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VOL:14-2  結婚式のお祝い(エバブ伯爵家)

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フェリペはブレキ伯爵の陥落を悟ると「さて」エバブ伯爵に視線を向け、また足を組み替えた。


「エバブ伯、貴殿にも話があるんだがね」
「そ、その前に殿下!」
「なんだい?」


モジモジと手を太ももに挟んで動かしながら、エバブ伯爵はフェリペに問うた。


「あのぅ…シンシアが頂けるという報奨金なのですが、何時頃…あ、急いでいると言う訳ではないのです。はい。ただこの状態ですし、公費で賄って頂ける分ではなく持ち出しとなる分も御座います。シンシアは何と言いますか…昔から金の勘定には細かい娘でして、治療の持ち出し分を家の金で払うというのをよしとしないと思うのです」

「なるほどな。報奨金か。用意はしているが何故エバブ伯に支払わねばならんのだ」
「は?何故と言われましても…父親ですから…」
「話を聞いていなかったか?」
「話?先程のブレキ伯爵への話…と言うことでしょうか」
「判っているじゃないか。もう一度言おうか?シンシア嬢の年齢は幾つだ」
「シンシアは22歳ですが…」


「判ってるじゃないか」フェリペは小さく咎めるような声を出した。


「そう、シンシア嬢は22歳。既に自身で独身であっても貴族籍を抜ける事が認められる年齢だ。そして未成年時期に於いての婚約は解消となっている。シンシア嬢は家督相続の届けは出ていない。つまり婚約の解消でエバブ伯爵家は名乗れるが、家長の決め事に従う必要はもう無くなったと言うことだ。エバブ伯爵がシンシア嬢の面倒を看る看ないは自由だが、その他に関しては監督権は無くなっている。判るよね?」


エバブ伯爵は痛い所を突かれたのか額の汗を必死になって拭う。
フェリペは小さく溜息を吐いて二の句を続けた。


「必要であれば都度見積もりや請求書を持って来れば実費を報奨金から支払うように手配をしておく。そうすればご息女が目覚めた時に、何に幾ら報奨金から引き出したかも判るし、問題はないだろう」

――それじゃ困るんだよ!――

今度はエバブ伯爵の心の声が聞こえてきそうだが、安堵の表情を浮かべたブレキ伯爵と違ってエバブ伯爵は焦りを隠せない。


「ウェッ!?あ、あのですね…部屋、そう部屋です。シンシアが快適に過ごすための部屋も改装をしまして」

「エバブ伯爵家の改装についての届けはなされていないと思うが?」

「っっ!!今からなんです。そう。今から。ですのでシンシアの部屋ですし…」

「今から?では医療院でその間を過ごせばよい。改装はどうしても大きな音が出てしまう。急いで医療院を出なくても良いな。改装の届けを出せば私も精査しよう。居心地の良い部屋になるよう専門職もこちらで手配――」

「お、お待ちください。それはもうこちらで手配済みですので殿下のお手を煩わせるような事は御座いませんので」


エバブ伯爵は焦りが隠せない。シンシアの報奨金が無ければ、フォン公爵家に支払う慰謝料が支払えなくなってしまう。あと5日も猶予がない。

いい加減シンシアが執務をしなくなって天手古舞。これ以上頭の痛くなる事態は避けたいがアテにしていた報奨金が支払われないとなれば一時的にも領地か屋敷を担保に入れて金を工面せねばならない。

はくはくと唇が開閉するエバブ伯爵にフェリペは少し声を大きくして告げた。


「勘違いをされては困るが、報奨金はシンシア嬢個人が受け取るもので、エバブ伯爵、父親にはその権利はない。これが特許などであれば【家】を考慮するがそうでないのでね」

「あ、あの…何度か出しているのですがシンシアを屋敷で療養・・・」

「無理でしょ。今だって2時間に1回の体位替えが必要だし、食事代わりに魔導士に魔力を流してもらわねばならないんだよ?魔導士を貴族の家に派遣できると思ってんの?」


エバブ伯爵は更に焦った。これでは予定が狂ってしまう。
どうせ寝たきりの上、目を覚まさないのだから週に1度魔導士に食事代わりの魔力を流してもらうだけのつもりだった。それならば掛布を掛けて寝ているのだから背中側がどんな状態になっていようと知られるはずもない。

