あなたと私の嘘と約束

cyaru

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#22  女の執着

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「あぃ。かぁたま」
「ハンス。ありがとう。可愛い私の天使」
「こっちもぉ…あぃっ!」

庭に咲くシロツメクサを摘んできてはイエヴァの元に届けてくれる。
小さな手でギュッと握られた花は少しだけ萎びて、イエヴァの元に届けられる。

アルフレードは今日で3日屋敷に戻っていない。



☆~☆

4日前、後頭部に大きなたん瘤を作って散歩から帰ってきたアルフレードはどこかおかしかった。

ぶつぶつと聞き取れない声でずっと呟いて、それは夜通し続いていた。
椅子に腰を下ろし、食事もせず、何も飲まず、目は開いているのに目の前に立っても反応しない。誰が話しかけても呟き続けるだけ。

明け方近くまでアルフレードの向かいに腰を下ろしてイエヴァは付き合ったのだが眠くなってしまい、椅子に腰かけたまま15分ほど眠ってしまった。

目を覚ました時、いるはずのアルフレードは屋敷の何処にもいなかった。

「まさか、あの女の所じゃないでしょうね」

イエヴァは部屋を飛び出しヴァレリアの住まう離れの周りを歩いて探したがアルフレードの姿はなかった。何処に行ったのだろうと表門まで足を延ばすと門番が「1時間ほど前に歩いて何処かに出向いて行った」とイエヴァに告げた。

――良かった。あの女の所じゃなかった――

いなくなった事には勿論心配をする。
だがよりもイエヴァにしてみればアルフレードがヴァレリアの元に行ったと言う事実を突きつけられるほうが衝撃は大きい。

ヴァレリアの所ではないという安心感からイエヴァは部屋に戻ると夕方まで寝入ってしまった。


だがそれからもう3日目。アルフレードは一向に屋敷に帰ってこない。
金も持っておらず、着の身着のままで出掛けてしまったアルフレードを心配しているのはイエヴァだけのようで、実の親であるフルボツ侯爵夫妻が気にする様子はない。

「心配にならないんですか!」

目に涙を溜めて訴えるイエヴァに侯爵夫妻は顔を見合わせ、「全然?」と声を合わせて答えた。長い間、国境線の「戦ごっこ」に明け暮れた息子。その時に命を落としていても不思議ではなかったし、数日姿が見えないからと心配をするだけ時間の無駄。侯爵夫妻はそう言い切った。





☆~☆

アルフレードがイエヴァを誘わずに庭の散歩に出る事をイエヴァは知っていた。
どこで何をしているのかも知っていた。

アルフレードはこっそりとヴァレリアを盗み見していたが、ヴァレリアを盗み見るアルフレードをイエヴァも盗み見していた。

吐き出した欲望の残骸を指で掬って肌に塗りこんだ。
土や落ち葉の上に白い塊になっている愛すべき痕跡の香りを地べたに這いつくばって楽しんだ事もある。小さな塊の中に未来のアルフレードが何千、何億といる気がして愛しくも感じた。

アルフレードがヴァレリアに感じているのは間違いなく「愛情」
それも狂気の沙汰だが、イエヴァはその思いを独り占めするヴァレリアに対し日に日に憎しみが積もって行った。

「アルフレードに対しての私は‥‥執着かしら」

考えてみればアルフレードに褒めるところなど何一つない。
何度も閨を共にしたけれど「愛している」と言われた事はただの一度もない。

「他の女の名前を叫んで果てられるよりマシね」


何処が好きかと聞かれても答えられない。
良い所よりも最低なところばかりが目に付いて、イエヴァ自身こんなにアルフレードの事を考えているのが不思議でならなかった。

「なんて馬鹿なのかしら。私ってホントに・・・ははっ」

イエヴァは力なく自嘲気味に笑った。


そんなイエヴァの元にハンスが摘んで持ってきた萎びた花が並べられたテーブル。
ポトリと涙が落ちる。
ギリっと奥歯を噛み締め、イエヴァは心で呟いた。


――絶対にアルフレードはあの女に渡さない――


「かぁたま?」

イエヴァの小さくて愛しい天使がこてんと首を傾げて名を呼ぶ。
途端に柔和な表情になったイエヴァはハンスからまた花を受け取った。



☆~☆

アルフレードが屋敷に戻って来たのは更に1週間後の事だった。
金も持たず、着替えも持っていなかったはずなのに帰ってきたアルフレードは髭も剃っていて身に纏っている衣類も新品だった。

アルフレードの留守中寂しさを紛らわせるためにハンスと共にいたイエヴァ。
ハンスはイエヴァといるのが「当たり前」だと思ったのかメイドの制止を振り切ってイエヴァの部屋にやってきた。

アルフレードが戻ってきている今、イエヴァにとってハンスは「邪魔な荷物」でしかない。

「かぁたま。お花、ほちい?」

体の割に大きな頭をコテンと傾けるハンス。
昨日までは守ってあげないとと母性が頭をもたげていたが、今は「目障り」でしかない。

「あっちに行って!ホントに鬱陶しい子!」

イエヴァがハンスに酷い言葉を投げつけると部屋の扉が勢いよく開いた。
立っていたのはアルフレード。イエヴァはパッと顔を綻ばせてアルフレードに駆け寄った。
が、イエヴァの耳に信じられない言葉が突き刺さった。

「イエヴァ、お前とは別れる。いや別れるも何も付き合ってもいなかったな」
「ど、どういう事?付き合ってないだなんて。子供まで作ってな――」
「俺の子供じゃない」

ドスンと心臓に楔を打ち込まれたような衝撃がイエヴァを襲った。
アルフレードの表情は笑ってはいないが怒ってもいない。
イエヴァはまだ取り繕える。そう感じた。

「いやぁね、何を言い出すかと思ったら。よく見て?ハンスは私と貴方が愛し合って出来た子供なのよ?」
「嘘はもういい。お前の嘘に付き合う暇なんかないんだ」
「アルフレード!聞いて。ほんとに貴方の子供よ?嘘なんかじゃないわ」

アルフレードに縋りついたイエヴァの手をアルフレードは掴みあげると同時に捩じった。

「痛い、痛い。やめてったら!」
「この嘘吐きの業突張り女。俺はお前がハンスを産んだという街に行ってきた。よく似ているそうだな。だがみんな口を揃えて「アンタはハインツさんではない」そう言ってくれたよ」
「嫌・・・違う・・・貴方の子供なの…ね?どうしたのよ。急にそんな‥‥(ハッ)あの女ね?あの女が貴方に嘘を吹き込んだのね?私から貴方を奪おうとしてるんだわ!」

目を見開いてアルフレードを問いただすように縋るイエヴァ。
アルフレードはもう掴まれた手を剥がすのも面倒だとイエヴァを突き飛ばした。

「子供もいるんだ。明日まで待ってやる。明日の日没までにこの屋敷を出て行け!」
「いやぁぁぁ!!待ってぇ。行かないで!あだじを捨てないでぇぇーっ」

床に転がるイエヴァに言葉を吐き捨てたアルフレードは来た時と同じく乱暴に扉を閉じて部屋を出て行った。勢いよく閉じられた扉は枠に当たった反動でもう一度大きく開く。

泣き叫ぶイエヴァの目に映るアルフレードの背中はどんどん遠くなっていった。
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