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VOL.12 エマの母、王都に到着する
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レオンがサシャリィに婚約解消を告げて11日目。
エマの母親とジェームズが遠い田舎からようやく王都に到着をした。
知らせを受けて、食べ物も飲み物すら喉を通らず、自責の念からげっそりと痩せ細ったエマの母親はサシャリィの前に膝を付いて謝罪をした。
「エマが、エマがとんでもないことを!本当に申し訳ございませんっ謝って許してもらえるなんて思っていませんが…会って頂いた事だけでも感謝を…申し訳ございませんでしたぁ…あぁぁ~…ウゥゥ…」
エマの母親が悪い訳ではない。それはその場にいるもの全員が判っている。
サシャリィもただ詫びるエマの母親を責めるのはおかしいと考えていた。責められるべきは先ずレオンであり、次にエマ。レオンが色々な令嬢と噂になっているのを知っていて「何時かは目が覚める」と放っておいたサシャリィにも罪はあるのかも知れない。そう考えていた。
「おば様、もう謝らないでください」
「ですがっ!私には謝罪するしか術がないのですっ」
「いいんです。結婚する前で良かったと思っていますから」
「ごめんよ。シャル。育て方が悪かったんだ」
ジェームズも項垂れるものだから、サシャリィは余計に居た堪れない。
サシャリィの母レジーナはエマの母親とジェームズにエマをどうするのかと問うた。
「責任は取らねばならないでしょう。シャルの婚約者だと判っていて関係を続けたのなら…出来る限りの慰謝料も払わねばならないし…エマは領地――」
「縁を切りますっ!あの子とはもう‥‥もうっ…縁を切りっ…ますっ。何もない私達を迎え入れてくれた貴方。それに学があった方が良いと全てを面倒見てくれた皆さんに後ろ足で砂をかけるような真似をしてっ…なんとお詫びをしていいか…」
エマの母親は這うようにしながらアガントス伯爵の前に行くと謝罪を繰り返した。
「当家としては家名を騙った事まで追求するつもりはない。だが…学園については妻と…話し合って決まった事を報告して頂きたい」
家名を騙ったとなれば平民のエマは縛り首になってしまうだろう。
そうなってしまえば、サシャリィは消えない十字架を背負ってしまい込み兼ねない。
重たい空気の中、アンジーはジェームスに話しかけた。
「ジェームズ、悪いんだけどもう預かれないわ。何か思うところはあるかと見ていたけれど…恋をしているって凄いわね。今朝も「全て順調です」って笑うのよ…申し訳ないけど無理」
「アン姉さん。すまなかった。今までありがとう。ジーナ姉さんも…ありがとう」
顔色の悪いジェームズの考えている事などお見通しだとばかりにレジーナは強めの口調でジェームズとエマの母親に言葉を掛けた。
「ジェームズ、まさか領主を辞めるなんて言わないわよね?それとこれは別の話よ。公私混同してしまえば困るのは領民なのよ」
「ですが…もうこれ以上の迷惑はかけられません。私は離縁――」
「だから!何もかも一緒にするなと言ってるの。確かにね、貴女がジェームズと結婚する事には反対だった。それは事実。過去がジェームズの足枷になるんじゃないかって思ったからよ。でも10年以上、領地の為によくやってくれている。それも事実。親としては慰謝料と言う責を負ってもらうけれど領地の統括に付いては今まで通りよ」
「ジーナ姉さん、それは甘すぎるよ。僕たちは…」
「えぇ、そう。一生償ってもらうわ。だから仕事を辞められたら困るのよ。取りっぱぐれるでしょう?」
「でもね?ジーナ姉さん。エマはどうするのよ。うちではもう預かれないわ」
「修道院でも入れる?寄付金が必要になるけど…」
「エマは領地に連れ帰ろうかと思ったけれど…相手の男はどうなっているんだろうか」
ジェームズの問いにアンジーは「そうだった!」と思い出したように夫を肘で突いた。何かと思えば指の間に胸ポケットから出した封筒を挟んでいて、それをアンジーが抜き取ってジェームズに手渡した。
「相手の男が今、住んでいる場所よ。全く・・・放逐が笑っちゃうわね」
アンジーは侮蔑を込めた声を出し、軽く肩を上げてやれやれと仕草で呆れを示した。
開いて見れば、然程治安も悪くない平民が住む区域にレオンは住み、第5騎士団の見習い騎士として仕事をしていると書かれてあった。
厳しい事を言っても所詮は息子、我が子は可愛いものだとレジーナも呆れた声を出した。
