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VOL.32 サシャリィのお気に入り☆最終話
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スルスル、クルクルとサシャリィの手がグレゴリーの患部に包帯を巻いていく…のだが。
「あら?どうしてここが弛んでるのかしら?撓んでますわね」
「巻きなおすか?」
「そうですわね…どこから弛んだのかしら?」
「気持ちなら出会った時から…弛みまくりだけどな」
「え?」
顔を上げたサシャリィにグレゴリーは唇が触れるだけのキスをした。驚きで手にしていた包帯がころころと転がっていく。結構な距離を転がった包帯をグレゴリーは指差して言った。
「このくらいの長さのトレーンならなんとかなるぞ」
「グ、グレゴリー様?あの…」
「結婚しよう。平民だから苦労はさせるけど苦労と思わせないようにする。一緒に幸せになりたいんだ」
サシャリィは俯いた。
返事はない。
「毎日サリーの隣で目が覚めたら最高だと思うんだ。毎日サリーと飯を食いたいって思うんだ。毎日サリーの笑顔を…隣で独り占めしたいんだ。何より…俺はサリーを愛しているんだ」
ぽたりとサシャリィの涙が手の甲に落ちた。
グレゴリーはその手を握った。
「でも…わたくしは…傷物で…その事でグレゴ――」
「気にすんな。俺には傷1つない綺麗なサリーだ。サリーが気にすると言うのなら俺がその傷を隠してやるよ。傷跡が見えなくなる、気にならなくなるまでずっと隠してやる」
「グレゴリー様っ!!」
サシャリィはグレゴリーに抱き着いた。グレゴリーはしっかり受け止めた。
「返事を聞かせてくれないか」
「はい…はいっ!グレゴリー様の元に嫁ぎますっ」
「幸せになろうな」
「はいっ」
「泣くな。涙が出るほど目は痛くないだろ?」
「大丈夫です。グレゴリー様の香りは好きですから。痛くても好きですよ?」
「うぇっ?臭ってるのか?洗ったはずなのに」
そっと医務室を覗くアガントス伯爵。耳元でレジーナが囁いた。
「トレーンの長さ。覚えておいてくださいませね」
「承知した」
しかし、グレゴリーとサシャリィは結婚式はしなかった。
教会で2人だけの誓いを済ませ、グレゴリーの生家である古い小さな家屋で生活を始めた。
「身の丈に合った生活から始めようと思うんです」
そう2人に告げられたのに、後日アガントス伯爵は「雨漏りの修理」と言って数倍の広さに増築しサシャリィに1週間、口をきいて貰えなかったのは言うまでもない。
☆~☆
新国王のパレードの日。サシャリィは子供たちと横断幕を手に沿道に並んだ。
通常は止まらない馬車が横断幕の前で停車した。前例がない事に誰もが声を止め、静寂が場を支配した。
新国王両陛下は馬車から下りてくると静寂がざわめきに変わった。
ゆっくりと横断幕を持つ子供たちに歩み寄った国王と王妃。
更に民衆は驚愕の声を飲み込む事になった。
国王と王妃が舗装もされていない地に、片膝を付いてしゃがみ込んだのだ。
「即位、おめでとうございます‥‥ありがとう。最終日のこの日、この文字が私にとって一番嬉しい言葉となった」
「あなた達が住みよいと思える国になるよう力を尽くす事をお約束しますわ」
思いがけない両陛下の直接の言葉。子供たちも目を丸くして驚いた。
新しく国王となったパフォーマンスだと笑う者もいるかも知れないが、貴族でさえ平民の前に頭を垂れた事はない。国王が平民の中でも最下層と言われたこの場で行なった行為は瞬く間に知れ渡った。
国王夫妻にとってそれはパフォーマンスではなく、何れ来る日。この国を統べるのは民衆なのだと知らしめる布石だった。
馬車に乗り込む国王夫妻。サシャリィの隣に並んいたグレゴリーはそっとサシャリィの手を握った。
