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第10話 君よ!愛の素晴らしさを語れ
「なんて事をしてくれたんだ!」
国王の怒号が静かな庭にも響き渡る。
非常に繊細な問題を平気で口にするのが王太子妃となるなら今後の付き合いは考えさせてもらうと言い残し、大使が国に戻った後もアビゲイルの失態は続いた。
ある日の午後。
表敬訪問で訪れていた隣国の王女を従者が議場に案内していた時だった。
午前中ダンスの講師を迎えていたアビゲイルは午後は時間が空いたため、廊下を従者と共に歩く王女にそれはもう気安く声をかけた。
冷や汗を掻きながら従者は王女の手前、アビゲイルに遠回しに「無理だ」と伝えたのだが、アビゲイルには直球でない言葉は伝わらなかった。
「議会で本日は王女殿下にお言葉を頂きますので」
「大丈夫よ。郷に入っては郷に従えって習ったもの。隣国の王女だろうとこの国に滞在する間はわたくしに従うのが筋というものでしょう?」
時間もあるのでと断る従者の制止を振り切り、アビゲイルはなんと王女の腕を掴んで茶の席に呼んだ。
アビゲイルとしては「茶のマナー」はそこそこに合格点を貰っていたし、先日の大使への「肌の色発言」はかなり叱責を受けたので注意はするし、これから王族として同等に付き合いもするのだからいいだろう。認識はその程度だった。
「もうすぐ王太子妃になりますの。だから同じ王族ですわね」
「左様でございますか」
「えぇ―っと…もう一度ゆっくり言ってくださる?貴女の言葉早口で聞き取れないの・・・こんな時なんて言うんでしたかしら」
通訳を呼んで来いとアビゲイルは近くにいた従者に命じたのだが、その従者は王女の側付。他国の従者に命令をしてしまった。
王女は小さく頷いたので、従者は近くを歩いていた文官を呼び止めて通訳を連れてきたが、通訳が来た時はもう遅かった。
アビゲイルは王女に向かって「真実の愛のすばらしさ」を語って聞かせていた。
「わたくしのお姉様はなんといったらいいのかしら。そう!愛を知らないのです。とても憐れなお姉様でしょう?本当に気をもむ周囲の事を考えてくださればいいと思いませんこと?」
「・・・・」
「本来は帝国からのお話、このわたくしに来ていたんですの。愛されるって罪ですわね。だけど真実の愛で結ばれたわたくしと殿下。お姉様にも幸せになって頂きたいじゃないですか。愛を知らない者同士で仲良く出来るかと。あら?ごめんなさい。貴女の国には帝国からこんなお話は来ておりませんわよね?」
「ア、アビゲイル様っ…お止めください」
「五月蠅いわね。どうせ聞き取れていないんだから大丈夫よ」
終始にこやかに見えた王女。
アビゲイルは知らなかった。いや王女が国を訪れることは数日前から知っていて、王女についての「禁句」めいた言葉が書かれていた報告書も読むように言われていたが妃教育で忙しくそれどころではなかった。
王女は王族の務めだと戦を終わらせるため、それこそ「愛のない結婚」で王族としては屈辱とも言えるが敵国に第6夫人の立場で嫁ぐ事が決まった事も報告書にあったのにアビゲイルは読んでいなかった。
★~★
王城にどんな騒ぎが起ころうとジャクリーンの知るところではない。
妃教育を全て終えたあとは、ほぼ毎日のようにアルバートの執務を行っていた。いや執務と言うよりも失態を犯さないための下準備がほとんど。
時間が経てば最新の情報も古くなり、秘密が既出の事項になったりもする。
前回は何事もなくとも今回は何かあるかも知れない。例えば慶弔事。喜ばしい事なら細やかな贈り物1つで相手の気持ちは解れるし、不幸事ならお悔やみの一言があるかないかで違う結果になる事もある。
ただ、面倒なのはその手間をかけるのに相手を知らねば話にならない。
子や孫を全ての人が溺愛しているとは限らないし、身内が亡くなった事に心を痛めているとも限らない。
和やかに見える昼食会でも腹の探り合いである事に違いなく、気を抜く事も許されなかったための下準備。そこに日頃の執務の手伝いもせねばならないのだから自分の時間など持てなかった。
今ならわかる。
「時間は自分でやりくりして作るものなのね」
馬鹿正直に、そして真面目に取り組んでいた時間にアルバートはアビゲイルと愛を育んでいたなんて笑えない。
「いけない。いけない。ネガティブに考えるのは終わりっ!」
今朝届いたばかりのウォレスからの手紙をまた読み返す。週に2、3通は届く手紙はこれでもう何通目なのだろうか。
手紙を1通出すだけでも相当な金額が必要だが、こうも頻繁に届くとウォレスの元に到着する頃には幾ら使わせてしまうんだろうと心配にもなる。
「直接会ってから知って欲しいって…これじゃ会う前に何もかも知れそうだし、知られそうね」
クスっと笑いを溢しながら読み返す手紙はもう手紙ではなく日記。
手紙には認めた日付が書かれているので、前回貰ったものと繋げれば日記になってしまうのだ。昨日はこんな事をした、こんな事があったとある。
「お嬢様、楽しそうですね」
「ん?…そうなの。わたくし用にポニーを用意してくださるんですって」
「ポニー?あの小さな馬ですか?」
「えぇ。ウォレスさまの馬は芦毛のようなの。もう高齢で殆ど真っ白らしいんだけどわたくし用にと白毛のポニーを探してくださっているんですって」
いつぞやの手紙には【これで4つ目の馬市だったが、収穫が無かった。いても牡馬だから買い付けをやめた】とある。何故牡馬だとダメなのだろう。
ジャクリーンは牝馬に拘らなくていいと以前に返事を書いたのだが、ウォレスには拘りがあるよう。
「馬であってもお嬢様を乗せるから妬いているのでは?」
「まさか。まだ顔も見た事が無いのに」
「顔を見ていなくても、これだけ文のやり取りをしていれば心も絆される事も御座いましょう?」
「そんな物かしら」
「殿下はまだ見ぬお嬢様に恋をされているのだと私は思いますよ?」
確かに読み比べてみれば手紙を貰い始めた頃からだと文章は砕けてきている。
手紙の配送も「届けた者に前回の返事を持たせてくれればいい」「君の手紙を読むのが毎日楽しい」とある。
王宮にいた頃は「また執務か」とペンを見る度に思ったが、前回の手紙の返事を「お願いね」と手渡すと、ジャクリーンは届いたばかりの手紙の返事を認める。
時間が経つのも忘れてなんと返事をしようとペンを握る事を楽しんでいる自分に気が付いて、クスっと微笑んだ。
国王の怒号が静かな庭にも響き渡る。
非常に繊細な問題を平気で口にするのが王太子妃となるなら今後の付き合いは考えさせてもらうと言い残し、大使が国に戻った後もアビゲイルの失態は続いた。
ある日の午後。
表敬訪問で訪れていた隣国の王女を従者が議場に案内していた時だった。
午前中ダンスの講師を迎えていたアビゲイルは午後は時間が空いたため、廊下を従者と共に歩く王女にそれはもう気安く声をかけた。
冷や汗を掻きながら従者は王女の手前、アビゲイルに遠回しに「無理だ」と伝えたのだが、アビゲイルには直球でない言葉は伝わらなかった。
「議会で本日は王女殿下にお言葉を頂きますので」
「大丈夫よ。郷に入っては郷に従えって習ったもの。隣国の王女だろうとこの国に滞在する間はわたくしに従うのが筋というものでしょう?」
時間もあるのでと断る従者の制止を振り切り、アビゲイルはなんと王女の腕を掴んで茶の席に呼んだ。
アビゲイルとしては「茶のマナー」はそこそこに合格点を貰っていたし、先日の大使への「肌の色発言」はかなり叱責を受けたので注意はするし、これから王族として同等に付き合いもするのだからいいだろう。認識はその程度だった。
「もうすぐ王太子妃になりますの。だから同じ王族ですわね」
「左様でございますか」
「えぇ―っと…もう一度ゆっくり言ってくださる?貴女の言葉早口で聞き取れないの・・・こんな時なんて言うんでしたかしら」
通訳を呼んで来いとアビゲイルは近くにいた従者に命じたのだが、その従者は王女の側付。他国の従者に命令をしてしまった。
王女は小さく頷いたので、従者は近くを歩いていた文官を呼び止めて通訳を連れてきたが、通訳が来た時はもう遅かった。
アビゲイルは王女に向かって「真実の愛のすばらしさ」を語って聞かせていた。
「わたくしのお姉様はなんといったらいいのかしら。そう!愛を知らないのです。とても憐れなお姉様でしょう?本当に気をもむ周囲の事を考えてくださればいいと思いませんこと?」
