あなたと私の嘘と約束

cyaru

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#23  過去の記憶に混乱

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離れは久しぶりに賑やかな夕食となっていた。

グレマン、マシュー、ジョン、レフリーの4人の執事とマティアスとエドウィン。そしてヴァレリアの7人がテーブルを囲んで歓談をしながらゆっくりと食事をする。

「もうこんな時間だ。妻が五月蠅いのでここで私は抜けさせて頂きます」

マティアスがそう言って席を立つ。
ヴァレリアが窓の外を見るともう真っ暗である。
今日は月がない新月の日。

「ジョン、馬車まで明かりを」
「大丈夫ですよ。乗り慣れた馬車ですから」

固辞するマティアスだったが扉を開けると確かに真っ暗。
部屋の中の明るさに目が慣れた事もあって暗闇の深さがより濃く見える。

ジョンがランプを片手に馬車に行くとマティアスの馬につけたハーネスが切れかかっていた。

「うわぁ気が付いて良かった」

しかし応急処置しか出来ず、マティアスの帰宅中に再度切れてしまう可能性もある。ジョンは離れに一旦戻ってヴァレリアに状況を説明するとヴァレリアは自分の馬車を並走させれば良いと案を出した。

「馬車を貸してもいいけど、戻して貰う時に乗って帰る馬車も必要になるわ。なら送って行く時にそれを済ませちゃえばいいのよ」

だが、2台の馬車が縦列で進むとなるとフックに引っかけるランプだけでは心もとない。
1台に2人乗車で一人が手綱を持ち、1人は長い柄のついた棒の先にランプを付けてゆく手を照らす。

「じゃぁウチの馬車に俺とマシュー、マティアスさんの馬車にはマティアスさんとレフリーさんで行ってきます。帰りはレフリーさん、お客様気分でどぅぞぅ~」

ジャン達が出ていくと離れにはヴァレリアとグレマン、エドウィンだけとなった。
エドウィンは馬車ではなく騎乗をしてきたのでジョン達よりは少し遅れて離れを出る。

ジョン達の馬車の音が聞こえなくなり、そろそろ侯爵家の門道を出たかと言う頃、エドウィンが帰宅をする為にコートを羽織った。

「では、また。とても楽しく、料理も美味しかったです」
「マシューが喜びます。次はもっと品数を増やすかも知れません」
「ちゃんと戸締りしてくださいね」
「勿論ですわ」

エドウィンの騎乗した馬を家の中から窓越しに見送るとヴァレリアはグレマンと後片付けを始めた。
厨房が家の中にあるし、マシューが予め水を溜めていた桶に浸けこんでいく。

「そろそろエドウィンさんも門道を抜けた頃かしら」
「そうですね。面白い若者でした」
「32歳って言ってたけど若者なの?」
「えぇ、私から見ればみんな若――」(ガチャン!)

グレマンの言葉を遮るように何かガラス製品が割れる音がした。

「何の音?」
「見てきます。お嬢さ――」(ガチャン)

グレマンとヴァレリアは顔を見合わせた。何処かで嗅いだような香りがほんの少し漂ってきた。

「なんの香り・・・」(ガチャーン!)

ヴァレリアがその香りを思い出そうとした時、さっきまでみんなで食事をした部屋の窓ガラスを割って火の玉が飛んで来た。

「お嬢様っ!!」
「あ‥‥あ‥‥イヤァァァァッ!!」(ガチャーン!)

部屋の中にランプ用の油だろうか。液体が詰められた瓶の口に布を突っ込み火を点けた火焔瓶が投げ込まれたのだ。投げ入れられた瓶は割れて油が飛び散り、そこに炎が引火していく。
炎を見てヴァレリアはパニックを起こし狂ったように叫び続けた。

「お嬢様!お嬢様!気をしっかり!お嬢様!」
「ヤァァァァーッ!!!イギャァァ!!」
「ここにいてください!玄関を!」
「やだぁ!!行かないで!お父様行かないで!嫌だ!嫌だぁ!お父様ぁ!!」

玄関を見に行こうとしたグレマンに混乱したヴァレリアがしがみ付き、グレマンも動けない。

「ダメだ・・・お嬢様、厨房の勝手口から出ましょう!」

グレマンは背中からヴァレリアの脇に腕を通し引くようにして厨房の前まで来たが、厨房の勝手口はもう外から火を噴いていた。

「まさか外からの出入り口を先に?!」

グレマンは先ほど食器を浸けた桶から食器を放り投げるとヴァレリアの頭に水をぶちまけた。

「お嬢様、しっかり!グレマンです。判りますかっ!」
「グレマン‥‥」
「リビングの窓を割って出ます。グレマンにしっかり掴まっててください」
「だめぇーっ!リビングは火が回ってる!グレマンが死んじゃう!絶対にだめっ!」

グレマンはヴァレリアを抱えるようにしてリビングに戻った。
しかし‥‥。

ドドーン!!
細かい火の粉をあげながらリビングに入って直ぐの天井が焼け落ちた。
東門近くの離れはもう何代も前の子息が使っていた建物。住むには問題がないが使用されている木材は年月で乾燥し燃えやすくなっていて火の回りが想像以上に早かった。


――ダメか…旦那様。申し訳ございません。グレマン、一生の不覚――

遅かれ早かれ屋根が落ちれば助からない。
グレマンは崩れ落ちた時に一番助かる確率の高そうな場所を探すが炎の勢いが激しく段々と吸い込む空気に喉の熱さを感じるようになった。

ドゴーン!!炎を挟んだ向こう側の壁が炎に被さるように倒れてきた。

「グレマンさん!」
「エドウィン殿!!コッチだ!お嬢様を早く!」
「今行きます!動かないで!」

エドウィンは炎の中から飛び出すようにヴァレリアとグレマンの元にやってきた。

「ケガは?!無事ですか」
「ケガはない。だがお嬢様はパニックを起こしている」
「パニック?!判りました!今は外に出るのが先だ。行きますよ!」

「いち、にの、さんっ!!」

エドウィンの声にグレマンが先に飛び出した。
エドウィンは動けなかった。極限まで怯えたヴァレリアの力はまさに火事場の馬鹿力なのだろうか。女性の力だとは思えなかった。

「ヴァレリア、逃げるんだ」
「やだぁ!お父様が!お父様がぁ!!」
「大丈夫だ!ヴァレリアっ!」
「いやぁぁ!死んじゃう!みん――」(バチン!!)

エドウィンは迷うことなくヴァレリアの頬を張った。その痛みなのかヴァレリアは瞬間動きを止めた。

「今しかない」エドウィンはヴァレリアを抱えるとグレマンが飛びこんだ炎の中に突っ込んでいった。無我夢中で走り抜け、日頃は藻が水面を覆い尽くしている小さな池にヴァレリアを抱きしめたまま飛び込んだ。

2人が水面に顔を出し、グレマンに引き上げられた時、轟音と共に離れが崩れ落ちた。

「一体誰がこんな事を・・・あぁすみません。エドウィンさん助けて頂きありがとうございました」
「いえ、これを渡そうと思ってて忘れてたので引き返して来たんです」

かの日持ってきたカスミソウのように色とりどりの小さなガラスがはめ込まれた髪留めだった。

「髪飾りはどうしても装飾がメインで実用的じゃないので」


やっと本宅から使用人とフルボツ侯爵夫妻、アルフレードがやってきた。

使用人達はバケツリレーで今しがたエドウィンとヴァレリアが飛び込んだ小さな池から藻ごと水を汲み上げて消火を始めた。
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