☆~☆
それから半年後。グレゴリーは新調した礼服を身に纏い王宮に向かった。
何事かと言えば、騎士団の再編成。
不遇な扱いを受けてきた警護団だったが王都周辺を守る1区域の班長として招かれた。
騎士団は昇格には爵位など撤廃できずに残るが、基本が実力主義になる。昇進試験には適性が強く問われる世界となる。警護団が呼ばれたのはその際に不利益を生じないようにと今までの功績を評価すると同時に兵士としての学問を学べる場を設ける支度金を付与する目的もあった。
そこで一人の男性に声を掛けられた。
「グレゴリー殿。グレゴリー殿ですよね?」
「はい。申し訳ございません。まだ爵位のある方のお名前などは覚えておりませんで‥」
「そんな事!これを機会に覚えて頂ければ。申し遅れました。私はハリス・ルーベスと申します」
「ルーベス‥‥ルーベス侯爵家の?!これは失礼を!!」
「いいんです。16歳の私が爵位を継ぐなど今まであり得ませんでしたから」
ルーベス侯爵家は領地からの収入が完全に断たれ窮地に陥った。ただ右往左往する父親。ハリスに胡麻をする母親。そんな中、ハリスが取った行動はアガントス伯爵家のグラディスを通じ、アガントス伯爵に支援を要請。同時に母親の実家である侯爵家に出向き、伯父に母親を出戻らせる措置を願い出た。
父は全てを自分一人で賄わねば生きていけない遠い田舎にある小さな小屋に事実上の放逐。離縁となった母は伯父の元に出戻らせ使用人に仕える者としてくれと住まいと食事だけは与えられる生活にさせた。
担保として全ての領地を差し出し、敢えて敷居の高い家に頭を下げ、完全にイチから立て直す作戦に出た。16歳の少年。学園でも1学年。それでもハリスは全てを差し出す事に舵を取った。
「1人で出来るから」と身の回りに使用人は1人もいない。
元々ハリスに割り振られる予算も母親はレオンに使っていたため、ハリスは幼少期から不遇な扱いを受けてきた。食事だって使用人に恵んでもらう事もあったほど。
「今更貧乏なんて。パンが1日1個食べられるだけでも僕には贅沢です」と笑うハリス。騎士を目指そうにも栄養失調で体力がなく、今も同年代の少年より遥かに細い体躯。
グレゴリーは貴族でも跡取り以外への待遇にグラディスの言葉を思いだした。
――書かれている事の裏側を知ってこそ学び――
見えているモノだけが「真実」ではなく、そこに見えない「事実」を知る事が大事だと痛感したのだった。
「誰もに認めて貰えるようになればシャル姉さんに対し謝罪の機会を与えて頂きたいんです。僕には何も出来なかった。シャル姉さんには本当に申し訳ない事をしました。シャル姉さんはいつも僕を気に掛けてくれてました。ただ母や兄の手前、おおっぴらには出来なくて」
「いえ、妻はそんな事を望んではいません。そうだ。子供が秋には生まれます。まだ悪阻が始まったばかりで横になってる事が多いんですけどね」
「そうですか。シャル姉さんもお母さんになるんですね。おめでとうございますと伝えて下さい」
笑顔のハリスと別れたグレゴリーだが、ふと副班長の言葉を思い出した。兄のレオンが更に犯した失態。文官に対しての窃盗に娼婦への強盗、そしてサシャリィへの殺人未遂。グレゴリーに対しては捕縛中の出来事だったとしても余りある罪状。縛り首になるレオンをハリスは「責任をもって最期まで下男として雇う」と恩赦もあり引き取った。
副班長はその日見たハリスに暫くトラウマを抱えたくらいだ。
「兄上、帰りましょう」と俯いて涙声を出したハリスの口角は歪んでいたと言う。
幾度となく野盗と対峙し、死の瞬間の顔も見てきた副班長だったが、その声を聞いたレオンの恐怖に怯えた表情と対極のハリスの淫靡に歪んだ口角、短い言葉の中に全てが集約された声が目と耳にこびり付いて眠れなくなったのだ。
『班長、あの子…多分イってますよ』
