あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru

文字の大きさ
11 / 42

侯爵の弱み

しおりを挟む
屋敷に戻ったエンヴィーは父の侯爵に噂の真偽を確かめようと父の部屋に向かった。



「お父様ぁ。聞きたい事があるんだけど」

「エンヴィー。何度言ったら判るんだ。部屋に入る前はノック。入室していいかどうかを確認してから入るんだ。いきなり入ってきて聞きたい事がある?常識の順番も判らないのに聞いて判るのか?」

「失礼ね。判るわよ。これでも王子妃教育に参加した事もあるんだから」

「日数にして6日。時間にしてトータル2時間半だがな。あぁ面倒だ。何が聞きたい。さっさと言ってくれ。忙しくて時間がないんだ」

まだ何も話をしていないのに、もう出ていけと言わんばかりの父親。
だがここでも邪魔者が入る。ひっきりなしに父の執務室には執事たちが出たり入ったりをしているのだ。


「エンヴィー。菓子でも食べて少し待ってくれ」


父の言葉に語尾を伸ばした返事をするとエンヴィーはソファに腰を下ろした。
そしてテーブルに置かれた菓子を頬張り始めた。




ここのところ急激に侯爵家の事業の数が減って、事業で雇い入れていた従業員を解雇せねばならず退職金を上乗せして人員整理を続ける父の顔色は悪い。
いきなり解雇をしてしまえば、不当解雇だと国に労働者たちが陳情をしてしまう。
陳情のあった家は監査が入るため、あまり周りからは良く思われなくなる。


業績低下をなんとか打開しようと流行の商品を取り扱い始めたのだがこれが不味かった。

レイリオス公爵家が突然短期の事業停止命令が下された事で大量の買い付けを行ったにも関わらず国境で荷物が留め置かれてしまった。

レイリオス公爵領を経由して輸入する場合、他の領ではコンテナ1つに対して関税がかかる。
しかし、レイリオス公爵領は荷馬車1台当たりであるため、荷馬車にはコンテナが6つ載せられる。その分安く売る事が出来るのだ。

ただ問題はあった。他の領は荷受け先が同じであれば任意で幾つかの箱を検閲するのだが、レイリオス公爵領は1つ1つを検閲するのだ。全てが終わらないと同一荷受け先の荷物は通過できない。

――数日の差だろう――

安易に考えたスミルナ侯爵は日数よりも金を選んだ。それが失敗だった。



中身はこの半年間で入荷すれば即完売という子供向けの人形なのだが、こういう物は足が速いのだ。ブームが過ぎ去ってしまった頃に買う者は居らず、倉庫に置いても場所はとるし廃棄するにも金がかかる。

スミルナ侯爵は色違いバージョンで1つの人形に対し12のパターンで大量に発注し入荷を待っていた。あまりに量が多すぎて検閲に時間がかかりあと4、5日で通過すると言う時にレイリオス公爵家に短期の事業停止命令。


スミルナ侯爵は後日いくらかはレイリオス公爵家から補填して貰えると聞いたが、念のためにと王宮に確認をしたらほとんどが【対象外】だと言われてしまった。

その店舗では同時にスミルナ侯爵領の特産品である野菜なども販売する予定で、国境からの途中にスミルナ侯爵領があるため途中で野菜を積み込むのだ。

人形を売るのが主体だったため臨時に借りた大きな店舗家屋の家賃、そこで働くはずだった売り子は野菜だけなら3、4人で事足りるが、本来は人形を売るためだったので80人ほどを万引きなどの警備も兼ねて集めていた。
これらの支払いは補填の対象にはならなかった。人形や野菜を売ると売り子は説明を受けていたため線引きが出来なかったのだ。

国境から荷を運ぶ荷馬車も大量に依頼をしていたが、2台で足りた。しかし依頼をしたのは120台。40~50台は対象になるだろうが、残りはこれも線引きが難しいとされた。

1日でも早く人形を売らねばならないのに事業停止はあと2カ月は続く。そこから手続きが始まり人形が王都に入荷するのはどんなに早くても4、5か月後である。


執事が慌てているのは一旦支払いは全て行わないといけないのだ。
家賃に人件費、荷馬車代に商品を作った隣国の工場。あまりにも多く作ったため人形が売れるどころかまだ差し止められている状態で支払いが始まってしまったのだ。

全く払えない訳ではないが、手持ちの現金は全て支払いに回さねばならない上に、借り入れもしなくてはならなくなった。かなりの金額の借り入れだが人形さえ売れれば元は取れる。
侯爵領を担保に金を借りるための手続きにバタバタしているのだ。



