第3騎士団長は愛想なし令嬢を愛でたい

cyaru

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第25話♥エドウィンとカテリーンの失態③

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「そのグラス。さっきモール伯爵夫人が放り投げたものじゃないか?」

廻りにいた野次馬の中の1人が呟く。
フリスビー伯爵はカテリーンに向かって首を傾げながらグラスを差し出した。


「もっ!申し訳ございません。手が滑ったのです!悪気は御座いませんでした!」

「なっ!カテリーン。お前が投げたのか?!」

「故意かそうじゃないか。それはおいおいで良いが実際に負傷してしまった。この意味が判らないモール伯爵ではないだろう?」

「そ、それは勿論で御座います。治療費については当然負担をさせて頂きます」


切り替えの速さは天下一品なエドウィン。分が悪いと判ればヘコヘコと頭を下げ始めた。だがフリスビー伯爵は「はい、そうですか」となる男ではなかった。
エドウィンは政策批判を口にしたがフリスビー伯爵も女性の登用については足を棒にして各方面を駆けずり回った功労者の1人である事をすっかり失念している。


「治療費の前に。先程の君の発言だと奥方とは長い付き合いだと?」
「はい、かれこれ…15年になるかと。それが何か?」
「念の為だが、君、ウェルバーム侯爵令嬢と婚約をしていたよね?」
「えぇ。期間は1年もありませんでしたが6年前・・・7年前でしたか。婚約をしていました」
「でも婚約は破棄になってないか?」
「それはもう。あんな大事件を起こした家とは繋がりは持てませんから」


フリスビー伯爵はにっこりと笑った。
エドウィンもつられて笑う。


「うん。言いたいことは判るけれど他家がどうだこうだと言うのなら、事由は異なるとはいえ慰謝料を払うべきはどちらなのか。考える間でもないと思うが?時系列だと君の不貞行為の方が先だよね?慰謝料を受け取っているのなら…モール伯爵家はあの事件の前に戻って婚約を白紙としなければ筋が通らない。そう思うんだが?」


エドウィンも流石にこれは不味い事になったとやっと気が付いた。
自ら、婚約期間中から不貞行為をしていた事をバラしてしまった事に冷や汗が止まらない。


「で、ですが、その女の家は犯罪を――」
「嫌疑不十分だったはずだよ?本当なら爵位の降格や領地没収で済むはずがないからね」

一歩前に出たフリスビー伯爵はエドウィンの肩に手を置いた。


「治療費は間違いなくと早々に言質を頂けてこちらは助かったが、君も貴族。筋を通すならまずはウェルバーム家に対して不当に得た慰謝料を返還をせねばならない。年数も経っているし…多少の利息を付けて返還をするのは貴族として当たり前の事だ。なんせ家と家の契約。あの事件よりも先に契約を反故にしていたのはどちらなのか。貴族としては先ずはそこを片付けないとね」


恥ずかしさと悔しさで周りを見るエドウィン。
縋るカテリーンを今度は剥がすだけでなく突き飛ばした。


「そ、そんな‥‥そんな金、払ってしまったらモール伯爵家は…」


ハクハクと独り言のように言葉を吐き出すエドウィン。

ウェルバーム家からせしめた慰謝料はもう底をついている。貴族が豪遊して碌に働きもしないのに家が傾かない。そんな大金は手持ちの領地を売り払い、屋敷も抵当に入れた所でフリスビー伯爵のいう6年間の利息にしかならない。

周囲の目が聞こえない筈の嘲笑と言う笑いを含んでエドウィンに降り注いだ。

――そうだ!マリーに。マリーに頼めば――

藁をも縋る気持ちでエドウィンはガウルテリオの背に庇われたマリーの元に駆け寄った。だがガウルテリオに阻まれて伸ばした手も、ガウルテリオに弾かれた。


「その手は何のつもりだ」
「あの‥‥マリーに話をした・・・い」
「話だと?」


エドウィンをけん制するガウルテリオの腕をマリーはそっと掴んだ。


「構いません。話を致します」
「いいのか?大丈夫か?」
「えぇ。この際ですからハッキリしておいた方がお互い良いと思います」


ガウルテリオに告げているマリーの声にエドウィンは泣きそうな顔を向けた。マリーは何でも文句を言わずに従う女。それがエドウィンの中のマリーであり「助かった」とさえエドウィンは思ってしまった。

「マリー‥‥」

が、残念な事にマリーは愛想無し令嬢。
義理で笑顔も情も寄せるような女ではない。


「モール伯爵。この度お支払いしました620億。利息を付けて返して頂けるとの事。こちらがモール伯爵の突然設けた期日に間に合わせたように、勿論モール伯爵も明日が期日と言っても聞き届けくださる事でしょう」

「そんな!明日だなんて無理だ」

「先代モール伯爵は貴族ならば当然。そう仰っておられましたので、夜中も大変だった事を思い出します。ですが、明日はわたくしも所用が御座いますので明後日の正午まででお願いいたします」

