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塔に別れを
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開かれた扉。立っていたのは帝国の正装でもある軍服を着たグラディアスだった。
グラディアスは手を差し出す。
「アナスタシア嬢。迎えに来た。堂々と扉から出るぞ。エスコートしよう」
髪と瞳の色が白い軍服と金の飾緒に映えて薄暗い中でも一際存在感を示す。
アナスタシアの両親はアナスタシアを挟むように立ちあがり、礼の姿勢。
アナスタシアもカーテシーで迎えた。
「なんと、ご両親が来られておったか」
「皇帝陛下におかれまして―――」
「畏まるのは止めて欲しい」
アナスタシアの両親は先ほどおおよそ25年分に抱きしめた娘を見て、今度は思う事しか出来ない別れになるのかと表情を曇らせた。
あと1週間もすれば新しい国王が生れる。
だがアナスタシアも【元】が付く上に廃妃となったとしても王太子妃だった者である。
国王の毒杯、王妃、王太子、側妃の処罰が決定していてアナスタシアがお咎めなしとなるには虫が良い話だと公爵夫妻は言いようのない焦燥感に包まれた。
しかし!そんな思いは杞憂だった。グラディアスは両手を広げて公爵をハグする。
公爵夫人の前で、一礼をすると
「お義父上、お義母上と呼んでもよろしいだろうか」
「はっ?」
てっきりこの場で毒杯若しくは絞首などの刑を言い渡されると思っていただけに拍子抜けする。
カツカツと軍靴が近寄る度に音を立てるが軽快な音である。
「アナスタシア嬢にはこれから個人的には求婚をするが、知っておいて頂きたい。帝国はアナスタシア嬢を皇后として迎える準備が進んでいる。ただ皇后はオマケだ。私はアナスタシアというただ一人の女性に妻になって欲しいと思っているのだから」
「こっ皇后陛下に?」
「ご両親には私が求婚するにあたって許可を頂きたいのだが、構わないだろうか」
両親はお互いの顔を見て、アナスタシアを見る。
首を縦に振ろうとしたアナスタシアをグラディアスは止めた。
「待て!私は皇帝としては非常に急いておるが、男としてはまだ待てる。うん、待てる・・・待てるはずだ。アナスタシア嬢には皇后という立場と同時に、私の妻という私人としての立ち位置に納得が出来れば求婚を受け入れて欲しい。それまでは‥‥一先ずここから出て公爵家でご両親とゆっくり過ごして頂きたいのだ」
「ですが、それでは世継ぎという問題があるのではないですか?」
公爵の言う事は最もである。アナスタシアは17歳で嫁ぎ6年の王太子妃を過ごし、西の塔で約2年。年齢も25歳の誕生日が目前。
グラディアスも27歳という年齢である。
シュバイツ王国も帝国も30代に入った出産はリスクを考えて回避する者が多い。
勿論それでも出産をする者もいるが、10代後半、20代からすると命がけでもある。
未婚の皇帝である以上、アナスタシアの納得が出来るまでは待つと言ってもリミットがある。
公爵は継承問題を疑問視したのだ。
「そのような事は些細な事。我が帝国は必ずしも皇帝の子が次の皇帝とは限らない。私が明日何らかの事情で退位する事になっても代りは幾らでもいる。子を急かすつもりも毛頭ない。子は不要とアナスタシア嬢が申すならそれもいいだろう。実力主義の継承なのだから今までも未婚や子がいなかった皇帝や女帝は幾らでもいる」
それでも不安な両親にグラディアスは豪快に笑いながら言った。
「考え方を逆にして欲しい。皇帝と婚姻をするから皇后になるのではなく、結婚をした男が皇帝だったから皇后ももれなく付いてくる?という感じだ」
「あら?では折角考えた山林の件が…皇后という立場でなら事業計画に携われるかと思ったのですが、そこまで時間を頂けるなら――」
「もう考えて纏めてくれているのか?!」
「えぇ。3つのプランを考えましたわ」
「クゥゥ…皇后としては申し分ない!だが、アナスタシア。私は貴女の心のままに皇后という立場は抜きで納得をしてもらった上で私を選んでほしい。おそらく今求婚をすれば承諾をしてくれるだろう、だがそれは皇后という立場になり民を慈しみ導くからであって、グラディアスという男を愛したわけでもない。それではダメなのだ。私は貴女の心が欲しい」