『イってる?』
『時々いるんです。真正のぶっとんだ奴が。あれはそうです。表情を変えずに…いや笑いながら余興のように殺る事が出来るタイプ。諜報部とか時々飛びぬけたのが出てくるんですけど、その類ですよ。表の顔からは絶対に裏は覗かせない完成系のサイコパス、いやソシオパスかも知れんです』
気安く話しかけてくるハリスから副班長の感じた「恐怖」や「畏怖」の類は感じない。しかしグレゴリーは引き取られた後のレオンについては何の報告も受けていない事に気が付いた。捕縛した団には定期的に報告があるのに即位後でそれどころじゃないのかなと気持ちをやり過ごした。
レオンがハリスに引き取られた後で両親はそれぞれの「居場所」に向かった。レオンの「居場所」が何処なのか。今もあるのか。グレゴリーはそんな思いを胸に抱きつつも去って行くハリスの後ろ姿に背を向けた。
グレゴリーと別れたハリス。
王宮の中にある庭園、池の前で足を止めた。
ポケットから出したのは小さな青い石がついた指輪。
「ガラス玉を盗んだ金で買うなんて。兄上らしい。罪の数だけ反省しなきゃね」
指輪の輪っかを石を下に指で挟み光に透かしていると蝶が蜘蛛の巣にかかった。
ハリスは藻掻く蝶にゆっくり忍び寄る蜘蛛を見て恍惚とした表情を浮かべた。
蜘蛛が蝶に手をかける寸前でハリスは蜘蛛の巣を手で壊し、そのまま池に沈め蝶と蜘蛛に指を置く。動かなくなるまでその光景に見入るハリス。
「息絶える寸前の美しさ・・兄上。今日は何をして反省してもらおうかな…くくっ…くくくっ」
立ち上がったハリスはポチャンと指輪を池に投げ入れ、波紋が消えるまで喉を鳴らし笑った。
☆~☆
「ただいま~」
「お帰りなさい。お城は疲れるでしょう?」
「はぁー。疲れたよ。ふぅぅん・・・サリーの香りは癒されるなぁ」
そう言いながら、まだ膨らみも無いサシャリィの腹に頬をつけて息を吸い込むグレゴリー。
「なぁ…子供が生まれたら手頃な広さの家に引っ越しするか?」
アガントス伯爵の「絶大なる父の愛」で増築された家は広すぎる。使用人も居らず、掃除が大変だという難点もある。
「いいわよ、ここで。部屋は教室にも使えるし何れは働く女性が子供を預ける事が出来る場所にもしようと思ってるの」
「サリーがいいならそれでいいか」
2つのカップにお茶を淹れたサシャリィはテーブルにカップを置いた。
「どんなに広くても、わたくしの居場所はここですもの」
ストンとサシャリィはグレゴリーの膝の上に腰を下ろした。
「座り心地がいいのか?」
「もちろん♡毎日増えていく重さを実感くださいませね?数日でシェリーの重さは超えましてよ?」
朝、剃ったのに少し伸びた髭を指先でサワサワ撫でるサシャリィ。
意外とお気に入りなのだ。
グレゴリーはそんなサシャリィにそっと唇を重ねた。
☆~☆
「フェェーックショォン!!」
「あら?シェリー。風邪?」
「奥様。これはきっと何処かで誰かが私の話をしてるんです。でも2回出ないので悪い話…フェッフェッ…フェェックショォォン!!」
「あら?2回目ね?」
「風邪だと思います。(キリッ)昨夜お腹出して寝てたので」
「あら?そう?シェリーも大きな子供ね」
Fin
★~★
長い話にお付き合い頂きありがとうございました。<(_ _)>
結構早めにハリスの名は出て来るのにセリフも描写も敢えて無いんです。それだけ不遇を味わっていたハリスなので闇を出すために、アガントス家とグレゴリーのホンワカでサンドウィッチにしてみました。ハリスの話だけになると危険なので…。まぁ、ご愛敬って事で(/ω\)
読んで頂き、ありがとうございました。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ
「あら?どうしてここが弛んでるのかしら?撓んでますわね」
