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告げた解消と動揺する心
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いつものように早めに生徒会室にやってきたナイアッドは扉を開けた。
室内に既に誰かがいる事に体が反応し、ビクリと跳ねた。
しかし見知った顔である事に安堵し、何事もなかったかのように扉を閉めた。
「何をしているんだ」
ナイアッドは少し背後の扉に気をやりながらも声をかけた。
自身に割り振られた机の引き出しを順番に開け乍ら【片付けです】とだけ声を返したのはファデリカだった。机の上には袋が置かれていて中はさほどに物は入っていないように見えた。
「片付けはみればわかる」
「ならば聞くほどの事でもないのでは?」
つっけんどんな言葉の語尾に合わせて最後の引き出しを閉じる音が聞こえた。
ファデリカは袋を手にするとナイアッドに近づいて2歩ほど前で立ち止まった。
「ナイアッド。これが最後。貴方自身の立場をちゃんと考えた行動をして」
「何を言うかと思えば。そんな些細な事を未だに根に持っているのか?」
「そう。貴方には些細な事としか見えていなかったのね。よく判ったわ」
「なんだと言うんだ」
ナイアッドは睨みつける訳でもないのに、ファデリカの目を見るのが怖くてわざと目を逸らし強がった。ファデリカは何も言わない。窓の外は下校時。行き交う他の学院生たちの声が部屋に響いた。
堪らず、ナイアッドは軽く握った手から人差し指を弾くように親指を何度も動かした。
意味もなく17年間も一緒にいたわけではない。ファデリカがこうやってナイアッドを黙って静かに見つめる時はナイアッドに【心当たりはないのか】と問いただす時だ。
ナイアッドが人差し指で親指を弾くのは、【反省すべき点】が判っているのだが認めたくない時である。
数日前、生徒会室の窓を開けた先にある花壇に切り花が捨てられていると学院生がナイアッドに告げてきた。その花は1週間前にヴェリアと共に放課後出かけた際に花屋で買った物だった。
「誰がこんな事を」
そう思っている時、持ってきた新しい花をファデリカが花瓶に挿した。
自分が買ってきた物を、寄りにもよって窓から花壇に捨てたと思ったナイアッドは激昂した。
「ファデリカ!これは一体どういう事だ!」
窓の外の花壇を指差したナイアッドの元に駆け寄ったファデリカは捨てられた花を拾いに外に出た。1本1本そっと拾い上げるファデリカにナイアッドは先ほど持ってきた花瓶を逆さにしてファデリカは花瓶の水を頭から浴びた。
「何をされるのです」「ナイアッド様ぁ」
髪から水を滴らせた目の前のファデリカと背後でヴェリアがナイアッドの名を呼ぶのは同時だった。
「えぇ~。やだぁ。ファデリカ様びしょびしょ。髪に葉っぱまで付いてるぅ」
指をさしファデリカを笑うヴェリアだったが、その後から入ってきたアルティは窓の外のファデリカを見ると窓を飛び越えて着ていたブレザーをファデリカの頭からすっぽりとかけた。
「殿下、これはいったいどういう事ですか」
「窓の外に花を捨て――」
ナイアッドの言葉を遮るようにヴェリアはコロコロとまるで悪気もなく真実を口にした。
「あ、それ私です!どこに捨てて良いか判らなくってぇ。花壇だったら元々お花咲いてるじゃないですかぁ。花瓶のお水もあるし丁度いいかなぁって。でも花瓶は水を捨てて元の所に置いておきましたよぉ?」
勘違いだったとナイアッドは謝ろうとしたがファデリカの顔はブレザーに隠れてしまい伺う事が出来ない。声を出そうとしたが、更に追加された捨てられた花をファデリカとアルティが拾い出した。
ナイアッドは拾い終われば謝ろうと考えたが、後ろからヴェリアに腕を引かれその場を離れた。
「は、花の事なら…あれは説明をしないファデリカが――」
「ナイアッド。その事ならもういいのです。濡れた服は着替えれば良いのですし風邪もひいておりません。ですがその件を思い出したのならナイアッドなら判るでしょう?以前の貴方なら何故花が捨てられていたか。まずは事情を知るだろう者に問いかけていたはずです」
「ファデリカ。君が怒ってないならもういいだろう。話を蒸し返しても誰も得をしない」
