8 / 13
謝れない男
しおりを挟む
アルフレッドが部屋に通される。悪びれた様子は全くない。
最も、アルフレッド自身の中で既に答えが出ているため、謝罪の必要を感じていないという事も在る。
部屋の中にはシルグラ侯爵家というアルフレッドに面識のない者達がいた。
シルグラ侯爵夫妻、そして嫁いでいるが夫人(令嬢)が2人、ペルセウスである。ひと際体躯の大きなペルセウスを訝し気な目で見やり目が合うと目線を逸らせた。
「アンカソン公爵、この方々は一体誰だ」
「当家への大事な賓客でございます。予てよりの約束でようやく今日の運びとなったのです。ところで前触れもなく驚きました。今日でなくてはならぬのっぴきならないご事情かと存じます」
アルフレッドに、大事な客が来ているところに、約束もなく突然押しかけて迷惑だと遠回しに伝えてみるがアルフレッドは進められる前に自らがソファに腰を下ろし「紅茶で良いがぬるめで」と告げた。
「まぁ」とお互い顔を見合わせるペルセウスの姉と妹。
礼儀と言うものが王族でコレなのか?と扇に隠れた口元が歪み侮蔑を表す。
当主であるアンカソン公爵でさえ着席をしていない中、アルフレッドは運ばれてきた紅茶を一口飲んだ。
「はぁ~。やはりアンカソン公爵家が購入するダージリンの茶葉は良い物を使っているね」
「お褒めに預かり光栄で御座います。当家自慢のアールグレイですからね」
「ウグッ」おそらくペルセウスの妹君である。笑いを思い切り飲み込み苦しそうな顔を必死で扇で隠すものの肩が震えて上下に揺れ動く浮きのようになってしまっている。
「どうした?アンカソン公爵。遠慮せずにかけてくれ」
誰の屋敷だと思っているのか。王太子と言う身分であってもその家の当主への態度ではない。
ペルセウスの姉と妹は母親にギロっと睨まれながらもアルフレッドの一挙手一投足から目が離せない。肩を震わせて必死に扇で口元を隠しつつも耳と目は研ぎ澄まされている。
アンカソン公爵と公爵夫人が向かいに腰を下ろすとアルフレッドは得意気に言った。
「公爵、運命の出会いなどと言うものは存在しないな」
「そうで御座いますか。新しい発見をされて何よりです。ですが物事というのは【ある】事を証明するのは容易い物ですが【ない】事を証明するのは非常に困難。どうやって【ない】事を悟られたのです?」
「この目で見たからだ。運命の出会いで出会ったと思われた2人は実はそんなものではなかった。だが、ないと言ったその口で言うのも何だが、私はリアとの出会いは運命だと確信している」
「おかしなことを仰る。運命の出会いはないと言ったり、あると言ったり」
「簡単な事だ。私とリアの出会いは運命の出会い。だが他の出会いは眉唾物だという事だ。リア。君を初めて見たのはまだ生後間もない時だ。あれが僕たちの運命の出会いだった。探す必要などなかったんだ。良かったね」
何が良かったというのか。全員が首を傾げる中、アルフレッドだけは自信に満ち溢れている。そして両手を広げてツェツィーリアに向かって「さあ!」と微笑んだ。
「殿下、何のご冗談でしょう?何方と運命の出会いをされようがされまいが、我がアンカソン公爵家には一切関りがない事でございます」
「何を言っている?関係あるだろう。リアが誤解をしたままでいたら可哀想だ。だから説明をしに来たんだ。私とリアの出会いこそが運命。探す必要もなく余りに癒され過ぎて判らなくなっていたのだ。だからもう気にする必要はない。今まで通り婚約者で、今後は婚礼の儀までまた週に何度か茶を楽しもうではないか」
アルフレッドの屁理屈には付いていけないとツェツィーリアはソファに座る父の後ろに立つと、アルフレッドを睨みつけた。
「殿下。何のご冗談か存じませんが、わたくしは既に殿下の元を去った者。今更運命だのと言われても困惑するばかりでございます。19年間、力及ばすで誠に申し訳ないと思っておりますし、これ以上殿下のお時間を頂く事も出来ません。どうかその溢れる探求心で癒され、心が幸せで満ちる女性を見つけて頂きたく存じます」
「何を言ってるんだ?見つけなくていいと言っただろう?私の運命の出会いはリア、君との出会いなんだ。何故判らない?私がこんなに心を砕き、言葉も判り易くほぐして説明をしているというのに」
