第3騎士団長は愛想なし令嬢を愛でたい

cyaru

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第37話♥の最終話

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開いた扉から見えるのは、冷たい目元をしながらも微笑を浮かべるエンリケ。

「あら?こんな時間にどうされたのです、陛下」
「どうもこうも、色々と話を聞くべき時になったのだと思ってね」
「話?でしたら明日にしてくださいません?大嘗祭の準備で忙しいのよ」
「大嘗祭か。全く問題がない」
「問題がない?」
「あぁ、大嘗祭に王妃は必要がないからね。連れて行け」


エンリケの言葉に控えていた憲兵がキュテリアを囲い、腕を掴む。
貯めた湯が少し熱かったかと桶に水を入れて運んで来た侍女が床に桶を落とし、床を濡らす。

その上をビチャビチャ水を跳ねながら憲兵がキュテリアを拘束し歩いて行った。
キュテリアは両腕を掴まれ、足が床につかぬままドレスの裾だけが濡れた床を這う。

「離しなさい!誰の腕を掴んでいると思っているの!」

喚くキュテリアに憲兵が返したのは無言。
侍女や従者がその後姿を目で追うが、足を動かすものはいなかった。



☆~☆

「さて、先ずは言い訳を聞こうか」

椅子に拘束をされたキュテリアは向かいで頬杖をつくエンリケから顔を背けた。

「いいんだよ?今なら聞くだけは聞いてやる。何もないなら始めるが」
「わたくしが何をしたと言うの。とんだ仕打ちだわ」
「そうか。では‥‥夜は長いと言うが知っての通り私はせっかちでね」
「ハンっ!貴方がせっかちかどうか。知った事ではないわ」

エンリケは人差し指をクイクイと動かし「入れてくれ」と指示を出した。
顔を背けても視界にその仕草を捉えたキュテリアは後ろにある扉が開いたのを吹き抜けた風で感じた。

「なっ・・・なんなのです」
「何なのとは随分な言い草だな。君を王太子妃、王妃とするのに尽力したカラスズ公爵家のご当主だった男だというのに」

「当主だった」過去形の言い回しにキュテリアは目をカッと見開いた。
シュクルトは後ろ手に縛られ、口にも枷が嵌められている。

キュテリアと目が合うと、口枷で動くはずのない口元が歪んだように見えた。

――まさか…喋ったんじゃないでしょうね?――


肩を押されたシュクルトは足がもつれてその場に倒れ込んだ。
後ろ手の枷に付けられた縄には遊びがあり、手をつく事も出来ずに盛大に顔から転んだシュクルトをエンリケは静かに見下ろした。

下腹部にジワリと水溜りが出来ると同時にシュクルトは目からも水分を溢し始めた。

「シュクルト。幼い頃からコスタスやディオンと共に王宮のあちこちを駆けまわったのが懐かしいな」

「ウゥゥーッ!!ウグッ!!」

「無理に話をしなくても良い。もう十分にお前からの話は聞いた。二度も三度も聞かねばならぬほどに耄碌も酩酊もしてはいないからな」

キュテリアは汚ない者を見るかのように椅子に拘束されたままシュクルトに少し目線を移したが直ぐに背けた。

「さて、先代カラスズ公爵は明日には弔いの鐘を鳴らす事になるだろうが、シュクルト。昔馴染と言うよしみもあるお前だ。言いたい事があれば聞いても良いがどうする」


びくっとキュテリアの肩が小さく跳ねた。
シュクルトは懸命に首を縦に振り、エンリケに訴え出ようとした。これが最後の慈悲が与えられる機会だと悟ったのだろう。

「外してやれ。口だけな」

憲兵は無言で頷くとシュクルトの口枷を外した。

「エンリケっ!仕方なかった。父の命令には逆らえなかっただけだ。父がヨアニス殿下を推す以上、私には逆らう事は出来なかっただけなんだ!」

「そうか。だが、だからと言ってカルロスやアッペルバームに小細工をしたのは許される事ではない。選ばれた王弟であるべきなのにその選択肢を消したというのは国にとっては損害だ。何より…カラスズ公爵一押しのこの女。とんだ曲者だったじゃないか」

「それは…エンリケっ、いや陛下っ。それでも他家だってヨアニス殿下を蹴落とそうと策略はしていた。貴族間のやり取りは暗黙の了解だろう!?」

「そうだとしてもだ。あの襲撃の時。私は知己である友にまさか裏切られているとは思いもしなかった。カルロスを蹴落とすのに1つの侯爵家を利用するのは、その貴族間のやり取りでは普通なのか?そうであれば私は私の代で貴族制度を解体せねばならない。ヨアニスが選ばれるとしても、友と呼んだお前達なら正攻法で来ると思っていたからな」

「あれは!その女が言ったんだ!これでカルロス殿下を落とす事が出来ると!ただっ!ただウェルバーム家はこちらも驚いたくらいだ。どうして巻き込まねばならないのかと。確かに後ろ盾としては十分な家であるのは判っていたし手強いとは思った。巻き込む事になったのはその女の私怨だ!」

「わたくしを巻き込まないで!陛下、この男は自分が助かりたいとわたくしに罪を擦り付けているだけ。聡明な陛下ならお判りでしょう?!何よりわたくしはこの国にとっては希望とも言える王妃。民の信頼も信望も厚いのです。仮に証拠もないままこの男の言い分だけを陛下が認めるにしても、わたくしの功績と相殺をすれば釣りがあろうと言うも――」


