あなたと私の嘘と約束

cyaru

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#24  2人の約束

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「貴様、ここで何をしている」

グレマンとエドウィン、ヴァレリアの目の前にアルフレードは仁王立ちになり、高圧的な物言いで言葉を投げかけた。

「フルボツ様、こちらの方は離れから助け出してくださったのです」
「それがどうした。で?救出した後も他人の妻を抱いている。そこに理由があるとでも言うのか」

エドウィンは静かにアルフレードに答えを返した。

「気を失っているからです。それとも貴方はこのまま地面を背に寝かせておけとでも?」
「意識がないのなら私が預かろう。夫としての義務もある」

アルフレードの言葉にグレマンは「お断りいたします」即答でヴァレリアに触れさせまいと手で制した。

「使用人の分際で生意気――」
「旦那様!旦那様!」

アルフレードの声は従者が大声で叫ぶ声に続きを発する事を止めた。
従者が後ろを指差し「捕まえました!火を放った者を捕まえました!」そう叫ぶとアルフレードは誰よりも早く従者の元に行き、「案内しろ」と勇ましく歩いていく。


アルフレードが案内をされた先にいたのは自身も顔や腕、足に火傷を負い、闇に紛れようとしたのか濃紺のワンピースを着たイエヴァだった。

「この女、オイルの入った瓶の口に布を詰め、これで本宅にも火を点けようとしていたんです」

アルフレードはイエヴァの髪を鷲掴みにして顔をあげさせた。
抵抗し土で汚れた事もあるだろうが髪も頬も焼けているのは火の点いた瓶を投げる際に漏れたオイルに自分にも火が点いたからだと推測された。

負傷していようとアルフレードは髪を掴んだ手の力を緩めることはなかった。

「イエヴァなぜこんな事をした」

イエヴァはアルフレードをチラリと見ると、力の限りで頭を振り髪を掴んだ手を振り払おうとしたが、強く掴まれた髪はブチブチと千切れる音がしただけでアルフレードの手はまだ髪を掴んだままだった。

「その様子じゃ生きてるって事ね。ほんと・・・悪運だけはいい女だわ」
「そんな事は聞いていない。何故火を点けた」

グッとアルフレードの方を見るように手に力が入る。
イエヴァは「ははっ」小さく笑う。

「貴方が悪いのよ?私に出て行けなんていうから。私は貴方の子供を産んだのよ?出ていくのはあの女でしょう?貴方も行ってたじゃない。大嫌いだって。それを何?舌の根の乾かぬ内に30にもなろうかと言う男が盗み見をしながら自慰だなんて。アハハっ。しかもオカズが20にもならない女の子だなんて。ママにヨチヨチしてもらう事からやり直したら?」

「お前っ!」

「事実でしょ?何怒ってんの?オペラグラス片手にシテるほうは没頭してるけど、見てる方は大変よ?それとも誰にも見られていないとでも思ったの?」

「黙れ」

その先を言わせまいとアルフレードは片手でイエヴァの両頬を掴んだ。


放火による火災。フルボツ侯爵家には大勢の騎士がやってきた。
後ろ手に縛られているイエヴァを引き渡すのを拒む事は出来ず、使用人はアルフレードの顔色を伺いながら騎士にイエヴァを引き渡した。

残されたハンス。フルボツ侯爵家は早々にハンスを放逐するとしたが、幼子が1人で生きていく事などは到底できない。ハンスはマティアスを介し、子宝に恵まれない子爵家に引き取られた。

両親の事を記憶の片隅にも残していなかったハンスは子爵夫妻に大事に育てられ、成長してからは駅構内で清掃を一手に担う商会「アライグマクリーン社」を立ち上げ、金にならない無人駅を中心にヴァレリアの事業を縁の下で支えることになる。



☆~☆

本宅で療養させると言い張るアルフレードだったが、グレマンが強く拒否し医療院にも距離的に近いマティアスの家にヴァレリアの療養先が決まった。

ヴァレリアは火傷はしていたものの軽傷で直ぐに寝台から抜け出す事が出来た。

「あれ?起きてても良いのかい?」

見舞いにやってきたエドウィンの手にはまた花がある。
ヴァレリアの療養にあてられた部屋はエドウィンだけでなく離れの使用人を踏み台に今はマティアスとエドウィンの経営する商会に籍を置く者達からの花も届けられて花屋よりも花で埋もれていた。