「ご説明は不要で御座います。殿下とわたくしの婚約はもう解消されております。今更あれはわたくしの誤解なのであればそれで結構です。わたくしはもう殿下とは関わり合いの無いもの、交わる事のないものですし、近日中にはマイセレオス帝国のシルグラ侯爵家に嫁ぐ身。お会いするのも本日が最後でしょう。ご健勝にお過ごしになられませ」
「とっ嫁ぐとはどういうことだ?!不貞を働いていたのか」
「殿下、落ち着かれませ。不貞は働いておりません。殿下が運命の出会いをしてみたい、その相手に癒されたい、ドレスを贈り踊りたい、わたくしにもそう言う相手がいるだろう。そう仰ったのです。
わたくしは殿下の求める相手ではなかった。面と向かい言われるまで気が付かず申し訳ないとは思っております。ですが、今更!それは違う、わたくしの勘違いだと言われても結構だと申しておるのです。
あの時の殿下の言葉が正解。わたくしは誤解したままで結構。もう交わらぬ人生だとお気づき下さいませ。そうされたのは殿下、貴方なのです」
「判った。不貞ではないのだな。しかし誤解したままで良いなどと。おかしいだろう」
「おかしいのは殿下です。わたくしは…わたくしは…」
そっとペルセウスの手がソファの背で隠れるのを利用して、ツェツィーリアの手を握る。
大きなごつごつした手に包み込まれるとツェツィーリアの心は手からペルセウスの体温が流れ込んでくるように温かくなった。
【わたくしは、殿下の御心のままに従ったのです!】
ペルセウスの手が離れ、今度はツェツィーリアの肩を優しく抱いた。
今度は手だけではなく、触れた部分からペルセウスの体温が伝わってくる。
ガタっとテーブルに膝を打ちながらも立ちあがったアルフレッドはツェツィーリアとペルセウスを指差し、口をワナワナと震わせた。
「殿下!ご自分の言葉から目を反らさないでくださいませ!」
「…違う…離れろ…離れるんだ…」
さした指を握り、アルフレッドは力の限り叫んだ。
「許さない!許さないぞ。私以外の元に嫁ぐなど絶対に許さない。地下牢に繋いででも私の妻にしてみせる。そんな寝取り男に騙されるなんて‥‥そんなに私が恋しかったのなら何故言わないのだっ!」
そう言うと、テーブルを足掛かりにしてツェツィーリアに飛び掛かってきた。
が、
ドゴッ!! 「グゲッ」
涼しい顔でアルフレッドの顔面に手刀を叩きこんだペルセウス。
アルフレッドは伸ばした手もツェツィーリアに届く事なくアンカソン公爵の足元に転がった。
その場はそれでおさまったはずだった。
だが、翌朝、アルフレッドは【王太子への暴行罪】として騎士団を率いて公爵家を取り囲んだ。
最も、アルフレッド自身の中で既に答えが出ているため、謝罪の必要を感じていないという事も在る。
部屋の中にはシルグラ侯爵家というアルフレッドに面識のない者達がいた。
シルグラ侯爵夫妻、そして嫁いでいるが夫人(令嬢)が2人、ペルセウスである。ひと際体躯の大きなペルセウスを訝し気な目で見やり目が合うと目線を逸らせた。
「アンカソン公爵、この方々は一体誰だ」
「当家への大事な賓客でございます。予てよりの約束でようやく今日の運びとなったのです。ところで前触れもなく驚きました。今日でなくてはならぬのっぴきならないご事情かと存じます」
アルフレッドに、大事な客が来ているところに、約束もなく突然押しかけて迷惑だと遠回しに伝えてみるがアルフレッドは進められる前に自らがソファに腰を下ろし「紅茶で良いがぬるめで」と告げた。
「まぁ」とお互い顔を見合わせるペルセウスの姉と妹。
礼儀と言うものが王族でコレなのか?と扇に隠れた口元が歪み侮蔑を表す。
当主であるアンカソン公爵でさえ着席をしていない中、アルフレッドは運ばれてきた紅茶を一口飲んだ。
「はぁ~。やはりアンカソン公爵家が購入するダージリンの茶葉は良い物を使っているね」
「お褒めに預かり光栄で御座います。当家自慢のアールグレイですからね」
「ウグッ」おそらくペルセウスの妹君である。笑いを思い切り飲み込み苦しそうな顔を必死で扇で隠すものの肩が震えて上下に揺れ動く浮きのようになってしまっている。
「どうした?アンカソン公爵。遠慮せずにかけてくれ」