「巻きなおすか?」
「そうですわね…どこから弛んだのかしら?」
「気持ちなら出会った時から…弛みまくりだけどな」
「え?」
顔を上げたサシャリィにグレゴリーは唇が触れるだけのキスをした。驚きで手にしていた包帯がころころと転がっていく。結構な距離を転がった包帯をグレゴリーは指差して言った。
「このくらいの長さのトレーンならなんとかなるぞ」
「グ、グレゴリー様?あの…」
「結婚しよう。平民だから苦労はさせるけど苦労と思わせないようにする。一緒に幸せになりたいんだ」
サシャリィは俯いた。
返事はない。
「毎日サリーの隣で目が覚めたら最高だと思うんだ。毎日サリーと飯を食いたいって思うんだ。毎日サリーの笑顔を…隣で独り占めしたいんだ。何より…俺はサリーを愛しているんだ」
ぽたりとサシャリィの涙が手の甲に落ちた。
グレゴリーはその手を握った。
「でも…わたくしは…傷物で…その事でグレゴ――」
「気にすんな。俺には傷1つない綺麗なサリーだ。サリーが気にすると言うのなら俺がその傷を隠してやるよ。傷跡が見えなくなる、気にならなくなるまでずっと隠してやる」
「グレゴリー様っ!!」
サシャリィはグレゴリーに抱き着いた。グレゴリーはしっかり受け止めた。
「返事を聞かせてくれないか」
「はい…はいっ!グレゴリー様の元に嫁ぎますっ」
「幸せになろうな」
「はいっ」
「泣くな。涙が出るほど目は痛くないだろ?」
「大丈夫です。グレゴリー様の香りは好きですから。痛くても好きですよ?」
「うぇっ?臭ってるのか?洗ったはずなのに」
そっと医務室を覗くアガントス伯爵。耳元でレジーナが囁いた。
「トレーンの長さ。覚えておいてくださいませね」
「承知した」
しかし、グレゴリーとサシャリィは結婚式はしなかった。
教会で2人だけの誓いを済ませ、グレゴリーの生家である古い小さな家屋で生活を始めた。
「身の丈に合った生活から始めようと思うんです」
そう2人に告げられたのに、後日アガントス伯爵は「雨漏りの修理」と言って数倍の広さに増築しサシャリィに1週間、口をきいて貰えなかったのは言うまでもない。
☆~☆
新国王のパレードの日。サシャリィは子供たちと横断幕を手に沿道に並んだ。
通常は止まらない馬車が横断幕の前で停車した。前例がない事に誰もが声を止め、静寂が場を支配した。
新国王両陛下は馬車から下りてくると静寂がざわめきに変わった。
ゆっくりと横断幕を持つ子供たちに歩み寄った国王と王妃。
更に民衆は驚愕の声を飲み込む事になった。
国王と王妃が舗装もされていない地に、片膝を付いてしゃがみ込んだのだ。
「即位、おめでとうございます‥‥ありがとう。最終日のこの日、この文字が私にとって一番嬉しい言葉となった」
「あなた達が住みよいと思える国になるよう力を尽くす事をお約束しますわ」
思いがけない両陛下の直接の言葉。子供たちも目を丸くして驚いた。
新しく国王となったパフォーマンスだと笑う者もいるかも知れないが、貴族でさえ平民の前に頭を垂れた事はない。国王が平民の中でも最下層と言われたこの場で行なった行為は瞬く間に知れ渡った。
国王夫妻にとってそれはパフォーマンスではなく、何れ来る日。この国を統べるのは民衆なのだと知らしめる布石だった。
馬車に乗り込む国王夫妻。サシャリィの隣に並んいたグレゴリーはそっとサシャリィの手を握った。
☆~☆
それから半年後。グレゴリーは新調した礼服を身に纏い王宮に向かった。
何事かと言えば、騎士団の再編成。
不遇な扱いを受けてきた警護団だったが王都周辺を守る1区域の班長として招かれた。
騎士団は昇格には爵位など撤廃できずに残るが、基本が実力主義になる。昇進試験には適性が強く問われる世界となる。警護団が呼ばれたのはその際に不利益を生じないようにと今までの功績を評価すると同時に兵士としての学問を学べる場を設ける支度金を付与する目的もあった。
