所詮、愛を教えられない女ですから

cyaru

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第12話   崩壊の足音が聞こえるかーい

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成婚の儀まで残り2か月。

アビゲイルはアルバートにも断りを入れることなく、王太子妃の役割だと学んだ事を中途半端に手を付けるので福祉事業には先月、今月と支給金が止まってしまっていた。

発覚をしたのは先月。但し先月はアルバートも驚いてしまって慌てて追加予算枠で支援金を配布した。一時的な手違いで支援金が支払われなかったのだと思い込んでしまった。

今まではジャクリーンがほとんどを受け持ってくれた執務の書類は膨大で、アビゲイルは妃教育もあるため回せず毎日書類の山をみてウンザリしながらなんとか熟していたため、内容の詳細まで見ずに判を押していた物も多かった。

よく見ていなかったとなればアルバートの失敗だと責任を問われる。
一番の問題は、講師に少し教えてもらった事で「自分の仕事」だと書類をアビゲイルが抜いて決済をしていた事だった。

王太子妃となる者が責任をもって行う事業は2つある。

そのうちの1つが福祉事業だった。

アビゲイルはアルバートと共に行った視察で見た親のいない子を収容した孤児院や、難民や身体的事情で職も家も失った者を保護する救済院、現在は治療法が見つかっていない病と闘う者を収容した医療院を見て「支援金は不要」と判断したのだった。


「だってお姉様も言ってたのよ?何時までも支援ありきと考えるのは良くないと」
「だからと言って一方的に打ち切るのは違うだろう」
「一方的?それはおかしいわ。支援金を貰う側だって ”あげます” って取り決めに一方的に従わされただけでしょう?貰うのは良くてその逆はダメっておかしくない?」
「意味があって福祉事情には予算が割り当てられているんだよ」
「そこよそこ!何のための福祉?働かない者を養う事がおかしいの。働けばいいだけじゃない」


ジャクリーンは視察をする時も抜き打ちで行うため、突然の訪問に隠す事が出来ない者達を見舞う事が出来た。

しかしアビゲイルに「辛い現実」を見せるのは酷だとアルバートが視察を事前に伝え、手を回した結果は訪れた時に全員が元気で「おかげで食べて行けます」と感謝を伝えるだけの場になっていた。

アルバートの気配りは完全に裏目に出てしまっていたのだ。


「あのね、バード。これは愛なの。愛って心地よいモノだけじゃないのよ。時に厳しく突き放すのも愛なのよ?それで自立するんだから私は間違ったことはしていないわ」

「愛・・・うん、そうだな。ごめん。叱責めいた言葉を言ってしまったよ。アビーはアビーとして考えてくれての決断だったんだね」

「判ってくれて嬉しいわ。そんな事より!成婚の儀で着るドレスなんだけどもう少し刺繍を入れたいのよ。これからの時代を象徴するような出来にしたいの。いいでしょう?」

「勿論さ。寝台の上で生まれたままの姿のアビーも美しいけど、僕の色を身に纏っているアビー。想像するだけでゾクゾクするよ」

――うん。そうだ。アビーは僕にだけ愛を教えるのではなく、広く民にも愛を教えている。なんて素晴らしい妃なんだろう。それに比べて僕は目先の事だけを考えてしまった。なんて情けない男なんだ――


自分の色を身に纏うアビゲイルを想像し、この日はまだ陽のあるうちから盛ってしまった2人。廊下からの扉こそ閉じてはいたが、庭に向かって開け放たれた窓からは奇声が庭に響き渡った。



★~★

そんなアルバートとアビゲイルだったが、数日後国王達の待つ部屋に呼び出された。この日のアルバートとアビゲイル、2人は対照的だった。

楽観的なアビゲイルの隣には余裕を失い顔色の悪いアルバート。
余裕がないのはアルバートだけではなく国王も、そして議会もだった。1人だけ「それ見た事か」と肩を落とす面々の中でアルバートに強く物言いをするのは王妃だった。


「お前はどうするつもりだ」
「どうするって言われても…」
「構わないのではなくて?お互いが足らない所を補い合えばいいだけ。お前はその役をジャクリーンから替えたのですからその程度の覚悟はあったのでしょう?」


諸外国からは白い目で見られ、日を追うごとに折衝の数が少なくなった。それが意味するのは国としての機能を果たさなくなるということ。
関税があるのか、ないのかも判らない状態で商会は輸出入をしない。

他国から材料を仕入れていた商会は軒並み品が入手できなくなった。苦労して材料を手に入れても今度は売る先が無く廃業に追い込まれている中小の商会が多くなった。

足元を見て商売をする者も出始めて、今では半年前の3倍、5倍の価格で品を卸すようになり、残っている商会も青色吐息。高値になっても仕入れなければ商売が出来ないと貯えを切り崩しながら事業を縮小し始め、真っ先に煽りを食らうのは働いていた従業員。

商会の経営が苦しいのは解っていたが解雇よりも退職した方が次の仕事に有利と退職していったのだが、周囲の商会も同じ措置を取っているため働き口がない。

かつてないほどの失業率の数字が報告書に上がった。それだけでなく市井では急速な品不足からインフレを起こし始めていた。

ただの品不足ならここまで急激にインフレにならない。
理由は王太子妃の役割であるもう1つが理由だった。

きょとんとして、何故こんなくだらない話に付き合わされているのかアビゲイルには判らない。
アビゲイルが厄介なのは馬鹿ではないのだ。全く文字の読み書きも出来ず覚えも悪いのならまだ救いはある。変に知恵が、しかも部分的についてしまっているので厄介なのだ。

何故かと言えば紙幣や硬貨の発行や管理は王太子妃の仕事。
成婚の儀は間近。王太子妃になるのは自分なのだからと造幣院に行き、アビゲイルは勝手に指示も出していた。

王太子アルバートの婚約者で成婚の儀も行う事が決定していて、役割の最終決定をする仕事を次に任されるのは王太子妃なのだからと職員は言われるがままに紙幣を擦り、市井に流した。

結果、国の通貨が価値を落とし、インフレが始まってしまった。


「そんなのバードだけが悪いんじゃないでしょう?昨日の値段より倍になったのならお金を擦ればいいじゃない。そうすればお金は市井に回るし、紙やインクなんかには需要が出来るでしょう?簡単な事だわ。王太子妃となる私が指示を出したの。そりゃ今は違うわ。でも直ぐに王太子妃になるんだもの。問題ないでしょう?」

――問題しかないだろう!――

その場にいる者は全員が心を一つにしていた。


「兎に角。もう問題を起こすな。そもそもで諸外国がこの国から手を引き始めた原因はお前達だ。このままでは成婚の儀の前後で廃太子もありうると覚悟する事だ」

実際にアルバートとアビゲイルの言動が発端となって拗れてしまった国家関係には有能な文官や事務次官が直接相手国に出向いて頭を下げ、執り成しをつけてはいるが結果は芳しくない。


「問題ってなんですの?私は許されている範囲でしただけです。それに手を引かれたって構わないでしょう?こっちには帝国に嫁ぐお姉様がいますのよ?」

ハッとするアルバート。

――やはりアビーは違う。そうだよ。リーンがいるじゃないか――

かつては婚約者の間柄だったのだ。
ジャクリーンの事が嫌いで今の関係になった訳ではない。ジャクリーンの出来なかった事をアビゲイルが行い、アルバートの心が大きく揺れた。それだけだ。

――リーンだって無能な訳じゃない。役に立ってもらわないとな――

静かな小走りで近づく崩壊の足音。
アルバートの耳には聞こえていなかった。
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