誰の屋敷だと思っているのか。王太子と言う身分であってもその家の当主への態度ではない。
ペルセウスの姉と妹は母親にギロっと睨まれながらもアルフレッドの一挙手一投足から目が離せない。肩を震わせて必死に扇で口元を隠しつつも耳と目は研ぎ澄まされている。
アンカソン公爵と公爵夫人が向かいに腰を下ろすとアルフレッドは得意気に言った。
「公爵、運命の出会いなどと言うものは存在しないな」
「そうで御座いますか。新しい発見をされて何よりです。ですが物事というのは【ある】事を証明するのは容易い物ですが【ない】事を証明するのは非常に困難。どうやって【ない】事を悟られたのです?」
「この目で見たからだ。運命の出会いで出会ったと思われた2人は実はそんなものではなかった。だが、ないと言ったその口で言うのも何だが、私はリアとの出会いは運命だと確信している」
「おかしなことを仰る。運命の出会いはないと言ったり、あると言ったり」
「簡単な事だ。私とリアの出会いは運命の出会い。だが他の出会いは眉唾物だという事だ。リア。君を初めて見たのはまだ生後間もない時だ。あれが僕たちの運命の出会いだった。探す必要などなかったんだ。良かったね」
何が良かったというのか。全員が首を傾げる中、アルフレッドだけは自信に満ち溢れている。そして両手を広げてツェツィーリアに向かって「さあ!」と微笑んだ。
「殿下、何のご冗談でしょう?何方と運命の出会いをされようがされまいが、我がアンカソン公爵家には一切関りがない事でございます」
「何を言っている?関係あるだろう。リアが誤解をしたままでいたら可哀想だ。だから説明をしに来たんだ。私とリアの出会いこそが運命。探す必要もなく余りに癒され過ぎて判らなくなっていたのだ。だからもう気にする必要はない。今まで通り婚約者で、今後は婚礼の儀までまた週に何度か茶を楽しもうではないか」
アルフレッドの屁理屈には付いていけないとツェツィーリアはソファに座る父の後ろに立つと、アルフレッドを睨みつけた。
「殿下。何のご冗談か存じませんが、わたくしは既に殿下の元を去った者。今更運命だのと言われても困惑するばかりでございます。19年間、力及ばすで誠に申し訳ないと思っておりますし、これ以上殿下のお時間を頂く事も出来ません。どうかその溢れる探求心で癒され、心が幸せで満ちる女性を見つけて頂きたく存じます」
「何を言ってるんだ?見つけなくていいと言っただろう?私の運命の出会いはリア、君との出会いなんだ。何故判らない?私がこんなに心を砕き、言葉も判り易くほぐして説明をしているというのに」
「ご説明は不要で御座います。殿下とわたくしの婚約はもう解消されております。今更あれはわたくしの誤解なのであればそれで結構です。わたくしはもう殿下とは関わり合いの無いもの、交わる事のないものですし、近日中にはマイセレオス帝国のシルグラ侯爵家に嫁ぐ身。お会いするのも本日が最後でしょう。ご健勝にお過ごしになられませ」
「とっ嫁ぐとはどういうことだ?!不貞を働いていたのか」
「殿下、落ち着かれませ。不貞は働いておりません。殿下が運命の出会いをしてみたい、その相手に癒されたい、ドレスを贈り踊りたい、わたくしにもそう言う相手がいるだろう。そう仰ったのです。
わたくしは殿下の求める相手ではなかった。面と向かい言われるまで気が付かず申し訳ないとは思っております。ですが、今更!それは違う、わたくしの勘違いだと言われても結構だと申しておるのです。
あの時の殿下の言葉が正解。わたくしは誤解したままで結構。もう交わらぬ人生だとお気づき下さいませ。そうされたのは殿下、貴方なのです」
「判った。不貞ではないのだな。しかし誤解したままで良いなどと。おかしいだろう」
「おかしいのは殿下です。わたくしは…わたくしは…」
そっとペルセウスの手がソファの背で隠れるのを利用して、ツェツィーリアの手を握る。
大きなごつごつした手に包み込まれるとツェツィーリアの心は手からペルセウスの体温が流れ込んでくるように温かくなった。
【わたくしは、殿下の御心のままに従ったのです!】
ペルセウスの手が離れ、今度はツェツィーリアの肩を優しく抱いた。
今度は手だけではなく、触れた部分からペルセウスの体温が伝わってくる。
