婚約破棄になったのは貴方が最愛を選んだからです。

cyaru

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VOL.30  レオンの一石三鳥

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パレードの人波を押し分けて辻馬車に転がり込んだレオンは胸ポケットに入れた指輪の入った箱にそっと手を当てた。

顔が脂下がっていたのか、隣に座っていた中年男性が話しかけてきた。


「兄さん。あんたも陛下の即位に合わせてイイ人に求婚できたのかい?」
「今からなんだ。16年間もお互いを判り合っていたんだけど…やっとなんだ」
「へぇ16年も!そりゃ長いな。相手も兄さんからの言葉は待ってるだろうな」
「そうなんだ。彼女の事を思えば辛い日々も乗り越えられたんだ」
「先に言っておくよ。おめでとう」


レオンは鼻の頭を指先でポリポリと掻いた。
辛かった船着き場での日々。サシャリィの事を考えれば乗り越えられた。

金がなく、行き場もなかったレオンは船着き場を後にし、ルーベス侯爵家にも第5騎士団にも行かなかった。どうせ行ったところで中には入れて貰えないだろうし、レオンという人間の価値が判らない者と関わり合いになっても仕方がないと諦めを付けた。

――僕の事を判ってくれるのはサシャリィだけだ――


だが、週に1度。王都の郊外で見るサシャリィの隣にいる男が許せない。
自分の許可もなくサシャリィの笑顔を間近で見るとは。


侯爵家の子息だった頃にその付近の事は聞き及んでいた。
スラムとまでは行かなくても、貧しい者達が集まり身を寄せ合って生きている場。

そんな場にサシャリィが相応しいとはとても思えなかった。
そして閃いたのだ。



レオンがサシャリィに告げたのは「婚約の解消」であり婚約破棄ではない。
きっとレオンと婚約破棄になった事で、伯爵家がサシャリィに与えた罰なのだと。だから意に添わずサシャリィはあんな男にまで笑って対応をせねばならなかったのだと。

――エマなんて女に惑わされた僕が悪かったんだ。ごめんよサシャリィ――


都合の良い部分だけを切り取り、張り合わせレオンは今に至る経緯を走馬灯のように思い出した。


――もう間違う事はない。僕の最愛はサシャリィ。君だ――


何度も通った道に差し掛かるとレオンは辻馬車を下りた。
指輪を買った金の余りで札は数枚あり、「釣りはいらない」と御者に手渡した。

――あの角を曲がって、まっすぐ行けばアガントス伯爵家だ――


今、レオンは気持ちが昂って仕方がない。


レオンは侯爵家に籍があった頃から街角に立つ娼婦が大嫌いだった。取り締まっても取り締まってもどこからか湧き出て来る蛆虫のような存在。だからこそメリアに狙いをつけた。

娼婦から金を奪い返す。
娼婦の稼いだ金は元々は「男」が汗水流し、理不尽な事も乗り越えて稼いだ金。
それを同じ「男」である自分が取り返し、サシャリィという最愛の女性に贈る品にして汚れた金を浄化するのだと。