「いいえ。花の件だけではありません。食堂でもヴェリアさんとぶつかったと子爵家の生徒を糾弾されましたよね?あれはヴェリアさんの不注意から起こった事です。一昨日の男爵令嬢が腕を骨折したのもナイアッドの馬車を見つけたヴェリアさんが突然走り出し、進行方向にいた男爵令嬢を突き飛ばした事から起こったのです。共にマスィス伯爵家から慰謝料や治療費が払われていますが、これで済んだのは子爵家、男爵家という爵位が低い者だったからです」
「もう当事者で話が出来ているなら良いじゃないか」
「ナイアッド。本当にちゃんと考えて。以前の貴方なら同じ事象が起こらないよう皆で話をしようとしたはず。1年生の時に廊下を右側、左側と区分しようと上級生に提案したでしょう?あの時貴方はどうしたら衝突して転ぶ者が少なくなるだろうって皆に意見を求めていたでしょう?それだけじゃない。学院を卒業した後、働きに出る者が多い低位貴族向けに商会や地方役所、騎士団なんかに長期休暇に試験就労出来るよう働きかけたのも――」
「あぁっ!もう五月蠅い!」
ナイアッドは髪をかきむしり、その手で耳を塞ぐ。
ファデリカは今までナイアッドと意見の衝突が何度もあったがその度話し合ってきた。お互いが納得できるまで何日も顔を付き合わせてきたが、1年以上、何を言っても聞き入れないナイアッドとの深い溝を感じた。
泣きたい気持ちで胸がいっぱいになっていく。袋を持つ手が震え、少し上げた手から肘へ取っ手が滑っていく。その手がナイアッドに差し伸べられていく。
「ナイアッド…」
だが、手はナイアッドに触れる前に止まり、だらりと落ちた。
「ファデリカはいつもそうだ。些細な事ばかり俺にあぁしろ、こうしろと。言われる俺の身になった事があるか?王子という重責と何をやっても認めてもらえない俺の気持ちを汲んだ事があるか?ただ王子妃になって隣で笑っていればいいファデリカと俺は違うんだよ!」
肘まで滑った袋の取っ手は手首をすり抜けて袋は床に落ちた。音を立てて中身が散らばった。
それはまるで2人の間に長い間培ってきた信用と信頼、そして愛が砕けたようにファデリカの目には映った。
「判った‥‥ナイアッド。婚約は解消しましょう」
「婚約…解消って…」
ナイアッドは婚約を解消する事など頭の片隅にもなかった。言い切ったファデリカの瞳が逸らされる。もう自分が映っていない事に本気だと悟ると言葉が出ない口をはくはくと動かした。
ファデリカはしゃがみ込むと、散らばった中身を無造作に袋に詰めてゴミ箱に押し込んだ。
「ごきげんよう」
小さくファデリカの声が耳に聞えると扉が閉まる音がした。
ナイアッドは【婚約を解消】という言葉に大きく動揺し振り返る事も出来なかった。
室内に既に誰かがいる事に体が反応し、ビクリと跳ねた。
しかし見知った顔である事に安堵し、何事もなかったかのように扉を閉めた。
「何をしているんだ」
ナイアッドは少し背後の扉に気をやりながらも声をかけた。
自身に割り振られた机の引き出しを順番に開け乍ら【片付けです】とだけ声を返したのはファデリカだった。机の上には袋が置かれていて中はさほどに物は入っていないように見えた。
「片付けはみればわかる」
「ならば聞くほどの事でもないのでは?」
つっけんどんな言葉の語尾に合わせて最後の引き出しを閉じる音が聞こえた。
ファデリカは袋を手にするとナイアッドに近づいて2歩ほど前で立ち止まった。
「ナイアッド。これが最後。貴方自身の立場をちゃんと考えた行動をして」
「何を言うかと思えば。そんな些細な事を未だに根に持っているのか?」
「そう。貴方には些細な事としか見えていなかったのね。よく判ったわ」
「なんだと言うんだ」
ナイアッドは睨みつける訳でもないのに、ファデリカの目を見るのが怖くてわざと目を逸らし強がった。ファデリカは何も言わない。窓の外は下校時。行き交う他の学院生たちの声が部屋に響いた。
堪らず、ナイアッドは軽く握った手から人差し指を弾くように親指を何度も動かした。
意味もなく17年間も一緒にいたわけではない。ファデリカがこうやってナイアッドを黙って静かに見つめる時はナイアッドに【心当たりはないのか】と問いただす時だ。
ナイアッドが人差し指で親指を弾くのは、【反省すべき点】が判っているのだが認めたくない時である。
数日前、生徒会室の窓を開けた先にある花壇に切り花が捨てられていると学院生がナイアッドに告げてきた。その花は1週間前にヴェリアと共に放課後出かけた際に花屋で買った物だった。
「誰がこんな事を」
そう思っている時、持ってきた新しい花をファデリカが花瓶に挿した。
自分が買ってきた物を、寄りにもよって窓から花壇に捨てたと思ったナイアッドは激昂した。
「ファデリカ!これは一体どういう事だ!」