そこで一人の男性に声を掛けられた。
「グレゴリー殿。グレゴリー殿ですよね?」
「はい。申し訳ございません。まだ爵位のある方のお名前などは覚えておりませんで‥」
「そんな事!これを機会に覚えて頂ければ。申し遅れました。私はハリス・ルーベスと申します」
「ルーベス‥‥ルーベス侯爵家の?!これは失礼を!!」
「いいんです。16歳の私が爵位を継ぐなど今まであり得ませんでしたから」
ルーベス侯爵家は領地からの収入が完全に断たれ窮地に陥った。ただ右往左往する父親。ハリスに胡麻をする母親。そんな中、ハリスが取った行動はアガントス伯爵家のグラディスを通じ、アガントス伯爵に支援を要請。同時に母親の実家である侯爵家に出向き、伯父に母親を出戻らせる措置を願い出た。
父は全てを自分一人で賄わねば生きていけない遠い田舎にある小さな小屋に事実上の放逐。離縁となった母は伯父の元に出戻らせ使用人に仕える者としてくれと住まいと食事だけは与えられる生活にさせた。
担保として全ての領地を差し出し、敢えて敷居の高い家に頭を下げ、完全にイチから立て直す作戦に出た。16歳の少年。学園でも1学年。それでもハリスは全てを差し出す事に舵を取った。
「1人で出来るから」と身の回りに使用人は1人もいない。
元々ハリスに割り振られる予算も母親はレオンに使っていたため、ハリスは幼少期から不遇な扱いを受けてきた。食事だって使用人に恵んでもらう事もあったほど。
「今更貧乏なんて。パンが1日1個食べられるだけでも僕には贅沢です」と笑うハリス。騎士を目指そうにも栄養失調で体力がなく、今も同年代の少年より遥かに細い体躯。
グレゴリーは貴族でも跡取り以外への待遇にグラディスの言葉を思いだした。
――書かれている事の裏側を知ってこそ学び――
見えているモノだけが「真実」ではなく、そこに見えない「事実」を知る事が大事だと痛感したのだった。
「誰もに認めて貰えるようになればシャル姉さんに対し謝罪の機会を与えて頂きたいんです。僕には何も出来なかった。シャル姉さんには本当に申し訳ない事をしました。シャル姉さんはいつも僕を気に掛けてくれてました。ただ母や兄の手前、おおっぴらには出来なくて」
「いえ、妻はそんな事を望んではいません。そうだ。子供が秋には生まれます。まだ悪阻が始まったばかりで横になってる事が多いんですけどね」
「そうですか。シャル姉さんもお母さんになるんですね。おめでとうございますと伝えて下さい」
笑顔のハリスと別れたグレゴリーだが、ふと副班長の言葉を思い出した。兄のレオンが更に犯した失態。文官に対しての窃盗に娼婦への強盗、そしてサシャリィへの殺人未遂。グレゴリーに対しては捕縛中の出来事だったとしても余りある罪状。縛り首になるレオンをハリスは「責任をもって最期まで下男として雇う」と恩赦もあり引き取った。
副班長はその日見たハリスに暫くトラウマを抱えたくらいだ。
「兄上、帰りましょう」と俯いて涙声を出したハリスの口角は歪んでいたと言う。
幾度となく野盗と対峙し、死の瞬間の顔も見てきた副班長だったが、その声を聞いたレオンの恐怖に怯えた表情と対極のハリスの淫靡に歪んだ口角、短い言葉の中に全てが集約された声が目と耳にこびり付いて眠れなくなったのだ。
『班長、あの子…多分イってますよ』
『イってる?』
『時々いるんです。真正のぶっとんだ奴が。あれはそうです。表情を変えずに…いや笑いながら余興のように殺る事が出来るタイプ。諜報部とか時々飛びぬけたのが出てくるんですけど、その類ですよ。表の顔からは絶対に裏は覗かせない完成系のサイコパス、いやソシオパスかも知れんです』
