殿下の御心のままに。

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招かざる客と三十路の騎士

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ペルセウスの一途過ぎる思いは、息子に、弟に、兄に早く妻を!と望んだシルグラ侯爵家の一同も集まり皇太子レオグランはいないものの、アンカソン公爵家は多数の来客で賑わっていた所だった。


顔合わせの場から一旦はマイセレオス帝国に戻ったペルセウスだったが、帰り際少しだけツェツィーリアと庭園を散策した。その時繋いだ手の小ささと柔らかさが忘れられずすっかり使い物にならないと皇太子レオグランはシルグラ侯爵と話をして、「家族の顔合わせ」として10日の休暇をペルセウスに与えてアンカソン公爵家に出向くようにしたのだった。

「これも食べてみるか?マイセレオスでは若い娘に人気がある焼き菓子だそうだ」
「あら?ペルセウス様はお召し上がりになりませんの?」
「食べるよ?でも先にツィーが食べてから残りをもらうよ」

隣に腰を下ろし、もう膝の上で良いんじゃないかと思うような距離でツェツィーリアに構い倒すペルセウスだが不思議とツェツィーリアに嫌な感じはしなかった。
アンカソン公爵家に来る時、マイセレオス帝国の皇都にある宝飾店で直してもらったあの指輪はもうツェツィーリアの指に嵌っているし、自室の宝石箱はペルセウスの独占欲が垣間見えるほどの宝飾品で蓋が閉じなくなっている。

武功を挙げて貯めてきた金を惜しみなくツェツィーリアへの贈り物に変え、いずれはマイセレオス帝国に引っ越しをせねばならないのに荷馬車3台分の贈り物は殆どが荷解きをしないままである。

指輪がどの指にもブカブカで、小指2本で入ったという話にシルグラ侯爵家の面々はギロリとペルセウスを睨みつけた。指輪はサイズが判らずペルセウスの一番細い小指に合わせたのだという。

「そんなに細いのか!何を食べて生きているんだ?!」

食が細いのは仕方がないが、もしや好き嫌いが激しいのでは?!と考えたペルセウスは日持ちをする菓子を買い込み大量に持ち込んでいるのだった。
そうではないと言っても、何もかもが細い!痩せすぎだ!病気かも知れない!と心配でたまらないのだ。突然女性に目覚めた三十路男は扱いが難しい。

「もう婚約式を飛ばして結婚でもいいんじゃないか」

誰もがそう言うが、ペルセウスは結婚は予定通り婚約期間を半年以上置いてお互いをよく見てからで良いと言った。騎士と言う仕事柄どうしても女性が卒倒してしまうような負傷をする事も在れば、長期の遠征もある。マイセレオス帝国でもツェツィーリアがアルフレッドの婚約者であった事を知る者は多い。
余りにも期間を置かずに婚姻をすればツェツィーリアがあらぬ噂の中心となってしまうのも避けたかった。

「子供を7、8人生まれた後になるわよ?アンタの事だもの。抑制が出来ないわ」
「ツィー。気を付けなさい。妖精になり損ねた男はしつこいから」
「こらっ!ツィーと呼ぶのは俺だけだ。勝手に呼ぶな」
「うわぁ…今からこんな独占欲。凄く気持ち悪いんですけど」

実の姉と妹に制御不能を言い渡され結婚式がムービングゴールポストになると言われてしまうのだ。

「だが、ツェツィーリアちゃんが良いなら我が家は何時でもいいの。屋敷も構えてあるし内装は直ぐに業者を手配するから好きな壁紙やカーテン、調度品を揃えてもらっていいのよ」

鮮度が落ちた息子が片付くのである。しかも11歳も年が離れた出来る美人がやって来るのだ。「残り物が早い者勝ちした」と言えば皆がドっと笑った。

そんな時、家令がアンカソン公爵にそっと耳打ちをした。

「追い払え」

アンカソン公爵の言葉に一同が笑うのを止めた。誰が訪れたのかは言わずもがな。
一時を置いてまた家令が伝えに来た。

「言って聞くようなものなら、あのような愚かな発言はしないでしょう」
「あら?でもそれがあったからペルセウスが片付いたのでは?」
「アンカソン公爵、こちらは構わない。是非ここに通してやってくれ」

