戦場の悪魔将校の妻は今日も微笑む

cyaru

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VOL:15  結婚式は体を酷使するイベント

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エバブ伯爵とブレキ伯爵は肩を落とし王宮から屋敷に戻った。

家族に伝えねばならない事がある。
これほど不貞をした訳ではないのに妻の顔色を窺った事などあっただろうか。

「結婚式が明後日になった」

その一言に両家の妻は飲んでいた茶を噴き出した。

ウィンストンは父の声に「嫌だ!」大きく叫んで部屋に閉じこもった。
レティシアは歓声をあげてクローゼットに飛び込み、式場まで着ていくドレス選びを始めた。


「あなた…明後日ってどういうことなの?」

妻の質問は的を得ている。だが、夫としてはもう従うしかない人に予約までされていれば断る事など出来なかった。

「殿下が…大聖堂で挙式をと…」
「だっ!大聖堂?!」

妻の驚きも致し方ない。大聖堂で結婚式を挙げるのは王族か高位貴族のみ。
いくら伯爵家でも大聖堂を押さえるには当日礼拝にくるものを全て追い出さねばならず、そんな事が出来るはずもない。

大聖堂の挙式は朝から「祝福の鐘」が1時間ごとに鳴らされるため、わらわらと民衆が集まって来る。それはもう盛大な式が行われる事が当たり前で、その時の花嫁の衣装も話題に長くあがることもだが、民衆が集まってくるのは「お裾分け」目当てである。

王族や高位貴族しか挙式をしないのはそこに理由もある。
通りに向かってせり出したバルコニーから民衆に向かって最低30分は小袋に包んだ「お裾分け」を幸せのお裾分けだと振り撒くのが慣習なのである。

現国王、王太子が挙式をした時は「お裾分け」として振り撒いた金額は2億。
高位貴族である公爵家の跡取りの時は半分の1億。

過去にその「お裾分け」を行わなかった者はいない。教会側も「ありき」で挙式を受けるため「しない」選択肢は存在しない。5千万程度では民衆からブーイングが起き、その後の社交に大きく影響をする。

真夜中エバブ伯爵家に訪れたブレキ伯爵夫妻は明け方まで金をどうするかを話し合った。

エバブ伯爵家に出せる金はない。
勿論極貧貴族と呼ばれて久しいブレキ伯爵家にも出す金はない。

なけなしの虎の子を出してしまえば、フェリペから念押しされた支払いが出来なくなる。

「小石でも詰めておく?」苦肉の策だとブレキ伯爵夫人が提案をした。
勿論そんな事が出来るはずもない。

「取り敢えず用意できるのは…ウィンストンの金だけだ」

ブレキ伯爵が声を絞り出す。
更に問題もあった。

「お裾分け」は全て小銭、硬貨で行なうのだ。1つ1つ包み紙に祝いへの礼を書いて小銭を包まねばならない。

「両替してもらえるように商会を回るしかない」
「いつまでに用意出来ますの?!」
「何時までって…1億を全てなんだぞ?明日いっぱいはかかるだろうが!」
「挙式は明後日なのに明日いっぱいなら包めないじゃないの!」
「ドレスはどうするのよ。間違いなく間に合わないわ」
「それはエバブ家で決めてくれ。ウチにウェディングドレスなど着るものはいない」
「まぁ!なんて無責任なの!」

「待て待て。落ち着こう。もうやるしかないんだ」エバブ伯爵は悲壮な表情で声をあげた。

「先ずは私とブレキ伯爵で硬貨を集めよう。布はもう家にあるドレスを切って使うしかない」
「いやよ!私のドレスはやめて!」
「レティシアさんのドレスを切ればいいじゃない。人の倍以上布を使ってるんだから」
「まぁ!まるでウチの娘が大樽のような言い方ね!」

――違うの?――

ブレキ伯爵夫妻は気が遠くなりそうだった。

レティシアのドレスは手持ちで一番豪奢なドレスを着用する事になり、「お裾分け」はレティシアの他のドレスを全て切り刻む、当面の金はウィンストンの報奨金を使う事で話は付いた。

翌日は両家とも屋敷の中は上を下への大騒動。
2晩の徹夜をこなし、目の下の隈を化粧で誤魔化し迎えた結婚式。
朝からごねるウィンストンを力づくで引きずり出し、着替えさせた。


