離縁は恋の始まり~サインランゲージ~

cyaru

文字の大きさ
19 / 25

第19話    事実の中に少しの嘘

しおりを挟む
遠い海の向こうの国には三日天下という言葉があるらしいが、ライネルは何処かで聞いたその言葉を思い出した。

早朝、家令が激しくライネルの部屋の扉を叩いた。その音でライネルは窓を見て「朝なんだな」と気が付いた。ビオレッタが結婚の翌日、出て行ったっきり帰ってこなくなって3週間が経った。

何時寝たのか、自分が今起きているのかも判らない。
本来なら1週間前から隊舎にも出仕しなくてはならないが、気力が出ず休暇を延長してもらった。

「暫くは戦地ばかりだったからな。ゆっくり休め」

軍団長は休暇をすんなりと認めてくれた。戦地での期間が長くなれば小さな物音を敵だと思い過剰に反応してしまったり、砲弾が飛び交う爆音の中にいると気が触れてしまう者もいる。

夜も眠れなくなったり、突然泣き出したり、怒ったり暴れたりする者もいる。
出来る対応は休暇を与え、休ませる事とカウンセリングを受けさせることくらいだった。

する事がないからかライネルは物事が段々と自分にとって悪い方向に動き出しているような気がして、今日もまた気がつけば夜が明けていた。

慌ただしく部屋に入って来た家令に顔を向けたライネルは静かに問う。

「陛下からの呼び出しか?」
「ご存じだったのですか?!」

存じているも何もない。遅かれ早かれ呼び出されるだろうとは思っていた。

一晩中起きて考えていたのは、全てが上手く回っていたのに運命を変えたのはあの爆発事件からだったのか、だとすればどうすればよかったのかと戻る事の出来ない過去の反省だった。

「なんでだろうな・・・」

着替えを手伝ってくれる家令に問い掛けるが家令は返事を返さなかった。

「話をする必要もないと言う事か。そりゃそうだよな」
「そうではありません」
「なら・・・教えてくれないか。何故・・・こうなったんだろう」

国王の元に行けばソフィアの事も全て話をしなくてはならない。
念願、いや悲願とも言えるビオレッタを妻に出来たのにもう離縁を申し渡される・・・いや結婚そのものが無かった事にされるかも知れないと思うとライネルは立ったまま、涙を拭う事も無くただ泣いた。

「旦那様は間違ったのです」
「間違った?」
「えぇ。原因はお連れ様です。野営地に子連れでやって来てしまい扱いに困ったのは解ります。ですが、旦那様が世話をしてやるのなら、王都に帰還をしたら屋敷で面倒をみる事ではなく、然るべき機関に委ねるまでが世話です」

「しかし!その預け先が今はどこも満杯なんだ!」
「それでもです。旦那様がしてしまったのは、順番飛ばしをしてズルをした者に対しての依怙贔屓です」
「なんだって?」
「だってそうでしょう?戦で夫や息子、兄弟を亡くしたり負傷したと言う家族がどれだけいるとお考えです?それこそ、預け先が満杯な状態ですよ?お連れ様を最大限に良い方に捉えれば順番飛ばし、若しくは割り込みです」


家令の言う通りなのだ。
ライネルは生後4、5カ月の赤子を抱いている部下の家族をなんとかしてやらないと・・・とただそれだけだった。

預かり先の窓口となる教会も順番待ちをする人が列をなしていて「今日で8日目」と受け入れ先を割り振って貰うのに何日も座り込み、その場で夜を明かして待っていた。

そんな場に赤子を抱えた女性を置いておけないと変な正義感を出してしまった。
例え自分の部下の家族であっても贔屓をしてはならなかったのだ。

ソフィアに気を配る事が成れば、ビオレッタは爆発に巻き込まれることはなかった。行こうと思っていた宝飾品店はガラスに亀裂は走ったが、それ以上の被害はなかったのだから。


国王の呼び出しにライネルはまだ袖を通していない隊服に身を包み、家令を馬車に乗せライネルは騎乗で王城に向かった。

褒賞を賜った場とはまた違う無機質な部屋に通され、静かに待っていると国王が従者と共にやって来る。ライネルは最敬礼で国王を迎えた。


「挨拶はよい。私も時間が無いのだ。昨夜姪御からそなたの事を聞いた。市井で女性を囲っているのは事実か?」
「違います。囲っているのではありません」
「だが、早急に調べさせた報告書では部屋の借主、家賃の前払い、備品の調達をしたのはそなたになっておる」
「彼女には身寄りが‥‥部・・・部下しかおらず隊長である私が面倒をみてやるべきと・・・然るべき機関に任せるのが妥当だとは思いましたが、順番待ちをさせるには忍びなく」
「それが本当だとしてもだ・・・オルバンシェにはこの婚姻の際に一切を引かせた。ファッセルとオルバンシェが怒鳴り込んできたのだぞ?今となっては後の祭りだが、王命による婚姻も異例の取り消――」
「お待ちください!!」

その先を国王が口にしてしまえば婚姻が取り消されてしまう。
ライネルは不敬と受け取られるのもやむなしと大声を出し、その場に片膝をついた。

「私は本来なら陛下にこの身も命も捧げねばなりませんが、私が生きる理由は妻に!ビオレッタにあるのです!目を覆いたくなるような所業があった事は重々承知!しかし!今一度・・・今一度機会を与えてくださいッ」

「言いたいことは判る。しかしだ。そなた・・・初夜は何処にいた」

国王の問いにライネルは直ぐには返答できなかった。
その夜の事をここで話せばビオレッタとは間違いなく引き裂かれてしまうと思うと咄嗟に口をついてでたのは事実の中に嘘を混ぜ込んだ言葉だった。


「そ、それは・・・赤子の容態が悪いと‥頼る者が私しかいないと‥」
「帰宅は昼だったようだが?医療院に駆け込んだ記録も無い」
「知りうる限りの処置をし、様子を看ておりました。医療院も暇ではありません。軽傷、自宅観察で事が済むと思われる患者を担ぎ込む必要もないと・・・自己判断ですが様子を看ておりました」
「そこまで赤子の様子が気になったとでも言うのか?己の子でもあるまいに」
「は、はい…妻も、ビオレッタもこの母子については存じておりまして、間違いなど起こるはずがないと私を信用してくれているものと考え・・・子供を優先しました」

国王はしばし無言になったが短く溜息を吐くと、いかにも「こんなくだらないことで時間を取らせるな」とも言いたげに「下がって良い」とライネルを下がらせた。

ライネルとしてはソフィアとの体の関係を伏せただけで大きな嘘はついてないと部屋を出て大きく息を吐き出した。

まだライネルはビオレッタの耳が通常ではない事には気が付いてもいなかった。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

公爵令嬢は結婚前日に親友を捨てた男を許せない

有川カナデ
恋愛
シェーラ国公爵令嬢であるエルヴィーラは、隣国の親友であるフェリシアナの結婚式にやってきた。だけれどエルヴィーラが見たのは、恋人に捨てられ酷く傷ついた友の姿で。彼女を捨てたという恋人の話を聞き、エルヴィーラの脳裏にある出来事の思い出が浮かぶ。 魅了魔法は、かけた側だけでなくかけられた側にも責任があった。 「お兄様がお義姉様との婚約を破棄しようとしたのでぶっ飛ばそうとしたらそもそもお兄様はお義姉様にべた惚れでした。」に出てくるエルヴィーラのお話。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。

木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。 「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」 シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。 妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。 でも、それなら側妃でいいのではありませんか? どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]

風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは アカデミーに入学すると生活が一変し てしまった 友人となったサブリナはマデリーンと 仲良くなった男性を次々と奪っていき そしてマデリーンに愛を告白した バーレンまでもがサブリナと一緒に居た マデリーンは過去に決別して 隣国へと旅立ち新しい生活を送る。 そして帰国したマデリーンは 目を引く美しい蝶になっていた

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

処理中です...