貴族籍は間違いなく抜かれているが、ルーベス侯爵夫人が3日と空けずに使いをやり、レオンの世話をさせている事も調べたありのままが書かれていた。
アガントス伯爵家としては婚約は破棄され、慰謝料も支払われている。
放逐するかどうかはルーベス侯爵家が決める事でアガントス伯爵家はそこに口出しする事は出来ない。だが腹の立つような処遇である事は確かだった。
およそ考えずとも籍は抜いた以上どうにもならないが、新体制になった頃にレオンを呼び戻すかどうかして不自由のない生活をさせようと目論んでいる事は明らか。
ただ侯爵は世間体を気にする為、レオンに付いてはもういない者として扱っているが、身辺には身の回りの世話をする者を送り込んでいる事から夫人の独断だと判断が出来る。
ジェームズはその紙を握りしめ、エマの母親の顔を見た。
そしてジェームズとエマの母親は学園は退学する事を約束し、アンジー夫妻と共にアガントス伯爵家を後にした。
学園ではエマの成績からそのまま卒業でも良いのではと学園長からの言葉もあった。
既に自由登校にもなっており、残すは最終試験のみ。
エマの場合はその最終試験を全て欠席したとしてもギリギリの及第点で卒業の資格はある。しかしエマの母親とジェームズは「学業以前の問題」と退学という考えを変えなかった。
学園で、エマの私物を受け取ると一行はアンジーの屋敷である伯爵家を目指した。
「もしかするとエマは‥‥ジェームズに爵位があると思っているのかも知れないわね」
「仮にそうだとしても養子縁組とその件は別問題だよ。アン姉さん」
「制限があるのは公爵家、侯爵家と言えど伯爵家にも暗黙の了解ってあるし…本当に早く新体制になって欲しいわ。子供たちが私達夫婦のように運よく相手に巡り合えるとは限らないし、昨今…下手な貴族より平民の方が生き抜く力は持っているしね。ウチが子爵辺りなら…」
「アン姉さん。僕は伯爵家で良かったと思っているよ。きっと…ジーナ姉さんの嫁いだアガントス伯爵家だってしがらみはあった筈だ。ウチが伯爵家だったから先代、先々代もジーナ姉さんとの結婚を認めたんだと思う。ジーナ姉さんがアガントス伯爵家に嫁いだからアン姉さんの子供たちも全員学園に行けたんだと思うよ」
「確かにね、教育なんか家に招く家庭教師で十分。特に女の子なら出来る婿を取ればいいから学は不要。そう何度も言われたしね…年寄りはそれまでのしきたりに従うのが一番だと思っているから困ったものだわ」
アンジーは小さく溜息を吐く。
一行を乗せた馬車は屋敷の門をくぐった。
エマの母親とジェームズが遠い田舎からようやく王都に到着をした。
知らせを受けて、食べ物も飲み物すら喉を通らず、自責の念からげっそりと痩せ細ったエマの母親はサシャリィの前に膝を付いて謝罪をした。
「エマが、エマがとんでもないことを!本当に申し訳ございませんっ謝って許してもらえるなんて思っていませんが…会って頂いた事だけでも感謝を…申し訳ございませんでしたぁ…あぁぁ~…ウゥゥ…」
エマの母親が悪い訳ではない。それはその場にいるもの全員が判っている。
サシャリィもただ詫びるエマの母親を責めるのはおかしいと考えていた。責められるべきは先ずレオンであり、次にエマ。レオンが色々な令嬢と噂になっているのを知っていて「何時かは目が覚める」と放っておいたサシャリィにも罪はあるのかも知れない。そう考えていた。
「おば様、もう謝らないでください」
「ですがっ!私には謝罪するしか術がないのですっ」
「いいんです。結婚する前で良かったと思っていますから」
「ごめんよ。シャル。育て方が悪かったんだ」
ジェームズも項垂れるものだから、サシャリィは余計に居た堪れない。
サシャリィの母レジーナはエマの母親とジェームズにエマをどうするのかと問うた。
「責任は取らねばならないでしょう。シャルの婚約者だと判っていて関係を続けたのなら…出来る限りの慰謝料も払わねばならないし…エマは領地――」
「縁を切りますっ!あの子とはもう‥‥もうっ…縁を切りっ…ますっ。何もない私達を迎え入れてくれた貴方。それに学があった方が良いと全てを面倒見てくれた皆さんに後ろ足で砂をかけるような真似をしてっ…なんとお詫びをしていいか…」
エマの母親は這うようにしながらアガントス伯爵の前に行くと謝罪を繰り返した。
「当家としては家名を騙った事まで追求するつもりはない。だが…学園については妻と…話し合って決まった事を報告して頂きたい」
家名を騙ったとなれば平民のエマは縛り首になってしまうだろう。
そうなってしまえば、サシャリィは消えない十字架を背負ってしまい込み兼ねない。
重たい空気の中、アンジーはジェームスに話しかけた。
