あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru

文字の大きさ
19 / 42

花の送り主

しおりを挟む
王都を出てただひた走り、翌朝日が昇る頃には国土の端までやってきた。
山岳地帯でもあり、昼もさほどに気温が上がらない。当然朝晩の冷え込みはあり夏でも涼しい恰好で寝てしまえば風邪を引いてしまう。

小窓のカーテンを開けたメングローザ公爵夫人は驚いた。
馬車は走っているのに茎の部分を乗降する際に握るバーに蔦を使って結わえられた赤いゼラニウム。

「いつの間に?」

そう思いながら少し小窓を空かせると、冷たい風が吹き込んできた。
馬車内と外の温度差を感じ、ひんやりとした風に心地よさを感じながらも急激に温度が変わるのは良くないと素早い動きで蔦を外し赤いゼラニウムを手に取った。

馬車の壁には一輪挿しが挿せる程度の筒が付いている。
そっと挿すものの筒に水は入っていない。時間と共にくたりとなった赤いゼラニウム。
目が覚めたカーメリアは馬車の動きに合わせて揺れる花を見て「可哀想」と呟いた。

急いだ事もあり、迂回はしたものの4日目にはブルーメ王国との国境て出国の手続きが始まった。その日の朝、出入り口のバーに結ばれていたのは薄い紫色の高山植物である彗星蘭オドントグロッサムだった。

「そりゃそうよね。ふふっ。だけど律儀ね…」

「それは…?」

「さぁ?赤いゼラニウムは咲いてないのね。だけどよく見つけてくるわね…(ぼそっ:だから最後尾なのかしら)」

「可愛い花…」

「可愛いのは花かしら…特別な存在って…妬けちゃうわ」

「特別?…お花よりも?」

「えぇそうよ」


母から手渡された彗星蘭オドントグロッサムの花びらを指で撫でた。
第一王女やブルーメ王国の第4王子の書面は効果があったようで、大使となれば国境からはブルーメ王国の騎士も加わり、公爵家一行は国王の手が及ばない位置まで進んだ。

第一王女と婚約を結んでいてもかつてブルーメ王国とは軋轢があったため、表面上は王族の婚約で手を取り合ったように見えるが犯罪を犯した者が逃げ込んだ時に捜索の依頼や確保時の引き渡し条約は結ばれていない。
国力としてはブルーメ王国の方が優位にあるとは言え、第一王女を差し出したにも関わらずブルーメ王国は継承順位の低い第4王子を婚約者に選んだ。国王は憤慨しその条約を結ばなかったのだ。

当事者である第一王女とブルーメ王国の第4王子は非常に仲が良い。週に少なくとも2度は手紙をやり取りしてお互いの仲を深めている。
第一王女を一目見た時から頬を染めた第4王子は王女のために郊外に離宮を建てその日を待っていた。

第一王女は兄である王太子、第4王子も兄である第2王子の行いで臣下や使用人に対しいつも尻拭いをしてきた。手柄を横取りされた経験も辛酸を舐めさせられた経験もお互いが持ち、最初は傷をなめ合うような、愚痴を遠回しに言い合う関係だったが今では信用と信頼を、そしてお互いを思い合う気持ちを育てている。


ブルーメ王国の第4王子は行く先々に通達を出していて、馬力がある馬を用意してくれていた。夜通し走った馬も基点となる街で交換をした公爵家一行はブルーメ王国内にある街道をひた走る。
リアーノ国はこのまま5日も進めば入国できる。ただ、迂回をした事により反対側からの入国はリアーノ国にある夫人の実家までは3日は走らねばならないだろう。

日差しの中を走り、星の下を走り、メングローザ公爵夫人の実家にたどり着いた時、道中で貰った花は暇つぶしになればと夫人が持ち込んだ本の中で押し花になった。

出国をする前に届いていた花はすっかり水分が抜けて、夫人は懐かしい実家の勝手知ったる父の私室に飛び込むと何十年ぶりかの悪戯っ子復活で引き出しを開けて遠い海の向こうの国で作られた【和紙】にそれを挟み込んだ。両側から向こうが透けて見える和紙に表裏がないよう2日分の花を挟み栞を作った。