王宮の看板「街の美化運動にご協力ください」を地で行ったも同然。
娼婦たちもこれに懲りて、金で「快楽」を売ろうなんてしなくなるだろう。

「快楽」は金で買うものではない。お互いの同意だけがあればいい。
レオンは込み上げる自信から来る笑いが止まらなかった。


――よく考えれば一石二鳥いや、一石三鳥じゃないのか?!――


娼婦は懲りて街が美化される。
レオンは金を手に入れ指輪が買えた。
サシャリィと復縁出来る。

そう、新国王はもう即位したのだ。
平民となったレオン。サシャリィは貴族籍を持ったまま結婚が出来る。

――もしかすると僕は宰相の素質があるんじゃないのか?――

街を美化するだけではなく、繋がっていく幸福。
レオンの行なった「娼婦の美化排除」はプラスの副産物を生んだ。

もしかするとこの結果を以てレオンは貴族に戻れるんじゃないかと考えた。

――この功績で僕は貴族に戻れてもおかしくない?――


レオンの描いたシナリオがレオンの脳内で予想を超えて羽ばたいた気がした。


こんな高価な指輪をあのどん底から買える男になったのだと判って貰えればアガントス伯爵の怒りもとけるだろう。レオンはとめどなく沸き上がる自信に頬を染め歩みを進めた。


だが、アガントス伯爵家に行くと「伯爵は留守だ」と追い返された。


――即位のパレードがあるのに?――

警備をする兵は多かったが、腐っても騎士をしていたレオンはアガントス伯爵の息のかかった第3騎士団の面々とはすれ違う事も無かった事を思い出した。

――何処に行ったんだ?――

そしてレオンは今日が週に1度サシャリィが警護団を訪れていた曜日だと思い当たった。


「ハッ!!まさか!こんな日にまで?!」


当たらないでくれとレオンは嫌な汗を背中に掻きながら大通りに出ると急いで辻馬車を探した。向かう先は王宮を挟み来た方向の逆側だ。

やってきた辻馬車に行き先を聞き、飛び乗った。



☆~☆

「お客さん、お金、お金。ちゃんと払ってくださいよ」
「すまない、急いでいたんだ」


レオンは無造作にポケットに手を突っ込んで指先に触れた札を掴むと御者に手渡した。


「お客さん!おつり!」
「要らないよ。僕の幸せを祈っててくれ!」


御者はレオンが警護団の隊舎の方に走っていくのを見て「人不足だから急がなくても入れて貰えるのに」と呟き、馬に鞭を入れて辻馬車を走らせ始めた。


レオンはいつも覗いていた時よりも人間の数が多い事に嫌な感じがして背中がゾワゾワした。

だが、見知った馬車が停車している。アガントス伯爵家の馬車だと直ぐに解った。

――どこだ?どこにいるんだ?いたっ!!――


最愛のサシャリィが子供たちに何か話している場を見てレオンは一目散に走りだした。
足が一歩前に進むごとにサシャリィが近寄って来る。


「わっ!なんだ?なんだ?」


サシャリィとの間に障害となって立ちはだかっている住民を押しのけ、レオンはサシャリィの目の前に立った。


「サシャリィ。やっと・・・迎えに来る事が出来たよ」


両手を広げたレオンだったが、サシャリィは後ろに足を引き、腕の中に飛び込んでこなかった。

――おかしい――

「サシャリィ。どうしたんだ?さぁおいで」
「何を仰ってますの?」
「何をって。僕の事を待っていただろう?もう辛いことは何もない。さぁおいで」
「お断りします。顔を見るのも声を聞くのもこりごりです」
「何を言ってるんだい?照れてるのか?」
「近寄らないで!!」


レオンは拒むサシャリィを腕の中に抱きしめた。
久しぶりのサシャリィの香りに脳天から花が咲くのではないかと思うほどにクラクラして、サシャリィの頬に唇を当てようとしたが、レオンの唇に触れたのはサシャリィの手のひらだった。

その手のひらにペロリと舌を這わせるとサシャリィが叫んだ。

「やめて!!」


レオンの太ももや背中を子供たちが小さな拳を握りしきりに叩く。

「お姉さんを離せ!離せよ!!離せったら!!」


レオンが駆け寄って来てサシャリィを抱きしめるまではあっという間の出来事。それまで教室となる部屋の中に入ったアガントス伯爵家の3人とグレゴリーが出てくるのを今か今かと待ち構えて、意識もそちらに向いていたため突然の事に周りの大人たちも身動きが出来ない。


「何してるんだ!!サリーを離せ!!」

室内から出て来たグレゴリーはサシャリィを抱きしめるレオンに飛び掛かった。

目をギュッと閉じて懸命に体を捩じったサシャリィ。
グレゴリーは腕を振り上げた。

が、レオンもかつては騎士。第1騎士団への入団試験を受ける資格を持った経歴がある。それは伊達ではなく実力でもあった。しかしとても騎士とは呼べない動作がグレゴリーを更に激昂させた。
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