気安く話しかけてくるハリスから副班長の感じた「恐怖」や「畏怖」の類は感じない。しかしグレゴリーは引き取られた後のレオンについては何の報告も受けていない事に気が付いた。捕縛した団には定期的に報告があるのに即位後でそれどころじゃないのかなと気持ちをやり過ごした。
レオンがハリスに引き取られた後で両親はそれぞれの「居場所」に向かった。レオンの「居場所」が何処なのか。今もあるのか。グレゴリーはそんな思いを胸に抱きつつも去って行くハリスの後ろ姿に背を向けた。
グレゴリーと別れたハリス。
王宮の中にある庭園、池の前で足を止めた。
ポケットから出したのは小さな青い石がついた指輪。
「ガラス玉を盗んだ金で買うなんて。兄上らしい。罪の数だけ反省しなきゃね」
指輪の輪っかを石を下に指で挟み光に透かしていると蝶が蜘蛛の巣にかかった。
ハリスは藻掻く蝶にゆっくり忍び寄る蜘蛛を見て恍惚とした表情を浮かべた。
蜘蛛が蝶に手をかける寸前でハリスは蜘蛛の巣を手で壊し、そのまま池に沈め蝶と蜘蛛に指を置く。動かなくなるまでその光景に見入るハリス。
「息絶える寸前の美しさ・・兄上。今日は何をして反省してもらおうかな…くくっ…くくくっ」
立ち上がったハリスはポチャンと指輪を池に投げ入れ、波紋が消えるまで喉を鳴らし笑った。
☆~☆
「ただいま~」
「お帰りなさい。お城は疲れるでしょう?」
「はぁー。疲れたよ。ふぅぅん・・・サリーの香りは癒されるなぁ」
そう言いながら、まだ膨らみも無いサシャリィの腹に頬をつけて息を吸い込むグレゴリー。
「なぁ…子供が生まれたら手頃な広さの家に引っ越しするか?」
アガントス伯爵の「絶大なる父の愛」で増築された家は広すぎる。使用人も居らず、掃除が大変だという難点もある。
「いいわよ、ここで。部屋は教室にも使えるし何れは働く女性が子供を預ける事が出来る場所にもしようと思ってるの」
「サリーがいいならそれでいいか」
2つのカップにお茶を淹れたサシャリィはテーブルにカップを置いた。
「どんなに広くても、わたくしの居場所はここですもの」
ストンとサシャリィはグレゴリーの膝の上に腰を下ろした。
「座り心地がいいのか?」
「もちろん♡毎日増えていく重さを実感くださいませね?数日でシェリーの重さは超えましてよ?」
朝、剃ったのに少し伸びた髭を指先でサワサワ撫でるサシャリィ。
意外とお気に入りなのだ。
グレゴリーはそんなサシャリィにそっと唇を重ねた。
☆~☆
「フェェーックショォン!!」
「あら?シェリー。風邪?」
「奥様。これはきっと何処かで誰かが私の話をしてるんです。でも2回出ないので悪い話…フェッフェッ…フェェックショォォン!!」
「あら?2回目ね?」
「風邪だと思います。(キリッ)昨夜お腹出して寝てたので」
「あら?そう?シェリーも大きな子供ね」
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長い話にお付き合い頂きありがとうございました。<(_ _)>
結構早めにハリスの名は出て来るのにセリフも描写も敢えて無いんです。それだけ不遇を味わっていたハリスなので闇を出すために、アガントス家とグレゴリーのホンワカでサンドウィッチにしてみました。ハリスの話だけになると危険なので…。まぁ、ご愛敬って事で(/ω\)
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サシャリィが幸せになれてよかった♪
レオンは自業自得なので大人しくおもちゃな人生を歩んでくださいな。
誤字だと思うのですが、最終話のお話の下の方「2つのカップにお茶を淹れたサシャリィはテープルに」となってますがテーブルの間違いでは?間違っていたらすみません。
コメントありがとうございます。<(_ _)>
誤字報告!ありがとうございます。プ(PU)ではなくブ(BU)ですよねぇ…
なんで間違えたのワシィィーッ!?