物理的にも距離があるというのは安心できる要因なのだろう。
まだ立って歩く事はできないが、横になっている時間を少しづつ減らしていく。

婚約解消をされるまでは自分の時間を自由に使うという事が考えられなかった生活。
感情をもなくしたカーメリアにメングローザ公爵がした事は【何もしない時間を持つ】事で、それを咎める事をしないと徹底してきた。

公爵令嬢が堕落した生活をするのは褒められた事ではないが、今までがやり過ぎだった。何もしない中で、カーメリア自身が【したい】と思うようになるまで待つ。したい事を強制もしない。【しなければならない事】は以ての外だ。

公爵家では眠る事も出来なかった。妃教育は横になり体を休める事すら鞭打たれるカーメリアにとって忌避する事だった。それを取り除くためカーメリアの私室には気の置けない者だけが出入りをした。

侍女シトルイユは座って眠らないカーメリアの世話を甲斐甲斐しくした事でやっと横になってもいいのだ、花は美しいのだと思えてきた頃に起こった出来事に心を痛めた。


12日に及ぶ長い馬車での移動は体には負担ではあったが、小窓からの景色や風の匂い、聞こえてくる人々の言葉は辛い記憶との間にゆっくりと挟まり、心を落ち着けるのに役立った。

勿論、毎日届くたった1房、たった1輪の花もカーメリアの心を穏かにした。


リアーノ国は陽気なお国柄である。
使用人達は直ぐに公爵家からやってきた使用人達とも打ち解け、歌いながら洗濯をする声、笑い合う声が響くメイドたちの掃除、調理人とて庭で野菜を育てて食べ頃の実に喜劇のような情熱的な愛を囁く。
カーメリアの口数も次第に多くなっていく。


リアーノ国に来てからは贈られる花にヴァリエーションが出来た。

寝室の窓を開けて、侍女とお喋りを楽しんだ翌日にはエキザカムあなたの夢は美しいが。

移住後、始めて食堂で祖父母も交えて食事をした翌日にはガーベラ常に前進が。

車椅子に乗って侍女と共に庭を散策した翌日にはクルクマあなたの姿に酔いしれるが贈られた。


「うーん…ここまで来ると怖いものがあるわね。貴女は私の安らぎって…」

「あら?今日もお花が‥‥」


母が手にしていたのはルピナス。小さな花を幾つもつけた花を受け取るとカーメリアは指で1つ1つをちょんちょんと触った。小さく揺れるその花に、夫人はふと視線を感じてそっと視界に入れた。

木陰から優しい目をしてカーメリアを見守るアルマンだった。
アルマンは、夫人に悟られた事を知ると静かに礼をしてその場を立ち去ろうとした。
顎に指をあて、ふと考える振りした夫人は不自然に大きな声で・・・。

「カーメリア。このお庭の奥に花水木ハナミズキという花が咲いているの」

花水木ハナミズキ?」

「見せてあげたい可愛い花なんだけど‥‥」

「何かありますの?」

「車いすでは無理そうね…」

「‥‥そう‥‥残念。来年は見られるかしら…」

ちらりと夫人は目線をカーメリアから外した。胸に手を当て、礼をするアルマンを見た。




翌朝、いつもよりは起きるのにまだ早い時間。
夫人と侍女シトルイユはいつもより明るい色のワンピースにカーメリアを着替えさせた。

朝の涼しい風がゆっくりと通り抜ける外テラスで朝食を食べようと誘い、庭がよく見えるテーブルにセットされた椅子を寄せるとそこに車椅子を止め、ストッパーをかけた。

「あら、いけない。ちょっと待ってて。シトルイユ手伝ってくれる?」

「はい、奥様。お嬢様、少しお待ちくださいね」

「え、えぇ…」

朝食は使用人が運んでくるのにどうしたのだろうと首を傾げ、待つより他にないと庭の木々に目を向けた。
ふと、誰かが庭にある小道を歩いてくるのが見える。背の高さもあるが、歩くたびに白い何かが上下に小さく動いてた。