「ウィン!!会いたかった。全然来てくれないんだもの」

ウィンストンはショッキングピンクで幾つもドーナツが重なったようになったドレス姿のレティシアを見て視界が何も映さなくなった。

「見て!ウィンが初めて買ってくれたヒールにしたの!」

ヒールの踵に巨大なワームかと思えばレティシアの指。

人生の黒歴史。いやヒールは透明なガラス製なのだから何歴史になるんだろうか。ヒールを買った時は17歳だったレティシアも1年経てば18歳。増え続けた体重はあの頃よりも20kg増し。


「ねぇ。買ってくれた時みたいに履かせて?」

可愛くオネダリをしているのだが、どう見てもピンクのドーナツにしか見えない。
仕方なく椅子にレティシアを座らせてウィンストンはヒールを履かせた。

「痛い!痛い!足が削れちゃう!」
「仕方ないだろ!全然入らないじゃないか!」

レティシアは押し込められる足が痛くて体を捩じって抵抗する。数人でレティシアを押さえ、強引に履かせてみれば痛みで気を飛ばしたレティシアの足はさながらヒールが透明なだけにグラスに無理やり詰め込んだパン生地が見えているような状態。

が、悪夢はこれからだった。

痛みで覚醒したレティシアはヒールを脱ごうとするのだが、ギッチギチに押し込まれた足がそう簡単に脱げるはずが無い。立ち上がったレティシア。

バギッ!バギッ!! バスン!!

立ち上がる事で側面に僅かに広がった足の甲はヒールの側面を吹き飛ばしてしまった。そのついでに足をグギっと横に捻ってしまったのだ。

「ウィン。痛い…これじゃ歩けないわ」
「そうだね。結婚式を中止にすればいいんじゃないか?」
「もぉ~そうじゃなくって。ね?わかるでしょ?」

通常ヴァージンロードの半分は父親にエスコートをされてくるものだが、レティシアは「どうせだから」と入場から「横抱きにしてくれ」と宣った。

刻一刻と迫る挙式の時間。ウィンストンはもう逃げる事も出来ないが周囲の家族は寝不足でかなり苛立っており拒否する事も出来なかった。

覚悟を決めて扉の前に立つ。扉が開くとウィンストンはレティシアの背中と膝の裏に腕を伸ばし、レティシアを気合一発!お姫様抱っこ‥‥したまでは良かった。

――ヴッ…一歩が重い…――

それもそのはず。ウィンストンは1カ月と少し床に臥せっていたのだ。退院をして2カ月。騎士ではなくなったしシンシアを思って何もする気になれず、茫然として過ごす日々。

筋肉は嘘をつかなかった。

小鹿のように震える足に脳内で喝を入れ、入隊したばかりの頃にやったぬかるんだ地での土嚢運びを思い出し、やっとの事で神父の前に新婦を「輸送」した事でもう体力は限界に近かった。

誓いのキスでレティシアは自分でベールをたくし上げ、鼻息荒くウィンストンに向かってきた。

――猛牛じゃねぇかよ!――

あれ程まで禁断の関係の時に甘美に酔った「朦朧キス」が立ったままでも行われた。

「やだ、ウィン。立ったまま嬉しくて失神しちゃったの?」

――違う…お前、朝、何食ったんだよ。口が臭えぇ――

退場も横抱きにしてくれと手を伸ばすレティシアにウィンストンは残った力を振り絞って…。

【逃げた】

のだが‥‥逃げた先はバルコニー。眼下には「お裾分け」を待つ民衆がウィンストンを大歓声で出迎えた。

「ウォォォーッ!!」

自棄になったウィンストンはその場にあるモノを手当たり次第に投げたのだが、何の問題もない。小袋に包まれた「お裾分け」で、力いっぱい投げるものだから、かなり遠くまで「お裾分け」は飛んでいく。

通常は届かない位置まで到達する「お裾分け」に民衆は更に歓声をあげた。


レティシアを横抱きにする事で腰と脚を、遠投で肩を痛めたウィンストン。
ゼェゼェなりながら屋敷に戻り、寝台の上に突っ伏した。

――もう…動けねぇ――

騎士の鍛錬でもここまで体を酷使した事などなかった。
やっと休める…そう思ったのだが、金ももう無く披露宴は中止になった結婚式。

ガチャリと開いた扉から、頬を染め恥じらうレティシアが寝台のウィンストンの視界を塞いだ。


★~★

待望の初夜?は第17話
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