所詮、愛を教えられない女ですから

cyaru

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第19話   成婚の儀、そして出立

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明け方は小雨も振り、路面に小さな水溜まりもあったが雲の合間から時折太陽が顔を出すと石畳みに吸い込まれて行った。

「雨降って地固まると申しますのでな」

なんでも良い方に捉えれば上手く行くとでも思っているのかブライアンは朝から機嫌がいいが、ブライアンと違って使用人達の顔は曇り空のまま。

「お嬢様、今日と明日、精一杯務めさせて頂きますね」
「ありがとう。あぁそうだわ。これ、受け取ってくれる?」

髪を結ってくれるメイドに手渡したのはおそらくそれ1つでメイドの家は新築になるし、家族5人が豪遊しなければ20年は悠々自適に暮らせる額に匹敵する宝飾品。

時価にして2億を下回る価格での買取もない超高級品だった。
決して遊んで暮らしていた訳でなく、単に毎月ジャクリーン個人に支払われる金は余るだけ。慰問に行くにも煌びやかなドレスは不要だし、アルバートの婚約者だから余計に着飾る事は良く思われず帝国を見習えとばかりに先代国王が質素倹約を布いていた事もあって現王妃とジャクリーンは手元にある物を使い回す事が当たり前だった。

そんな中で珍しい宝飾品を目にして、当時のジャクリーンはアルバートの事が好きだったのも手伝って透明度も非常に高いこの宝飾品を買った。
唯一の贅沢と言ってもいいだろう。
アルバートの瞳の色に似た大きな宝石はカットされて髪飾り、耳飾り、首飾り、そして指輪とブレスレットになった。

「小売りすればそこそこに暮らせるわ」
「お嬢様、こんな高価なモノ!頂けませんっ!」
「いいのよ。持っていてももう使い道はないわ。ウォレス様の髪はカラスの羽根のように艶やかな黒だと言うし、瞳も炎より赤いと言うんだもの。青い色はもう必要ないの」
「でもっ」
「価格なら気にしないで。貴女だけは態度を変えずにずっと世話をしてくれた。その気持ちが嬉しいのよ」


髪を結ってくれるメイドだけは半身が不自由な弟が家にいるため引っ越しは出来ない。結婚はこれからだろうが目先のことに捉われずに忠実に態度を変えず役目を熟してくれた。

ジャクリーンは手のひらを返した使用人達がわざと洗面の水を寝台に溢したり、カトラリーの位置をバラバラにしていたり、埃の残る清掃に、皺だらけのベッドメイクをし始めたことに辟易していた。

――それもあと、1日、2日よ――

そして牽制するのも忘れない。

「帝国から従者の方も今日の成婚の儀は参列されるようだから、合流したら紹介するわ。髪を結い終わったら退職なさいな」

「はい…お嬢様。ありがッ.・・・ございます」

そう言っておけば帝国の従者にこのメイドを合わせる時に怪我でもしていようものなら大変なことになる。聞き耳を立てて「自分にもおこぼれがあるのでは?」と目を輝かせた使用人達はサッと顔を伏せた。
その様子が鏡台の鏡に映り、ジャクリーンは「なら詰まらない嫌がらせをしなければ良かっただけ」と心で独り言ちた。


★~★

多くの貴族がごったがえず聖堂内。
ジャクリーンはオコット公爵家お席と書かれたブースになった特別席に案内をされた。
劇場でいうなら側面や後方にある一般席を見下ろす位置。

隣のブースには第2王子のアランとその従者達が居り、国王達はブースではなく祭壇に最も近い位置。勿論オコット公爵家当主夫妻のブライアントとオデリーも国王達と同じ席。

ブースにはジャクリーンとエヴァン、エヴァンの妻が陣取る。


「今回の事、本当にごめんなさいね」
「何を仰るの。ジャクリーン様こそ本当のトバッチリですわ。ね、あなた」
「そうだな。周囲にこれだけ迷惑をかけるんだ。最近は不仲とも言うが…長い倦怠期でも味わえばいいんだ」

アルバートとアビゲイルの不仲は誰が漏らしたのか貴族で知らない者はいない。
真実の愛でジャクリーンを排除してまで結ばれると言うのに成婚の儀を喧嘩したままで迎えるなんて笑えない。

ジャクリーンも王族が絡む結婚式に参列するのは初めてだった。静かに静まり返るものかと思っていれば何処かで誰かのヒソヒソと会話をする声が途切れる事が無い異様な空間。

祭司の声もアクセントをつけた部分だけが強調されるように聞こえて来る。ふと眼下を見れば側面にブースがあるからか各国の王族、大使など怪訝な顔をしているのが見えた。

―国を挙げてのマナー違反ってことね――

もう出る溜息もない。
向かいのブースではまた別の公爵家の若い当主が鎮座しているが、彼らの息子は絵本なのか本を読んでいて生涯でそう何度もお目にかかる事のない王太子の成婚の儀など興味もないようだ。

色んな意味で斬新な結婚式だったと後世の笑いの種にでもなれば幸いと思うジャクリーンも気持ちはもう明日の出立に飛んでいて2人の誓いの言葉も誓いの儀式も「あれ?終わった?」と興味がない。


式が終わり、成婚パレードが始まるからと嬉々として急き立てる両親に連れられてやって来たのは王宮から出て大通りを一望できる大きな窓のあるカフェ。
この日の為に貸し切りにしたのだと得意げな母のオデリー。


「来たわ!あなたっ早く!」
「判ってるよ。凄いなぁ。私達の娘がこんな大歓声に包まれてパレードを!!なんて素晴らしいんだ!」

――どこがよ。よく見てみなさいよ!――

ジャクリーンが見るのはパレードの主役ではなく、主役の乗った馬車が通り過ぎても大歓声の上がる原因だった。花に見立てた小さな子袋を沿道に添って騎乗した兵士が放り投げる。
ご祝儀をバラまいているので、我先に肖ろう、欲を出すなら数個手に入れようとする民衆の声が止むはずがない。

かなり先の沿道の民衆もパレードの列が来る方を全員が見るものだから、アビゲイルは満面の笑みで手も大きく上げて民衆に向かって手を振る。
アルバートの表情はにこやかだが、王宮で化粧などを担当するメイドの腕は確かな腕前。耳の付近と頬の色が全く違うのでかなり塗りを厚くしているのが伺えた。

――ま、不健康です~って顔でパレードするよりマシよね――

カフェの目の前を馬車が通り過ぎると感極まったのかオデリーは泣きだした。

「幸せそう。良かったわ」

隣でハンカチに目頭の涙を吸わせる母のオデリーの肩を抱き満足そうに頷く父のブライアン。

「さぁ、次はリーンの番だ」
「しっかりね。貴女なら何処でだって上手くやれるわ」
「そうね。ではわたくしは明日の出立の準備もありますので」

そう言って立ち去ろうとしたが、オデリーが呼び止める。

「まさかこの後の祝賀パーティに出ないつもりッ!」

流石にこれはブライアンも思うところがあったのだろう。ジャクリーンが説明をする前にブライアンがしてくれた。

「アビゲイルもしっかりやってるのに、各国の王族や大使がまたジャクリーンと言い出したら努力が無になるだろう」

――違うような気もするけど、まぁいいわ――

ブライアンの言葉も一理ある。アビゲイルがしっかりやっているかは別として各国の王族や大使は今日の主役の2人よりも明日、ウォレスの元に出立するジャクリーンに話しかけてくるのは明白。

今日だってサジェス王国にわざわざ予定を変えてまで王族を送り込んできた国の考えている事は1つ。参加という大義名分を得てジャクリーンに擦り寄る事で自国の安定を願うのだ。
それも、主役そっちのけで。

わざわざ明日の出立に水を差す事もないし、当主でもないのだから出席の義務はない。
カフェを後にしたジャクリーンはオコット公爵家に戻って行った。


★~★

翌日。

「あら?お母様は?」

出立する馬車を見送る面々の中に母親のオデリーの顔だけがない。
昨夜、ジャクリーン目当ての各国の王族たちの相手をして帰宅した時は酩酊状態。今朝は二日酔いで起きて来られなかった。

「本当に申し訳ないですわ」

ブライアンも二日酔いで真っ青な顔をして口から声を出そうとしたらオマケまで飛び出しそうなので帝国の従者にはジャクリーンが変わって非礼をわびた。

「構いませんよ。あぁそれから昨日のメイドさんですが弟さんの診察を帝国の侍医に頼む事にしました」
「まぁ、そこまでして頂かなくても」
「ウォレス様よりジャクリーン様の憂いとなる事は全て取り払うようにと申し使っております」

立場の低いメイドはもう公爵家の使用人ではない。昨日の退職は即日受け入れられていてこの場にも居なかった。

「では。お父様。ごきげんよう。エヴァンも後はよろしくね」
「任せておけ。たまには手紙でもくれ」とエヴァン。
「子爵領の特産も送るわ。体には気を付けてね」とエヴァンの妻。

2人と軽くハグを交わした後、馬車の乗り込むとジャクリーンは出立した。
その途中、数少ない友人の家の前には数人の使用人と共に友人の令嬢が手を振っていた。ジャクリーンも小窓をあげって手を振り返す。気心の知れた友人の前でだけジャクリーンは女の子になれた。

そして貴族の住まう区画を通り過ぎた後、あのメイドが両親と共に深く頭を下げているのが見えた。

「王城の前、通りますか?」
「迂回してくださる?」
「畏まりました。ではショートカットで」

聞き入れてもらえるとは思わなかったが、従者の気安い言葉にジャクリーンは失笑を溢してしまった。
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