シルグラ侯爵はニヤリと笑った。






すっかり陽も落ち、それぞれの家にランプの灯りと暖炉の火に更に薪がくべられる頃。アルフレッドの乗った馬車がアンカソン公爵家の門の前で停車した。

御者の「到着しましたがどうします?」という問いかけにアルフレッドは首を傾げた。それまで馬車が門が開くまでの間に停車した事はあっても、着いたがどうする?という事は一度も経験がない。
先ぶれがなくとも、王太子専用の馬車は公爵令嬢の婚約者だったのだ。顔パスならぬ馬車パスのような物で門番もその辺りは臨機応変に対応をしていた。

だた今は違う。婚約者ではないし乗ってきた馬車はカレドウスと待ち合わせをする為に城で一番粗末な紋章もない馬車で御者を務めているのも本来の御者ではなく馬丁である。
動かせないことはないけれどという馬丁を御者にしてカレドウスに会いに向かったのだ。

本来であればアンカソン公爵家に立ち寄る予定はアルフレッドにはなかった。
だが、時として想定外は起こり得るもの。その想定外が起こったのだ。
運命の出会いなど求めずとも、生まれたばかりのツェツィーリアを初めて見たあの日が運命の出会いの日なのだとアルフレッドは誰に聞かれても自信たっぷりに答える事が出来る。

その言葉を早くツェツィーリアに届け、婚約を元に戻さなくてはならないのだ。
アルフレッドは王太子。きっとツェツィーリアも今までやってきた厳しい教育をみすみす捨てるより、生かせた方が良いに決まっている。ほんの15、16日前までは婚約者だったのだ。
その時に戻れば話が全て丸くおさまる。

だが何時まで経っても公爵家の重厚な門が開くことはない。
何度目かの言葉を御者がアルフレッドに問いかける。「到着しましたがどうします?」
だがアルフレッドはどうしたら良いのかが判らない。

門の先でアンカソン公爵やツェツィーリアに何と言えばいいのかは考えるが、門を開けるための術を知らないのだ。仕方なく「王太子が来たと言え」と御者に告げる。

しばらく経って、馬車の扉を叩く音がした。馬車が動いていないのでまだ公爵家の敷地内に入ってるわけではない事は愚鈍なアルフレッドにも判る。
扉が施錠されている事を確認するとアルフレッドは小窓を開けた。

「旦那様がお会いになるそうです。ですが本日は大事なお客様をもてなしている最中。手短にお願いいたします」

「来客?そうか…判った」

無機質に言い放つ公爵家の門番にアルフレッドの乗った馬車は公爵家の敷地に入った。





「全く、困ったものだ」

水を差すような招かざる客に誰しも眉間に皺を寄せる。
執事が執務室から婚約解消時の書類の控えをアンカソン公爵に手渡した。

「運命の出会いをしたとか下らぬ事を言いに来たのなら叩き出してやる」
「なんです?その運命の出会いとやらは」

1人だけ知る必要もないと興味がなかったため聞かなかったペルセウスは言葉の意味を聞かされてツェツィーリアの肩をグイっと引寄せた。

「教えてやろう。俺とツィーが運命の出会いをしたのだと」
「もう!ペルセウス様。趣味が悪いですわ。嫌われますわよ」
「ツィーだけが好きと言ってくれれば他に嫌われても問題がない」
「大きな問題ですわ。いいですか?侯爵領の売り上げなどは夜会で――」
「判った。ごめん。ごめんなさい!嫌われないように尽力します」
「判ればよろしいの」

既に尻に敷かれているのが露呈した瞬間である。
肩の力が抜けた所に、アルフレッドの馬車が玄関に着いたと家令が知らせに来た。
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