【改】わたくしの事はお気になさらずとも結構です

cyaru

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イノシシはマフラーの代用品?

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王都を出立し、ファッジン辺境伯の治める領地はまだその山の頂すら見えない。
馬車の旅はゆっくり進むのである。1日当たりで言えば15キロも進めば良い方だろうか。

だがベルタもステファニアもファッジン辺境伯が相当な力を持っている事は解る。
それは馬の数である。

戦の時ですら、「人間の代りは何とでもなるが馬の代りは早々にない」と馬に跨る将校は、行軍ですら馬の為に休憩をもうけ、喉が渇いたと訴える兵士達よりも先に馬に水を与え、腹が減って剣を落としてしまう兵士の隣で馬に飼い葉を与えたくらいだ。

子供の数を見ればその家の裕福さが解ると言われた時代。
金のある富裕層の夫婦のもつ「実子」は少ない。せいぜい3人くらいである。
愛人などとの間に庶子を設けても養うのにも1人が限界。
金持ちほど子供の数が少なかった。

反対に貧しいものは子供の数が多い。7、8人の兄弟姉妹が平均的で多いものは両手の指の数で足らない。男の子は農村であれば田畑を耕し、漁村であれば幼い頃から漁に駆り出す。
女の子は幼いうちは小麦をひいたり、魚を捌いて干物にしたりでそこそこの年齢になればどこかの貴族に下女として売られていく。余程に金に困った家は娼館に子供を売った。
子供がいるうちは食べていけると、産めるだけ産むのだ。

特に30年戦争と言われた戦は、ファミル王国、ハルメル王国共に貧乏人は子作りに励んだ。男児なら兵隊に。女児でも救護隊に行けば給金が出るからである。

人は多いが馬は少ない。その馬はステファニアが乗る馬車を引くためだけに替えも合わせて18頭。
他に荷馬車を引くための馬にも替えの馬がいる。替えの馬がいないのは護衛の兵士が跨る馬だけだ。
人の数より馬の数が多い隊列は、ファッジン辺境伯の隊列だと王都から離れれば離れるほど人々の関心を呼ぶ。
休憩地には領民が隊列の為に人用と馬用の食料や水、替えの下着などを用意し火を起こして待っている。

「人気があるんですねぇ…」

ベルタは呟いた。



ワイワイと夕餉の準備をしていると、お騒がせな男が山肌を滑り降りてきた。
大きな塊が2つにベルタは悲鳴をあげてステファニアに抱き着いた。

「獲れたぞ!一撃だ」

自慢げに首の後ろにまるでマフラーと間違ったのか?と思った物体はヴァレリオよりも大きなイノシシだった。腰にぶら下げた布の袋が3、4つ。モゴモゴと動いていた。

「ウリボウだ。可愛いだろう?」

ヌッとウリボウの腹を両手で押さえてベルタとステファニアに差し出す。
ベルタは口から泡を吹いて後ろむけに失神してしまった。

「こいつはしばらく飼うんだ」
「???」
「大きくして食うんだよ」
「っっっ!?」
「おっと、まだ捕まえたばかりだから暴れるんだよ。手を出すなよ?」


出すなよと言われても、出す気はない。ギーギーと威嚇するウリボウは小さくても猛獣である。

「リオ!お嬢さんにウリボウはまだ早いだろ」
「そうだ。びっくりしてるじゃねぇか」

ヴァレリオは後ろから声をかけた兵士の声に、掴んだウリボウをもう一度袋に入れる。

「あっと‥‥忘れる所だった」

たすき掛けにした胸元の袋からごそごそと取り出したのだが…。

「うわぁ…こりゃダメだ」

袋から出したのはエーデルワイスの花だったがイノシシを肩に背負い、ウリボウの入った袋を腰蓑のようにぶら下げて山肌を滑り降りてきたのでは、折角の花も茎から花が取れてしまっていた。