「ジェームズ、悪いんだけどもう預かれないわ。何か思うところはあるかと見ていたけれど…恋をしているって凄いわね。今朝も「全て順調です」って笑うのよ…申し訳ないけど無理」
「アン姉さん。すまなかった。今までありがとう。ジーナ姉さんも…ありがとう」
顔色の悪いジェームズの考えている事などお見通しだとばかりにレジーナは強めの口調でジェームズとエマの母親に言葉を掛けた。
「ジェームズ、まさか領主を辞めるなんて言わないわよね?それとこれは別の話よ。公私混同してしまえば困るのは領民なのよ」
「ですが…もうこれ以上の迷惑はかけられません。私は離縁――」
「だから!何もかも一緒にするなと言ってるの。確かにね、貴女がジェームズと結婚する事には反対だった。それは事実。過去がジェームズの足枷になるんじゃないかって思ったからよ。でも10年以上、領地の為によくやってくれている。それも事実。親としては慰謝料と言う責を負ってもらうけれど領地の統括に付いては今まで通りよ」
「ジーナ姉さん、それは甘すぎるよ。僕たちは…」
「えぇ、そう。一生償ってもらうわ。だから仕事を辞められたら困るのよ。取りっぱぐれるでしょう?」
「でもね?ジーナ姉さん。エマはどうするのよ。うちではもう預かれないわ」
「修道院でも入れる?寄付金が必要になるけど…」
「エマは領地に連れ帰ろうかと思ったけれど…相手の男はどうなっているんだろうか」
ジェームズの問いにアンジーは「そうだった!」と思い出したように夫を肘で突いた。何かと思えば指の間に胸ポケットから出した封筒を挟んでいて、それをアンジーが抜き取ってジェームズに手渡した。
「相手の男が今、住んでいる場所よ。全く・・・放逐が笑っちゃうわね」
アンジーは侮蔑を込めた声を出し、軽く肩を上げてやれやれと仕草で呆れを示した。
開いて見れば、然程治安も悪くない平民が住む区域にレオンは住み、第5騎士団の見習い騎士として仕事をしていると書かれてあった。
厳しい事を言っても所詮は息子、我が子は可愛いものだとレジーナも呆れた声を出した。
貴族籍は間違いなく抜かれているが、ルーベス侯爵夫人が3日と空けずに使いをやり、レオンの世話をさせている事も調べたありのままが書かれていた。
アガントス伯爵家としては婚約は破棄され、慰謝料も支払われている。
放逐するかどうかはルーベス侯爵家が決める事でアガントス伯爵家はそこに口出しする事は出来ない。だが腹の立つような処遇である事は確かだった。
およそ考えずとも籍は抜いた以上どうにもならないが、新体制になった頃にレオンを呼び戻すかどうかして不自由のない生活をさせようと目論んでいる事は明らか。
ただ侯爵は世間体を気にする為、レオンに付いてはもういない者として扱っているが、身辺には身の回りの世話をする者を送り込んでいる事から夫人の独断だと判断が出来る。
ジェームズはその紙を握りしめ、エマの母親の顔を見た。
そしてジェームズとエマの母親は学園は退学する事を約束し、アンジー夫妻と共にアガントス伯爵家を後にした。
学園ではエマの成績からそのまま卒業でも良いのではと学園長からの言葉もあった。
既に自由登校にもなっており、残すは最終試験のみ。
エマの場合はその最終試験を全て欠席したとしてもギリギリの及第点で卒業の資格はある。しかしエマの母親とジェームズは「学業以前の問題」と退学という考えを変えなかった。
学園で、エマの私物を受け取ると一行はアンジーの屋敷である伯爵家を目指した。
「もしかするとエマは‥‥ジェームズに爵位があると思っているのかも知れないわね」
「仮にそうだとしても養子縁組とその件は別問題だよ。アン姉さん」
「制限があるのは公爵家、侯爵家と言えど伯爵家にも暗黙の了解ってあるし…本当に早く新体制になって欲しいわ。子供たちが私達夫婦のように運よく相手に巡り合えるとは限らないし、昨今…下手な貴族より平民の方が生き抜く力は持っているしね。ウチが子爵辺りなら…」
「アン姉さん。僕は伯爵家で良かったと思っているよ。きっと…ジーナ姉さんの嫁いだアガントス伯爵家だってしがらみはあった筈だ。ウチが伯爵家だったから先代、先々代もジーナ姉さんとの結婚を認めたんだと思う。ジーナ姉さんがアガントス伯爵家に嫁いだからアン姉さんの子供たちも全員学園に行けたんだと思うよ」
「確かにね、教育なんか家に招く家庭教師で十分。特に女の子なら出来る婿を取ればいいから学は不要。そう何度も言われたしね…年寄りはそれまでのしきたりに従うのが一番だと思っているから困ったものだわ」
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