アナスタシアの前に立ち、少しだけ屈んで目線を合わせて言葉をつなぐ。
「焦らなくていい。私は何時までも待つ。来世そのまた来世となっても待つ」
「ですが、王妃となるべく生きて来て・・・それが皇后となればまた覚える事もありましょう。それを失くしてしまえばわたくし…本当に何もないかも知れません」
「それが良いんだ。何もなくてもいい。私は全てを愛しているのだから」
「愛…愛とは何でしょうか。大切にしたいもの?良くしたいもの?判らないのです」
「大切にしたいし、損得ではなく時に自分の命よりも相手を優先する。離れている時、何をしているだろうかと思いを馳せる。姿を見るだけ、声を聞くだけでもと切望する事もある。愛するあまりに憎くなる事もある。とても面倒なものだが大事な物だ。私と一緒にゆっくり育てて欲しいと思っている」
「難しいのですね‥‥今朝の朝食、貴方でない事がなんだか残念だと思ってしまいました。それとは少し違うのですね」
公爵がそっとアナスタシアを抱きしめる。
「違わないわ。それも愛なの。その気持ちを大事にしていくのよ」
「そうだよ。小さい気持ちを大事に大事にしていくうちに、相手を愛しく思うんだよ」
「そうなのですね…」
「と、ともかくだ。朝食は可能な限り公爵家にお邪魔して一緒に取るようにする」
「いえ、大丈夫ですわ」
「いやいや、もう私でなければ残念だなどと…耳から声が聞こえる事に感動したほどだ」
「ふふっ。でもミルクパンはとても美味しゅうございました」
「新しいバージョンもある。早速作ってご賞味頂こうか。だがその前に…」
サッとアナスタシアに手を差し出す。
「姫、塔から堂々と出るこの日。エスコートをさせて頂く喜びを与えてくださいませ」
「ふふっ。はい、お願いしますわ」
グラディアスの手に手を重ね、扉をくぐり階段を降りていく。
長い長い階段。しっかりとしたグラディアスの手に一歩一歩安心感が広がっていく。
「出るぞ。今日は快晴だ」
「少し緊張しますわね。それまで何度も見た空は窓から見る空と違っていました。今から見る空は――」
暗い塔から一歩を踏み出した。
わっと全身を包むような陽の明るさを感じる。
目の前を見れば、帝国の兵士たちが道を作り両脇で敬礼をしていた。
「お披露目の予行練習と思えばいい」
「お返事はまたですが‥」
「Yesの返事以外は受けつけていない。NOならまた求婚するまでだ」
「なるほど…では回数を覚えておくのが大変そうですわ」
「いや、1回で済ませる予定なんだが」
芝を踏みしめ、歩いていくと、グラディアスが立ち止まった。
おや?と首を傾げてアナスタシアは顔を見上げると、いたずらっ子のような顔が見えた。
「鳥になってみるか?」
「鳥?‥‥空を飛びますの?」
「あぁ、折角だから公爵家までは飛んで行かないか?」
「ですが皇帝陛下、わたくし馬に騎乗の経験はありますが飛んだ事は御座いませんわ」
おそらくほとんどの者はそうだろう。自力で飛ぶ事はほぼ不可能である。
だがグラディアスは、ちょっとだけ頬を染めてならば…と
「私の背に乗ればいい。そうだなぁカラスには乗れないから――」
「ダチョウですの?」
「いや、ダチョウ飛べないから。なんでダチョウ?」
「いえ、皇帝陛下は大きいので。ダチョウは卵も大きいですし‥羽根も黒いので」
「なるほど…。鳥は鳥でも…翼竜でも擬態してみるか」
「えっ…あの…では遠慮しておきますわ」
「どうして?」
「申し訳ございません。蜥蜴などは見るのは良いのですが触れるのは…ちょっと‥」
残念グラディアス。大多数の女子なら遠慮してしまう翼竜チョイスは大失敗。
しかし、リカバリーも早い男がグラディアス。
ポゥっと光ると、大きな黒鳥が現れた。通常の白鳥などのサイズからすれば5倍はありそうである。
だが、中身はグラディアス。カラスの時と同様に甘えまくる。
「クォォクォッ」
「な、撫でればいいんですの?」
「クゥゥ~クゥゥ♡」(なでなで‥‥なでなで)
首を下げて付け根に腰掛けろと態勢を低くする。アナスタシアは恐る恐る腰掛けると意外とフワフワした首にポフっと顔を埋めてしまった。
「クゥッ?!クワゥッ?!」
グラディアスは黒鳥で良かったと感じた。
白鳥だったらフラミンゴより赤くなっていたからである。
☆~☆
次回はやっと最終回。
