婚約破棄になったのは貴方が最愛を選んだからです。

cyaru

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VOL.31  一撃で陥没するレオン

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手を振り上げ猛進してくるグレゴリーを見てレオンは事あろうか咄嗟にサシャリィを盾にした。サシャリィの背に回り、腕をサシャリィの首に回す。体を捩じり唇を避けようとしていたサシャリィだったが今度は首を締めあげられて細い指がレオンの腕を引っ掻く。だが腕の力は益々強まり首を引っ張られて足が浮き、首だけで持ち上げられている状態に陥った。


「サシャリィ…あぁ…僕の腕の中で震えて可愛い」
「はな…し…て…」
「このまま僕の腕に抱かれて天に召されるのも一興かも知れないね」


ギリギリと締め上がる腕に苦悶の表情を浮かべるサシャリィだったが、グレゴリーもあと一歩まで来て手が出せない。下手をするとレオンはサシャリィの首を折りかねない。それだけの力で締め上げているのだ。


レオンを取り囲むように護衛団の兵士が集まり、住民は後ろに下がった。


「彼女を離せ」


グレゴリーの声に反応したレオンはグレゴリーに見せつけるようにサシャリィに頬擦りする仕草をして耳をぱくりと口の中に入れ舌を蠢かせる。


「甘いなぁ・・・想像していた通りの味だ」


ゾワワーッとサシャリィは全身に毛虫が這いまわるような悪寒が走った。

舌なめずりをしたレオンはまた後ろから顔を近づけてサシャリィの頬にチロチロと舌先を這わせる。そこにアガントス伯爵家の3人も駆け付けてきた。

レオンはアガントス伯爵の顔を見ると「お義父さん」と呼んだ。


「貴様に父と呼ばれる筋合いはないッ!このドクズがっ!」
「何とでも言っていいですよ。ねぇ…サシャリィ」


またレオンは顎をサシャリィの肩に預けるようにして顔を近づけてきた。
サシャリィはそれまで首に回された腕を外そうと藻掻いていたが、その手を離しレオンの顔にガッと掴みかかった。


「アギャァーッ!」


渾身の力を指に込めて思い切り眉の上から顔の中心部に向けてサシャリィの爪が食い込み、引っ掻いた。

レオンは堪らずサシャリィの背を突き飛ばし、その場に蹲った。

サシャリィの体は弓のようになって前に倒れる。
グレゴリーはサシャリィを抱きとめた。


「大丈夫かっサリー!」
「うん‥‥大・・・じょぶ…」


ホッとしたのも束の間。引っ掻かれた痕が血の涙のようになったレオンの見た目は悪魔だった。護身用にと持っていたナイフを取り出し、振り回し始めた。

捕縛しようとした警護団の1人がそのナイフの軌道にあった腕に触れ、隊服と皮膚が切れた。憎らしい事にその動きも騎士団に居た頃に覚えたもので、数人に囲まれた時に対応する術を体に叩きこんだもの。


「面倒くせぇったらねぇなっ!このクソガキ!!」
「うるせぇ!!サシャリィーッ!コッチに来い!」


警護団の兵士に囲まれ、ナイフで威嚇しながらもレオンはサシャリィを呼ぶ。
グレゴリーに抱きかかえられ、上体を起こすとレオンを睨みつけたサシャリィは叫んだ。


「絶対に嫌!」
「何時までも拗ねた事を言うな!」
「貴方なんかお断りよ!」
「サシャリィ。怒るなよ。でも僕は気が付いた。婚約が解消にならず破棄になったのはエマが悪いんだ。悪いのは騙したエマであって騙された僕じゃないんだよ」


サシャリィはレオンの言葉は判るのだが、理解が出来なかった。
それはあの日と同じだ。結局レオンは何も判っていない。そこは明確に理解出来た。


「何を言ってるの。エマはきっかけに過ぎないのよ。判らないの?婚約が解消ではなく破棄となったのはレオン、貴方自身がエマを最愛だと望んだからよ?ただ望むだけじゃない。時期も最悪だった。考え無しの貴方のした事は何から何まで悪手。今更関係も何も戻るはずが無いでしょう?」

「サシャリィ。気が付いたんだよ。僕の最愛はサシャリィ。君なんだ。サシャリィだって僕の事を愛してるじゃないか?陛下だってなかった事にしてくれるさ。だって僕はね…ふふっ宰相の器に等しいんだよ。そんな人材を国が放っておくはずが無いと思わないか?」

「コロコロ最愛を変えて迷惑よ!貴方なんかが宰相になったら国が大回転するわ!大嫌い」

「サシャリィ、こんな短期間で僕を嫌いになる筈がないだろう?」

「誰かを一瞬で好きになる事があるのに、その逆がないなんてどうして思えるの?貴方の事はもう何とも思ってないわ。贈られたものを全て処分する時も未練なんて微塵もなかった!清々しかったくらいよ!貴方は最愛を選んだ!だからわたくしも、わたくしの最愛を選んだ!もう違う道を歩いてるの。交わる事のない道よ!」


サシャリィはそう叫び、覆いかぶさるようにサシャリィを守るグレゴリーの腕に手を回した。その様子にレオンはワナワナと体を震わせた。


「そんな男を?!あり得ない‥‥本気でそんな事を言っているのか?僕の事をもう何とも思わないなんてそんな筈があるわけがないだろうがぁぁ!」


レオンはナイフを手にサシャリィの元に飛び掛かってきた。サシャリィは咄嗟に身を小さくし目を閉じた。ゴジュっと嫌な音とほぼ同時に警護団の兵士がレオンの上に何人も飛び掛かった。

だが場所が変だった。

恐ろしい形相のレオンは目の前にいたのに今、警護団の面々に圧し掛かられて捕縛されているレオンは元居た場所に跳ね返っている。


「大丈夫だ。もう大丈夫だから」
「グッ…グレゴリー様っ!?」


眉間に皺を寄せていても、努めてサシャリィに微笑みかけるグレゴリー。
しかし一瞬表情が歪んだ。

突き出したナイフを空いた手に敢えて刺させグレゴリーはレオンの鼻に利き手で思い切り拳を叩きこんだ。サシャリィに見えないよう隠した腕にナイフは刺さったままだ。


サシャリィに引っ掛かれた時以上にレオンは悶絶し、のたうち回っていた。

「ハガーッ!!ンギョァーッ」
「おーい。縄持ってこい。縛り上げて引き渡すぞ」

痛みから暴れるレオンだったが、起こされた顔に「凹凸」の「凸」がなかった。なかっただけではない。顔の中心部がめり込んで頬の方が飛び出している「凹」状態。

凹んだ部分が血溜まりの受け皿となって仰向けになると鼻血で溺死しそうである。


「見るな!あんな汚物。サリーの目には毒以外の何物でもない」

「違います!!あんなのはどうでもいいんです!貴方が怪我なんかしちゃダメじゃないの!もう!もうっ!なんでわたくしを庇ったりしたの!」


グレゴリーの隠した方の手にそっと手を伸ばすサシャリィだが、グレゴリーは「手が汚れる」と首を横に振った。


「こんなのは傷のうちに入らない。川で洗い流せば見えなくなる傷だ」
「そんなわけないでしょう!化膿したらどうするの!」

「それが俺の治療法だ。サリーに何もない事が一番だからこれでいいんだ」
「良い訳ないでしょう!?なんて事をいうの!」

「当たり前じゃないか!サリーが怪我をしたら俺は暴れる!狂う自信しかねぇッ!」


見かねた副班長(シェリーを同乗させた者)が声を掛けた。

「はいはい、お2人さん。惚気はそれまで。班長、ナイフ抜くんで処置室レッツラゴーで」

副班長の言葉にサシャリィは頭に疑問符が飛んだ。

「レツラ??レッツ?えっ?なんですの?新薬?」
「サリー。聞かないでやってくれ。副班長、もうすぐ50代なんだ」

平均年齢45歳の警護団では理解できるもの多数、アガントス伯爵家の面々に理解出来るはずが無かった。


グレゴリーはサシャリィの頬を覆うように手のひらを近づけた。

が…

「ダメです」
「なんで?」
「舐められたから、とてつもなくくさいんです」
「一緒に川で洗うか?」


サシャリィはジト目になった。
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