを誘ってきた。たかが庭の散歩。何を喜ぶ事も無いのだが外で女と遊ぶようになったアルフレードを咎めれば喧嘩になってしまう。少しでもアルフレードと共にいる時間を増やし、求められれば直ぐに応えられるようイエヴァは従順な女を演じるようになった。

「敷石が浮いてるな。庭師は何をしてるんだ」
「全くだわ。これじゃ危なくて歩けないわ。ねぇ、手、繋いで?」
「・・・・・」


「今年の薔薇は小ぶりだな」
「品種もあるかも知れないわよ?あら?ね、見てこの薔薇。蕾がピンクよ」
「・・・・・」


「はぁ…もうサツキも終わったのか」
「そうね。でもほらまだ蕾もあるにはあるわよ?咲く頃にまたお散歩しない?」
「・・・・・」

アルフレードの問いかけに応えても、イエヴァの問いかけには返してくれる言葉もない。大股でしかも速足で歩くアルフレード。最初の頃は歩幅も歩調も合わせてくれたが今はイエヴァが駆け足になってもアルフレードは気にも留めない。


しばらく歩くと植え込みの向こうから楽し気な笑い声が聞えて来た。

「それでね、海に飛び込んだんですよ。そしたら目が覚めたんですよぅ」
「海の夢じゃなくて、川だったんじゃない?川は水が冷たいの。真夏なのに凍えるわよ?」
「ヴァレリアさん、そこまで寒く無かったですよ~。ベッドからは落ちましたけど」
「だから屋敷が揺れたのかしら?」
「酷ぉい!揺れるほどには重くないですよ~アハハ」

足を止めたアルフレードはヴァレリアと侍女2人が庭のテラス席で茶を飲みながら笑い合っている様子を黙って眺めた。その隣でイエヴァはヴァレリアを睨みつける。

「あんな顔で笑うんだな…フフっ」

イエヴァは無意識にアルフレードが呟いた言葉に背筋にぞくっと冷たいものを這わされたように全身の毛穴が逆立つほどの怒りを覚えた。

「もうすぐ17になるのか‥‥いやもうなったのか。ならもうすぐだな」

アルフレードはイエヴァに聞かせようとしているのではなく、本心がポロッと口から零れた。アルフレードの視線を追わずとも誰の事を指しているのかなど直ぐに判る。


植え込みの向こうからは見られているとは気が付かないのだろう。
ヴァレリアが茶を飲むとアルフレードも合わせて口を動かす。

ヴァレリアの手から菓子がポロリと落ちればアルフレードの体がピクリと跳ね軽くつま先立ちになり、菓子を口に入れる時は合わせて口を小さくあける。

イエヴァの怒りはアルフレードではなくヴァレリアに向けられた。

――あの女さえいなければ・・・いなくなればいいのに――

ギリっと奥歯を軋ませた時、アルフレードは黙って歩き始めた。
イエヴァはまだその後を小走りになって追いかける。


「何時までも夢心地でいると良いわ。今に地獄を見せてやるんだから」

息が切れ、少し足を止めて後ろを振り返ったイエヴァはヴァレリアを睨みながら言葉を吐き出した。
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