離縁は恋の始まり~サインランゲージ~

cyaru

文字の大きさ
18 / 25

第18話    ビオレッタの楽しみ

しおりを挟む
ファッセル侯爵家の生活は快適だった。

福祉に力を入れているからか、使用人の4人に1人は何らかのハンディを持っているのだが仕事は仕事としてきちんと役割を果たしている。
ここでは片足が無かろうか、半身が不随であろうが生き生きと与えられた仕事をしていた。

「お義姉様!明日にでもお父様が、お義姉様のお父様と一緒に陛下に王命の取り下げを願い出るそうですわ」

一旦公表してしまった物を取り下げるとなればライネルへの処罰も当然与えられる。
ビオレッタはそれでいいのだろうかと考えた。

ライネルとは瞬間で燃え上がるような恋に落ちた。お互いを生涯連れ添う相手だと信じて疑う事も無かったが、果たしてそれが人生で一度きりなんだろうかと考えてしまうのだ。

人を好きになる気持ちを他人が押さえつけることはできない。
なら王命は婚姻を指示したものであり、離縁ではないのだから離縁すれば陛下の顔も潰さずに済むのではないか。そんなことも考えてしまう。

ただ、国王の顔を潰さずに離縁するにしては期間があまりにも短い。
かと言って過去、愛し合った気持ちを後悔していると手渡されたクロッカスの花。お互いの気持ちがもうお互いを向いていないのに国王の顔を立てると言うだけで婚姻を続けるのも苦痛。

不思議なもので、あんなにも好きで、好きで仕方がなかったのに冷めてしまうと残ったのは「情」だけだった。その情も、どちらかと言えばお互いの為に使いたい。

ビオレッタは「ソフィアさんと末永く仲良く暮らして貰えれば」と決してプラスの感情ではなく、どちらかと言えば情があるからこそ「もう私の事は放っておいてほしい」と思うのだ。


ナタリアと筆談を交えて会話をしているとアキレスがやって来た。
頼んでいた何冊かの本を持って来てくれたのだ。

ビオレッタは片手の手の甲を、もう片方の手で手刀を切るようにトンと軽く叩く。
「ありがとう」という手話。

にっこりと笑ったアキレスは右手の小指を立て顎にトントン。2回当てた。ここまでは「いいですよ」という手話だがその後手をパタパタと口の前で軽く「いいえ」と言う感じで振る。

「どういたしまして」という手話である。


ナタリアがビオレッタに向かって、親指を立て、今度は両手の人差し指を向かい合わせにお辞儀させ、両手の手の平を胸に向けて上下に振る。

「彼に会えてうれしそう♡」と手話でビオレッタに伝えるとビオレッタは両手の親指と人差し指を立てて捩じるように手を動かす。「違う!!」と手話で伝えたが、ナタリアはほんのり頬が赤くなるビオレッタを見逃さなかった。

ナタリアはすかさず右手の人差し指を立て、口を閉じると左から右に向かって立てた指を動かす。

「秘密ね?」とビオレッタに向かって「ウフフ♡」と笑う。


「ナタリアさん、揶揄ってはダメだ」
「判ってますよ~わたくしは用事を思い出しましたの。お義姉さまをよろしく~」

お邪魔虫は退散とばかりにナタリアは跳ねるように部屋から出て行った。

ビオレッタはアキレスに手話を教えてもらっている。
持って来てもらった本は、初心者でもわかりやすく書かれた手話の本で挿絵がある。
書店でニーナが何冊か買ってきてくれたのだが文字ばかりでイメージが出来なかったのだ。

「こんにちは」の前に少し違う手ぶりをするだけで時間を示した挨拶になると知り、ニーナを始めとしてビオレッタの世話をするようにとオルバンシェ伯爵家からやって来た使用人は「私も覚えたい」と今やブームになってしまった。

手話の良いところは言語をあまり気にしなくていいところで、その国にしかないものや言い回しが独特なものは上級者となるが、挨拶や日常会話はほぼ共通していた。

補聴器はどうやらビオレッタには合わなかったようで医師から止められてしまった。耳の形は人それぞれで音は聞こえやすいのだが、耳栓のように装着をする事で外耳炎を起こしてしまった。

補聴器は使えなくなったが、ビオレッタはそれよりも手話をする事で会話できることの方が楽しく、嬉しかった。


しかし、アキレスもずっと指導は出来ない。
アキレスの住まいは王都ではなく、地方都市にある。たまたまファッセル侯爵が義足を負傷兵などに装着してもらうために医療院に出向き、3カ月のあいだ元兵士たちのサイズを計測するために出向いていただけなのだ。


アキレスに手話を教えてもらっているビオレッタの表情はまるで百面相だった。
上手く伝わらなければ、ムッとするし、思っていた通りに伝われば笑顔になる。

少し離れた場所で娘の様子を伺っていたオルバンシェ伯爵もついつい笑顔になってしまう。

侍医の話では今はビオレッタが話す言葉も聞き取れるが、段々と聞き取りにくくなると言う。自分の声が聞こえないので頭で思っている発音と実際の発音にズレが生じ、ビオレッタはちゃんと話しているつもりでも相手は下が縺れているような声にしか聴きとれなくなるのだと言う。

だとしても、娘が笑顔でいられるのなら。
オルバンシェ伯爵は国王の機嫌を損ね、何らかの処罰を受けることになったとしてもライネルとの婚姻を終わらせよう。そう心に決めたのだった。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

某国王家の結婚事情

小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。 侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。 王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。 しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。

【完結】どうか私を思い出さないで

miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。 一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。 ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。 コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。 「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」 それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。 「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」

公爵令嬢は結婚前日に親友を捨てた男を許せない

有川カナデ
恋愛
シェーラ国公爵令嬢であるエルヴィーラは、隣国の親友であるフェリシアナの結婚式にやってきた。だけれどエルヴィーラが見たのは、恋人に捨てられ酷く傷ついた友の姿で。彼女を捨てたという恋人の話を聞き、エルヴィーラの脳裏にある出来事の思い出が浮かぶ。 魅了魔法は、かけた側だけでなくかけられた側にも責任があった。 「お兄様がお義姉様との婚約を破棄しようとしたのでぶっ飛ばそうとしたらそもそもお兄様はお義姉様にべた惚れでした。」に出てくるエルヴィーラのお話。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。

木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。 「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」 シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。 妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。 でも、それなら側妃でいいのではありませんか? どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

王子は真実の愛に目覚めたそうです

mios
恋愛
第一王子が真実の愛を見つけたため、婚約解消をした公爵令嬢は、第二王子と再度婚約をする。 第二王子のルーカスの初恋は、彼女だった。

処理中です...