13 / 36
第13話 手紙の数だけ思いが募る
しおりを挟む
「殿下、お待ちかねの文。届きましたよ」
「おっ!来たか。どれどれ・・・貴女~変わった事はないですかぁ♪」
奇妙な調子をつけて手紙を読み始めたウォレスは大変機嫌が良い。
女嫌いではなかったが、10代の半ば頃には第4皇子という立場からご機嫌伺いにやって来た貴族の娘や周辺国の大使の娘が「会ってくれるまで帰りません」と居座った事もあった。
ただ、その当時は野盗を始め、辺境は山に囲まれている事もあって野獣の駆除や討伐に毎日駆り出されていて、帰宅するなり娘の存在を知らされ、それ以上待たせるのは悪いと急ぎ会ってみれば口から泡を吹いて卒倒される。
多感な思春期でもあったウォレスはいたく傷ついた。
高齢の爺、こと専属執事はウォレスに茶を淹れながら、鼻歌混じりで手紙を読むウォレスに話しかける。
「ジャクリーン様の事はいたくお気に召されたようですね」
「当たり前だ。見せないが今日の文字も可愛いなぁ。かすかに・・・スンスン…スンスン…石鹸の香りがするぞ」
「涎で文字が見えなくなりますよ。しかし殿下もここまで変わるものですね」
「んぁ?あぁ…あの女どもか。失礼極まりなかったぞ」
「あれは殿下にも非が御座います。獣の血を頭から浴びたまま会おうとするから!」
「湯を浴びて着替えてと更に待たせるのも気の毒だと思っただけだ。フンフフーン♪そうかぁ…サジェスの王都は温かいとは聞くがそうかぁ。もうヒマワリが咲き始めているんだな」
ヒマワリが好きなら到着するまでにはあと3カ月。種を植えるのを2,3週間後にすれば満開の花が咲くころにやって来るなぁとウォレスは考える。
辺境の植物の事を手紙に書くと、ジャクリーンも知っている花ならその感想を書いてくれるが、知らなかった花は「図鑑で見ました」と正直に知らなかった事を書いてくる。
知らないくせに知った風を装う者は性別問わずウンザリしていた。正直に書いてくるジャクリーンには好感を持てた。
ウォレスが親近感を持ち、それが好感になり、愛情になるきっかけは馬だった。
多くの令嬢は牡馬と牝馬の違いが判らない。馬は馬。その程度なのだ。
試すつもりはなかったが、書類にする時は書き分けているのでつい「牝馬は買わない」と書くと「牡馬、牝馬に拘らなくていい」とちゃんと区別がついている返事が来た。
そして、手紙と一緒に刺繡入りのハンカチ、書類を纏めるのに便利なお手製の見出し付箋が入っていた。
「剣を握るのは慣れているがペンを持ちすぎると手が痛くなる」と書けば「親指の付け根から母指球を押すと少し緩和される」と気遣う文字が手紙に踊っていた。
決して筆まめな方ではないが、ジャクリーンからの返信欲しさに手紙を書いてしまう。
「まだお顔も見ておりませんのに。手紙を読んでいる時の殿下を見たら悲鳴を上げて逃げ出されるかも知れませんよ」
「んな訳ない。だが、こうやって手紙を交わすのは楽しいんだが‥余計に会いたくなるものだな。それに見た目は関係ない。こんなに次が楽しみな手紙を書ける人なんだ。愛する自信しかない」
「あと3カ月もすれば来られますよ。それはそうとお部屋の改装ですが家具はどうされます?」
ウォレスはジャクリーンの為に一番日当たりが良くて、窓を開ければ庭の向こうに領地が一望できる部屋を用意した。内装は領内の女性に年齢問わずで意見を聞き、落ち着いた色合いの壁紙にして、床板も新しいものに張り替えてワックスも終わった。
家具については好みもあるだろうし、保留しているのだが持って来るであろうドレスなどクローゼットに入りきらないものや、書籍や筆記用具など使い慣れた物もあるだろうと一時的な仮置きをするチェストがあるだけ。
領内の女性陣も意見が分かれた。埃が溜まるので無いほうが良いという女性もいれば、足元がクルンとなった猫足家具が良いと言う者、どっしりとした重厚感を感じる者が良いというもの色々だった。
