あなたと私の嘘と約束

cyaru

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#21  アルフレード立ったまま失神

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「あの…すんませぇ。これをお願いいたスます」

アルフレードはする事も無く、かと言ってイエヴァといれば「そろそろ2人目」と遠回しにせがんでくるのにウンザリし、父親が執務をする執務室に入り浸るようになった。

が、何人目だろうか。
毎日だ。多い日で5、6人、少ない日でも2、3人が退職届を持ってやってくる。
破格の対応とは言えないかも知れないが他家と比較しても恥ずかしくない給金を支払っていると言うのに退職を希望する者が後を絶たない。

中にはあと片手の指で余る日数で給金の支払日だと言うのに、今月の給料は要らないので兎に角退職をさせてくれと言い出す使用人もいる。

待遇が悪いのかと月に1日好きな日に休めるようにし、その日も欠勤ではなく出勤として給金の計算もしている。賄も既に賄と呼べるものではなく、使用人が何時でも好きな時に食事をとれるように使用人の為の調理人も雇い入れている。

負傷してしまった時も、見舞金の他い治療費も侯爵家が負担をするようにもした。
それでも退職を希望する者は一向に減らない。

おまけに最初の頃は親の介護、自身の療養といった理由で辞めていった者の穴埋めとして使用人を募集しているのだが、全く応募者がいない。
厩番として48歳の男が1人申し込んできたのだが、話を聞くための所謂面接の日、「辞退します」と面接を受ける前に辞退してしまった。

貴族の屋敷に使用人があまり応募してこないのはフルボツ侯爵家に限った事ではなかったのだが、退職希望者についてはどの家も例年通りで高齢で退職する者が年に1人か2人。明らかにフルボツ侯爵家は異常だった。

退職届を受け取った侯爵は渋い顔で「考え直してくれないか」と頼むのだが使用人の辞める意志は固い。


「その年で辞めて次は何をするんだ?働かねばお前はまだ子供も小さいし3人いるだろう?養っていけるのか?」
「そン辺りは臨機応変って言いまっかね。心配して頂くだけでもありがたぁこってす」
「だがっ!」
「坊ちゃぁん。わっすは奥方さんの査定でEランクからCランクでっしゃ。わっすより働けぇ奴ぁいぃっぺいおりまっさ」


ペコリと頭を下げて田舎から出稼ぎにきた使用人は執務室を後にした。


「父上、母上の査定ってなんです?」
「使用人の仕事ぶりを判断したものだが、我が家だけじゃない。どの家だって評価はしている。そうしないと出来る者と出来ない者に給金で差をつける事は出来ないからな」
「でもですよ?さっきの下男。教会のお抱えだった大工ですよ?大工仕事の腕前は確かでした。母上は何を基準に査定してるんです?不当評価だ」

フルボツ侯爵も夫人の査定に首を傾げる事はあったが、使用人を雇うのは当主でもその使用人をどう使うかの采配は夫人が握っている。事なかれ主義の侯爵は「直ぐに代わりが来るから」とアルフレードを宥めた。

静かな侯爵の執務室。時計を見て時間が来ればアルフレードは庭に出る。
イエヴァは誘わずに1人で庭を歩き、東門近くの離れの屋外テラスが良く見える木陰にアルフレードは腰を下ろす。

午後3時30分になるとヴァレリアが侍女2人と息抜きだろうか。
女子トークをしながら茶を楽しむ姿が見られる。

雨の降る日以外はほぼ毎日この木陰に腰を下ろしてヴァレリアをオペラグラスで観察するのが日課になった。
瞳、鼻、耳、そして唇、言葉を発する度に動くヴァレリアの唇はアルフレードには酷く煽情的に見えて、あいた手で下半身の一部を解放すると昂ぶりを扱き上げる。息遣いが荒くなり、オペラグラスはヴァレリアの胸、腰、足首と全身を舐めるように部位を映し出す。

手帳にはヴァレリアが18歳になる日まであと何日と過ぎ去った日を黒く塗りつぶしたインクが滲んでいた。

アルフレードの脳内はヴァレリアで埋め尽くされ、起きている間はヴァレリアの事を考え、ヴァレリアの姿を目で追いかける。眠れば夢の中にヴァレリアが出てきてアルフレードを「こっちにきて」と誘う。

