小切手を拾っただけなのに~それは侯爵子息の溺愛の始まりでした~

cyaru

文字の大きさ
32 / 44

第32話  来る日も来る日もごしごし

1か月が経った。

ごしごし。ごしごし。

額に流れる汗をぬぐう間もなく、次がやってくる。

「気ぃ抜くんじゃないよ。しっかり洗いな!」
「洗ってるわよ!」
「なんだい。その口の利き方は!躾が必要なようだねッ」
「洗いますっ!洗いますってば!」

荷馬車に乗せられたデリスが「罰だ」と言われて2週間荷馬車に揺られて送り込まれたのは戦場の最前線にいる兵士が利用する娼館の洗濯場だった。

井戸から汲み上げた水を桶に移し替えるだけで手が切れそうなくらいに水は冷たいのに、その水で大量の洗濯物を夜明け前から月が空の真上に上るまでひたすら洗い続けねばならなかった。

歯向かったり、さぼったりしていると容赦なく鞭が飛んでくる。

手さえ動かしていれば多少のおしゃべりは許されるけれど、洗濯にはノルマがあって出来なければ徹夜で洗い続けねばならないし、やっと終わっても翌日は翌日でその日のノルマがある。

攻撃命令の出る2、3日前は娼館が大賑わいで真夜中も客足が途切れることはない。

寝不足に相まって水の冷たさに「こんなの洗えない」と投げだそうとしたが、デリスと同じく「罰」としてこの洗濯場に送り込まれた女性たちは黙々と洗い続けていて、デリスのストライキに付き合ってくれる者はいない。

不思議なのはデリス以外は1週間もすると姿が見えなくなることだった。

監視をしている女将の犬に怒鳴られてデリスはふくれっ面になりながらも赤くなって感覚もない手を動かし、せっせと洗濯物を洗っていると。

「ねぇ、あんた。なにしたのさ」

隣でシーツを広げた女性がデリスに話しかけてきた。

「何って…知り合いがいたから文句言っただけ」
「知り合い?知り合いに文句言ってここ?嘘だぁ」
「嘘じゃないわよ。そういうあんたは何したのよ」
「アタイ?アタイはね、公爵家のガキンチョ誘拐しようとして失敗したのさ」
「へ?」

デリスは少々混乱した。同時に(冗談よね?)と思ったけれど、もう失敗したし覚悟を決めたという女性は事のあらましを語り始めた。

多少の誇張はあるだろうが話の辻褄も合っていて、どう考えても本当に誘拐をしようとして失敗をしたとしか思えないリアルさ。
外の寒さとは関係なく、デリスは背中に悪寒が走った。

「聞くところによるとアンタ、ここ長いそうじゃない」
「そうかな」

ふと考えると、デリスは洗濯場に送り込まれて1か月が経っていた。

「稀にいるって小耳に挟んだんだよ」
「稀ってどういうこと?」
「死刑じゃなく無期ってことさ。で、で。アンタ無期なんだろ?頼まれてくれない?模範囚になって恩赦でも出たら帰れるだろ?」

(模範囚?恩赦?え?私、犯罪者になってるってこと?)

アリアに文句を言っただけで?
待って。
絡んだのは事実だけど、無理やりここに連行される原因を作ったのはダリオンよ?
とんだトバッチリじゃないの!

だが、考えた。
それで犯罪者になるとしたら。

(まさか…アリー。王族に取り入ったってこと?)

もしそうだとしたら、あの日の言動は間違いなく不敬罪になる。

(本当に恩赦が出ないと私、一生ここで洗濯することになるってこと?!)

そうはいっても恩赦は滅多に出ない。国王が代替わりをするか、後継ぎになる王子や王女が生まれるか。
王子や王女と言っても王太子の子供ではなく在位中の国王の子のこと。

今の国王は10年ほど前に王位についていて年齢はもうすぐ50歳。
子作りは終えているだろうし、代替わりも10年以上先になりそう。

恩赦なんてデリスには現実味のない話だが、来る日も来る日も質素な食事が日に2回。明けても暮れてもすることは洗濯だけ。

(こんなのおかしい!元々ダリオンはアリアの男なのよ?罰を受けるのはアリアなのに!)

デリスの中でアリアへの憎悪が膨らんだ。
感想 19

あなたにおすすめの小説

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。

木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。 時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。 「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」 「ほう?」 これは、ルリアと義理の家族の物語。 ※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。 ※同じ話を別視点でしている場合があります。

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました

鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。 素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。 とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。 「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」

継母の嫌がらせで冷酷な辺境伯の元に嫁がされましたが、噂と違って優しい彼から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアーティアは、継母に冷酷無慈悲と噂されるフレイグ・メーカム辺境伯の元に嫁ぐように言い渡された。 継母は、アーティアが苦しい生活を送ると思い、そんな辺境伯の元に嫁がせることに決めたようだ。 しかし、そんな彼女の意図とは裏腹にアーティアは楽しい毎日を送っていた。辺境伯のフレイグは、噂のような人物ではなかったのである。 彼は、多少無口で不愛想な所はあるが優しい人物だった。そんな彼とアーティアは不思議と気が合い、やがてお互いに惹かれるようになっていく。 2022/03/04 改題しました。(旧題:不器用な辺境伯の不器用な愛し方 ~継母の嫌がらせで冷酷無慈悲な辺境伯の元に嫁がされましたが、溺愛されています~)

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。