「職人だけ手配してくれていればいい。あとは布も届いたか?」
「はい。既に入手しているサイズから仕立てたドレスも御座いますが、布も各種届いております」
「抜かりはないかな…毎日好きだと言うサクランボも食わせてやりたいな」
「サクランボは時期が御座いますので無理ですね」
住んでいる屋敷は使用人がいるにはいるが少数。
ウォレスは6歳で辺境にやって来て17歳までは辺境伯と叔母の辺境伯夫人の屋敷に住んでいたが、辺境伯を継ぐのは別にいるため、屋敷を建てて移り住んだ。
ジャクリーンの為に庭も改装をして冬場でも雪の中で咲く苗木を植えて1年中花を楽しめるようにした。
「早く会いたいなぁ。時間がもっと早く進まないかな」
「それも無理ですね」
「爺は本当に無理無理と・・・悪い癖だぞ」
「一番無理なのは殿下らしくない脂下がった顔を見せられる事です。いいですか?ジャクリーン様は一時はサジェス王国の王妃にと言われた方です。ピシッ!とお忘れなく」
「爺、それこそ無理だ。俺はジャクリーン一筋に生涯愛し抜くと決めてるんだ。俺のそんな顔を見られるのはジャクリーンと爺だけだ。特権だな」
――いえ、部下の兵士たちも言ってるのでバレバレなんです――
ジャクリーンがやって来て、3カ月過ごした後は皇都に移動する。
皇都にもウォレスの宮があり、結婚式をするために戻るのだがジャクリーンが皇都で住みたいと言えば皇都。こちらで住みたいと言えばこの屋敷に住まう。
手紙のやり取りだけなのに、届いた手紙の数だけウォレスのジャクリーンへの恋心は積もり積もって行く。窓から吹き込む風は便箋から香るほのかな石鹸の香りでウォレスの鼻腔をまた擽った。
「おっ!来たか。どれどれ・・・貴女~変わった事はないですかぁ♪」
奇妙な調子をつけて手紙を読み始めたウォレスは大変機嫌が良い。
女嫌いではなかったが、10代の半ば頃には第4皇子という立場からご機嫌伺いにやって来た貴族の娘や周辺国の大使の娘が「会ってくれるまで帰りません」と居座った事もあった。
ただ、その当時は野盗を始め、辺境は山に囲まれている事もあって野獣の駆除や討伐に毎日駆り出されていて、帰宅するなり娘の存在を知らされ、それ以上待たせるのは悪いと急ぎ会ってみれば口から泡を吹いて卒倒される。
多感な思春期でもあったウォレスはいたく傷ついた。
高齢の爺、こと専属執事はウォレスに茶を淹れながら、鼻歌混じりで手紙を読むウォレスに話しかける。
「ジャクリーン様の事はいたくお気に召されたようですね」
「当たり前だ。見せないが今日の文字も可愛いなぁ。かすかに・・・スンスン…スンスン…石鹸の香りがするぞ」
「涎で文字が見えなくなりますよ。しかし殿下もここまで変わるものですね」
「んぁ?あぁ…あの女どもか。失礼極まりなかったぞ」
「あれは殿下にも非が御座います。獣の血を頭から浴びたまま会おうとするから!」
「湯を浴びて着替えてと更に待たせるのも気の毒だと思っただけだ。フンフフーン♪そうかぁ…サジェスの王都は温かいとは聞くがそうかぁ。もうヒマワリが咲き始めているんだな」
ヒマワリが好きなら到着するまでにはあと3カ月。種を植えるのを2,3週間後にすれば満開の花が咲くころにやって来るなぁとウォレスは考える。
辺境の植物の事を手紙に書くと、ジャクリーンも知っている花ならその感想を書いてくれるが、知らなかった花は「図鑑で見ました」と正直に知らなかった事を書いてくる。
知らないくせに知った風を装う者は性別問わずウンザリしていた。正直に書いてくるジャクリーンには好感を持てた。
ウォレスが親近感を持ち、それが好感になり、愛情になるきっかけは馬だった。
多くの令嬢は牡馬と牝馬の違いが判らない。馬は馬。その程度なのだ。