窓の外の花壇を指差したナイアッドの元に駆け寄ったファデリカは捨てられた花を拾いに外に出た。1本1本そっと拾い上げるファデリカにナイアッドは先ほど持ってきた花瓶を逆さにしてファデリカは花瓶の水を頭から浴びた。
「何をされるのです」「ナイアッド様ぁ」
髪から水を滴らせた目の前のファデリカと背後でヴェリアがナイアッドの名を呼ぶのは同時だった。
「えぇ~。やだぁ。ファデリカ様びしょびしょ。髪に葉っぱまで付いてるぅ」
指をさしファデリカを笑うヴェリアだったが、その後から入ってきたアルティは窓の外のファデリカを見ると窓を飛び越えて着ていたブレザーをファデリカの頭からすっぽりとかけた。
「殿下、これはいったいどういう事ですか」
「窓の外に花を捨て――」
ナイアッドの言葉を遮るようにヴェリアはコロコロとまるで悪気もなく真実を口にした。
「あ、それ私です!どこに捨てて良いか判らなくってぇ。花壇だったら元々お花咲いてるじゃないですかぁ。花瓶のお水もあるし丁度いいかなぁって。でも花瓶は水を捨てて元の所に置いておきましたよぉ?」
勘違いだったとナイアッドは謝ろうとしたがファデリカの顔はブレザーに隠れてしまい伺う事が出来ない。声を出そうとしたが、更に追加された捨てられた花をファデリカとアルティが拾い出した。
ナイアッドは拾い終われば謝ろうと考えたが、後ろからヴェリアに腕を引かれその場を離れた。
「は、花の事なら…あれは説明をしないファデリカが――」
「ナイアッド。その事ならもういいのです。濡れた服は着替えれば良いのですし風邪もひいておりません。ですがその件を思い出したのならナイアッドなら判るでしょう?以前の貴方なら何故花が捨てられていたか。まずは事情を知るだろう者に問いかけていたはずです」
「ファデリカ。君が怒ってないならもういいだろう。話を蒸し返しても誰も得をしない」
「いいえ。花の件だけではありません。食堂でもヴェリアさんとぶつかったと子爵家の生徒を糾弾されましたよね?あれはヴェリアさんの不注意から起こった事です。一昨日の男爵令嬢が腕を骨折したのもナイアッドの馬車を見つけたヴェリアさんが突然走り出し、進行方向にいた男爵令嬢を突き飛ばした事から起こったのです。共にマスィス伯爵家から慰謝料や治療費が払われていますが、これで済んだのは子爵家、男爵家という爵位が低い者だったからです」
「もう当事者で話が出来ているなら良いじゃないか」
「ナイアッド。本当にちゃんと考えて。以前の貴方なら同じ事象が起こらないよう皆で話をしようとしたはず。1年生の時に廊下を右側、左側と区分しようと上級生に提案したでしょう?あの時貴方はどうしたら衝突して転ぶ者が少なくなるだろうって皆に意見を求めていたでしょう?それだけじゃない。学院を卒業した後、働きに出る者が多い低位貴族向けに商会や地方役所、騎士団なんかに長期休暇に試験就労出来るよう働きかけたのも――」
「あぁっ!もう五月蠅い!」
ナイアッドは髪をかきむしり、その手で耳を塞ぐ。
ファデリカは今までナイアッドと意見の衝突が何度もあったがその度話し合ってきた。お互いが納得できるまで何日も顔を付き合わせてきたが、1年以上、何を言っても聞き入れないナイアッドとの深い溝を感じた。
泣きたい気持ちで胸がいっぱいになっていく。袋を持つ手が震え、少し上げた手から肘へ取っ手が滑っていく。その手がナイアッドに差し伸べられていく。
「ナイアッド…」
だが、手はナイアッドに触れる前に止まり、だらりと落ちた。
「ファデリカはいつもそうだ。些細な事ばかり俺にあぁしろ、こうしろと。言われる俺の身になった事があるか?王子という重責と何をやっても認めてもらえない俺の気持ちを汲んだ事があるか?ただ王子妃になって隣で笑っていればいいファデリカと俺は違うんだよ!」
肘まで滑った袋の取っ手は手首をすり抜けて袋は床に落ちた。音を立てて中身が散らばった。
それはまるで2人の間に長い間培ってきた信用と信頼、そして愛が砕けたようにファデリカの目には映った。
「判った‥‥ナイアッド。婚約は解消しましょう」
「婚約…解消って…」
ナイアッドは婚約を解消する事など頭の片隅にもなかった。言い切ったファデリカの瞳が逸らされる。もう自分が映っていない事に本気だと悟ると言葉が出ない口をはくはくと動かした。
ファデリカはしゃがみ込むと、散らばった中身を無造作に袋に詰めてゴミ箱に押し込んだ。
「ごきげんよう」
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