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冷静な婚約者
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第一王子ハロルドと公爵令嬢フランセアの婚約は共に13歳の時に結ばれた。
初めての顔合わせでハロルドはフランセアをエスコートし庭園を案内した。
国王は亡き王妃との間に生まれた子はハロルドのみ。
5人の側妃との間には子はいるが全て生まれたのは王女だけだった。
婚約についてはハロルドと年齢の合う令嬢が高位貴族ではフランセアだけだった事もあって目立った反対はなかったが、当のアゼントン公爵家は子供がフランセアだけだった事もあり公爵夫妻だけは良い顔をしなかった。
だが、決まってしまえば足掻いたところで王命をだされるだけ。
アゼントン公爵家はフランセアを嫁がせることを決めた。
学園を卒業する17歳の年までに、ハロルドは国王になるためのカリキュラムを。
フランセアは王妃教育を修了させ、あとは結婚式を待つだけとなっていた。
各国への招待状の返事が届く中、フランセアはウェディングドレスの微調整に王宮を訪れていた時、ハロルドの従者から「時間があれば寄って欲しい」と言われ、用件を終わらせた後ハロルドの部屋に向かった。
「殿下、ご用件と伺いましたが」
「あぁ、フラン。忙しいのにすまない。かけてくれ」
促され、ソファに座ると向かいにハロルドも着席をする。もう夫婦となるまで2か月も残っていないが決まりは決まりだと扉は開けられ、従者も侍女も同室をする。
運ばれてきた茶は先だって参列できないからと隣国の皇太子から頂いた茶葉で淹れた。
良い香りがふわりと漂う中、ハロルドは指を忙しなく動かしながら口を開いた。
「実は、側妃に召し上げようと思っている女性がいる」
ハロルドとは対照的に全く動じた素振りも見せないフランセアは優雅に茶の香りを楽しみ、一口コクリと飲むと無言で微笑を返す。動作も含め読み取れるのは【無】である。
「今まで黙っていて悪かったと思っている。だが誠の愛に気がついたのだ」
「誠の愛‥‥で御座いますか」
「フランが嫌いになったという事ではない。ただ……守ってやりたいのだ」
「では、そうなさればよろしいのではないですか」
反対をされると思っていたのだろう。予想外に認めるような発言のフランセアに聊か驚きを隠せず、焦って持とうとしたカップをひっくり返してしまう。
侍女が咄嗟に動こうとするのを、「構わない」とハロルドは制した。
「どこの、誰であろうと殿下がお決めになった事。わたくしがとやかく言う事も御座いません。ですが誠の愛の相手を離宮に置くなど殿下の矜持にも触れましょう。わたくしが離宮に参りますわ」
「いや、しかしそれでは!」
「ただ、お約束くださいませ。王太子妃、ひいては王妃となった折の役目は可能な限り果たしましょう。その代わり離宮については口出し不要。わたくしは側妃の件については一切異を唱えないのですから例外なくお認め下さいませ」
「そんな事で良いのか?寵愛を向ける者を私が側に置くのだぞ?」
「当然でございましょう?誠の愛を殿下に教えてくださった方ですもの」
「君はそれでいいのか?」
「えぇ。勿論で御座います」
オリーブ色の瞳は真っ直ぐにハロルドを向いている。虚勢を張っている風でもない。
ただ、静かに淡々と受け答えをしているだけだが、ハロルドは胸に何か痛みを感じた。
「フランは私の事は愛していないのか?」
「それをわたくしに問うてどうなさるのです?殿下には誠の愛の相手がおられるでしょうに」
「それはそうなんだが…」
「先程の離宮の件、お約束頂けるなら何も申しあげる事は御座いませんわ」
「飲めないと言ったら…」
「各国への招待状の発送も終わり、お返事もあと数か国を残すのみ。式場もドレスも警備も何もかもが決まった今、覆すお覚悟があるのだと思うだけですわ。そうなった時公爵家として出来る事は沈黙のみでございます。あぁ両親は隣国への出国を検討、いえなさるでしょうね」
ゆっくりとまた茶器を持ち、先程よりぬるくなった茶を口に含むフランセアの表情は全く変わらず穏かなままである事にハロルドは少しだけ不安を覚えた。
言葉の棘と表情が全く違う事に言いようのない不安を覚える。
所詮ハロルドは王太子であったとしても小心者なのだ。
「あ、相手は誰か‥‥気にもならないのか」
「気にして何かが変わるとでも?」
「いや、父上の側妃たちはお互いが気になっていたようだから」
「人それぞれでは?わたくしは気にも留めません。関係も興味も御座いませんし」
「関係っ‥興味もないって……夫を共有する女性だぞ」
「共有とは…おかしなことを仰いますのね。正妃とそれ以外は扱いも異なりますわ」
「それは…確かに…」
「お話はこの件ですの?」
「あぁ。父上には私から話をする」
「当然ですわね。結婚前のわたくしから進言する事でも御座いませんし。
ではこれにて失礼を致しますわ」
優雅にカーテシーをすると、従者、侍女を連れて部屋から出て行くフランセア。
側妃を召し上げるとすれば結婚して最低でも半年後である。
その間は一緒に居られる、その間にもう少し話をしようとハロルドはその背を見送った。
初めての顔合わせでハロルドはフランセアをエスコートし庭園を案内した。
国王は亡き王妃との間に生まれた子はハロルドのみ。
5人の側妃との間には子はいるが全て生まれたのは王女だけだった。
婚約についてはハロルドと年齢の合う令嬢が高位貴族ではフランセアだけだった事もあって目立った反対はなかったが、当のアゼントン公爵家は子供がフランセアだけだった事もあり公爵夫妻だけは良い顔をしなかった。
だが、決まってしまえば足掻いたところで王命をだされるだけ。
アゼントン公爵家はフランセアを嫁がせることを決めた。
学園を卒業する17歳の年までに、ハロルドは国王になるためのカリキュラムを。
フランセアは王妃教育を修了させ、あとは結婚式を待つだけとなっていた。
各国への招待状の返事が届く中、フランセアはウェディングドレスの微調整に王宮を訪れていた時、ハロルドの従者から「時間があれば寄って欲しい」と言われ、用件を終わらせた後ハロルドの部屋に向かった。
「殿下、ご用件と伺いましたが」
「あぁ、フラン。忙しいのにすまない。かけてくれ」
促され、ソファに座ると向かいにハロルドも着席をする。もう夫婦となるまで2か月も残っていないが決まりは決まりだと扉は開けられ、従者も侍女も同室をする。
運ばれてきた茶は先だって参列できないからと隣国の皇太子から頂いた茶葉で淹れた。
良い香りがふわりと漂う中、ハロルドは指を忙しなく動かしながら口を開いた。
「実は、側妃に召し上げようと思っている女性がいる」
ハロルドとは対照的に全く動じた素振りも見せないフランセアは優雅に茶の香りを楽しみ、一口コクリと飲むと無言で微笑を返す。動作も含め読み取れるのは【無】である。
「今まで黙っていて悪かったと思っている。だが誠の愛に気がついたのだ」
「誠の愛‥‥で御座いますか」
「フランが嫌いになったという事ではない。ただ……守ってやりたいのだ」
「では、そうなさればよろしいのではないですか」
反対をされると思っていたのだろう。予想外に認めるような発言のフランセアに聊か驚きを隠せず、焦って持とうとしたカップをひっくり返してしまう。
侍女が咄嗟に動こうとするのを、「構わない」とハロルドは制した。
「どこの、誰であろうと殿下がお決めになった事。わたくしがとやかく言う事も御座いません。ですが誠の愛の相手を離宮に置くなど殿下の矜持にも触れましょう。わたくしが離宮に参りますわ」
「いや、しかしそれでは!」
「ただ、お約束くださいませ。王太子妃、ひいては王妃となった折の役目は可能な限り果たしましょう。その代わり離宮については口出し不要。わたくしは側妃の件については一切異を唱えないのですから例外なくお認め下さいませ」
「そんな事で良いのか?寵愛を向ける者を私が側に置くのだぞ?」
「当然でございましょう?誠の愛を殿下に教えてくださった方ですもの」
「君はそれでいいのか?」
「えぇ。勿論で御座います」
オリーブ色の瞳は真っ直ぐにハロルドを向いている。虚勢を張っている風でもない。
ただ、静かに淡々と受け答えをしているだけだが、ハロルドは胸に何か痛みを感じた。
「フランは私の事は愛していないのか?」
「それをわたくしに問うてどうなさるのです?殿下には誠の愛の相手がおられるでしょうに」
「それはそうなんだが…」
「先程の離宮の件、お約束頂けるなら何も申しあげる事は御座いませんわ」
「飲めないと言ったら…」
「各国への招待状の発送も終わり、お返事もあと数か国を残すのみ。式場もドレスも警備も何もかもが決まった今、覆すお覚悟があるのだと思うだけですわ。そうなった時公爵家として出来る事は沈黙のみでございます。あぁ両親は隣国への出国を検討、いえなさるでしょうね」
ゆっくりとまた茶器を持ち、先程よりぬるくなった茶を口に含むフランセアの表情は全く変わらず穏かなままである事にハロルドは少しだけ不安を覚えた。
言葉の棘と表情が全く違う事に言いようのない不安を覚える。
所詮ハロルドは王太子であったとしても小心者なのだ。
「あ、相手は誰か‥‥気にもならないのか」
「気にして何かが変わるとでも?」
「いや、父上の側妃たちはお互いが気になっていたようだから」
「人それぞれでは?わたくしは気にも留めません。関係も興味も御座いませんし」
「関係っ‥興味もないって……夫を共有する女性だぞ」
「共有とは…おかしなことを仰いますのね。正妃とそれ以外は扱いも異なりますわ」
「それは…確かに…」
「お話はこの件ですの?」
「あぁ。父上には私から話をする」
「当然ですわね。結婚前のわたくしから進言する事でも御座いませんし。
ではこれにて失礼を致しますわ」
優雅にカーテシーをすると、従者、侍女を連れて部屋から出て行くフランセア。
側妃を召し上げるとすれば結婚して最低でも半年後である。
その間は一緒に居られる、その間にもう少し話をしようとハロルドはその背を見送った。
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