やっと一区切りついて、エンヴィーは父親に手を出しながら聞いた。
欲しいのは問いに対する答えと小遣いだ。

「お父様ぁ。メングローザ公爵令嬢が病気って本当?」

「らしいな。詳しい病状などはわからんが殿下と婚約が解消になり1か月は床に伏せっていると聞いた。まぁ見たわけではないから屋敷から出てこないだけかも知れないが。それがどうした?」

「ううん。知らない人じゃないから病気ならお見舞いにと思って。ほら、婚約者候補で肩を並べた仲だから」

「肩を並べたって‥‥並べる前に居なくなったお前がいう言葉ではないだろう」

「早速お見舞いに行かなくちゃ。殿下も解消してすぐ寝込んだなんて聞いたら気を悪くするでしょう?カーメリア様はきっと皆に合わせる顔がないだけだわ。殿下から気にするなと言われたら出てくると思うし、ここは私が何とかする番だと思うのよ」

「行かない方が良い。お前も原因の一つだと言われているからな」

「どうして?なんで私が原因の一つなのよ。そんな事を言われているなら絶対に行かなくちゃ。本人にヴィーは関係ないって言ってもらわないと!」

「お前の頭は何が詰まっているんだ‥‥ところでその手はなんだ」

「お小遣い。頂戴♡」

「この前あげたばかりじゃないか‥‥使い過ぎだ」

「無くなったから貰ってるだけ。いいのよ?くれなくても。お母様に―――」

「あぁ判った。これで足りるか?」

テーブルの上に裸のままで置かれた数枚の札を指でピンと弾くとエンヴィーは笑顔になった。

「無くなったらまたよろしく♡」


入り婿であるスミルナ侯爵はエンヴィーに実家の両親と会っている場を見られてしまった。
エンヴィー自身、現スミルナ侯爵の実の娘ではない。
本当の父親はエンヴィーが9歳の時に心労で亡くなったのだ。

女一人で屋敷も領も切り盛りする事は難しく、エンヴィーの母は現スミルナ侯爵と再婚した。

言われるがままに口止め料という小遣いを渡す現スミルナ侯爵。
バラされれば【被害妄想の鬼女】とも二つ名のある妻に何をされるか判らない。

見た目は上の上。頭の中身も上の中。
だが出自は男爵家の5男坊。追い出されれば行く先もない。

エンヴィーの母は借金の支払いで困窮していた男爵家にやってきて両親の目の前に札束を積み実質【買った】のだ。

親と会っていたと何度言っても、親が手引きして女を連れ込み実家の一室で楽しんでいたと妄想を膨らまし浮気をされた可哀想な妻と何年もその妄想被害に付き合わされるのだ。

結婚当初にその妄想に付き合わされ辟易した。今でも事あるごとにそれを言い始める。
金で黙ってくれるなら安いものだ。

空になった財布をスミルナ侯爵はゴミ箱に捨てた。
しおりを挟む
感想 248

あなたにおすすめの小説

王子様への置き手紙

あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯ 小説家になろうにも掲載しています。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

婚約破棄されたので、戻らない選択をしました

ふわふわ
恋愛
王太子アルトゥールの婚約者として生きてきた 貴族令嬢ミディア・バイエルン。 だが、偽りの聖女シエナに心を奪われた王太子から、 彼女は一方的に婚約を破棄される。 「戻る場所は、もうありませんわ」 そう告げて向かった先は、 王都から遠く離れたアルツハイム辺境伯領。 権力も、評価も、比較もない土地で、 ミディアは“誰かに選ばれる人生”を静かに手放していく。 指示しない。 介入しない。 評価しない。 それでも、人は動き、街は回り、 日常は確かに続いていく。 一方、王都では―― 彼女を失った王太子と王政が、 少しずつ立ち行かなくなっていき……? 派手な復讐も、涙の和解もない。 あるのは、「戻らない」という選択と、 終わらせない日常だけ。

完結 殿下、婚姻前から愛人ですか? 

ヴァンドール
恋愛
婚姻前から愛人のいる王子に嫁げと王命が降る、執務は全て私達皆んなに押し付け、王子は今日も愛人と観劇ですか? どうぞお好きに。

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~

暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」 高らかに宣言された婚約破棄の言葉。 ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。 でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか? 2021/7/18 HOTランキング1位 ありがとうございます。 2021/7/20 総合ランキング1位 ありがとうございます

幼馴染の王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 一度完結したのですが、続編を書くことにしました。読んでいただけると嬉しいです。 いつもありがとうございます。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

処理中です...