「そんなぁ!無理だよ!使用人に払う給金も、食事すら出来なくなってしまう。爵位だけになってしまうじゃないか!」

「それはモール伯爵のご事情。わたくし他家の事情に口出しするほど愚かではありません。それに爵位だけとなっても生きて行けます。だってわたくしがそうですもの。女であるわたくしに出来て男であるモール伯爵に出来ない筈が御座いません」


這うようにしてカテリーンがマリーのドレスの裾を掴んだ。

「マリー。お願い。今までの事は悪かったわ。謝る。だから許して」

じっと見下ろすマリー。笑うでもなく怒りをあらわにするでもない。それがまたカテリーンの心を冷やした。

「カテリーン様。反省は大事ですが謝ったからとなかった事には出来ませんし、当家から無断で持ち出した宝飾品、あれはモール伯爵の元に行くだろうと盗難届は出しておりませんので、許すも許さないも御座いません」


人だかりの中から「盗み?」っと小さな声がする。
慌ててカテリーンは人だかりに向かって「エドが慰謝料取れるって言うからついでに貰っただけ!」っとさらに不貞行為と窃盗行為があった事を認める発言をしてしまった。

慰謝料の支払いが綺麗に終わってから次の婚約なり婚姻となるため、その段階でカテリーンはウェルバーム家にしてもモール家にしてもタダの他人。

周囲の目がカテリーンに集まる。カテリーンは二択を迫られているのだ。
離縁をして、貴族の家からの盗みについて服役をするか。離縁をせず底辺の生活を送りながら伯爵夫人として人前に立つか。


当主の座を引退した先代モール伯爵がホールに入場してきた時は既に遅かった。
声を掛ける者全てが愛想笑いを浮かべて、挨拶もそこそこに去って行く。何故だろうかと思っていれば人だかり。面白い話が聞けると体を割り込ませてみれば息子夫婦が今まさに底なし沼に沈んだ直後だった。


翌日。
モール伯爵家とその一族、カテリーンの実家と一族は「爵位」さえ売れば僅かに手元に金が残るまでに金をかき集めた。ただほぼ一両日中に莫大な大金を現金で用意する事など到底できない。
過去にウェルバーム家がそれをやり遂げたのはそれだけ信用をされていたので、担保となるものさえ整っていれば手続きは後でも良いとしてくれた者が多かったからに他ならない。

残り時間もあと30分を切ろうかと言う頃、騎士団の門までやってきた先代モール伯爵とエドウィンはその場に突っ伏して懇願した。


「爵位を買い取ってもらえませんか?」
かつて父のいない間に金目の物を全て奪っていった先代モール伯爵がマリーの前に跪く。


「頼むよ。マリー。心を入れ替えるから。俺たちの仲だろう?」
過去に婚約者ではあったが、受けたものは恩恵とは真逆の損害だけ。
心を入れ替える前に、行いを見直すのが先だろう。


「マリー!昔みたいに仲良くしましょう?友達でしょう?」
仲良くしたことはただの一度もないし、知り合い以前の関係である。


「爵位?要りません。爵位でお腹が満たされることはないと経験で学びましたので」
「そこを何とか!一族にはこれから学院、学園に通う子もいるのです」
「えぇ。その苦労は判ります。わたくしも弟がおりましたので」
「少なくとも過去には縁があった仲じゃないか。貴族ならノブレスオブリージュ。忘れたのか」

「えぇ、存分に貴族としての務めを果たすべく、返還される金銭は正教会に全額寄付としております。ノブレスオブリージュは散財をした者を救うような心構えではありません」

「そんなっ‥‥」

「貴族の心得はわたくしが説くまでもありません。情をかけてためになるとも思えません。時間は有限です。ここで口を動かしてもどうにもならない。とだけ申し上げておきます。あと、勤務時間中にこのような呼び出しはご遠慮ください。非常に迷惑です」

ぴしゃりと言い放ったマリー。
正教会への寄付となればもう何処にも逃げられない。
手っ取り早く金になる娼館への身売りすら出来なくなり、モール伯爵家は自死を防ぐために貴族で初めて教会に住まいを移した、と聞けば聞こえはいいが事実上の軟禁。

彼らのような身の上を預かる教会は常に人手不足。
過酷な労働に僅かな食事。不衛生な環境で2年と持たない。


彼らには粗末でも衣食住がある生活。そこにないのは自由と贅沢、そして未来だけ。
だからこそ、マリーは夜通し走って金をかき集めてきたのだ。

ウェルバーム一家が最初に辿り着いたのは朽ちた柱と穴の開いた屋根のある馬の休憩所。
食べ物と言えば生えている草、そして飲み物は朝露だった。

クルリと背を向けてマリーは無駄になった30分を昼休憩で補うために団長室に戻って行った。
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