なんせ物言わぬ娘なのだ。部屋も侍女頭が使用していた比較的庭が見える部屋に放っておけば、それだけで金が入って来る。医師に診察をされるとなればそれだけ使用人も用意をしなくてはならない。

このままでは万事休す。何とかならないかとフェリペに縋ろうとしたがフェリペの方が上手だった。

「あ、そうそう・・・忘れる所だった」

エバブ伯爵の目の前に書面を出した。その書面もまた請求書。


「医療費と治癒師、魔導士などへの金については私と隣のブレキ伯爵が支払っているが、差額ベッド代に体位替えに必要な人件費など・・・自費分の支払いが滞納になっているんだけどね。ここで払っていく?ブレキ伯のような単位じゃないよ。たった800万だ」

「はっ!800万?!」

「驚く事じゃないよ。2カ月つまり60日分だ。差額ベッド代は1日10万で月に300万、体位替えの人件費が1日3交代、日給1万だから1日3万。こっちが1か月90万。2か月分だから780万だけど遅延がついてるからね。平民でもこっちは高額医療の対象外。貴族なんだからさ、払ってくれないと困るんだよね」

「待ってください。これはブレキ伯が払って当然でしょう?!」


エバブ伯爵の言葉にブレキ伯爵が「何を言ってるんだ」胸ぐらをつかみあげた。


「あんたの所には治療に対しての支度金を一括で先に2千万支払っただろう!その中から支払うのが当たり前じゃないか!ウチは出さん!二度払いなんか出来るか!」

「なんだ、エバブ伯。2千万も受け取ってるなら即金で払えるじゃないか。屋敷に回収に向かわせようか?」

「あのっ!それはシンシアの部屋を改装するために――」

「またそこから?届けは出てないって話をしたよね?さっきはこれから改装って言い直したでしょ?ならまだ支払ってないんだから手元に会って当然でしょうに。それは本来有責となるブレキ家から慰謝料としてもらったんじゃなく、シンシア嬢が手にするべき金だから、そこから出すってのもおかしな話だけどね」

「も、申し訳ありませんっ!妻が!妻が使い込んでしまって!」


フェリペはもう笑いも出なかった。言うにこと欠いて今度は妻に責任を押し付けるとは。

――ま、いいか。陞爵しょうしゃくさせる子爵家も決まってるし

褫爵ちしゃくとして爵位を失くすことも良いかとは思ったが、敢えて爵位を残し男爵家にする事も決定をしている。

――でも、お祝いが纏めてで済むのは僥倖だ――

フェリペは従者からまた新しい書類を1枚受け取った。
ようように呼吸をしている2人の伯爵は「まだあるのか?!」と今度は自身の手で首を撫でた。


「さて、渡すものも渡したし、今後は未払いなんて事もないだろうからこれを渡しておくよ」

サッとテーブルに突き出した書類に一旦身を後ろに引いて2人の伯爵は恐る恐る文字に目を走らせた。

「両家の子息と息女が結婚するんだ。これでも無理を通したんだよ?大聖堂で結婚式を挙げられるんだ。民衆にも広く羞恥できる恥じろ!‥いや周知だね。ん?良いのかな?失敬。でもすまないね。きっと急ぐと思って直近を探したら明後日しか空きがなかったんだ。でもエバブ伯は都合がいいよね?」

決して都合は良くはないが、最悪ではない。
婚約破棄の慰謝料をフォン公爵家に支払っていない段階の結婚式。
後ろ指を指され嘲笑されるのは間違いないが踏み倒した後よりは幾分マシ。

何より‥‥にんまりと笑うフェリペ。

「1週間後は両家とも男爵家に降爵になるし、伯爵家であるうちにあげた方が。ね?」
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