年末で少々、用事があり更新遅くなりましたが、最終回→オマケで完結となります<(_ _)>
グラディアスは手を差し出す。
「アナスタシア嬢。迎えに来た。堂々と扉から出るぞ。エスコートしよう」
髪と瞳の色が白い軍服と金の飾緒に映えて薄暗い中でも一際存在感を示す。
アナスタシアの両親はアナスタシアを挟むように立ちあがり、礼の姿勢。
アナスタシアもカーテシーで迎えた。
「なんと、ご両親が来られておったか」
「皇帝陛下におかれまして―――」
「畏まるのは止めて欲しい」
アナスタシアの両親は先ほどおおよそ25年分に抱きしめた娘を見て、今度は思う事しか出来ない別れになるのかと表情を曇らせた。
あと1週間もすれば新しい国王が生れる。
だがアナスタシアも【元】が付く上に廃妃となったとしても王太子妃だった者である。
国王の毒杯、王妃、王太子、側妃の処罰が決定していてアナスタシアがお咎めなしとなるには虫が良い話だと公爵夫妻は言いようのない焦燥感に包まれた。
しかし!そんな思いは杞憂だった。グラディアスは両手を広げて公爵をハグする。
公爵夫人の前で、一礼をすると
「お義父上、お義母上と呼んでもよろしいだろうか」
「はっ?」
てっきりこの場で毒杯若しくは絞首などの刑を言い渡されると思っていただけに拍子抜けする。
カツカツと軍靴が近寄る度に音を立てるが軽快な音である。
「アナスタシア嬢にはこれから個人的には求婚をするが、知っておいて頂きたい。帝国はアナスタシア嬢を皇后として迎える準備が進んでいる。ただ皇后はオマケだ。私はアナスタシアというただ一人の女性に妻になって欲しいと思っているのだから」
「こっ皇后陛下に?」
「ご両親には私が求婚するにあたって許可を頂きたいのだが、構わないだろうか」
両親はお互いの顔を見て、アナスタシアを見る。
首を縦に振ろうとしたアナスタシアをグラディアスは止めた。
「待て!私は皇帝としては非常に急いておるが、男としてはまだ待てる。うん、待てる・・・待てるはずだ。アナスタシア嬢には皇后という立場と同時に、私の妻という私人としての立ち位置に納得が出来れば求婚を受け入れて欲しい。それまでは‥‥一先ずここから出て公爵家でご両親とゆっくり過ごして頂きたいのだ」
「ですが、それでは世継ぎという問題があるのではないですか?」
公爵の言う事は最もである。アナスタシアは17歳で嫁ぎ6年の王太子妃を過ごし、西の塔で約2年。年齢も25歳の誕生日が目前。
グラディアスも27歳という年齢である。
シュバイツ王国も帝国も30代に入った出産はリスクを考えて回避する者が多い。
勿論それでも出産をする者もいるが、10代後半、20代からすると命がけでもある。
未婚の皇帝である以上、アナスタシアの納得が出来るまでは待つと言ってもリミットがある。
公爵は継承問題を疑問視したのだ。
「そのような事は些細な事。我が帝国は必ずしも皇帝の子が次の皇帝とは限らない。私が明日何らかの事情で退位する事になっても代りは幾らでもいる。子を急かすつもりも毛頭ない。子は不要とアナスタシア嬢が申すならそれもいいだろう。実力主義の継承なのだから今までも未婚や子がいなかった皇帝や女帝は幾らでもいる」
それでも不安な両親にグラディアスは豪快に笑いながら言った。
「考え方を逆にして欲しい。皇帝と婚姻をするから皇后になるのではなく、結婚をした男が皇帝だったから皇后ももれなく付いてくる?という感じだ」
「あら?では折角考えた山林の件が…皇后という立場でなら事業計画に携われるかと思ったのですが、そこまで時間を頂けるなら――」
「もう考えて纏めてくれているのか?!」
「えぇ。3つのプランを考えましたわ」
「クゥゥ…皇后としては申し分ない!だが、アナスタシア。私は貴女の心のままに皇后という立場は抜きで納得をしてもらった上で私を選んでほしい。おそらく今求婚をすれば承諾をしてくれるだろう、だがそれは皇后という立場になり民を慈しみ導くからであって、グラディアスという男を愛したわけでもない。それではダメなのだ。私は貴女の心が欲しい」
アナスタシアの前に立ち、少しだけ屈んで目線を合わせて言葉をつなぐ。
「焦らなくていい。私は何時までも待つ。来世そのまた来世となっても待つ」