「おぉっ?」

兵士達が囃し立てようと覗き込んだが、がっくりと首を垂れるヴァレリオに「柄にもない事をするもんじゃないな」と肩を叩くにとどめた。

「ごめんなぁ‥‥気分転換になるかと思ったんだが花を取った後、イノシシ追いかけてしばらく走ったからなぁ。今度は袋に入れずに咥えとく」

――獲った後に花を採るのではなく?――

ステファニアはヴァレリオが花を咥えて走る姿を想像して、つい笑ってしまった。

「やっと笑った」

ニィっと笑ったヴァレリオにはえくぼがあった。それがまた不釣り合いなのとその顔で花を咥えて走る姿を想像してしまい、ステファニアは俯き、肩を震わせて笑った。

俯いてしまったからか、兵士たちはステファニアが泣きだしてしまったと勘違いをしてしまい、ヴァレリオに拳骨を落とした。

「痛って…」
「女性を泣かせるなどガキには10年早いわ!」
「10年も経ったら35になるじゃねぇか!オヤジ化したらどうすんだよ」
「その時はな香りの先槍として使ってやるよ」
「うっせっ。俺はやらないからな!」
「リオ。あれは抗えない。気が付けば香るもんだ。もれなくな」
「ぐあぁぁっ!嫌過ぎるっ」


ヴァレリオと兵士のやり取りにステファニアは顔をあげたが、涙が出るほど笑ってしまい指で涙を拭った。

「うわ…ホントに泣いてたのか?!ジジィに殴られるわ…俺、来年生きてるかな」
「マジで泣かせてやがる…極悪人だな」
「25なのにもう香ってて、香りで目が痛いんじゃないのか?」
「俺は匂ってないっ!」

スンスンと兵士の1人がヴァレリオの匂いを嗅ぐ。

「臭っせ…こいつ獣臭がしてやがる」
「当たり前だ!さっきまでイノシシ担いでたんだからな!!」


こんなに笑い声に囲まれる旅もステファニアとベルタには初めてだった。
その長旅も15日後には終焉を迎えた。ファッジン辺境伯の治める領地に到着したのだ。

ファッジン辺境伯の治める領地は広大こうだいである。国境線の7割を占めていてファミル王国も隣同士。屋敷のある場所はファミル王国とは逆側となり、領地の東端から西端までは千キロはあると言う。

途中に立ち寄った休憩地は本来休憩地ではなく、馬や人が走っても有事の際には遅れをとってしまう事から「狼煙のろし」をあげてその立ち上る煙の数で異変を知らせる場所だった。



馬車が止まると、いつぞやのようにヴァレリオは愛馬を飛び降りて馬車の扉に向かう。
ヴァレリオが勢いよく開けた扉からは風が吹き込んできた。ステファニアとベルタは小窓に吹き抜ける風の冷たさにここがファッジン辺境伯領だと言う事を嫌でも感じざるを得なかった。

「どきなさい」
「えっ?俺が馬車から…」
「その手綱を握って汗だくの手でご令嬢の手を取るつもりですか?嫌われますよ」
「嘘だろ…そんな細かい事まで…」
「世の中で女性は尊い存在なのです。汚い手で触れてよいものではありません」
「手…洗ってくるわ‥」

ヴァレリオが走り出したすきに、屋敷の家令はステファニアに手を差し出した。
続いてベルタにも手を差し出し、ヴァレリオが戻って来た時は既に屋敷の中に2人は招き入れられた後だった。


「ようこそ。ファッジン辺境領に。遠かったでしょう」

にこやかに笑いかける男性にはステファニアもベルタも見覚えがあった。
2年前、ハルメル王国に輿入れをする際に国境を超えたあたりで護衛をしてくれた男性である。

――この方がわたくしの夫となる方――

==え?お嬢様のお相手がこの爺さんって事?==

ヴァレリオほどではないが、目の前の男性にも顔や腕には傷があった。
辺境を守ると言う事は命懸けなのだと思わざるを得ない。


「こちらは、ファミル王国ブレント侯爵家のステファニア様に御座います」

ベルタの紹介にステファニアはカーテシーを取った。

「ご事情は伺っております。さぁ中にどうぞ」
「お言葉に甘えさせて頂きます」

2,3歩進んだところで、バタバタと走って来る音と声が聞こえる。

「手ぇ!洗った!ジジィ!俺の役目を取るんじゃねぇッ」

ベルタのこめかみがプチンと音を立てた。
ギュッと握られた拳がブルブルと震えたのは言うまでもない。
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