あなたが1から始める2度目の恋

cyaru

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第01話  扉の向こうに広がる世界

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シェイナ・エスラトはドアノブを握ったまま目の前の光景を見て硬直した。
シェイナには3年前。16歳の時に親が決めた婚約者がいた。

その婚約者が事もあろうか、で抱き合って口付けを交わしていた。

シェイナはその場を見る側。口付けをされているのは別の女性である。

の当たりにして混乱してしまっても仕方がないはずだ。

――えぇっと…どうしよう――

気まずいのはその部屋にいるシェイナも含めた3人。

「ごゆっくり」

音にするなら「おほほ」だろうか。シェイナは笑って扉を閉じた。
叫ぼうかと思ったのだがこんな時、案外声など出ないもの。

その場から早く距離を置きたくて廊下を小走りに走ると、庭に出てポピーの花がそろそろ蕾を付けようかとする区画でしゃがみ込んだ。

悲しいのか、悔しいのか。色んな気持ちがごちゃ混ぜになりポトポトと区画を仕切る並べた石の上に涙が落ちた。


★~★

シェイナの婚約者はガネル男爵家のチャールズ。年齢はシェイナより2歳年上の21歳。

あと少し扉を開けるのが遅かったら真っ最中だったであろうチャールズのお相手はエスラト家の隣に家を構えるスレム子爵家のビヴァリーだった。

シェイナより3歳年上のビヴァリーは爵位こそ違うけれど幼い頃から姉妹のように育ってきてなんでも話し合える親友だった。チャールズの愚痴も何度も聞いて貰ったし、喧嘩をした時にはビヴァリーの婚約者でもあるハッセル伯爵家のケネスが仲裁に入ってくれた事もある。

ビヴァリーはとても美しい容姿をしていて、絵にかいたような美少女。おまけに体の線は細く庇護欲もそそる。少し垂れた目に涙を溜めて上目遣いをすれば堕ちない男はいないと言われていた。

ケネスもまた美丈夫で伯爵家の嫡男でありながら剣を握らせれば同年代では敵なし。昨年王女殿下の専属護衛も務める事になった。

専属護衛となった事で隣国の王子との婚約もある王女。隣国の申し出により護衛と言えど婚約者がいる者を選んでくれとの要望から護衛騎士を務めるためにビヴァリーと婚約を結んだ。

婚約をした時は「類を見ない美男美女のカップル」で仲睦まじいその姿は度々夜会で話題になったし、王女殿下も近い将来隣国に嫁げば帰国もままならないと開く茶会にはケネスに「婚約者も呼んで」とお声掛かりもあった。

ビヴァリーからはケネスの惚気は散々に聞かされたけれど愚痴など聞いた事もない。

だから猶更先程の光景が信じられなかった。

――ビヴァリーはケネスさんと上手く行ってるはずでしょう?――


シェイナの初恋はチャールズ。
婚約者だよと紹介をされた日、シェイナはとても嬉しかった。

女性達の間でチャールズは誰もが恋焦がれる男性だった。シェイナもその中の1人だったので婚約者となった時は天にも上る気持ち。
定期的に行われるデートもスマートなエスコートをしてくれるチャールズに「好き」と気持ちは倍々になって高まっていった。

チャールズはシェイナに「いずれ結婚するんだから」と畏まって話をする事を止めよう、お互いの胸の内を言葉にしようと遠慮をしない事を提案した。

会うたびにチャールズは「君と婚約が出来て良かった」と髪にキスを落としてくれた。

とても幸せな日々だった。

――全部嘘だったんだわ。婚約が出来て良かったと言ってたのは――


その先は口にしたくなくても頭の中に言葉が過る。

【私がビヴァリーと仲が良かったから】

――だってビヴァリーは美人だもの‥私と違って――

チャールズだけではないビヴァリーにも騙されていたかと思うと悔しくて堪らない。

ポトポト落ちる涙が水面のようになればソバカスだらけの顔が映ってしまうだろう。それほどにシェイナはチャールズの事が大好きだった。

――泣いてなんかやるもんですか!――

そう思っても涙は次々に溢れてくる。
シェイナは袖で涙を何度も何度も拭った。


落ち着いてくると、段々と腹も立って来る。
まず、チャールズは追いかけて来なかった。

「それはいいのよ。それは。それより許せないのは‥‥なんで寄りにも寄ってどうして私の部屋なの?!」

ポピーに向かって吠えてもポピーは風に揺られるだけで返事は返してはくれなかったが、ポピーではなく家の中から突然叫び声が聞こえた。

<< あなた達!何してるのッ!! >>

それはシェイナの母親の声であり、被るようにしてチャールズの母の声でもあった。

――あ、そう言えばお茶に誘われてたんだった――


シェイナが部屋に行ったのは、今日の午後にチャールズの母が来るから一緒に席につくようにと言われ、その席で出す茶菓子を購入するために出掛けたが帰宅し、着替えるために部屋に戻ったのだった。

チャールズの母は金を借りている側なのに「当家の嫁となるからには」と習い事をシェイナに強要していたので、朝に出かければ夕方までシェイナは帰らない。


日常のシェイナの行動はかなりワンパターン。何処かに出掛ければ夕方まで帰宅はしない。今日の行動がイレギュラーなのである。

ただ、習慣づいたものはなかなか変えられない。
以前は家族同然‥いや家族そのものの付き合いをしていたスレム家。
家に帰れば「おかえり」と出迎えてくれるのがスレム子爵夫人だった事もある。

勿論その逆でビヴァリーが帰宅をしたらエスラト男爵夫人が「おかえり」と言い、一緒に両親の帰宅を待つなんてこともあった。

この頃では以前ほどの行き来も無くなり家を空ける時は施錠するようにもなったが勝手口の植木鉢の下に家の鍵を置いておくのは変わらなかった。その事はビヴァリーも知っている。


と、言う事は??シェイナは顎に手を当てて考えた。
ビヴァリーはお隣さんでお互いの家は出入り自由。施錠されていても鍵のありかは知っている。

「マジ?私が…家族が留守の間にいつも忍び込んでシテたってこと?」

ゾワワと全身を悪寒が走る。手のひらまで鳥肌が立つ感覚。




2人がそんな関係だったとすれば時間貸しをしてくれる宿に行くことはできず、かといってシェイナの家と違って見栄で使用人を雇っているガネル男爵家でもイタせない。使用人がいるのはビヴァリ―の家、スレム子爵家でも同じ。

使用人が居らず、出入りも自由に出来るシェイナの部屋なら料金も不要となれば2人にはとても都合が良かったのだろうと捉えられても不思議ではない。


ビヴァリーは不貞行為立証されなくても、他家に無断で入り込んだ。しかも異性と2人きり。間違いなく有責でケネスに婚約破棄をされてしまうだろう。美男美女と言われた2人で社交界。ケネスの王女の専属騎士という立場からすればそれだけでも有名なのだから1大スキャンダルでもある。

この事が知れ渡ればビヴァリーはもう表舞台に立つのも絶望的。



「あ~。冷めて来た。最ッ低。あんな男!ビヴァリーにくれてやるわよ!」

好きだった時間はそれなりに長く、婚約者となった2年間も毎日浮かれていた。それでもシェイナは思った。

「嫌いになるのはなんだわ」
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