「ですが、王妃となるべく生きて来て・・・それが皇后となればまた覚える事もありましょう。それを失くしてしまえばわたくし…本当に何もないかも知れません」
「それが良いんだ。何もなくてもいい。私は全てを愛しているのだから」
「愛…愛とは何でしょうか。大切にしたいもの?良くしたいもの?判らないのです」
「大切にしたいし、損得ではなく時に自分の命よりも相手を優先する。離れている時、何をしているだろうかと思いを馳せる。姿を見るだけ、声を聞くだけでもと切望する事もある。愛するあまりに憎くなる事もある。とても面倒なものだが大事な物だ。私と一緒にゆっくり育てて欲しいと思っている」
「難しいのですね‥‥今朝の朝食、貴方でない事がなんだか残念だと思ってしまいました。それとは少し違うのですね」
公爵がそっとアナスタシアを抱きしめる。
「違わないわ。それも愛なの。その気持ちを大事にしていくのよ」
「そうだよ。小さい気持ちを大事に大事にしていくうちに、相手を愛しく思うんだよ」
「そうなのですね…」
「と、ともかくだ。朝食は可能な限り公爵家にお邪魔して一緒に取るようにする」
「いえ、大丈夫ですわ」
「いやいや、もう私でなければ残念だなどと…耳から声が聞こえる事に感動したほどだ」
「ふふっ。でもミルクパンはとても美味しゅうございました」
「新しいバージョンもある。早速作ってご賞味頂こうか。だがその前に…」
サッとアナスタシアに手を差し出す。
「姫、塔から堂々と出るこの日。エスコートをさせて頂く喜びを与えてくださいませ」
「ふふっ。はい、お願いしますわ」
グラディアスの手に手を重ね、扉をくぐり階段を降りていく。
長い長い階段。しっかりとしたグラディアスの手に一歩一歩安心感が広がっていく。
「出るぞ。今日は快晴だ」
「少し緊張しますわね。それまで何度も見た空は窓から見る空と違っていました。今から見る空は――」
暗い塔から一歩を踏み出した。
わっと全身を包むような陽の明るさを感じる。
目の前を見れば、帝国の兵士たちが道を作り両脇で敬礼をしていた。
「お披露目の予行練習と思えばいい」
「お返事はまたですが‥」
「Yesの返事以外は受けつけていない。NOならまた求婚するまでだ」
「なるほど…では回数を覚えておくのが大変そうですわ」
「いや、1回で済ませる予定なんだが」
芝を踏みしめ、歩いていくと、グラディアスが立ち止まった。
おや?と首を傾げてアナスタシアは顔を見上げると、いたずらっ子のような顔が見えた。
「鳥になってみるか?」
「鳥?‥‥空を飛びますの?」
「あぁ、折角だから公爵家までは飛んで行かないか?」
「ですが皇帝陛下、わたくし馬に騎乗の経験はありますが飛んだ事は御座いませんわ」
おそらくほとんどの者はそうだろう。自力で飛ぶ事はほぼ不可能である。
だがグラディアスは、ちょっとだけ頬を染めてならば…と
「私の背に乗ればいい。そうだなぁカラスには乗れないから――」
「ダチョウですの?」
「いや、ダチョウ飛べないから。なんでダチョウ?」
「いえ、皇帝陛下は大きいので。ダチョウは卵も大きいですし‥羽根も黒いので」
「なるほど…。鳥は鳥でも…翼竜でも擬態してみるか」
「えっ…あの…では遠慮しておきますわ」
「どうして?」
「申し訳ございません。蜥蜴などは見るのは良いのですが触れるのは…ちょっと‥」
残念グラディアス。大多数の女子なら遠慮してしまう翼竜チョイスは大失敗。
しかし、リカバリーも早い男がグラディアス。
ポゥっと光ると、大きな黒鳥が現れた。通常の白鳥などのサイズからすれば5倍はありそうである。
だが、中身はグラディアス。カラスの時と同様に甘えまくる。
「クォォクォッ」
「な、撫でればいいんですの?」
「クゥゥ~クゥゥ♡」(なでなで‥‥なでなで)
首を下げて付け根に腰掛けろと態勢を低くする。アナスタシアは恐る恐る腰掛けると意外とフワフワした首にポフっと顔を埋めてしまった。
「クゥッ?!クワゥッ?!」
グラディアスは黒鳥で良かったと感じた。
白鳥だったらフラミンゴより赤くなっていたからである。
☆~☆
次回はやっと最終回。
年末で少々、用事があり更新遅くなりましたが、最終回→オマケで完結となります<(_ _)>
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