「何かしら?」

そこには花水木ハナミズキの枝を片手で持ち、枝を回しながら不要な葉を取り払う男性が現れた。
既視感のある男性にカーメリアは声が漏れた。


「アルマン様‥‥」

「‥‥っ!?」

サッと花水木ハナミズキを背に隠すアルマンとカーメリアの視線があった。
しおりを挟む
感想 248

あなたにおすすめの小説

白い結婚で結構ですわ。殿下より、私の自由のほうが大事ですので

鍛高譚
恋愛
「第二王子との婚約? でも殿下には平民の恋人がいるらしいんですけど? ――なら、私たち“白い結婚”で結構ですわ。お好きになさってくださいな、殿下」 自由気ままに読書とお茶を楽しむのがモットーの侯爵令嬢・ルージュ。 ある日、突然“第二王子リオネルとの政略結婚”を押しつけられてしまう。 ところが当の殿下は平民の恋人に夢中で、 「形式上の夫婦だから干渉しないでほしい」などと言い出す始末。 むしろ好都合とばかりに、ルージュは優雅な“独身気分”を満喫するはずが…… いつしか、リナという愛人と妙に仲良くなり、 彼女を巡る宮廷スキャンダルに巻き込まれ、 しまいには婚約が白紙になってしまって――!? けれどこれは、ルージュが本当の幸せを掴む始まりにすぎなかった。 自分を心から大切にしてくれる“新しい旦那様”候補が現れて、 さあ、思い切り自由に愛されましょう! ……そして、かの王子様の結末は“ざまぁ”なのか“自業自得”なのか? 自由気ままな侯爵令嬢が切り開く、 “白い結婚破談”からの痛快ざまぁ&本当の恋愛譚、はじまります。

学生のうちは自由恋愛を楽しもうと彼は言った

mios
恋愛
学園を卒業したらすぐに、私は婚約者と結婚することになる。 学生の間にすることはたくさんありますのに、あろうことか、自由恋愛を楽しみたい? 良いですわ。学生のうち、と仰らなくても、今後ずっと自由にして下さって良いのですわよ。 9話で完結

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

『婚約破棄されたので王太子女となります。殿下より上位です』

鷹 綾
恋愛
「君は王太子妃に相応しくない」 その一言で、私は婚約を破棄されました。 理由は“真実の愛”。選ばれたのは、可憐な令嬢。 ……ええ、どうぞご自由に。 私は泣きません。縋りません。 なぜなら——王家は、私を手放せないから。 婚約は解消。 けれど家格、支持、実務能力、そして民の信頼。 失ったのは殿下の隣の席だけ。 代わりに私は、王太子女として王政補佐の任を命じられます。 最初は誰もが疑いました。 若い、女だ、感情的だ、と。 ならば証明しましょう。 怒らず、怯えず、排除せず。 反対も忠誠も受け止めながら、国を揺らさずに保つことを。 派手な革命は起こしません。 大逆転も叫びません。 ただ、静かに積み上げます。 そして気づけば—— “殿下の元婚約者”ではなく、 “揺れない王”と呼ばれるようになるのです。 これは、婚約破棄から始まる静かな逆転譚。 王冠の重みを受け入れた一人の女性が、 国を、そして自分の立場を塗り替えていく物語です。

【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~

暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」 高らかに宣言された婚約破棄の言葉。 ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。 でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか? 2021/7/18 HOTランキング1位 ありがとうございます。 2021/7/20 総合ランキング1位 ありがとうございます

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

(完結)婚約解消は当然でした

青空一夏
恋愛
エヴァリン・シャー子爵令嬢とイライジャ・メソン伯爵は婚約者同士。レイテ・イラ伯爵令嬢とは従姉妹。 シャー子爵家は大富豪でエヴァリンのお母様は他界。 お父様に溺愛されたエヴァリンの恋の物語。 エヴァリンは婚約者が従姉妹とキスをしているのを見てしまいますが、それは・・・・・・

処理中です...