「詰られてもいい、貶されてもいい。ヴァレリアが欲しい」

手に入らないもどかしさが更にアルフレードを追い込んでいた。




☆~☆

いつものようにアルフレードは木陰に腰を下ろしオペラグラスのレンズを磨いた。
笑い声が聞こえて侍女2人が先に出て来た。

「あれ?」

いつもと様相が違うのは侍女は椅子を持っていた。テラス席には元々椅子は3脚あった。3人で丁度の大きさのテーブルなのに侍女は椅子を寄せて持ってきた2脚をセットした。

「なんだ!どうしてこいつが?!」

続いて出て来たのはヴァレリア、だがアルフレードはそのヴァレリアの手を取りエスコートしてきた男に全身の血流が噴水のように噴き上げるかと思うほど怒りが頂点に達した。

「俺が触れていないのに!触れていないのに!触れていなっ・・・ぎぃぃ!!」

男がヴァレリアの後ろに立って、その髪に髪飾りを付けた。少し手で髪飾りを押さえヴァレリアは弾けそうな笑顔で男に向かって何か言葉を発した。

アルフレードは立った姿勢のまま真後ろに失神して倒れた。



☆~☆その時の離れ☆~☆

「ヴァレリアさん、ここでいいですかぁ」
「いいわよ。ありがとう」

先に椅子を運んだ侍女に声を掛けるとエドウィンがヴァレリアに手を差し出しだ。
その手のひらにヴァレリアは手のひらを合わせるように乗せた。

「では参りましょうか」
「よろしくお願いしますわ」

手を取って椅子まで歩くとエドウィンは椅子を引き、腰を下ろすヴァレリアに合わせて椅子を前に突き出した。そしてポケットから小さな箱を取り出すと、ヴァレリアの目の前で蓋を開けた。

「まぁ!これはアイリス?」
「宝飾品が無くて申し訳ないんだけど、ステンドグラスで花びらを作ってみたんだ。つけても良いかな?」
「つけてくださるの?ありがとう。じゃぁここ!耳の少しだけ上の方に」
「この辺りでいいかな。もうちょっと上?」
「そこでいいわ」
「じゃ、つけるよ」 (ぱちん)

ヴァレリアは鏡がないのが惜しい!と言いながらつけてもらった髪飾りに触れた。

「あれ?外れそうな感じ?」
「うふっ。ありがどう。エドウィンさん。似合ってる?どう?どんな感じ?」
「うん。可愛い。似合ってる」

ヴァレリアは斜め後ろを少し上を向くように振り返ると、口元から鼻を両手で覆うようにしながら顔を背けるエドウィンに「こっち見てな~い!適当に言ったでしょ!」肘でツンとエドウィンを突いた。

「でもどうしてアイリスなの?」
「えぇっと…それは・・・」

「希望ですよ」マティアスが助け舟を出した。

「希望なのね。どんな希望?」

隣のエドウィンに気が付いていないのがヴァレリアの鈍感な部分。
マティアスと2人の侍女は「ぷっ!」吹き出した。

「いろんな希望ですよ。なぁエド」
「え?エドウィンさんには、また別の意味があるの?」
「ヴァレリアさん、そこで聞いちゃエドが憤死しますよ」

今日はケータリング事業で依頼を受けた数が1000回の記念日でもあった。ヴァレリアが予想した通り1年目で計画していた倍の依頼があり、人手不足に陥る所だったが市井で常勤は出来なくてもヘルプに回れる人材も育成した事で無事に乗り切れた。

給仕としてだけでなく何処にでも配置できる人材も多く、それまでは考えられなかった身分は平民だが公爵家や王弟殿下の宮で侍女頭として勤務するものも現れた。

貴族の方から使用人のスキルを上げるためにケータリング商会へ使用人を短期派遣する事もある。

「白い結婚が成立して、フリーになったらいよいよ鉄道の誘致ね」
「えぇ。質の高いサービスを受け、車窓から流れる景色をスパイスに食事を楽しんでもらう列車がこの国を駆け巡るんです。実はこれ、エドウィンの子供の頃の夢でもあるんですよ。こいつマセてましてね。愛妻となる女性ひととそこで食事をするんですよ。だよな。エド」
「ち、違いますからね!全部マティの嘘ですから!」

慌てて否定をするエドウィンだったがヴァレリアはちょっとだけ意地悪な顔をした。

「残念だわ。私も同じような事を思ったのに」
「え?ホントに?」
「さぁ、どうかしら?」



5人で囲むテーブルはまた笑いに包まれた。
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