それは、とても些細なことでしょう?

cyaru

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ナイアッドの堕落

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最終学年の3学年になった頃には、ナイアッドの隣にヴェリアがいる事が当たり前のようになってしまった。

「ナイアッド。王子教育が終わっているからと日々の講習がなくなったわけではないのです。先週も先々週も何処に行っていたのですか?」

「ファデリカ。何時から庶民の世話焼き女のようになったんだ。見苦しいにも程というものがある。先々週は隣国の食事マナー。先週は帝国の儀礼に合わせた口上の練習だろう。6年前にも参加したんだ。耳と体が覚えているから問題ない」


「6年前に見ただけの事をその場で出来ると思っているの?貴方は陛下の名代として国を代表して参列するのよ。失敗すればそれはナイアッドだけの責任ではなく、陛下もこの国の民も笑われてしまうのよ。ねぇ。ナイアッド。どうしてしまったの?2学年の最終成績も50位まで落ちてしまっているし、3学年の進級時テストは80番台よ?王妃殿下もお困りなのよ」


「俺は誰よりも頑張っているよ。成績が落ちたのは俺のせいじゃない。周りが卒業する年になって奮起したからだとどうして周りを思いやってやらないんだ」


ナイアッドとファデリカが言い争う声は生徒会室で、誰もいない時を見計らってのものだったが不仲であるとの噂は立ちどころに広がっていく。
追い打ちをかけるようにナイアッドの隣にはヴェリアが腕を絡めている。


ファデリカは自身の力のなさを王妃にも、両親にも告げついには【婚約者を降りる】とこぼした日もあった。パッボニス公爵家のアルティもナイアッドを窘めるものの、ナイアッドは年下の意見など聞く耳も持たなかった。



「申し訳ありません。僕が1学年の時にもっと強く出ていれば…」

「パッボニス様のせいではありません。ですが…どうしたものでしょうか」

「この頃ではトリトン殿下やネレイド殿下にも喧嘩腰での物言いが目立つと言います。アールシア公爵家のマディック殿も剣術の稽古で喝を入れているようですが、それも‥‥」

「アールシア様にも謝罪をしておかねばなりませんね。教えてくれてありがとう」

「こんな事を言って良いかは‥‥いけない事は判っていますが、もう良いのではないですか?たった1年でマスィス嬢にあれほど傾倒してしまうなんて…僕ならこんな事は…」

アルティは言葉を途切れさせた。目の前でナイアッドの堕落に心を痛めるファデリカの悲しそうな顔を見てしまってはその先を続けることは出来なかった。
ファデリカは髪を払う素振りをしてそっと目頭に指を当て、くるりと背を向けた。

アルティはその背中を温かく抱きしめる事が出来ない自分の立場を呪った。
握りしめた拳が小刻みに揺れるのを同じように揺れる片手で押さえつけた。




マスィス伯爵家にももう何度目かの【厳重注意】が言い渡されているが、マスィス伯爵もヴェリアの扱いには手を焼いていた。

注意をしようとしても、ナイアッドが伯爵家にヴェリアを送り届けるのだ。仕方なくナイアッドに向かってやんわりと告げてはみるものの効果はない。第三王子でも王子であり王族。伯爵家としては強く出られないのである。
ヴェリアだけの時に、厳しく注意をすれば夕方若しくは翌日にはナイアッドが伯爵を叱りつける。両陛下からの伝言をナイアッドに告げても何処吹く風とばかりに受け流される。

養女とは言っても、男爵家から嫁いできた妻の兄の子供がヴェリアである。
伯爵家に養子に迎えずとも、ヴェリアは男爵令嬢だったが男爵家には既にあと取りがおり、マスィス伯爵夫妻には子が出来なかった事からヴェリアを養子として婿を取ればと考えたものだった。

今となってはとんでもない爆弾を抱えたのではないかと夜も眠れない日々を過ごし、夫人はとこに伏せる事も多くなった。マスィス伯爵家との取引を控える家や商会も増えてきた。まかり間違って婚約が無くなればパンサラッサ侯爵家から恨みを買う事は間違いない。
国内の畜産流通は50%以上をパンサラッサ侯爵家が取り持っている。どの家も風を読むのは早いのだ。




王宮内でもナイアッドの言動が問題視されており、講師陣からは両陛下に従者を通じ苦言が毎日のように伝えられる。もうそろそろ【若気の至り】では済まされない。

やっと城にいるというナイアッドを捕まえて問いただそうとするが、何時になく太々しい態度が目に付く。それまでこんな態度を取った事があっただろうかと国王だけではなく、従者たちもナイアッドの変貌に驚いた。


「ナイアッド。このままでは王子でいる事すら危ういと判らんのか」

「父上。どうせ俺は国王にはなれない王子なんです。少しくらいの自由をくれたっていいでしょう?一番になれないのに俺はずっと気を張ってやってきた。俺にこれ以上何を望めと言うのですか」

「だが、兄を支えるとフェデリカ嬢と約束したのであろう」

「昔の事です。話はそれだけですか?」

「ナイアッド。今一度考えなさい。学院の卒業までもう1年を切った。王子という立場でいる事をこの先も望むのであれば、今のような堕落したままで民からの支持は得る事は出来ない。王に成れないからと怠けてよい、このまま現状維持で良いと言うのは違うと言う事をもう一度胸に手を当ててよく考えなさい」

「胸に手を当てて考えた所で何が変わりますか?いい加減そんな古臭い考えを押し付けるのはやめて頂きたいものだ。上を望まず下を見ず。王子は王子で変わらず。それでいいでしょう?」


言いたい事を言うとナイアッドは部屋を出て行ってしまう。
何がナイアッドをここまで変えてしまったか。伯爵令嬢だろうと言う事は判るのだが、同じような事は上の2人の王子の時にもあった。誰にでもある反抗期や、麻疹のような物だと思ってみるが、上の2人は甘い言葉にこそ流されることはなかった。婚約者の言葉も臣下の言葉も辛辣であればあるほど真摯に受け止めたというのに。

パンサラッサ侯爵家から届けられた【婚約の解消】を願った書面にもう一度目を通す。
甘やかしたつもりは無くとも、所詮は【つもり】だったかと国王は溜息を吐いた。


そして婚約解消ではなく、婚約破棄となる決定的な事件が起きた。
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