「・・・・」
「本来は帝国からのお話、このわたくしに来ていたんですの。愛されるって罪ですわね。だけど真実の愛で結ばれたわたくしと殿下。お姉様にも幸せになって頂きたいじゃないですか。愛を知らない者同士で仲良く出来るかと。あら?ごめんなさい。貴女の国には帝国からこんなお話は来ておりませんわよね?」
「ア、アビゲイル様っ…お止めください」
「五月蠅いわね。どうせ聞き取れていないんだから大丈夫よ」
終始にこやかに見えた王女。
アビゲイルは知らなかった。いや王女が国を訪れることは数日前から知っていて、王女についての「禁句」めいた言葉が書かれていた報告書も読むように言われていたが妃教育で忙しくそれどころではなかった。
王女は王族の務めだと戦を終わらせるため、それこそ「愛のない結婚」で王族としては屈辱とも言えるが敵国に第6夫人の立場で嫁ぐ事が決まった事も報告書にあったのにアビゲイルは読んでいなかった。
★~★
王城にどんな騒ぎが起ころうとジャクリーンの知るところではない。
妃教育を全て終えたあとは、ほぼ毎日のようにアルバートの執務を行っていた。いや執務と言うよりも失態を犯さないための下準備がほとんど。
時間が経てば最新の情報も古くなり、秘密が既出の事項になったりもする。
前回は何事もなくとも今回は何かあるかも知れない。例えば慶弔事。喜ばしい事なら細やかな贈り物1つで相手の気持ちは解れるし、不幸事ならお悔やみの一言があるかないかで違う結果になる事もある。
ただ、面倒なのはその手間をかけるのに相手を知らねば話にならない。
子や孫を全ての人が溺愛しているとは限らないし、身内が亡くなった事に心を痛めているとも限らない。
和やかに見える昼食会でも腹の探り合いである事に違いなく、気を抜く事も許されなかったための下準備。そこに日頃の執務の手伝いもせねばならないのだから自分の時間など持てなかった。
今ならわかる。
「時間は自分でやりくりして作るものなのね」
馬鹿正直に、そして真面目に取り組んでいた時間にアルバートはアビゲイルと愛を育んでいたなんて笑えない。
「いけない。いけない。ネガティブに考えるのは終わりっ!」
今朝届いたばかりのウォレスからの手紙をまた読み返す。週に2、3通は届く手紙はこれでもう何通目なのだろうか。
手紙を1通出すだけでも相当な金額が必要だが、こうも頻繁に届くとウォレスの元に到着する頃には幾ら使わせてしまうんだろうと心配にもなる。
「直接会ってから知って欲しいって…これじゃ会う前に何もかも知れそうだし、知られそうね」
クスっと笑いを溢しながら読み返す手紙はもう手紙ではなく日記。
手紙には認めた日付が書かれているので、前回貰ったものと繋げれば日記になってしまうのだ。昨日はこんな事をした、こんな事があったとある。
「お嬢様、楽しそうですね」
「ん?…そうなの。わたくし用にポニーを用意してくださるんですって」
「ポニー?あの小さな馬ですか?」
「えぇ。ウォレスさまの馬は芦毛のようなの。もう高齢で殆ど真っ白らしいんだけどわたくし用にと白毛のポニーを探してくださっているんですって」
いつぞやの手紙には【これで4つ目の馬市だったが、収穫が無かった。いても牡馬だから買い付けをやめた】とある。何故牡馬だとダメなのだろう。
ジャクリーンは牝馬に拘らなくていいと以前に返事を書いたのだが、ウォレスには拘りがあるよう。
「馬であってもお嬢様を乗せるから妬いているのでは?」
「まさか。まだ顔も見た事が無いのに」
「顔を見ていなくても、これだけ文のやり取りをしていれば心も絆される事も御座いましょう?」
「そんな物かしら」
「殿下はまだ見ぬお嬢様に恋をされているのだと私は思いますよ?」
確かに読み比べてみれば手紙を貰い始めた頃からだと文章は砕けてきている。
手紙の配送も「届けた者に前回の返事を持たせてくれればいい」「君の手紙を読むのが毎日楽しい」とある。
王宮にいた頃は「また執務か」とペンを見る度に思ったが、前回の手紙の返事を「お願いね」と手渡すと、ジャクリーンは届いたばかりの手紙の返事を認める。
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