「花粉症になっちゃうかしら?それよりもまたお花。嬉しいんだけど花瓶も足らないし置く場所もないのよ」

「じゃぁこっちにしようかな」

エドウィンはポケットから渡すのを忘れた事でヴァレリアを助け出す事が出来た髪留めを出した。

「まぁ、丁度髪留めが欲しかったの。額にもね火傷があってここが一番酷くて。で‥‥えぇっと…」
「どうしたんだい?」
「グレマンから聞いたの。醜態を見せてしまった上に迷惑をかけてしまってごめんなさい」
「そのこと・・・あ~僕も謝らないと」
「謝る?エドウィンさんが?」
「緊急の事だったとは言え、君の頬を張ってしまった。男として最低の行為だ。申し訳なかった。治療費については全て僕に請求してくれないだろうか」

「なんだ。そのこと?」

ヴァレリアはエドウィンの持っていた花を受け取ると「あれ?何も」クンクンと嗅いで首を傾げる

「造花なんだ。古紙を一旦水に戻して染色した紙で作ったんだ。良く出来ているだろ?」
「造り物の花なのね。そう言われれば‥‥花びらを触ると違いが判るわ」
「病室とか花を見て癒されて欲しいけど、病状によっては生花は持ち込めないから」
「エドウィンさんって何でも考えるのね」
「で、頬を――」
「いいの。それで。助けてくれたんだもの。殴り飛ばしても怒らなかったわ」
「そんな事するわけがないし、出来るわけないだろ!」
「じゃ、出来る事をしてもらおうかしら。はい。つけてくださる?」


ヴァレリアは髪留めを差し出すと、エドウィンはヴァレリアの髪を手で梳いてパチンと髪留めをつけた。


「これからどうするんだ?」

心配そうにエドウィンが小さな声でヴァレリアに問う。
ヴァレリアは「判らない」と答えた。

あと半年もしないうちにアルフレードと結婚して3年目がやって来る。
ヴァレリアはマティアスの屋敷を出た後は、グレマンが用意をしてくれている貸し家に移る。白い結婚はもう成立したようなもの。

既に話し合いの場は設けられているが、アルフレードが承諾をしないのだ。

フルボツ侯爵家の罪と言えばイエヴァを養っていた事にあるけれど、宿無しを養って罪に問われるとなれば過大解釈をする不届き者が出て線引きをしなくてはならなくなり、そうなれば救える命も救えなくなる。

グレマンとレフリーはアルフレードとイエヴァの不貞行為を押し出しているけれど、これも微妙な所でヴァレリアの年齢が14歳での結婚だった事で18歳までは白い結婚とされる。

言い方は悪いが性欲処理の娼婦の扱いであれば不貞行為とはみなされない。
フルボツ侯爵家はその対価でハンスの養育をしていたと言い出している。
実際ハンスは養育をされていて健康面に全く問題がないのもフルボツ侯爵家には有利な材料。

ヴァレリアとしては生理的にいけ好かないアルフレードであったとしても、「関係を持たないで」としていれば良かったのだが後の祭り。
ヴァレリアはそのまま白い結婚で離縁が出来ると思っていたし、アルフレードだってそのつもりだったはずだ。


「何年かかっても離縁するわ。元々そういう約束だったんだもの」
「ヴァレリア、僕は待つよ。もしかすると今のこの状況は君に不利になるかも知れない。でも伝えておく」

エドウィンはヴァレリアの手を包み込むように握る

「離縁が成立したら僕と結婚して欲しい。ヴァレリアが僕の隣にいてくれるなら人生と言う旅で毎日違う景色を見られる気がするんだ。僕はその景色をヴァレリア、君とずっと見ていたい」

「エドウィンさん・・・私‥‥もう嘘は嫌なの。ハインツは帰ってくると言ってイエヴァと子まで作り犯罪に手を染めていた。アルフレードは手のひらを返したように吐いた言葉を無かった事にしようとしてる。お父様は・・・なんて言ったのか判らないまま…お父様と私は何か約束をしたのかすら判らないの。酷い娘だわ」

「約束する。いや命を賭しての契約をしよう。僕は裏切らないし嘘もつかない。例え離縁が10年先、20年先になっても僕は待ってる。だから一緒に景色を見よう」

「はい。私も貴方とその景色を見たい。だから…待ってて」
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