試すつもりはなかったが、書類にする時は書き分けているのでつい「牝馬は買わない」と書くと「牡馬、牝馬に拘らなくていい」とちゃんと区別がついている返事が来た。
そして、手紙と一緒に刺繡入りのハンカチ、書類を纏めるのに便利なお手製の見出し付箋が入っていた。
「剣を握るのは慣れているがペンを持ちすぎると手が痛くなる」と書けば「親指の付け根から母指球を押すと少し緩和される」と気遣う文字が手紙に踊っていた。
決して筆まめな方ではないが、ジャクリーンからの返信欲しさに手紙を書いてしまう。
「まだお顔も見ておりませんのに。手紙を読んでいる時の殿下を見たら悲鳴を上げて逃げ出されるかも知れませんよ」
「んな訳ない。だが、こうやって手紙を交わすのは楽しいんだが‥余計に会いたくなるものだな。それに見た目は関係ない。こんなに次が楽しみな手紙を書ける人なんだ。愛する自信しかない」
「あと3カ月もすれば来られますよ。それはそうとお部屋の改装ですが家具はどうされます?」
ウォレスはジャクリーンの為に一番日当たりが良くて、窓を開ければ庭の向こうに領地が一望できる部屋を用意した。内装は領内の女性に年齢問わずで意見を聞き、落ち着いた色合いの壁紙にして、床板も新しいものに張り替えてワックスも終わった。
家具については好みもあるだろうし、保留しているのだが持って来るであろうドレスなどクローゼットに入りきらないものや、書籍や筆記用具など使い慣れた物もあるだろうと一時的な仮置きをするチェストがあるだけ。
領内の女性陣も意見が分かれた。埃が溜まるので無いほうが良いという女性もいれば、足元がクルンとなった猫足家具が良いと言う者、どっしりとした重厚感を感じる者が良いというもの色々だった。
「職人だけ手配してくれていればいい。あとは布も届いたか?」
「はい。既に入手しているサイズから仕立てたドレスも御座いますが、布も各種届いております」
「抜かりはないかな…毎日好きだと言うサクランボも食わせてやりたいな」
「サクランボは時期が御座いますので無理ですね」
住んでいる屋敷は使用人がいるにはいるが少数。
ウォレスは6歳で辺境にやって来て17歳までは辺境伯と叔母の辺境伯夫人の屋敷に住んでいたが、辺境伯を継ぐのは別にいるため、屋敷を建てて移り住んだ。
ジャクリーンの為に庭も改装をして冬場でも雪の中で咲く苗木を植えて1年中花を楽しめるようにした。
「早く会いたいなぁ。時間がもっと早く進まないかな」
「それも無理ですね」
「爺は本当に無理無理と・・・悪い癖だぞ」
「一番無理なのは殿下らしくない脂下がった顔を見せられる事です。いいですか?ジャクリーン様は一時はサジェス王国の王妃にと言われた方です。ピシッ!とお忘れなく」
「爺、それこそ無理だ。俺はジャクリーン一筋に生涯愛し抜くと決めてるんだ。俺のそんな顔を見られるのはジャクリーンと爺だけだ。特権だな」
――いえ、部下の兵士たちも言ってるのでバレバレなんです――
ジャクリーンがやって来て、3カ月過ごした後は皇都に移動する。
皇都にもウォレスの宮があり、結婚式をするために戻るのだがジャクリーンが皇都で住みたいと言えば皇都。こちらで住みたいと言えばこの屋敷に住まう。
手紙のやり取りだけなのに、届いた手紙の数だけウォレスのジャクリーンへの恋心は積もり積もって行く。窓から吹き込む風は便箋から香るほのかな石鹸の香りでウォレスの鼻腔をまた擽った。
2,803
あなたにおすすめの小説
心の傷は癒えるもの?ええ。簡単に。
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢セラヴィは婚約者のトレッドから婚約を解消してほしいと言われた。
理由は他の女性を好きになってしまったから。
10年も婚約してきたのに、セラヴィよりもその女性を選ぶという。