ガタっとテーブルに膝を打ちながらも立ちあがったアルフレッドはツェツィーリアとペルセウスを指差し、口をワナワナと震わせた。
「殿下!ご自分の言葉から目を反らさないでくださいませ!」
「…違う…離れろ…離れるんだ…」
さした指を握り、アルフレッドは力の限り叫んだ。
「許さない!許さないぞ。私以外の元に嫁ぐなど絶対に許さない。地下牢に繋いででも私の妻にしてみせる。そんな寝取り男に騙されるなんて‥‥そんなに私が恋しかったのなら何故言わないのだっ!」
そう言うと、テーブルを足掛かりにしてツェツィーリアに飛び掛かってきた。
が、
ドゴッ!! 「グゲッ」
涼しい顔でアルフレッドの顔面に手刀を叩きこんだペルセウス。
アルフレッドは伸ばした手もツェツィーリアに届く事なくアンカソン公爵の足元に転がった。
その場はそれでおさまったはずだった。
だが、翌朝、アルフレッドは【王太子への暴行罪】として騎士団を率いて公爵家を取り囲んだ。
329
あなたにおすすめの小説
さよなら 大好きな人
小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。
政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。
彼にふさわしい女性になるために努力するほど。
しかし、アーリアのそんな気持ちは、
ある日、第2王子によって踏み躙られることになる……
※本編は悲恋です。
※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。
※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください
LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。
伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。
真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。
(他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…)
(1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)
婚約解消したら後悔しました
せいめ
恋愛
別に好きな人ができた私は、幼い頃からの婚約者と婚約解消した。
婚約解消したことで、ずっと後悔し続ける令息の話。
ご都合主義です。ゆるい設定です。
誤字脱字お許しください。
それでも好きだった。
下菊みこと
恋愛
諦めたはずなのに、少し情が残ってたお話。
主人公は婚約者と上手くいっていない。いつも彼の幼馴染が邪魔をしてくる。主人公は、婚約解消を決意する。しかしその後元婚約者となった彼から手紙が来て、さらにメイドから彼のその後を聞いてしまった。その時に感じた思いとは。
小説家になろう様でも投稿しています。
婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました
Blue
恋愛
幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。
【完結】少年の懺悔、少女の願い
干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。
そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい――
なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。
後悔しても、もう遅いのだ。
※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。
※長編のスピンオフですが、単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる