殿下の御心のままに。

cyaru

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謝れない男

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アルフレッドが部屋に通される。悪びれた様子は全くない。
最も、アルフレッド自身の中で既に答えが出ているため、謝罪の必要を感じていないという事も在る。

部屋の中にはシルグラ侯爵家というアルフレッドに面識のない者達がいた。
シルグラ侯爵夫妻、そして嫁いでいるが夫人(令嬢)が2人、ペルセウスである。ひと際体躯の大きなペルセウスをいぶかし気な目で見やり目が合うと目線を逸らせた。

「アンカソン公爵、この方々は一体誰だ」

「当家への大事な賓客ひんかくでございます。かねてよりの約束でようやく今日の運びとなったのです。ところで前触れもなく驚きました。今日でなくてはならぬのっぴきならないご事情かと存じます」


アルフレッドに、大事な客が来ているところに、約束もなく突然押しかけて迷惑だと遠回しに伝えてみるがアルフレッドは進められる前に自らがソファに腰を下ろし「紅茶で良いがぬるめで」と告げた。
「まぁ」とお互い顔を見合わせるペルセウスの姉と妹。

礼儀と言うものが王族でコレなのか?と扇に隠れた口元が歪み侮蔑を表す。
当主であるアンカソン公爵でさえ着席をしていない中、アルフレッドは運ばれてきた紅茶を一口飲んだ。


「はぁ~。やはりアンカソン公爵家が購入するダージリンの茶葉は良い物を使っているね」
「お褒めに預かり光栄で御座います。当家自慢のアールグレイですからね」


「ウグッ」おそらくペルセウスの妹君である。笑いを思い切り飲み込み苦しそうな顔を必死で扇で隠すものの肩が震えて上下に揺れ動く浮きのようになってしまっている。

「どうした?アンカソン公爵。遠慮せずにかけてくれ」


誰の屋敷だと思っているのか。王太子と言う身分であってもその家の当主への態度ではない。
ペルセウスの姉と妹は母親にギロっと睨まれながらもアルフレッドの一挙手一投足から目が離せない。肩を震わせて必死に扇で口元を隠しつつも耳と目は研ぎ澄まされている。

アンカソン公爵と公爵夫人が向かいに腰を下ろすとアルフレッドは得意気に言った。


「公爵、運命の出会いなどと言うものは存在しないな」

「そうで御座いますか。新しい発見をされて何よりです。ですが物事というのは【ある】事を証明するのは容易い物ですが【ない】事を証明するのは非常に困難。どうやって【ない】事を悟られたのです?」

「この目で見たからだ。運命の出会いで出会ったと思われた2人は実はそんなものではなかった。だが、ないと言ったその口で言うのも何だが、私はリアとの出会いは運命だと確信している」

「おかしなことを仰る。運命の出会いはないと言ったり、あると言ったり」

「簡単な事だ。私とリアの出会いは運命の出会い。だが他の出会いは眉唾物だという事だ。リア。君を初めて見たのはまだ生後間もない時だ。あれが僕たちの運命の出会いだった。探す必要などなかったんだ。良かったね」



何が良かったというのか。全員が首を傾げる中、アルフレッドだけは自信に満ち溢れている。そして両手を広げてツェツィーリアに向かって「さあ!」と微笑んだ。


「殿下、何のご冗談でしょう?何方と運命の出会いをされようがされまいが、我がアンカソン公爵家には一切関りがない事でございます」

「何を言っている?関係あるだろう。リアが誤解をしたままでいたら可哀想だ。だから説明をしに来たんだ。私とリアの出会いこそが運命。探す必要もなく余りに癒され過ぎて判らなくなっていたのだ。だからもう気にする必要はない。今まで通り婚約者で、今後は婚礼の儀までまた週に何度か茶を楽しもうではないか」



アルフレッドの屁理屈には付いていけないとツェツィーリアはソファに座る父の後ろに立つと、アルフレッドを睨みつけた。



「殿下。何のご冗談か存じませんが、わたくしは既に殿下の元を去った者。今更運命だのと言われても困惑するばかりでございます。19年間、力及ばすで誠に申し訳ないと思っておりますし、これ以上殿下のお時間を頂く事も出来ません。どうかその溢れる探求心で癒され、心が幸せで満ちる女性を見つけて頂きたく存じます」

「何を言ってるんだ?見つけなくていいと言っただろう?私の運命の出会いはリア、君との出会いなんだ。何故判らない?私がこんなに心を砕き、言葉も判り易くほぐして説明をしているというのに」

「ご説明は不要で御座います。殿下とわたくしの婚約はもう解消されております。今更あれはわたくしの誤解なのであればそれで結構です。わたくしはもう殿下とは関わり合いの無いもの、交わる事のないものですし、近日中にはマイセレオス帝国のシルグラ侯爵家に嫁ぐ身。お会いするのも本日が最後でしょう。ご健勝にお過ごしになられませ」


「とっ嫁ぐとはどういうことだ?!不貞を働いていたのか」


「殿下、落ち着かれませ。不貞は働いておりません。殿下が運命の出会いをしてみたい、その相手に癒されたい、ドレスを贈り踊りたい、わたくしにもそう言う相手がいるだろう。そう仰ったのです。

わたくしは殿下の求める相手ではなかった。面と向かい言われるまで気が付かず申し訳ないとは思っております。ですが、今更!それは違う、わたくしの勘違いだと言われても結構だと申しておるのです。

あの時の殿下の言葉が正解。わたくしは誤解したままで結構。もう交わらぬ人生だとお気づき下さいませ。そうされたのは殿下、貴方なのです」



「判った。不貞ではないのだな。しかし誤解したままで良いなどと。おかしいだろう」

「おかしいのは殿下です。わたくしは…わたくしは…」



そっとペルセウスの手がソファの背で隠れるのを利用して、ツェツィーリアの手を握る。
大きなごつごつした手に包み込まれるとツェツィーリアの心は手からペルセウスの体温が流れ込んでくるように温かくなった。


【わたくしは、殿下の御心のままに従ったのです!】


ペルセウスの手が離れ、今度はツェツィーリアの肩を優しく抱いた。
今度は手だけではなく、触れた部分からペルセウスの体温が伝わってくる。


ガタっとテーブルに膝を打ちながらも立ちあがったアルフレッドはツェツィーリアとペルセウスを指差し、口をワナワナと震わせた。


「殿下!ご自分の言葉から目を反らさないでくださいませ!」
「…違う…離れろ…離れるんだ…」


さした指を握り、アルフレッドは力の限り叫んだ。

「許さない!許さないぞ。私以外の元に嫁ぐなど絶対に許さない。地下牢に繋いででも私の妻にしてみせる。そんな寝取り男に騙されるなんて‥‥そんなに私が恋しかったのなら何故言わないのだっ!」

そう言うと、テーブルを足掛かりにしてツェツィーリアに飛び掛かってきた。

が、

ドゴッ!! 「グゲッ」

涼しい顔でアルフレッドの顔面に手刀を叩きこんだペルセウス。
アルフレッドは伸ばした手もツェツィーリアに届く事なくアンカソン公爵の足元に転がった。




その場はそれでおさまったはずだった。
だが、翌朝、アルフレッドは【王太子への暴行罪】として騎士団を率いて公爵家を取り囲んだ。
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