意志の固いトレッドを見て、婚約解消を認めた。
ちょうど長期休暇に入ったことで学園でトレッドと顔を合わせずに済み、休暇明けまでに失恋の傷を癒しておくべきだと考えた友人ミンディーナが領地に誘ってくれた。
セラヴィと同じく婚約を解消した経験があるミンディーナの兄ライガーに話を聞いてもらっているうちに段々と心の傷は癒えていったというお話です。
公爵令嬢を虐げた自称ヒロインの末路
八代奏多
恋愛
公爵令嬢のレシアはヒロインを自称する伯爵令嬢のセラフィから毎日のように嫌がらせを受けていた。
王子殿下の婚約者はレシアではなく私が相応しいとセラフィは言うが……
……そんなこと、絶対にさせませんわよ?
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
【完結】見返りは、当然求めますわ
楽歩
恋愛
王太子クリストファーが突然告げた言葉に、緊張が走る王太子の私室。
この国では、王太子が10歳の時に婚約者が二人選ばれ、そのうちの一人が正妃に、もう一人が側妃に決められるという時代錯誤の古いしきたりがある。その伝統に従い、10歳の頃から正妃候補として選ばれたエルミーヌとシャルロットは、互いに成長を支え合いながらも、その座を争ってきた。しかしーー
「私の正妃は、アンナに決めたんだ。だから、これからは君たちに側妃の座を争ってほしい」
微笑ながら見つめ合う王太子と子爵令嬢。
正妃が正式に決定される半年を前に、二人の努力が無視されるかのようなその言葉に、驚きと戸惑いが広がる。
※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))
ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?
ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。
一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?
第一王子は私(醜女姫)と婚姻解消したいらしい
麻竹
恋愛
第一王子は病に倒れた父王の命令で、隣国の第一王女と結婚させられることになっていた。
しかし第一王子には、幼馴染で将来を誓い合った恋人である侯爵令嬢がいた。
しかし父親である国王は、王子に「侯爵令嬢と、どうしても結婚したければ側妃にしろ」と突っぱねられてしまう。
第一王子は渋々この婚姻を承諾するのだが……しかし隣国から来た王女は、そんな王子の決断を後悔させるほどの人物だった。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
かりそめの侯爵夫妻の恋愛事情
きのと
恋愛
自分を捨て、兄の妻になった元婚約者のミーシャを今もなお愛し続けているカルヴィンに舞い込んだ縁談。見合い相手のエリーゼは、既婚者の肩書さえあれば夫の愛など要らないという。
利害が一致した、かりそめの夫婦の結婚生活が始まった。世間体を繕うためだけの婚姻だったはずが、「新妻」との暮らしはことのほか快適で、エリーゼとの生活に居心地の良さを感じるようになっていく。
元婚約者=義姉への思慕を募らせて苦しむカルヴィンに、エリーゼは「私をお義姉様だと思って抱いてください」とミーシャの代わりになると申し出る。何度も肌を合わせるうちに、報われないミーシャへの恋から解放されていった。エリーゼへの愛情を感じ始めたカルヴィン。
しかし、過去の恋を忘れられないのはエリーゼも同じで……?
2024/09/08 一部加筆修正しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる