婚約破棄になったのは貴方が最愛を選んだからです。

cyaru

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VOL.13  エマ、暴れる

「エマ、元気そうだね」
「えっ?どうして?母さんまで…なんで?」


アンジーの屋敷に到着すると2人はエマの部屋を訪れた。
机に向かい試験勉強をしていたエマは突然現れた母親に明らかな狼狽をした。


「い、今、最終試験の勉強をしてるのよ?これでも成績優秀なんだから。あ!もしかして養子縁組?結果は出てないけど…。大丈夫よ。今までより調子がいいの」


努めて明るく話をするエマだったが、エマの母親はそんなエマに近づくと頬を張った。
乾いた音が部屋に響き、エマは怒りで震える母親にバレているのだと瞬時で悟った。


「エマ‥‥他人様の婚約を壊すために王都に貴女をやった訳じゃないのよ」
「・・・・」
「してしまった事は仕方がないわ。でも…謝罪もせずに…どういうつもりなの」
「‥‥じゃない…」
「何?聞こえないわ。ハッキリ言いなさい!」


エマは母親を睨みつけると精一杯の言葉を口にした。


「壊したんじゃない!私がそうしろと言ったんじゃないわ!誰かに謝らなきゃいけない事なんて何もしてない!」

「反省はしていないと言うのね」

「どうして反省しなきゃいけないのよ!もう私の事は放っておいてよ。そうよ…ふふっ私ね?侯爵夫人になるのよ?もうあんな田舎になんか帰らないわ。ううん、帰れないの。だって王都が私の居場所なんだもの。田舎で土に塗れて牛や馬の世話なんかもうしなくていい世界の住人になるのよ。だからさっさと養子縁組を済ませてよ!」

「エマあんたって子は…アガントス伯爵家のご令嬢に詫びる事はないの?」

「え?‥‥あぁサシャリィ?良いんじゃないのかしら。だって爵位は私の方が上になるし…侯爵夫人に謝罪されても伯爵令嬢だと困ってしまうだけでしょう?」

「エマ、何を言ってるの?そんな事…あり得ないわ」

「あり得るわよ。ジェームズさんが養子縁組をしてくれれば私は伯爵令嬢になるのよ?」


実の母親を蔑んだ目で見ながら得意顔でエマは言い終わると高笑いをした。
エマの母親はそんなエマに「事実」を告げた。


「何を言ってるの。確かに学園で良い成績を取ればジェームズは養子縁組をしてくれる。そういう約束だった。でもそれは貴女にで伯爵家とは何の関係もないのよ?」

「関係ない?母さん。その年でもう耄碌しちゃったの?アハハ」

「アハハじゃないの。そもそもでジェームズは私と結婚した事で貴族籍を抜けて平民なのよ?養子縁組をしてどうして伯爵家が関係するの?」

「え・・・・どういう事なの‥‥」


エマは母親を突き飛ばすとバッとジェームズに掴みかかり、強く胸を前後に揺すった。


「どういう事?!ジェームズさんは貴族でしょう?!」


必死の形相で訴えるエマの手をジェームズは被せるように握った。


「どういうも何も・・・僕が貴族だったのは君たちを迎え入れる前の事だ。今は身分としては平民だよ。それに仮に僕に爵位があったとしてもそうなれば継承権も発生する事になるからその場合はただの養子縁組ではなく特例の養子縁組をしなくてはならなくなる。条件は更に厳しくなってエマ…君の曾祖父の代まで調べ上げられて調査が入るんだよ」


ジェームズの言葉は遠回しに処刑になった父親が関係するから無理だとエマに告げるもの。エマも一般的な養子縁組は理解をしていたが踏み込んだ内容までは知らなかった。


「嘘よ!嘘!嘘ばっかり言わないで!じゃぁどうして領主なの?なんで私がここで学園に通えたのよ!おかしいじゃない!」

「何もおかしくはないよ。領主の仕事は実家の伯爵家を継いだアンジー姉さんが僕に任せてくれたんだ。昔から人付き合いが苦手で早くから僕は領地に引きこもっていたから収穫も実情を知っているし都合が良かった。学園に通えたのはサシャリィの母であるレジーナ姉さんが嫁いだアガントス伯爵家が支援をしてくれたからだよ」


エマの手が掴んでいたジェームズの服から離れた。
ジェームズも掴んでいた手の力を緩めた。


「エマ、おそらくは勘違いだったんだろうとアガントス伯爵も家名を詐称した事は大目に見てくれるそうだ。だが、した事は償わねばならない。判るね?」


エマはカッと目を見開いてジェームズを突き飛ばそうと胸を押した。
だが、体躯の良いジェームズは母のように揺らぐ事はなかった。

成績が然程悪くはなかったエマも家名詐称がどんな処罰となるのかは知っている。
しかし、ジェームズと母から言われた「事実」はエマには受け入れられなかった。


「貴族になれないなんて絶対にあり得ない!私を騙そうとしてるのねっ」
「騙すなんて。エマを騙してどうなると言うんだ」
「そうよ?それにエマ。そういう知識を得るために学園に通ったのよ?3年も貴女はいったい何を学んだの?ただ教科書の中身を読むだけ、試験で良い点を取るだけじゃそれは理解した事にはならないのよ?書かれている事について他に何かないか。それを学ぶために学園に――」

「五月蠅い!五月蠅い!黙れぇぇぇーっ!!」


サシャリィの告げ口で2人が田舎に連れ戻しに来たのだと判断をしたエマはその辺にあるものを掴んでは放り投げ、暴れはじめた。椅子を蹴り倒し、向かった寝台からは枕を放り投げ、シーツを引き剥がす。

だが、騒ぎに駆け付けた使用人数人に手にしたシーツで包まれるように動きを封じられると、ミノムシのようになって暴れた。

あまりに暴れるのでこれ以上は危険だと先ずは足、次に太もも、そして手を後ろ手に縛られ、口には猿轡を嚙まされた。

ジェームズの肩に担がれて、呻き声を残してアンジーの屋敷を出るために馬車に放り込まれた。


――どうして私がこんな目に合うの!どうして!――


悔しさで涙が目から零れ落ちるが、無情に馬車が動き出した。
だが、領地に帰るのであればこんなに早くに停車するはずがないような場所で馬車が止まる。

またジェームズの肩に担がれて明らかに屋敷ではないが、集合住宅のような狭い階段を上り始めた事に「まさか娼館に売られるのでは?」と今度は恐ろしさから担がれたまま体が震えだした。

娼館が立ち並ぶ区域を遠目に見た事はあるが、きっと売られる娘は先ずこんな所に押し込められると先走ったエマは気を飛ばす寸前だった。

何度か折り返しながら上がった階段から廊下を歩きだし、1つの部屋の前でジェームズが立ち止まった。ノックをする音はエマにとってはまるで死神が鎌を振り下ろすための弔いの鐘の音に聞こえる。

しかし‥‥

ガチャリとドアが開く音がして「誰だ?」と聞こえた声に聞き覚えがあった。


「元ルーベス侯爵家のレオン君だね」


ジェームズが抑揚をつけない平坦な声で愛しい男性ひとの名を呼んだ。
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