教えて頂きありがとうございます(*^-^*) 早速訂正を致しました。
ヒャァァ…(〃ノωノ)ハズカシ
サシャリィは身分とか見た目とか、仕事が嫌われ者?な警護団だとか関係なくて、「その人である事」なんですよねぇ(*^-^*) 名前をバイソン→グリズリー→グレゴリー(正解!)っと間違ってしまいましたが、ご縁は何処かにあるものです(*^▽^*)
グレゴリーは苦労人でもあるけど、グレゴリー自身は気にしてないけど現実を考えるんです。貧乏なのは間違いないし苦労はさせたくないって(*^-^*)
その辺りが何でも揃って持ってたレオンとは違いますかねぇ。
レオンも最後はある意味身をもって弟から罪深さを教えられるでしょうけども、知るのが遅かったなぁ。
ラストまでお付き合いいただきありがとうございました。<(_ _)>
これまでは女をおもちゃにしてきたレオンは、これからは弟のおもちゃにされるというハッピーエンド。
この話で1番の被害者は娼婦のメリアさんだと思います。
コツコツ20年間貯めた、推定1000万ソル。
レオンにほぼ全額使われたと思いますが、返ってくるんでしょうか?泣き寝入りだった場合、彼女だけは救いのないバットエンドになります。
コメントありがとうございます。<(_ _)>
そうですねぇ…その部分を考えるとすれば娼婦と言っても被害者に変わりはないですし、ハリスが「盗んだ金でガラス玉」ってのもありますから、ハリスの性格からその部分を補うとなれば…。
メリアにはハリスが金を返したかな?と思います。
単に同情とか、身内が悪い事をしたんだからっていう気持ちからではなく、清算をしてちょっと色を付けてお金を返し、メリアには補償をしてそちらとはもう縁を切る。
そうしておかないとレオンに「尻拭いしたんだよねぇ」って罪の深さを免罪符にして遊べない??って感じ。
贖罪とか罪悪感とかが欠落している精神の持ち主という設定のハリスなので、「外」に対しては償いをしたと言うパフォーマンスは欠かせないと思うんですよ。
それでメリアもかなり長い間底辺で生きて来て、色んな場を見て来ていると思うので、副班長と同じくハリスには「近寄っちゃいけない」って本能で感じるかな。
嗅ぎ分ける力がないとなかなか・・・底辺、どん底で金を誰にも悟られずに貯めたり商売は出来ないと思うんです(;^ω^)
ラストまでお付き合いいただきありがとうございました。<(_ _)>
16
同乗させたではなく同情したじゃ
コメントありがとうございます。<(_ _)>
おぉ~言葉足らずで御座いました(;^_^A
感情としての同情とも読めてしまいますよね。
馬車が側溝に落ちた時に3人の警護団の男性が1人づつ馬に乗せたので、シェリーを乗せてくれた人という意味でした(;^ω^)
現在は同乗の頭に「馬に」と2カ所訂正を致しました。(*^▽^*)
ちょっと文字が足らないな~っというところが散見しちゃってるんですけども教えて頂きありがとうございました。助かります(*^-^*)