シュクルトを睨みつけ、キュテリアは言い放ったが、表情を変えないエンリケに言葉が途切れた。

「キュテリア、お前に発言は許していない。では、シュクルト。謀りによりアッペルバーム、カルロスに対し刺客を放ったりとは認めるのか?」

「認める。ただあれは脅しだったし、命じたのは父上だ」


テーブルをコツコツとエンリケの爪が弾いて音をさせる。
それが心臓が拍動を止めるカウントダウンにも聞こえ、シュクルトは慈悲を願った。


「襲撃にも関わった事は認める。それで間違いはないか?」

「すまなかった。カルロス殿下を蹴落とすのだと…父上から爵位を譲り受け・・・それが当主としての務めだと。でもっ!この女が全てを企てた。計画をしたのはこの女だ」

「いい加減な事を言わないで!わたくしを巻き込むのはおやめなさい!」

「キュテリア。お前には言いたいことはないかと先に聞いてある。何も言わなかっただろう」

「さてと」と前置きをしてエンリケはまた人差し指を動かし指示を出した。


「今度は何ですの・・・全く。わたくしを陥れるための茶番には付き合えませんわ」

足元で涙を流し鼻水でグチャグチャの顔になったシュクルトに体を捩じって背を向けたキュリテアだったが、体を向けた先には扉が見える。

その扉から入って来たのはマリーを襲わせ、報告に来るのを待ち望んだ騎士だった。

「シュクルト、この男に見覚えは?」
「この男は…グジュっ…確かフェール伯爵家の次男…いや三男だったか‥」
「第一騎士団に入団し7年になるそうだ。ただもう男ではなくなったようでこの先は騎士団に居られるかは判らんがな。良かったよ。この件までお前が関わっていたら今夜は眠る事が出来ないと思っていた」
「男じゃない?えっ?」

「女性を襲う暴漢。畜生にも劣る行為だ。原因となるモノは取り除くのが一番手っ取り早いからな」

簡易な処置だけをされた騎士はフラフラと足元も覚束なかったが、キュテリアを見ると残った力を振り絞るように吠えながら前のめりになった。


「お前のせいでぇぇぇ!!」
「きゃぁぁ!なんなのですっ!早く外に連れ出して頂戴!!ギャゥッ!!」


飛び掛かってきそうな騎士にキュテリアは更に体を捩じったが勢い余って顔から床に落ちた。


「胸糞悪い話だな。だから国王になどなりたくはなかったと言うのに。欲の塊を押し付けられた挙句に・・・子が出来なかった事は救いとしか言いようがないな」

「陛下、全く力がないわけではありませんでしょう」


コスタスが直立不動のまま壁に向かって言葉を投げた。
小さく笑ったエンリケが投げやりに言葉を返す。


「あるようでない。それが王家だ。国教の教えを忠実に守る見本として置かれたただの木偶。私とて人間だ。聖人君子ではない。もう飽き飽きしているよ」

「それでも国王として立って頂かねばなりません。正教会に睨まれるは国家の存亡に関わります」


顔から落ちた事で前歯が折れたキュテリアはそのままの姿勢で顔だけをエンリケに向けた。

バサっと目の前に落とされたのはウェルバーム侯爵の教授室から盗んだ覚書ノート。

「キュテリア。他人の功績を自分の手柄と言えるお前の図太い無神経さには敬服するよ。そのノート。続きがあるのを知らなかっただろう。ウェルバーム侯爵はそれは丁寧にあらゆる場合を想定し案を練っていた。ノートの端に続き番号がある事も気が付かないとはな。覚書だけを盗んだお前には、その先を読んだところで何も出来なかっただろう」

「続きがあったなんて!聞いてないわ」

「誰も言ってないからな。知っているはずが無いだろう」

「でもそれはわたくしのものよ!」

「そうか?だが覚書ノートはNO5。その前もその後もお前は持っていない。持っているのはウェルバーム侯爵の子供たちだ。抜けていると言う事は?みなまで言わずともそれくらいはお前の頭でも判るだろう」

捨てるに捨てられなかった。自分の案ではないものを問われた時に何かヒントが隠語ででも書かれていないか。穴が開くほど何度見てもそんな文字はないのに捨てる事が出来なかった。


――早く捨てれば良かった――

捨てられなかった後悔はしてもキュテリアは足掻いた。

「幸か不幸か今独房が1つしか空いていない。断頭台に上がるその日までその騎士と特別に一緒にしてやろう。安心しろ。その男には男としての機能はないから貞操だけは守られる」


視界に入るのは遠ざかるエンリケの踵。
つま先がキュテリアに向く事はなかった。

「嘘でしょう?!この国の最大の功績者であるわたくしを?!嫌よ!放して!放せと言ってるのが聞こえないの!私は王妃なのよ?!敬うべき功績を―――待って!陛下!待ってよ!せめてカラスズ公爵にしてよぉぉーっ!!」


虚しく響くキュテリアの声。
独房に入った後、断頭台に上がったかどうかは記録に残っていない。



☆~☆

あ、やっぱり文字数多すぎた…( ノД`)シクシク…
次が白♡の最終回です<(_ _)>


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