【改】わたくしの事はお気になさらずとも結構です

cyaru

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骨付き肉は絶品だった

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「なんなの…あの男は」

ベルタはファッジン辺境伯の領地に行く道すがら、休憩で立ち寄った小さな宿場町で馬車に備え付けられた水筒の水を新鮮な水に入れ替えながら呟いた。

何もかもが初めての旅になった。
馬車での長旅はこれが初めてではない。ステファニアがハルメル王国に嫁ぐ際の長旅も馬車の旅だった。しかし今回の旅は「初体験」なのだ。

先ず驚いたのは、出立が間も無く夕暮れに近かったのに奇妙な男、ヴァレリオは「何の問題もない」と出立をしてしまった事だ。

夜は野盗に遭遇する危険性も高くなるし、附近が見渡せないため移動には適さない。うっかりと長居をしてしまい、日が暮れれば泊っていけと言われるのが普通だった。


離宮でもう一言執事が偉そうな物言いをするのなら手も出ていたベルタ。
手を出す前に事が終わったのは、馬車を引く馬に水と飼い葉を与えて大声で笑いながら馬の頬と自分の頬を頬ずりしている男、ヴァレリオのおかげである。

「家具?そんなの新しいのを幾つでも好きだけ辺境で構えるさ」

暢気な答えを返したかと思えば、国王ですらこんな揺れの少ない馬車を所有しているのだろうかと思うような大きく、なんならここを部屋にしても?と思いたくなる広い内装の馬車が遅れてやって来た。

6頭立ての馬車は乗る事は勿論だが、見るのも初めてだった。

「お嬢様…足を伸ばして寝られる馬車です」

「そうね」と言わんばかりにステファニアも目を丸くして驚いていた。
離宮の執事も声が出ないくらいに驚き、中にいた使用人も物珍しさに一目見ようと出てきた。
広さだけではなく、「揺れを感じませんっ!」と言いながらも心地よい揺れに不覚にもベルタは寝てしまった。2つの休憩所で休む最中も夢の中。爆睡のベルタが目を覚ましたのは「湯の準備が出来た」と呼びに来た兵士の声だった。

ガバっと起き上がったベルタは、疲れもあったのかも知れない。
6時間ほど馬車の中で快眠を貪っていたのだ。

「お嬢様っ!申し訳ございません」

ステファニアは口元に軽く握った手をあててクスクスと笑った。


「湯って…どういう事です?」

兵士にベルタが問えば、布で四方を囲っているものの中央からは湯気が立っている場を指差された。

「遠征では野営が普通だからな。湯で体を拭けば夜もゆっくり寝られるだろうし、足湯は特に気持ちいいぞ」

素っ気ない兵士の言葉だったが、なんともありがたかった。
馬車の中は窓を開けても蒸し暑く、汗だくになってしまうのだ。
ベルタは寝ていたが…。
これが冬なら温かいかと言えば違う。氷室の中に放り込まれたかのように寒いのだ。

ベルタは寝間着とは言えないが動きやすいワンピースを荷馬車の荷の中から取り出すとステファニアを連れて四方を布で囲まれた「簡易湯殿」に入った。

空を見上げれば満天の星空。湯船はなく大きめの桶が幾つか置かれており湯に浸れるのは足だけのようだったが、腰掛けやすいように大きな岩には布が敷かれており、それを椅子代わりにステファニアを座らせて湯桶に足を入れた。

「気持ちいいですか?」

ベルタは白く細いステファニアの足を洗い、座らせたまま体を拭いていく。
新しいワンピースは輿入れの際に持ってきたものだが、2年ぶりに役割を果たした。

その隣にしばしの間、ベルタも腰を下ろしステファニアと湯桶に足を突っ込んで空を眺めた。

「綺麗ですねぇ…星が降ってきそうですね。お嬢様」

となりで微笑んでこくりと頷くステファニアと簡易湯殿を後に馬車に戻れば、宿屋でもないのに温かいスープにこんがりと焼いた骨付き肉。香ばしい香りの焼き立てパンが差し出された。

が!カトラリーが応急で作ったと思われる木の枝をくりぬいたもののみ。

「どうやって食べろと?」

慌てたベルタに兵士は、少し困った顔をしたが丁寧に「簡素」に教えてくれた。
野営では荷を少しでも減らすためにカトラリーは必要としない事。
スープは皿に直接口をつけて傾けてすする事。
肉は手に持ちやすいように敢えて骨付きにしており、そのままガブリと食べる事。
パンですら指で千切らずに歯で噛み千切る事。


「まるで野戦食なのね…」
「だから、野営してるじゃないか」
「それはそうだけど…」
「流石にお嬢さんにはスープを啜るのは出来ないだろうからスプーンを作ったが具合が悪いのか?」
「いえ、まだ使っていないので…」
「食い難かったら言ってくれ。改良する」


金属のカトラリーを用意するのではなく、添えられていた枝スプーンを改良する。
ベルタも兵士の言っている意味は理解できるし、無理は言えない。
これから向かう先は王都よりも遥かに不便な辺境の地なのだ。

王都では、食べる物と着る物には自由があったが、この先はそれもないかも知れない。ステファニアにこれ以上の不遇を味合わせる事は出来ないと受け入れたのだった。

ステファニアはそんな食事を楽しんでいるようにも見えた。
直接食べ物を手に掴むのはパンか菓子くらいだった生活。いきなり目の前に出てきた骨付き肉に目を白黒させながらも兵士に持ち方と食べ方を教えて貰うと、郷に入っては郷に従えごうにいってはごうにしたがえとばかりに骨付き肉を手に取り、パクリとかぶり付いた。

「・・・・っ?!」
「どうしました。お嬢様っ」

パクリと齧り取った肉は、もぐもぐと咀嚼して口の中にある。
しかし、ステファニアは肉で口元を隠すようにしながら目をぱちくりさせた。

「ありゃ、塩胡椒をし過ぎたか?臭みが消えるかと思ったんだが…」

兵士の声にまたもやベルタは驚いた。国王の容態もあったかも知れないが王城に招かれての食事は薄味で素材の味が基本となるもの。と、言えば聞こえはいいが、胡椒は塩や砂糖よりも希少な品だった。

「ジビエは臭みが苦手と言うものが多くてな。粗挽きの黒胡椒をやり過ぎたか」

ちょっぴり反省する兵士だったが、ステファニアはやっと肉を飲み込むとナフキンで口元と指先を拭きながら、うんうん!と大きく頷いて満面の笑みを返した。

「ん?お嬢さんは話が‥‥ま、そんな事もあるさ」

兵士は年の頃は50代くらいでベルタと似たり寄ったりか。
幼い頃の娘を思い出したか、孫を思い浮かべたのか「腹いっぱい食えよ」と言い残し持ち場に戻っていった。

「手づかみなんて初めて…では私もいただきますね」

ベルタの声に、ステファニアは肉の部位を指差し「ここが特に柔くて美味しい」と手振りで示した。ベルタはあまり肉料理は得意ではないが、示されるがままにその部位にかぶり付いた。

「ファウッ!?」

絶品だった。
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